しばらくして
クリストはクラウスが術で沈めたので眠ったままだ。
送ってくれた執行員に礼を言うと、ここから一番近いところにある
「ん…………」
もぞもぞとクラウスの背中が動く。
「気が付いたか」
クラウスは背負っていたクリストを下ろした。
ぼんやりしながらもしっかりと立ち、辺りを見回す。
「ここは?」
「グラッズヘイムだ」
「へ? もう着いたんですか?」
クリストは活気に溢れた賑やかな街並の中に立っていた。
「そりゃ、術で無理やり沈められたからね。あっという間だったかもしれないけど……」
クリストは何があったのかを思い出した。
「具合はどうだ?」
「大丈夫です。気分も悪くはないです」
どうやら、術で無理やり意識を奪って連れて行く作戦は成功したらしい。
クリストは周りが気になるのかしきりに辺りを見回す。
「どうかした?」
「いえ、その。人間ってあまりいないんですね」
周りを歩いているのは獣耳や羽の生えている人ばかりだ。
「ここは亜人の住まうイストリア大陸だからな。人間に会うことは滅多にない」
ふらふらどこかに歩き出しそうなクリストの手をしっかりと掴みクラウスは歩き出す。
だが、クラウスは当てにならないので他の二人がしっかりサポート。
街の中で迷われた日にはまた捜索隊が必要になる。なるべくなら避けたい事態だ。
そして、方向音痴のクラウスを連れて無事に
流石に連れがいると迷わないらしい。
そこは、軍人の詰め所のような場所だった。
「あら、司令官にルーファス隊長、おかえりなさい。任務は完璧に遂行なさったようですね」
「入り口で止まるな。とっとと奥に行け」
ラスがルーファスを中に押し込む。
その後をクラウスとクリストが続いて入った。
「あら、執行吏もお帰りですか」
「……お前も俺が帰ってきたらまずい派か?」
暗に賭けの事を言っている。
「い、いやですわ。そんなことありませんよ」
愛想笑いにしか見えない。
「あら、執行吏の後ろにいらっしゃるのは……?」
「クリストだ。宮殿に連れて行きたいが、何か問題あるか?」
普通なら不審者であるクリストは止められるところだが……
「ええ、どうぞ」
「まさか、書類提出もなし?」
驚いたような顔をするルーファス。
「ええ、執行吏ですから」
なんだか納得のいかなそうなルーファス。
「これが権力の差だな」
ラスが隣でキッパリという。
ルーファスは差別だ〜とか言って悔しそうにしている。
クラウスはクリストと共に奥へ進んだ。
「これが
丸い台座のようなものに導線が複雑に絡み合うようにして奥の機械に繋がっている。
「この機械が?
でも、この台座みたいのに掘り込まれてるのは紋章陣ですよね?」
クリストがじっと台座を見ている。
「ああ、それは空間移動する為の紋章陣だ。この機械は紋章科学という分野で確立したものだからな」
「へぇ」
「まだ、このアスガルドでしか確立してない科学だ」
まだ新しい分野らしい。
「その紋章科学の立案者はクラウスで、その機械の設計もクラウスが直接行ったものだ」
後ろからさらっとラスが機械を見ながら言った。
「これをクラウスさんが!?」
「その紋章陣は誰にでも描けるものじゃないからな」
クリストはクラウスが輝いているように見えた。
「でも、科学者じゃないんですね」
「ああ、狭い部屋に閉じこもるのが嫌で十年前に辞めたんだ」
クラウスは相当頭が良いのだろう。完璧に頭脳労働者だ。
「それでも二十年はやってたな」
クラウスの見た目は二十歳そこそこだ。
しかし、彼は聖族。人間と同じように年を取るわけじゃない。
「クラウスさんって、いくつなんですか?」
「今年で…………四十二歳だな」
思っていたよりは若かった。
「これは乗るだけで移動できる優れものだ。座標が確定している場所にしか移動できないし、ここグラッズヘイムに試験的に設置されてるだけだが、将来的には自由に街と街を移動できるようにしたい」
壮大な夢だ。
「お前がチームから抜けたせいで研究が滞ってるらしいじゃないか」
それに予算がどれだけかかると思ってるんだと呆れたように言う。
「…………嫌なこと言うな」
クラウスはしぶい顔をしながら、
クラウスを光の粒子が包み込み、次の瞬間には跡形もなく消えていた。
「凄い……」
「ほら、お前も……」
言われるまま中に入ると、ぐにゃりと視界が歪んだ。
平衡感覚が失われる。
そして次の瞬間、全く違う場所にいた。
そう、水上宮殿グラッズヘイムの中に……
「あ、頭がくらくらする……」
移動するだけでぐったりしたクリスト。
とても動けるような状態ではないクリストはぐいっと引っ張られた。
じゃないと次から来る人にぶつかってしまう。
「クリスト、歩けるか?」
ふるふる。
微妙に首を振るクリスト。
その行為ですら大変そうだ。
しかたなくクラウスはクリストを背負った。
「ごめんなさい……」
どうやらクリストはこういう系に非常に弱いようだ。
「じゃあ今から救護課に向かうぞ」
廊下は白銀に輝く
この宮殿は水面にある地下三階分と地上に出ている五階分の計八階からなっている巨大な科学宮殿だ。この宮殿は元になった浮島などはなく、本当に水の上に浮いている。
科学力の粋を凝らして造られた宮殿で、周囲は術師や術士達によって常に結界が張られている。空からも水中からも進入は不可能なのだ。
かなり広く、どこも同じ設計で造られているので、初めて来ると必ず迷ってしまう。
だが、超絶方向音痴のはずのクラウスが迷いなく進みエレベーターの前まで来た。
流石に職場では迷わないのか?
エレベーターで一階まで行くと左に曲がったり右に行ったりと繰り返し、クリストには今どこにいるのかなんて見当も付かなかった。
途中、たくさんの人にすれ違ったが、皆、クラウスに敬礼をしていた。顔は知れ渡っているみたいだ。
そして――
「着いたぞ。ここが救護課だ」
ここの扉はどれも同じなので解りずらいが、一応普通部救護課というプレートは出ている。
シューン――
IDカードをカードキーに通し扉を開け中に入った。
中にもたくさんの人達が働いている。
クラウスは敬礼されると挨拶を返すが、自分からは誰にも何も言わずに奥へ奥へと進んだ。
奥に行くに連れて人が少なくなっていく。
そしてさらに奥に行くと、扉がありクラウスはIDカードを通して扉を開けた。
そこはいろいろな医療機具などかところせましと置いてある部屋だった。
「エドウィン、いるんだろう?」
返事はない。
そのかわりに規則正しい呼吸の音が聞こえる。
奥に行くとベッドで惰眠を貧っている男を発見した。
クラウスはそれを見て――
「仕事中に寝るなー!!」
寝ている男をベッドから思い切り蹴落とした。
ドサッ!!
物凄い音が室内に響く。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ったー――――」
男が腰を摩りながら立ち上がった。かなり痛そうだ。
「いきなり何をするんだ!! 痛いだろうが!!」
怒っていきりたつ男だったが、蹴り落とした本人を見て、
「――って、クラウス執行吏?
なんでここに?
一番救護課に無縁の貴方がって――――
というかいきなり人を蹴り落とさないで下さい!!」
「あー、煩い。職務中に惰眠を貧るような輩に言われる筋合いはない」
「くっ……それは…………」
男は正論であるために言い返すことが出来ない。
「――で、一体何の用ですか? クラウス執行吏」
溜息を付きながらクラウスに尋ねる。はっきり言って男はクラウスには勝てない。
「こいつを見てやって欲しいんだ」
そう言うと、背中の上にいたクリストを降ろした。クリストはクラウスの行動に唖然としている。
クリストは頭を下げた。
「あの、はじめまして」
それほど酷く酔っていたわけではないらしい。
もう回復している。
「――――!!――――」
クリストを見た途端に男の目付きが変わった。
クリストをじろじろ見始める。
「……………………外傷はないみたいだな。多少顔色が悪いが…………」
「
その途端に男の表情が引き攣った。
「あの、まさか、
「んな事あるか。
こいつは記憶喪失なんだ」
「は!? 記憶喪失??」
「そ、だから見て欲しいんだよ」
ぽんとクリストの肩に手を乗せるクラウス。
「ふ〜ん……記憶喪失ねぇ……で、名前は?」
「あの……本当の名前は解らないんですけど……クラウスさんがクリストって付けてくれました」
「ふ〜ん……クリスト……聖族の貴方らしいですね……それにしてもやっかいな患者を…………」
「お前は給料泥棒だ。少し働け」
「はいはい」
「クリスト。こいつは職務怠慢な奴だが腕は良い。一応これでも
「そうそう。一応この普通部救護課の責任者、エドウィン=ルザ=イーゼル。みんなエドって呼ぶから君もそう呼んでいいぞ」
「はい、解りました」
「じゃ、クリストの事頼んだぞ」
「どこか行くんですか?」
クラウスは扉の方に向かいながら――、
「ああ、王に謁見しに行く。クリストの事もあるしな。それに休みがいくら明日まであるとはいっても、仕事が溜まる一方だからな」
クラウスは執行部のトップにして三賢者であるため本来なら休みなど取れないほど多忙だ。
「それもそうか。じゃあ後で連絡しますよ」
「ああ、よろしく」
クラウスはそのまま普通部救護課を後にした。
クラウスはそのまま執行部の寮に向かう。
執行部の寮は四階にある。
しばらくして執行部にある自室に到着した。
執行吏であるクラウスの部屋はかなり広い上に設備も整っている。
リビングルームにダイニングキッチン、寝室にシャワールーム、書斎にパソコンのある作業室まで揃っている。そしてその他に部屋が三つ。
グラッズヘイムで働いていてもこれだけ広い部屋を割り当てられている者はいない。三賢者の二人でさえ二部屋ぐらい少ない。
クラウスはそのままシャワールームに行くとシャワーを浴びて青を基調とした制服に着替えた。
三賢者であるクラウスは他の執行員とは違うデザインの服を着ている。
ただ、ラスの着ていた軍服に非常によく似たデザインだ。それもそのはず、三賢者の服は色とデザインが少し違うだけでほとんど同じように作られている。
クラウスはきっちりと制服を身に纏うと、通信機だけ持って部屋を後にした。
国王に謁見の許可など得てはいないが、クラウスが行けば時間を多少なりとも空けてくれるだろう。
クラウスにはそれだけの権力がある。
そしてクラウスは五階にある謁見の間に向かった。
謁見の間に行くまでには多数の
みな、クラウスを見ると敬礼した。
クラウスは軽く挨拶を交わしながら謁見の間まで向かった。