「やっと着いたー」
 二人の前には朽ち果ててはいるものの遺跡の入口らしきものがある。
「クラウスさんはどうしてここに来ようと思ったんですか?」
「趣味だ」
 クラウスはきっぱりと言った。
「趣味?」
 クリストはクラウスの言いたい事が解りかねた。
「そう、遺跡に来るのが」
 一瞬流れる沈黙。
「……変わってますね」
「そうか?」
 クラウスにその自覚は無かった。
「古代文明の遺産とか古代文明の描かれた石版とか……いろいろあるだろ?」
「そうですね。遺跡ですし」
「そういうのを調べるのが好きなんだ。
 ここは魔境だから人も来なそうだし……いいものも見つかるかもなぁ……ニフルヘイムは遺跡には無頓着だから、荒らされてはいないだろうし……古代文明…………言語…………ふふふ……」
 小声でぶつぶつと呟くクラウス。それも心底楽しそうな笑みまで浮かべて……
 傍からみれば唯の怪しい人だ。
「さ、入るぞ」
 楽しそうなクラウス。
 だがクリストは少し不安だった。
「あの、クラウスさん」
「何?」
「ワナ……とかはあるんでしょうか?」
「あるだろ」
 間髪入れずに答えるクラウス。
「……やっぱり」
 クリストは憂鬱な気分になった。
「俺が付いてるから平気だ」
 クラウスはそう言うと引きずるようにしてクリストと共に遺跡に足を踏み入れた。
「え? あ、く、クラウスさん!!」
 遺跡の事で頭がいっぱいのクラウスにクリストの声など届いて無かった。





 遺跡の中は外ほど寒くは無かった。
 石造りの煉瓦がしっかりと組まれた重厚な感じのする遺跡だ。
 そして、塵一つ積もっていない。
 挨の元になるようなものが入って来ないからだろう。
 ずぅ〜ん――
「え?」
 いきなり石畳が沈み、クリストはバランスを崩しかけた。
 いや〜な空気が流れる。
 ガチャッ!!
 両脇の壁に無数の穴が開き、次の瞬間にはそこから無数の矢が発射された。
 クリストは思わず眼を閉じた。
 バシッ!
 何かが弾き飛ばされる音がしたかと思う間もなくかわいた音が響いた。
 それ以外は何も起きない。
 クリストは恐る恐る眼を開けた。
「平気か?」
 クラウスがクリストを心配そうに覗き込んでいた。
「あれ? 矢は……?」
「その辺」
 クラウスとクリストの周りには無数の矢が落ちていた。
「ど……どうやって落としたんですか?」
「護法結界」
「そんなことも出来るんですか!?」
「うん。まあ、生命の紋章術以外は使えるんだけど、急に襲われた時に起動できないからな」
 護法結界は光の紋章術の結界の属性にあたる。精神力の消費量もバカにならない。確かにすぐに起動できるものではない。
「あの、じゃあどうやって?」
「魔法道具」
 クラウスは球状をした半透明の物体を右手に持っている。
「随分、高価そうな物ですね」
「いや、タダだ」
「へ?」
「俺が自分で作ったものだから」
 自分でこういうものを作れる人はそういないだろう。
「さぁ、先に進もう」
「はぁ……」
 そして、遺跡の奥へと足を踏み込んだ。





 ずぅ〜ん……
 しばらく歩いただけなのだが、クリストはまた踏んでしまった。
 襲って来る浮遊感。
「うわぁ!!」
 がしっ。
「平気か?」
「…………はい」
 今度は落とし穴だった。
 クラウスに穴から引き上げられながらクリストは自分がいかに足手まといであるか実感した。
「ごめんなさい」
「気にするな。付き合わせたのは俺だ」
「でも……」
「気にするなって言ってるだろう」
「飛べたらいいんですけど……」
 確かに飛んだらワナを踏むことはないが、道が狭くてとてもじゃないが飛ぶ事など出来ない。
「いいからいいから」
 クラウスはクリストがワナを踏むことに関しては別に気にしてはいないようだ。
 クラウスはクリストの手を引いてさらに先を進む。





 この遺跡は地下に向かって造られているらしくどんどん下に降りて行く。
 そして遺跡に対する知識のまるでないクリストは罠を百発百中の勢いで作動させ続けた。
 クラウスは流石に慣れているらしく罠を踏み抜いたりしない。
 最初の頃は恐縮しまくっていたクリストもクラウスが本気で無頓着な感じなのでしまいには気にしなくなった。
「随分と大きい遺跡なんですね」
「確かに。仕掛けも多いしな」
 そして、重厚な扉の前に到着した。
「ここが最深部でしょうか?」
「だろうな。結構深くまでもぐって来たし」
 そう言ってクラウスは扉を開けた。
「――――!!――――」
 クラウスは瞬時にクリストを横に突き飛ばすと短剣を取り出した。
 そして襲い掛かって来た影の攻撃を防御した。
 カキーン!!
「うう……一体何が……」
 クリストが見たのは銀色の凝った装飾の施された短剣でスケルトンナイトの剣を受け止めているクラウスの姿だった。
「クラウスさん!?」
「平気か? クリスト――」
「僕よりクラウスさんの方が……」
「俺は平気」
 クラウスは後方に跳び距離を取ると素早く印を組んだ。

   ……  ι ξ τ ε η ς ι τ α τ μ ο σ γ θ τ δ υ ξ λ ε μ θ ε ι τ

 金色に輝く紋章陣が現れ、まぼゆい程の光が手に収束していく。

   ――闇を打消す高潔な神官



 


 青白く光り輝くそれは一瞬にして辺りを包み込んだ。
 ――ヒギャァァァァ…………

 浄化の光はスケルトンナイトを跡形もなく消し去った。
「所詮、過去の亡霊か」
   ――強い!


 クリストは呆然とクラウスを見た。
「聖属性の紋章術は精神力の消費が激しすぎてそう簡単には使えないはず。
 それを精神力を増幅させたりする魔法道具や杖もなしに発動させるなんて……」
「あれは古代石版(リトグラフ)!」
 そんなクリストの呟きなど古代石版(リトグラフ)を見つけたクラウスには届かなかった。
 クラウスは喜々として古代石版(リトグラフ)に駆け寄った。
 本当に好きなのだろう。
「クリスト、少し待っててくれ。スキャンするから」
 クラウスは一方的に言い放つと荷物をあさり始めた。
「スキャン?」
 物体を読み取る機械の名前だ。
 一体何をするんだろう? と、クリストが思っている事などには全く気付かず、クラウスは機材を取り出した。
 それは小型の解析用端末機(アナライズ=ターミナル)で解析専用の端末機だった。クラウスの持っている端末機は高性能で持ち運びに便利なヤツだ。
 クラウスはテキパキとスキャンを開始し、データを保存し始めた。
   ――ハイテクだなぁ……


 クリストはそんな事を思いながら手慣れた手つきで作業をするクラウスを見つめていた。
 程なくして作業が終わる。
 クラウスは端末を荷物の中にしまった。
「なんて書いてあったんですか?」
「それを後で調べるんだよ」
 めちゃくちゃ嬉しそうなクラウス。幸せそうだ。
「まぁ見たことのない言語だったから、帰ってからじゃないと解析出来ないな。
 この端末じゃ無理だ」
「帰れば解るんですか?」
「当たり前だ。俺の執務室には解析用のパソコンがあるからな。そのパソコンに大体の言語は登録してあるから解析ぐらいわけない」
 クラウスは当たり前といった感じで答えた。
「凄いですね」
「別にそうでもないさ。古代言語を訳したのは別のヤツだし。俺はただそのデータをパソコンに打ち込んで解析をやりやすくしただけだし」
 一体どれ程のデータを入力したのだろうか。
「それも十分凄いです」
「そうか? まあいいや。もうここに用はないから出るぞ」
「はい」
 クリストはクラウスがかなり凄い人だと再認識した。





 古代遺跡サルヴィスの前。
 往きにクリストが罠を散々発動させたので帰りはスムーズだった。
「村は確か北東にあったな」
「北東……」
 クラウスは懐からコンパスを取り出した。
「狂ってるか……」
 針は物凄い勢いで回っている。
 そんなコンパスを溜息をつきながら見つめるクラウス。
 しかし、例えコンパスが正常であってもクラウスの場合、目的地には着けないだろう。クラウスは気付いてないが……
「僕が見て来ます」
 クリストは翼を出すと空に舞い上がった。
「飛べると便利だな。でも浮遊の紋章術って精神力の消費が激しいんだよな……もうちょっと使いやすい術でも開発するか――――」
 方向音痴のクラウスは本気でそんな事を考えていた。
「それとも各街に空間転送機(トランスポーター)を造る方がいいか……いや、それじゃあ街には行けても遺跡には行けない。やはり……」
 クラウスがぶつぶつと考え事を声に出している間にクリストは戻って来た。
「クラウスさん、村見つかりました」
「……あ、ああ、じゃあ、行くか」
 考え事をしていたクラウスは咄嗟に反応が遅れた。
「どうかしました?」
「いや、ちょっと新しい研究を思い付いただけだ。さ、とっとと村に行って休もう。お前も疲れてるだろう?」
「はい。ちょっと」
 クリストは確かに疲れていた。今日はいろいろな事があり過ぎたし、慣れない遺跡の調査に肉体的にも精神的にも疲労が溜まっている。だが、そういうクラウスに疲労の色は全く見えない。本当に疲れているのかは疑問だ。





 そして、極寒の村テラスに無事到着する。
 ここは辺境の上に村だったので(ゲート)もなく、止められることはなかった。
 すんなり村の中に入ることができ、そのまま宿屋に向かう。
 二人部屋を一つ取り、部屋に向かった。
「ふぅ……疲れた。やっぱずっと暖房の術使ってると疲れるな」
「ずっと!?」
 クリストは驚きを隠せなかった。
「そう。クリストに会うちょっと前から凍死しないように今の今まで術使ってたから。いやぁ、流石に精神力の消費が激しいな。他にもいろいろ術使ったし」
 一体どれ程の精神力を持っているのだろうか。クラウスが物凄い量の精神力を……普通の人では考えられない程の精神力を持っていることは疑いようのない事実だが。
 ベッドにどかっと横になっている姿からは想像がつかない。
「クラウスさん、これからどうするんですか?」
 外套を脱ぎ、おもいっきり翼を広げてソファーに座る。
「帰るけど。休みも残り少ないし」
 クラウスはまた激務かとか言いながら溜息を付いている。
「どこですか?」
 クリストはクラウスがどこで働いているのかは当然知らない。
神州国(しんしゅうこく)アスガルド」
「遠くないですか?」
「ああ。でも定期船を使えばすぐだ」
 確かにここ、ニフルヘイムからアスガルドは遠い。大陸からして違うのだから。ここ、氷麗国ニフルヘイムがあるのはニフルヘイム大陸。かなり南に存在する大陸だ。神州国アスガルドがあるイストリア大陸はニフルヘイム大陸より遥か北にあるし、直接定期船も出ていない。
 だが、クリストは定期船の知識がないためすんなりと納得する。
「そういえばどこで働いてるんですか?」
「水上宮殿グラッズヘイム」
 それはアスガルドの首都にある城の名前だ。
「言ったろ? 国家公務員だって」
 確かにそれは聞いたが国家公務員全てが城勤めをしているわけじゃない。
「国家公務員にもいろいろ職種があるんですが一体何してるんですか?」
 そして次の瞬間クリストは驚愕の一言を聞くことになる。
「一応執行官」
「執行官!?」
 神州国アスガルドには国を支える三つの機関がある。
 それが、行政部・司令部・執行部だ。
 行政部が国の政治を支え、司令部が国の治安を守る。そして執行部は罪を犯したものを裁く。
 司令部は軍養成学校で訓練すれば入れるが、行政部と執行部は違う。なるためには過去に犯罪歴がないことが大前提で、さらに難解な国家試験をパスし、国王に認められる必要がある。
 そう簡単になれるものじゃない。
「凄いですね。
 でも、執行官って文官ですよね?」
「ああ、そうだが」
「あんなに凄い紋章術が使えるのに?」
 執行官に術が使えるかは関係ない。クリストには宝の持ち腐れのように感じた。
「ああ、俺人間じゃないから」
「亜人なんですか?」
「そ。こう見えても聖族だから」
 聖族とは人間の五倍から六倍の寿命を持った種族であり、聡明で知的な種族だ。精神力が元々高く、術を扱うのに長けている。
「だから紋章術を――」
「そ」
「人間と見た目が変わらないので気付きませんでした」
 確かにぱっと見は人間と全く変わらない。
「まあ、そうだろうな。俺達に会っていきなり聖族だと気付くヤツもあまりいない。特徴と言えるものもないが強いて言えば金髪と銀髪しかいないっていうぐらいだろ」
 種族の特性なのか聖族は金銀の髪以外は生まれない。流石に瞳の色まで決まってはいないが。
「そう言えばクラウスさんも銀髪ですね」
「ああ」
 クリストは始めて見た時綺麗だと思った事を思い出した。
「でも最近は染めるヤツが多いな」
 金銀だから染まりやすいのだとクラウスは付け足す。
「綺麗なのに勿体ないですね」
 これがクリスト率直な感想だった。
「そうか?」
 クラウスはこういう事には無頓着だった。興味のあるものに対しては物凄く執着するが、無いものに対しては恐ろしく淡泊だ。
「さて、シャワーでも浴びてとっとと寝るか」
 クラウスは疲れたから食事はいらんと言ってシャワールームに向かった。
 聖族は二日や三日食べなくとも元々代謝が良いので平気なのだ。
「僕もそんなにお腹は空いてないな」
 クリストもシャワーだけ浴びて寝ることにした。