「ここは何処ですか?」
アシリエルは周囲を見回した。
周りは黒い森だ。
黒い原因は日当たりが悪いというわけではなく、そこに生えている樹木が黒い所為だろう。
「ここは
周りに広がっているのは樹木ばかりだが、一応山であるらしい。
「現世の魔王ラキのいる場所だよ」
アスモデウスの説明で何故此処に来たのかはわかった。
だが、目の前にあるのは――
「遺跡じゃな」
そう、遺跡だった。
かなり風化しているように見える。
およそ人の住む場所には見えない。
だが、アスモデウスはここに連れて来た。
「……このような場所で暮らしているのですか?」
「うん。ここは暗黒遺跡ゲイルヴィムル。この最深部に暮らしてるみたいだよ」
こんな所で……とアシリエルもレヴィアタンも思った。
「いいんじゃないの? どうせ寝てるだけなんだし」
そのアスモデウスの言葉にレヴィアタンも納得した。
「なるほど、道理じゃな」
グラキエースの性格を思い出してみる。
外観にこだわったりはしないだろう。
寝る場所さえあれば文句など言いそうに無い。
「さ、行って話しでもしないとね」
三人はその遺跡に足を踏み入れた。
この非常に複雑に造られている遺跡に。
ひとたび不用意に入り込んだら二度と出ることが出来ないと言われれいる遺跡だったが、三人は迷い無く先へ進んだ。
下のほうに大きな力を感じる。
それは間違いなく現王グラキエースの力だ。
そして彼の部下が何度もこの遺跡を通ったのだろう。その力の微かな残滓が三人の魔王を迷い無く最深部へと導いた。
然程時間をかけることなく目的地へ到着する。
そしてアスモデウスは思いっきり扉を開け放った。
「到着――!」
その声を聞いたグリンフィールとグレシネークが出て来た。
そして二人は驚く。
ここに来るのはアスモデウス一人だと思っていたからだ。
それなのに三人もいる。
その内の二人は面識があった。
「冥王に霊王様!?…………それから――?」
長く生きているグリンフィールだったが、アシリエルの事は知らなかった。
「死界の魔王をしている
「死王様!?」
それはグリンフィールとグレシネークを驚かせるには十分だった。
「ふむ。グリンフィールの隣におるのが
「あ、はい。始めまして、
レヴィアタンに言われ、慌てて自己紹介をするグレシネーク。
頭を下げる事も忘れない。
「では貴方が――」
アシリエルがもう一人の方、グリンフィールを見た。
「はい。僕が
硬くなっているグレシネークと違い、グリンフィールは自然体だ。
「ふむ。ではわしらも挨拶するとしようかの。
わしは霊界の魔王をしておる
よろしくの、とグレシネークに向かって言う。
「僕が冥界の魔王をやらされる
へらへら〜とした態度のアスモデウス。
まぁ、彼はいつもこんな感じだ。
「さて、ラキに会いに行こうか」
その言葉にグリンフィールとグレシネークは焦った。
グラキエースの寝起きは悪い。
特に睡眠を邪魔されるのが大嫌いだ。
そんなグラキエースのことを知っているレヴィアタンは二人の心配を笑い飛ばした。
「わしらはこれでも世界管理者である魔王じゃ。つまり同僚じゃ。別に怖いなどと思うたりするはずがないじゃろう」
それを聞いたアスモデウスも笑って言う。
「レヴィの言う通りだよ。特にレヴィがラキに負けるはず無いしぃ」
それにレヴィアタンは笑った。
「年だけはくっておるからの」
レヴィアタンは七人の魔王の中でも最年長だ。
「我々は世界管理者です。有事の際の召喚で文句を言われる筋合いなどありません」
「アッシーは硬いんだから」
そう言いながらアスモデウスはグラキエースのいると思われる扉に手をかけた。
そして躊躇う事無く一気に開け放つ。
それを見たアシリエルは表情こそ変えなかったが、内心ではどう思っていたのかはわからない。
その部屋は非常にシンプルだった。
大きな天蓋付きベッドの他にあるのは大小様々なクッションだ。
それがベッドの中に敷き詰められていた。
中に入りきらなかったであろうクッションがボトボトとベッドの周りや部屋の中に散乱している。
足の踏み場も無いほどに……
この部屋にはそれ以外の調度品は何も無かった。
一体あの中の何処で眠っているというのか……
本人は全く見えない。
そして目の前をふわふわと浮かんでいる赤い羽根。
それを手に取るレヴィアタン。
「不死鳥の羽じゃな」
アスモデウスは近くに落ちていたクッションの一つを手に取った。
それをまじまじと見る。
そのクッションからは赤い羽根が一本、はみ出ていた。
「随分豪勢なクッションだねぇ〜」
アスモデウスはクッションをぶにぶにと触る。
そしてあのクッションの山の中で埋まるようにして寝ているであろうグラキエースに向かって、思いっきり叫んだ。
「ラキ――――!! 久しぶり――――!!!」
そして手に持っていたクッションを思いっきりグラキエースが寝ているベッドに向かって投げつけた。
その突拍子の無い行動に流石に驚くレヴィアタンとアシリエル。
グリンフィールとグレシネークにいたっては真っ青だった。
ぶつかった衝撃でクッションがはじけ跳ぶ。
そして寝ていたであろうグラキエースの姿が露わになる。
そのグラキエースはやや憮然とした顔でベッドから降りてきた。
はっきりと顔に煩いとか、何するんだと書いてある。
だが、部屋に入り口にいるのが部下二人ではない事に驚いた。
アスモデウス、レヴィアタン、アシリエルの三人がクッションを押しのけて中に進む。
グリンフィールとグレシネークも後ろから着いて行った。
「アスモデウスにレヴィアタン? それから――」
思い出そうと思うが、全く出てこない。
じっとアシリエルを見るグラキエース。
それを見たアシリエルが自己紹介をする。
「死界の魔王をしている
アシリエルはグラキエースとは初対面だ。
冥界の門が閉じてから魔王になったし、魔界出身のグラキエースとは違い、アシリエルは死界出身だ。
「魔王……? 死界の? そうか……代替わりしたのか」
自分の知っている死王ではなかったのを見て、だいぶ年月が経った事を知るグラキエース。
だが、すぐに疑問が起きた。
「どうして現世に来れるんだ? 冥界の門は閉じたはずだろう? レヴィアタン、オマエもそうだ。オマエだって幽界の魔王だったはず…………どうして」
寝起きで頭があまり働いていないようだ。
少しぼぉっとしている。
「――というかなんで現世に来たんだ?」
グラキエースは何も知らないようだ。
おそらく寝ていて話を聞こうとしなかったのだろう。
それを察したレヴィアタンが溜息を吐く。
「お主は何も知らんようじゃな。ここにおるアスモデウスももう魔王じゃよ。じゃからわしらはここに来る事が出来たのじゃ」
その言葉にようやく気付く。
「アスモデウス…………冥王?」
「うん」
しばし静寂が流れる。
「あんなに面倒ごとは嫌がってたじゃないか。なんでこんなメンドクサイ職に就いたんだ?」
確かに、アスモデウスは面倒ごとも厄介ごとも大嫌いだった。何かにしばられるのがキライなのだ。
「そうなんだよ〜!」
だが、グラキエースのその言葉を聞いた途端、堰を切ったように喋り始めた。
「本当はこんな事やりたくなかったんだよ! だけど! うっかり先代の冥王に実力を知られちゃってさぁ! 死にたくなかったらわしを倒せとか言われたから仕方なく! だって僕まだ死にたくないしぃ!!」
ああ、なんでこんな事しなきゃいけないんだとわめき散らすアスモデウス。
その心情が痛いほど良く理解できるグラキエースはポンとアスモデウスの両肩に手を置いた。
「オマエの気持ちはよく解る」
「ラキ……」
基本的にこの二人は似たもの同士だ。
「――で、一体何しに来たんだ」
本題を切り出す。
何かなかったら世界管理者たる魔王が三人も現世に来たりはしない。
そのぐらいはグラキエースにだってわかる。
やる気が限り無くゼロでも一応彼は優秀な世界管理者の一人だ。
「ああ、そう。それなんだけどさぁ――」
さっきとはうって変わった感じで話し始めるアスモデウス。
真面目な時とそうでない時の差は激しい。
だが、この切り替えの速さは流石だ。
そして何も知らないグラキエースに事の始まりから説明する。
「なるほど……オレが寝ている間に凄い事になっているみたいだな」
話を全く聞かなかった自身の所為だが、そんな事を反省するようなグラキエースではない。
「でも随分遅かったですね」
後ろで四人の話を大人しく聞いていたグリンフィールが口を挟んだ。
「遅い?」
その言葉に何の事かと眉を寄せる一同。
それを見たグリンフィールはあっさりとその理由を答えた。
「はい。だってもうあれから五ヶ月も経ってますよ」
シーン…………
一瞬、物凄い静寂が訪れた。
「どういう事ですか、アスモデウス」
「すぐに出発したはずじゃがのぅ」
二人は同時にアスモデウスを見た。
どう考えても時間が合わない。
この空白の五ヶ月は一体何なのか。
そのアスモデウスはその理由が解っているのか、目が泳いだ。
「あー、その…………僕は主属性が空間だから時の操作は全く出来なくて……」
えへっ、と誤魔化すアスモデウス。
笑い事ではない。
「なるほど。それで時間軸がズレたと」
冥界の門は操作が非常に難しい。その為時間を操作できないアスモデウスは少し失敗したようだ。
「――という事は……今は四月ですか?」
アシリエルがグリンフィールに確認した。
「はい。今日は四月八日です」
予定外の時間のロスだ。
五ヶ月というのはかなり大きい。
だが二人は何年もずれるよりはマシだと結論付けた。
「では早く行かないといけませんね」
「でも僕達じゃどこに落下したかわからないよ」
彼等は現世には詳しくない。
「地形も変わっておるやもしれんのぉ。何しろ十六万九千四百四十六年も経っておるからの」
歴史や地理が変わるには十分な時間が経過した。
そして三人はグラキエースを見た。
だが、グラキエースはとても地形を詳しく知っていそうに無い。落下地点ですら知らなそうだ。
それを察したグラキエースは部下を差し出した。
「グリンフィールを連れて行くといい。ソイツは世界中をふらふらして仕事してるから世界情勢とか地理とかはオレよりかなり詳しいはずだ。それにソイツも主属性が空間だから移動には役に立つ」
グラキエースはそう言うとベッドに戻った。
もう話す事はないと言わんばかりの行動だ。
アシリエルとしてはかなり不満だったが、協力を要請した所で絶対動かなそうなのは見て、話して、良く理解した。
これ以上時間を無駄にしたくはない。
グラキエースの事は諦めるしかなかった。
「では、よろしくの」
グリンフィールはそんな上司の行動に肩を竦めると後の事を全てグレシネークに押し付けた。
上司命令なので仕方がないが、仕事量が増えて頭が痛い状況だ。
「はぁ」
思わず溜息が出る。
こんな上司の所為で二人はかなり苦労してそうだ。
「では落下地点に一番近い村に行きましょう。そこに行けばおそらく視えるはずです」
グリンフィールはそう説明すると部屋を出た。
こんなごちゃごちゃ
三人はグリンフィールに続いて部屋を出て、その周りに集まる。
…… ε ι ξ ς ε ι σ ε ξ δ ε φ ε ς μ α β τ λ μ ε ι ξ ε π ο ε σ ι ε α υ ζ δ ε ς α ξ δ ε ς ε ξ σ ε ι τ ε φ ο ξ ς α υ ν
大きな薄紫色の紋章陣が四人の足元に現れた。
――空間を越える旅人の
景色がぐにゃりと変わり、次の瞬間には全く別の場所に立っていた。