今日もいつも通り道に迷うクラウス。
街の中を巡回していたはずがいつの間にか蒼天神殿ヒミンヴァンガルに来ていた。
「あれ?」
行こうと思った時には辿りつけないのに用のない時に限って辿り着く。
いつものことだが少々哀しくなってくる。
ただ、封印を外そうとは欠片も思わない。
不便でもこのままでいい。
それが一番平和だ。
「あれ? 執行吏?」
声が聞こえてきた方向を見るとアベルがいた。
アベルは大司教補佐であり、この神殿のナンバーツーだ。
一番は勿論大司教であるカインである。
だが、近くにカインがいる様子はない。
「一人?」
思わずそう聞いていた。
それを聞いたアベルは渋い顔をした。
「いつでも兄上と一緒というわけではないんだが――」
そう言われても一緒にいるところしか見たことがない。
「でもカインは……――」
傍から見ても少々……いや、かなり鬱陶しい部類に入るブラコンではなかろうか?
弟の悪口を言う輩は問答無用で張り倒すし、弟が危険な目に遭う位なら自分が……という人物である。
口を開けばアベルアベルと、弟のことばかり。
そんなカインが最愛の弟と別々にいるなんて――
衝撃的なことだ。
そしてクラウスは予てから気になっていたことを尋ねてみることにした。
「鬱陶しいから逃げて来た?」
だが、クラウスの予想とは違う反応が返ってきた。
「は? 別に鬱陶しくは――」
あれでないと言えるのか……
クラウスは驚きでいっぱいだった。
「兄上は早くに亡くなった両親の代わりに俺を育ててくれたんだ」
「亡くなっていたのか……」
「ああ――」
初めて聞いた。
そう言えば二人から両親の話を聞いたことはない。
「病死らしい」
あっけらかんと言い放った。
その様子で気付く。
「もしかして――」
アベルは両親の事を覚えていないのではないだろうか?
それは当たっていた。
「俺は小さすぎて覚えていない。兄上が親代わりだった」
なるほど。
嫌にならないはずだ。
そしてカインがああなった理由も察せられた。
「アベルー!」
向こうから声を張り上げて駆け寄ってくるのはそのカインだ。
「兄上」
「孤児院の今年度予算案ってどこにいったか知らない?」
「は? また無くしたのか……」
「えへ」
カインは案外おっちょこちょいだ。
「まったく……」
溜息をつきながらもアベルは自分が探すから余計なことはするなと念を押してから去って行った。
カインは困ったような顔をしていたが、そこにいたクラウスに気付く。
「あれ? クラウスさん。何か用ですか」
「道に迷っただけだ」
「なるほど」
いつものことなので気にもされない。
「アベルと何か話していたんですか? 送ってもらうはずだったとか?」
悪いことをしたかのような顔をしたカインにクラウスは首を振った。
「別にそんな約束はしていない」
「そっか」
「ただ……」
「ただ?」
「カインの事を話していただけだ」
「ええ!? 僕?!」
途端におろおろし始めるカイン。
そして内容をかなり気にし始める。
それを見たクラウスはくすりと微笑んだ。
「ふえ?」
「カインは育ての親という話だ」
それを聞いた途端、動きが止まった。
そして、一瞬寂しそうな顔をする。
「そっか……その話――」
余計な事を話したかもしれない。
すぐにクラウスは後悔した。
カインとアベルは髪の色や瞳の色などは違うが瓜二つ。
傍から見ると歳が離れているようには見えない。
しかし、実際は百五十九歳も離れている。
アベルが覚えていない両親のこともカインは覚えているはずだ。
「アベルが四歳の時に二人とも病で亡くなってしまった」
アベルが両親の顔を覚えていないのも当然だ。
「怖いんだ」
カインはポツリと言った。
「怖い?」
「独りきりになるのが」
わからなくは、ない。
独りは……
「アベルもそうなったら? そう思うと怖かった」
「カイン……」
「僕はね、クラウスさん。怖かったからテンプルムを出た。同じ病にかかったら……四歳のアベルは簡単に死んでしまう……それが怖かった」
アベルに対する超過保護の理由はこれだ。
「なるほど……ブラコンにもなるか――」
思わず呟く。
しかし、小さな声だったためカインには聞こえなかった。
「だからアベルだけは――」
嫌な予感がした。
はっきり言おう。
これ以上はマズイ。
クラウスはスススっとカインから距離を取った。
そして作り笑いを張り付ける。
「俺は仕事の最中だから――」
くるりと向きを変え走り去る。
カインが気付いた様子はない。
それも当然だ。
カインがアベルの話を始めると止まらない。
何時間でも喋っている。
付き合うには膨大な精神力を必要とする。
察しが悪いと掴まり大変な目に遭う。
被害者は神官たち多数。
クラウスは要領よく逃げているため今のところは被害に遭ったことはない。
「ふぅ……ヤバかった――」
カインに掴まって帰れなかったなどとロキに言え――
そこで気付く。
「ここは……どこだ?」
適当に逃げて来たため、さらに、迷った。
クラウスは執行部の部下に見つけてもらえるまで街を彷徨うことになった。
厄日である。