暗い道を灯りもつけずに一人の青年が歩いていた。
夜だから暗いというわけではなく、元々暗い場所だから明かりが届かないだけだ。
そこは複雑な迷宮のように入り組んだ地下遺跡。
現世界にある
そんな国にある恐懼の山ヴェグスヴィンの中腹にある暗黒遺跡ゲイルヴィムル。
それが今、青年が歩いている場所だった。
この遺跡は非常に複雑に造られていた。
ひとたび不用意に入り込んだら二度と出ることが出来ないと言われるほどに……
それなのに何の迷いもなく歩いていく。
彼にとってこの遺跡は警戒するに値しない場所だった。
何故なら、彼はこの遺跡で暮らしているから。
そして一つの扉の前に辿り着く。
ぎぎぎ……
重い音を立てて扉が開く。
一瞬に明るくなり、眩いほどの光が溢れる。
普通ならここで目が眩むところだが、彼は全く平気そうに歩いていく。
迷わず歩みを進めた先にあるのは重厚な扉。
その扉の前で左右に行ったり来たりしている青年がいる。
はぁ、と溜息をついてその扉を見つめた。
「グレシネーク、どうかしたのか? 深刻そうな顔して」
溜息をついている青年に向かって声をかけたのは暗闇を歩いてきた青年だ。
「グリンフィールか……深刻そうなじゃなくて深刻なんだよ」
音も気配もなく現れた青年に溜息をまた一つ吐いて答える。
グレシネークと呼ばれた青年は頭から角を生やしており爪も異様に長く鋭い。
彼は見ての通り人ではなかった。
彼の種族は現世界で最も強いといわれている種族、
そしてグリンフィールと呼ばれた、一見人にしか見えないような青年もそう……ただ人の姿に変化する術を使っているから人に見えるだけだ。
「ふ〜ん……何かあったの?」
聞いてはいるもののあまり……というよりはほとんど興味はなさそうだ。
そう思っていることなど最初から解っていたのか、グレシネークは肩をすくめて答えた。
「ああ、一大事がな」
「一大事?
「
そっちも少し困るんだけどな〜と諦めたような顔で言った。
「はぁ!?
また苦労の種が増えたじゃないかと思わず渋い顔をするグリンフィール。
そしてここ最近の出来事を思い出してみる。
「そういえば最近天候が不順な時期があったな……」
「それだけじゃなくて、魔族も活発化してきてるって話だよ。
天使じゃ手に負えないってさ」
「――それで?」
「
その言葉にグリンフィールは黙った。
「……
「ああ」
「どうするんだよ?」
「どうって……」
「
「だよね」
間髪いれずに答えてしまえる辺りでもう何か全てを諦めている感じだ。
「何と言っても九大侯爵が一人……怠惰の象徴、
怠惰の象徴である彼等の上司は現世の魔王をしており、現世で最も強いといわれている
だが、
四六時中寝てばかりいる。
「わかってはいるけど、一応報告だけはしておかないとね」
それを聞いたグリンフィールは重厚な扉から数歩引いた。
「……グリンフィール?」
「頑張れ」
何のことだと一瞬眉をひそめたが、すぐに理由が判明した。
「――!!――
見捨てる気なのか! グリンフィール!!」
「――だって、
「私だってされたくないに決まってるだろう!」
「でも僕は将軍だから背徳者の殲滅が仕事。世界管理関係は全部宰相であるグレシネークの仕事でしょ?」
「うぐっ……」
それっきり二の句が告げなくなるグレシネーク。
「――だから頑張れ」
「……」
物凄く嫌そうな顔をして逡巡していたが、しばらくして諦めたような顔で扉の前に向かった。
そして思いっきり扉を叩く。
どんどん!!
最早ノックなどという生易しいものではなかった。
まあ……中にいる彼等の上司は寝ているのだからこのぐらいしないと起きてはこないだろうが。
しばらくすると――
ばんっ!!
重厚な扉が物凄い勢いで開いた。
重い鉱物で作られているためかなりの重さのそれは普通ならこんな勢いで開くものじゃない。
そしてこの勢いで開く重厚な扉は十分凶器だ。
「五月蝿い!! オレの安眠を妨害するとは良い度胸だ」
そう怒鳴り散らしたが、目の前には誰もいなかった。
首を傾げながら辺りを見回すと――
グレシネークが壁際で伸びていた。
「……なんでそんなところで寝てるんだ?」
勿論勢い良く開いた扉に吹っ飛ばされ、壁に激突して伸びたのだ。
「…………う……うぅ…………」
意識がかなりとびかけたが、何とか踏みとどまっていたグレシネークはなんとか起き上がった。
「――――っぅ……」
相当痛いようだ。
「一体なんのようだ?」
物凄くかったるそうに言った現世の魔王グラキエースは、慈悲という言葉を持ち合わせていなかった。
「ああ、陛下……先ほど……神界から連絡がありまして……」
「神界〜?」
その途端に露骨に嫌な顔をした。
「厄介事はゴメンなんだけど」
「ですが、
「だから?」
「……う、あの……」
剣呑な空気をばら撒きながらグレシネークを睨む。
「オレにどうしろって? まさか探せっていうわけ?」
ここでそうですとは言えない雰囲気だった。
グラキエースの寝起きは非常に悪い。
そして話題がグラキエースの大ッ嫌いな支援要請であるためにさらに機嫌を降下させた。
だが、言わないわけにはいかない。
グレシネークは寿命なんてないようなもののはずなのに、かなり縮んだ気がした。
「…………ですが、魔族が活発化してきていると――」
だから天使には手に負えないんですと続ける前に、ピシャリと言い放たれた。
「魔族の討伐は誅殺、惨殺、斬殺、殺戮、虐殺、鏖殺が大好きな将軍、
確かに彼はそういうの大好きだ。
あんなにヤバ気な性格をしているのによく魔族に堕ちないものだと感心されるぐらいだ。
「それは……確かにグリンフィールはそういうの大好物ですが――」
「だったら問題ないだろ」
取り付く島もない。
まあ、最初から解っていたことだが……
「それに
誰がそんな面倒なことをやるかときっぱり言い放った。
最初から期待はしていなかったが、やはりグラキエースは仕事など全くする気がないようだ。
ここが現世であまりする仕事がないのが幸いだった。
異空間の境界である門が封鎖される前は二人とも仕事に忙殺されていた。
あの頃より今はだいぶ落ち着いている。
それにほとんどの仕事は万物神や階級天使、守護天使達がこなしてくれるのでやらなければならない仕事のノルマはわりと低い。
まあ、あの頃と違い部下もいなくなったわけだが……
「世界管理・現世界所属……環境保全課主任及び現世の魔王側近、宰相のグレシネークに告ぐ」
「は、はい」
思わず姿勢を正して返事をしてしまった。
「これ以降の指揮権は全てグリンフィールに一任する。だからオレにいちいち伺いに来るな!」
うざいんだよ! とどこまでも自分に正直にモノを言うグラキエース。
「グリンフィールにですか?」
「そう。だって、グリンフィールの方がオマエより強いし、年上だろ」
確かにグリンフィールの方が遥かに年上だ。
グレシネークより十万年ほど余計に生きている。
グラキエースなんかグレシネークの倍は生きているのだ。
その判断に間違いはないだろう。
二人には年齢では勝てない。
何しろ現世のナンバーワンとナンバーツーだ。
「世界管理・現世界所属……保安警務課主任及び現世の魔王側近、将軍のグリンフィールに告ぐ、しっかりやれよ」
グラキエースはそう言い放つと、重いはずの扉を軽々と動かし、扉を閉めた。
取り残されたグレシネークはいつの間にかいなくなっていたグリンフィールに声をかけて去っていったグラキエースに疑問を持った。
――まさか……すぐ側にいるのか?
年の功なのか、グレシネークよりもかなり要領の良いグリンフィール。
そして自分より遥かに強い為に気配も感じられない。
「…………グリンフィール……そこにいるのか?」
恐る恐る声を掛けると――
「ま、ね」
そう言って扉からは死角になっている部屋の影から姿を現した。
「流石に
グレシネークは、その言葉に理不尽を感じずにはいられなかった。
「なんで、私ばっかり責められなきゃならないんだ……」
「そりゃあ勿論、グレシネークが
「……」
「わざわざ呼びつけるなんて面倒なこと
声張り上げるのにも結構カロリーを消費するからなあ、と気楽なグリンフィール。
「理不尽だ……」
グレシネークはがっくりと肩を落とした。
「――はぁ。それでグリンフィール、これからどうするんだ?」
勿論さっきグラキエースに押し付けられた
「冥王に連絡するか」
「アスモデウス様に?」
「そ。あの方なら打開策ぐらい持ってきてくれるだろうからね」
おもいっきり他人任せなその案にグレシネークはグラキエースに似ていると思わずに入られなかった。
「不満そうだな」
「そりゃ……だって、それじゃあ陛下とやってることが変わらないだろ?」
「魔族討伐だけなら僕だけでも何とかなるけど、
「確かに」
「君一人でこの広い世界からたった一つの光を見つけられる?」
無理だ、と即座に思った。
「だからこそ
「なるほど」
「――というわけで、通信室に行くよ。早いに越したことはないからね」
「ああ」
仕事を全くしない現世の魔王グラキエースに全てを押し付けられた二人は、取り敢えず現状を打破する為の行動に移った。