青白い光を放つシャンデリアのあるそう広くはない部屋の一室に五人の男性が集まっていた。
 四角いテーブルにそれぞれ座り、召喚者が来るのを待っている。
「――つーか、アスモデウスのヤツはまだか!! 遅すぎるぞ!!」
 バン! とテーブルを叩いて苛立たしげにしているのは真っ赤な髪に紫色の瞳をした、明らかに好戦的な若者だった。
「そう急くな。彼奴が時間通りに来ないのはいつもの事じゃろう」
 それに対して、向かいに座っている男は非常に落ち着いていた。
 金色の髪に色違いの瞳……同じ青だが色の質が違う。左目が空の青で右目が海の青。
 やや年寄り臭い話し方をする辺り、見た目以上に生きているのだろう。
 それもそのはず、ここにいる五人は皆、世界最強といわれる魔皇(まこう)族と呼ばれる長命種族だ。
 寿命はあってないようなものだ。
 その魔皇(まこう)族の中でも格段に強く、各世界を管理する魔王と呼ばれる職についている者達……それが彼等だった。
「確かに、二時間ぐらいはいつもの事だな」
 彼もさして気にしたような様子ではない。
 蒼い髪に金色の瞳の彼は周囲の状況などお構いなしに余暇を過ごしていた。
「――つーかゼブル、オマエ何食ってんだよ」
 ……つまり、食事だ。
「ドラゴンの肉だが……やらんぞ」
「いらねーよ」
 一瞬、目付きが変わったのを見逃さなかった。
「なんで会議をするって時に食ってんだよ」
 呆れたように隣で食事を続ける男を見る。
「そうは言ってもな、おなかが空いては話を聞く気にもなれないぞ」
「流石は暴食(グラ)のバール=ゼブルと呼ばれるだけはあるよね〜」
「そこ、感心するところじゃねーよ」
 食に対する執念は並々ならぬものがある。
「ベリアル、お主は随分とカルシウムが足りておらぬようじゃな」
 さっきからイライラして怒鳴り散らしている男、ベリアルに声をかける。
「余計なお世話だ」
 その言葉にぷいとそっぽを向いて言い放つ。
「まぁ、憤怒(イラ)だしね」
 それを微笑ましそうに見ているのは目にも鮮やかなオレンジ色の髪に青い瞳をした若者だった。
「全く、若いのう。
 それにしても、アシリエル。お主は今回のアスモデウスによる召集をどう思う?」
 彼は隣に座っている、さっきから一言も喋らない紫色の髪と瞳を持った男に声を掛けた。
「彼は意味もなくこの様な事をしない人です。面倒事や厄介事は嫌いなようですから。
 おそらく、何かあったのでしょう」
 的確に質問に対する答えを返す彼には、一切無駄なものがなかった。
「ふむ。お主もそう思うか」
「でも冥界でなんかあっても勝手に何とかするでしょ?」
 自分の治めている世界の事ぐらいは自分で何とかするのは鉄則である。彼等ほどの力を持ってすれば、自分で出来ないことなどほとんどないに等しい。
「そうじゃのぉ……」
「確かに、その程度であれば態々呼び出すまでもないでしょう。彼はああ見えてもとても優秀ですからね」
「だよねぇ。だって、この中じゃあ年長者だし」
 そう言って彼は一番の年長者を見た。
「確かに、わしの次に年寄りじゃからのぉ」
「でも、アシリエルもゼブルもたいして変わんねーだろ?」
「確かにアシリエルはそうかもしれぬが、我は一万年ちょっとはなれておるからそう近くもないぞ」
「でもボクやベリアルは一ケタ少ないからね。キミ達から見ればまだまだ子供でしょ?」
「確かに、ベリアルなぞアシリエルの十分の一しか生きておらんからな。圧倒的に経験不足だな」
「言えてる」
 短気なところはそんな年齢の差があるから余計に目立つのかもしれない。
「その年でなお、世界管理者たる魔王を行うことが出来るのは賞賛に値することです」
「確かに……それだけつえーって事だからな」
「魔王は弱肉強食だからな」
 魔王になるものは先代の魔王を倒さなければならない。
 強くなければ取締りなど出来ないからだ。
「それとは無縁の者もおるようじゃがな」
 ここにいない者の事を懐かしむように言った。
「グラキエースの事ですね」
「うむ」
 グラキエースは(ゲート)が閉まる前に現世に残った。
「でもあの人だってレヴィアタン並に生きてるでしょ?」
「うむ。力で言えばかなりのものじゃよ。だが、それを生かしきれておらぬ」
 一応あんなんでも非常に優秀な世界管理者なのだ。
「その分部下が優秀だから平気なのではないか?」
虚飾(ウェイングローリー)のグリンフィールと憂鬱(サドネス)のグレシネークか」
「確かに、虚飾(ウェイングローリー)のグリンは強いよ」
 その声に一同は部屋の入り口の方を向いた。
「何てったってグリンは僕より年上だからね」
 へらへら〜と笑いながら入ってきたのは蒼い髪に緑色の瞳をした男だった。髪の一部に濃い青のメッシュが入っているが、別に染めたわけじゃない。
 彼は緊張感の欠片もなく部屋に入ってきた……彼こそがこの会議の召喚主だ。
「ようやく来ましたか」
「ごっめ〜ん、遅れた」

 


 アスモデウスはベリアルの隣、アシリエルの向かいの空いていた席にゆっくりと腰を下ろす。
「遅すぎるぞ! 人を呼びつけといて遅刻してんじゃねーよ!!」
「ベリは相変わらず短気だね〜。その内血管切れるよ〜?」
「余計なお世話だ!!」
 怒らせている本人にその自覚は全くないようだ。
「それより何があったのですか? 貴方が我々を召喚するとは」
「あー……そう。その所為で遅れちゃったんだよね」
「その所為で遅れた?」
「言い訳すんなよ」
 冷めた目で隣に座っているアスモデウスを見るベリアル。
「言い訳なんてしてないよ。ただちょっと現世で困ったことが起こったって連絡があってね」
 そう言って肩を竦めた。
 待たせた事に対する罪悪感は全くなさそうだ。
「何かあったのかい?」
「まぁね〜。なんか魔族の行動が活発化してきて大変らしいよ」
 問われて返す言葉には微塵の深刻さも感じられない。
「まさか、グラキエースが連絡してきおったのか?」
「それこそまさか、だよ。怠惰(アシーディア)のラキが連絡してくるハズないじゃない」
 有り得ないしとパタパタ手を振りながら否定する。
「じゃあ……」
「連絡くれたのは虚飾(ウェイングローリー)のグリンと憂鬱(サドネス)のネークだよ」
「確かに、グラキエースが連絡してくるとは考えられませんが……」
 アシリエルは会ったことこそないが、その噂はしっかりと聞いている。
「でもその程度で彼等が連絡してくるでしょうか?」
「グラキエースが何もせずともグリンフィールがおるからのぉ。対処は簡単じゃろう。グレシネークもおるしのぉ」
 確かにと、レヴィアタンも頷きながらグリンフィールの事を思い浮かべる。
 事務処理は破滅的だったが、戦闘能力はピカイチだった。
 それに何より、狩りは大好きだったはずだ。
「それだけなら、ね」
「まだ何かあったのか」
「魔族が水の制御システムの中枢にあたる浮遊大陸”水蓮鏡(すいれんきょう)”を破壊、そして落としたらしいよ」
「何ですって!?」
 いつも冷静で声を荒げたりしないアシリエルがその言葉に驚き、声を荒げた。
「それは――」
「一大事じゃねーか!」
「――して、被害状況は?」
 やはり年の功なのか、落ち着いた様子でレヴィアタンは先を促した。
「二度にわたる攻撃を受け、守護天使及び階級天使にかなりの被害が出ている模様。そして、水蓮鏡(すいれんきょう)に常駐していた水の神も全滅……被害は世界管理に支障を来たしかねないほど甚大」
 先ほどまでの軽薄な気配がなりを潜め、真面目な顔つきになる。
 それは間違いなく、世界管理者たるアスモデウスの顔だった。
「では……今現在、現世のエレメントのバランスは非常に悪いですね」
「悪い事っていうのは重なる時にはとことん重なるみたいでね」
 それだけならどれほど良かったかと、溜息をつく。
「まだ何かあるのか?」
「……水の最高神”水神(みなかみ)海水(かいな)”が調度居合わせたみたいでね――」
 その瞬間、会議室に戦慄が走った。
「まさか……倒されたのか!?」
「そんな事になっていたら今頃現世は崩壊してるね」
確かに、水が暴走すれば世界などひとたまりもないだろう。
「では何があった?」
「力を封印した状態で行方不明になったらしいよ」
「行方不明? それは――」
 まずいのか? と、思っている気配が伝わってくる。
「とってもヤバイらしいよ。何しろ力が一切使えない状態らしいから」
「仮にも何も、神じゃろう? 気配で解らぬのか?」
「神の力が封印されてるから無理みたいだよ。だから万物神が魔皇(まこう)族に助けを求めてきたみたい」
「なんと、元は万物神からの連絡じゃったのか……」
「うん。天使が激減しちゃったから捜索まで手が回らないらしいよ。魔皇(まこう)族といっても、現世で暮らしているのはあの三人だけらしいし……後はみんな魔族に堕ちたってさ」
 困ったもんだよね〜と、現世での状況に頭が痛くなるような事を言う。
「そんなに堕ちたのか?」
 魔界や冥界で魔族に堕ちる者はほとんどいない。魔族になろうものなら処刑されて死界に封じられたり、深淵に隔離されたりする。
 例え周り者に手が負えなくとも、魔王が出て行けば簡単に事は収まる。
 だからこそ、魔王には強さと道徳心が求められる。
「現世では自分より弱いものが多いし誘惑も多いのじゃろう……故の堕落じゃな」
 現世は魔界や冥界より遥かに広い。
 目を光らせ続ける事など無理だ。
 最も、現世の魔王であるグラキエースがほとんど仕事をしない所為かもしれないが……
「だから二人から連絡を受けた後にみんなを召喚して、その後に万物神に詳しいことを聞いてたら遅れちゃったんだ」
「――話聞いてから召喚しろよ」
「いや、あんなに時間がかかるとは思わなくてさぁ……」
 全く反省していない。
「それで、なんと言ってきているのですか?」
 おおよその見当は付く。
 でなければ魔皇(まこう)族に連絡など取りはしない。
「我等、魔皇(まこう)族に助力を願いたい……と――」
 やっぱりな回答だったが、彼等は非常に困った。
「ふむ……万物神は皆、属性に縛られており現世に降りようものなら影響を与え過ぎてバランスを崩してしまうからのぉ……」
「それに神を倒す程力を持った魔族では天使達では勝ち目はないでしょうね」
「他の制御システムも危険か……」
 理由はわかるが、こちらにもどうしようもない事がある。つまり――
「――とは言ってもボク達じゃどうしようもないでしょ。十六万九千四百四十五年前、当時の冥王によって(ゲート)は閉じられてるんだから」
「だよなぁ」
 目に見える壁が存在する。
 霊界、死界、幽界、魔界、深淵は冥界を繋ぐ(ゲート)があり、自由とまではいかないがそれなりに行き来は可能だ。
 だが、冥界と現世を繋ぐ(ゲート)は閉じられている。
 行き来は出来ない。
「まさか(ゲート)の封印を解くわけにはいかないしね」
 かつての過ちのために封じた扉を開ける事は、今よりも更に事態を悪化させる可能性がある。
 だが、アシリエルとレヴィアタンは向かい合い、無言で頷きあうとアスモデウスを見た。
「アスモデウス。貴方確か(ゲート)を通り抜けることが出来ましたよね?」
「そうなんだよ、そうなんだよ、そうなんだよ〜」
 二人の意図がわかってしまったアスモデウスはすっかり真面目モードを破棄してぶすっとしながらテーブルに突っ伏した。
「何か不満でもあるのか?」
「有りまくりだよ! 行きたくないのに行かないといけないじゃないか!!」
 バンッとテーブルを叩いて勢い良く顔を上げて言い放つ。
 基本的に彼はあまりやる気のない人だ。
「行きたくねーだけかよ」
「少しは真面目に仕事をしなさい」
 その様子に自分より年上の同僚を一喝するアシリエル。
「――って言われても〜……」
 言われたぐらいで直るものならとっくの昔に真面目な性格になっているはずだ。
「我々は我々に出来る最善の方法を行うのみです。貴方、それでも世界管理者ですか?」
「うん、一応……前冥王の前でうっかり実力出しちゃった為に押し付けられました……」
 迂闊だったと、かつての自分の過ちを振り返って涙するアスモデウス。
 自分の優秀さを知られてしまったがために前冥王と生死を賭けた勝負をする事になってしまったのだ。
 勿論死にたくないので本気で戦って倒してしまった。
 その為、やりたくもない仕事をやるハメになったのだが……
「…………では、世界管理者らしく仕事に従事して下さい」
 そんな彼の経歴を思い出して頭が痛くなったが、気を取り直して更に言う。
 彼等は同僚では有るが上下関係はない。
 命令など出来ない。
 やるもやらぬも、全ては自由意志だ。
「えー、めんどう〜」
 そのため、アシリエルの苛立ちは募る。
「何がそんなにイヤなんだい? 出来る事があるというのはうらやましい限りだと、思うけどね」
 ベヒモスはアスモデウスが何故そんなにやりたくないのかが解らなかった。
 ベヒモスは現世というものを全く知らない。
 生まれた時には既に(ゲート)はしまっていた。
 だから興味がある。
 その為、やりたくないと駄々をこねるアスモデウスの気持ちがわからなかった。
「そうじゃ。女と遊んでる暇があるなら行くべきじゃな」
 レヴィアタンも遠まわしに仕事しろと言う。
「なんで僕ばっかり〜」
 それでもイヤなものはイヤだった。
 そんな様子を見ていたゼブルは一人納得して言った。
「なるほど、アスモデウスは一人で行くのがイヤなんだな」
「あーそうか……一人で仕事するのかメンドーでイヤなのか」
「そうだ、悪いか!」
 威張って言う事ではない。
 その場にいた者たちは皆呆れた。
「そうは言ってものう……」
「誰か連れて行けないのか?」
 ゼブルはさらっと言った。
「誰か……?」
「連れて行けるものなのか?」
 だが、(ゲート)には結界とエーテルが渦巻いているので近寄る事は出来ない。そんなのをものともしないのは冥界の王であるアスモデウスだけだ。
 だが、アスモデウスは考え込んでいた。
「――死界と幽界は現世に続く(ゲート)があるから平気かも……」
「幽界は死した人ならざるもの達の魂の還ってくる場所じゃな。霊界に行く魂もここを通って行くのぉ」
 幽界と霊界は死者の魂の安住の地。
 霊界が人間の魂のみを回収するのに対し、幽界はそれ以外の魂を回収する。
 当然、幽界の方が遥かに大きい。
「死界は罪を犯したモノの魂が辿り着く場所です」
 死界は要するに地獄だ。
 咎人を監禁する場所。
「ですが(ゲート)と言っても、これは魂のみが通る事の出来る道があるだけですよ?」
「生あるものは通り抜けることなど適わぬ」
「普通なら、でしょ?」
 アスモデウスは(ゲート)についてはよく知っている。
 (ゲート)はどこにあっても全て冥王の管轄だからだ。
「どういうこと?」
「これは僕が冥界の(ゲート)を通り抜けられる理由と同じ。(ゲート)に直接干渉して(ゲート)の向こう側に空間を一時的に繋げるんだ。
 (ゲート)は基本的にその界の魔王しか入れないからね。(ゲート)の側にはエーテルが渦巻いてるからね」
「力のない者なら一瞬にして蒸発させるだけの力があるのぉ」
「そう、でも冥王である僕はどの(ゲート)でも影響を受けないけどね」
「ふーん……そういうものなんだ」
 ベヒモスはへぇ〜といった感じでアスモデウスの話を聞いている。
「いいでしょう。貴方だけに任せるのは非常に心配です。私も行きましょう」
 仕事に関しては妥協も容赦もしないアシリエルらしい言葉だ。
「わしも良いぞ。現世がどうなっておるのか直接見るのも一興」
 かつて自分が行き来していた頃とはだいぶ変わっているだろうと思いながら、腰を上げる。
「流石アッシーとレヴィ。じゃあ、先にそれぞれ(ゲート)に行ってて。準備してから行くから」
 普段閉じている(ゲート)を無理やり通るのだからそれなりの準備も必要だろう。
「アスモデウス。貴方仕事する気があるのですか?」
 だが、俄然やる気になったアスモデウスを不審そうに見つめるアシリエル。
「なさそうじゃのぉ」
 それを見てやれやれといった様子のレヴィアタン。
「ま、こちら側のことは我等がなんとかしよう。貴公等は現世で出来る事をなしてくれ」
 魔王が半分いなくなるのはかなり大変な事のはずだが、やはり水神(すいじん)を探し出す方が急務だ。
 そんな事彼等はわかっている。
「無論じゃ」
「それはアスモデウスにのみ言って下さい」
 だが、世界管理者の中でグラキエースの次に仕事をサボりがちなアスモデウスに対して、アシリエルは厳しかった。
「信用ないなぁ」
 だが、堪えた様子はない。