「ここが氷晶都市カーティス……」
「氷麗国ニフルヘイムの首都にしてこの国最大の街だからな」
「そうなんですか」
白い建物が目立つそれなりに大きい街だ。
「まずは
町や都市には不侵者や犯罪者などが入れないように
だが、クリストはIDカードを持っていない。
「僕、大丈夫でしょうか?」
「俺がいるから平気」
クラウスは自信満々だ。
そして
「こんにちは、入関手続きですね」
明るい声がふって来た。
「あぁ。それで、こいつ記憶喪失なんだが……」
少し困った顔をする役人。
「記憶喪失ですか……あの、それで、種族は?」
「不明だ」
ますます困った顔をする役人。
クラウスはクリストに外套を脱ぐように言い、クリストが脱いだ途端にその場が騒然なった。
狐のような耳に白い翼を生やした少年。
「…………え?」
役人もこんな種族を見たことがないのだろう。
「だから言ったろ、不明だって」
納得したか、と暢気に言うクラウス。
「あの、大変申し上げにくいのですが、この方は――」
予想済みの言葉が放たれる。
「俺が身元引受人になるから平気だ」
「ですが――」
役人も仕事だ。しょうがないとは思う。
しかし、クラウスもここで引くつもりは全くなかった。
「これ以上お前と話していても埒があかないな」
そう冷たく言い放つと懐からIDカードを取り出しカウンターに投げた。
IDカードには本人の名前、現住所、職業地位、種族などが記載されており、本人と解るように顔写真付きだ。
このIDカードは中に個人情報が詰め込まれている。
そんな大事なカードのわりにクラウスの扱いはぞんざいだ。
役人は顔を渋くしたが、そのIDカードを見た途端に顔を青ざめさせた。
「失礼致しました!! まさかクルーグハルト様とは気付かずに――」
役人はぺこぺこ頭を下げている。
クラウスの地位はクリストが思っている以上に上のようだ。
「こいつの身元引受人は俺。何か文句でも?」
ニッコリと微笑みながら言うその言葉は半ば以上は脅しだ。
「いえ! 全くございません。街への入関を許可致します」
役人も権力には勝てないらしい。それに何よりそれだけクラウスが信頼に足る人物だということだろう。
だが、この反応は少し行き過ぎじゃないかとクリストは思った。
「良かったな、クリスト」
IDカードを受け取りながらにっこりと笑って言った。
経歴や詳細な個人情報に目を通した訳でも無いのにこの態度ということは相当の地位にあり、信頼も厚いのだろう。
「一つ聞きたいんだが」
「はい、何でございましょうか?」
「
「明日の十一時に北東にある第三
定期船の予定をパソコンで検索して教えてくれた。これも彼等の仕事の一つだ。
「そう、ありがとう。行くぞ、クリスト」
「あ、はい」
こうしてクリストはクラウスの強引さのおかげで無事に氷晶都市カーティスに入ることが出来た。
「さて、宿屋に行くか」
昼頃にテラス村を出たためにもう夕方だった。そろそろ夕食時だし、宿も探さないと泊まる場所が無くなってしまう。
そして一軒のいかにも高級そうな宿屋の前に来た。
そして躊躇いもなく入っていく。
「いらっしゃいませ」
「二人部屋を一つ」
「これはこれはクルーグハルト様。さぁさ、こちらへどうぞ」
――顔パス!?
まだ名前も言ってないのに普通にそう言って案内された。
「こちらでございます」
しかもそこはスイートルームだった。
「今日はここで一泊する。明日は船に乗ってミズガルドだ」
「はい」
クラウスの様子から見るとこういう扱いはいつもの事のようだった。
こうしてクリストのクラウスに対する疑問が急浮上した一日は終わった。
次の日。
朝から眠そうなクラウスは朝食のために起こされた。
でも、定期船に乗るために早く起きなければならないので調度良いといえばいい。
運ばれて来た朝食はスイートルームだからなのか、クラウスが凄いからなのかは知らないが物凄く豪華で量もそれなりに凄かった。
「朝からこんなに……」
クリストは食べきる自信がなかった。
「ん〜〜…………クリスト、残すなよ……」
「うっ…………」
相変わらずねむそうでぼぉっとはしているが、言う事だけはしっかり言った。
しっかりと釘を刺されてしまったクリストは食べ切れるかなと半ば絶望的になりながらも食事を開始した。
そしてクリストはなんとか食事を食べ切った。
食事中に目を覚まし切ったクラウスは荷物を纏めるとすぐにくるしそうなクリストを引きずるようにして第三
だが、クラウスは持ち前の方向音痴をいかんなく発揮し、終いにはクリストに案内されていた。
「ここが第五
なんとか第三
「そうみたいですね」
「さて、乗るか。もうすぐ出航だし」
「船にはどの位乗るんですか?」
「最近は高速船とかも出るようになって海の旅も大分速くなったんだが、ここはニフルヘイムだからな。そんなに速い船はないよ。
普通の定期船しかないから七日だね」
「そうですか」
チケットを船員に渡すと定期船に乗り込んだ。
そして七日後、無事に法治国ミズガルドの交易の町イリークに到着した。
「やっと着いたな」
クラウスは伸びをしながら船から降りた。
「いくら特等室でもあんな所に七日もいたら肩凝るよな」
肩をゆっくり解し始める。
その後ろから少しふらふらしながら着いて来るクリスト。
「大丈夫か? クリスト」
クリストは真っ青だった。
「あ…………は……はい…………」
そう返事はしているが、とてもじゃないが大丈夫そうには見えない。
クリストはこの七日間、船酔いに苦しんでいた。
「大丈夫じゃなさそうだな」
これでクリストが元気に見えるヤツがいるなら医者に行って脳を調べてもらうべきである。
「すみ……ま、せん…………」
「少し休憩するか」
クラウスは船酔いしたクリストを
また船に乗らなければならないのに大丈夫なのだろうかと少し心配しながら。
少ししてクリストの顔色が良くなった。
「少し歩くか? お前のその服もなんとかしないといけないしな」
「あの……そんな、そこまでしていただくわけには――」
「今更何を言ってる。それに服なんてたいした金額じゃないだろ」
結局、クラウスには勝てず一軒の店に連れて行かれた。
「いらっしゃいませ」
「こいつに似合う服を見繕ってくれ」
「この方ですか?」
「そう」
クリストが何かを言う前に話はどんどん進んでいった。
そして、クラウスに外套を剥ぎ取られる。
「出来ればこの翼が隠れるようにコーディネートしてくれると助かるんだけど」
そこにいたのは飾りがいのありそうな愛らしい少年。
「承知致しました。わたくし共にお任せ下さい」
そして、あっと言う間にクリストは女性店員に連れて行かれた。
クリストは何も言う暇がなかった。
「支払いはこれで」
クラウスはIDカードを渡した。
これで買い物も出来て世の中便利になったが、逆に言うとIDカードを失くすと終わりである。
「まあ、これは!! 失礼致しましたわ。まさかクルーグハルト様とは気付かずに――」
「いや、別に」
いつもの事だと軽く流す。
クラウスの地位を知った者は何時も同じ事を言う。
クラウスは店長と他愛のない話をしながらクリストを待った。
しばらくしてクリストが出て来た。
頼んだ通り、目立つ翼と耳はしっかりと隠されている。
「おお、良い感じ」
クラウスはクリストの格好に満足した。
だが、クリストの表情は暗い。
「どうかしたのか?」
「高いです……」
クリストにしてみればゼロが何個か多いんじゃないかと思う程のブランド品だった。
「高い……か? 俺の給料三日分位なんだが」
クラウスはクリストの服に付いている値札を見て言った。
「この服が三日分?!!!」
それを聞いてクリストは固まった。
「じゃ、これ買うよ」
「ありがとうございます」
一体一日にどれ程の給料を得ているのだろう。きっと自分なんかでは想像も付かない程の高級取りだという事は理解したクリストだった。
それから第六
そしてすぐに船に乗り込む。
特等室に入り、椅子に座ったクリストの表情は暗い。
「クラウスさん、アスガルドにはどの位で?」
「この船は高速船だからな。三日もあれば着く」
高速船というのが少し気になったが少しでも早く着いてくれる事に越した事はない。
七日間船に揺られていたことを思えば、三日なんてすぐに思えた。
だが、クリストは自分の考えの甘さを痛感することになる。