「げっ――」
グリンフィールは目の前にいるモノを見て自分の失態に気付いた。
もう少し人気の無いところを選ぶべきだったと今更ながらに思う。
だが、後の祭りだ。
そう、目の前には人がいた。
物凄く驚いているのがわかる。
それはそうだろう。
いきなり目の前に人が現れたら、誰だって驚く。
空間転移なんて出来るものは限られているからだ。
「凄いですね。空間転移なんて」
その中の一人だけその事に全く驚いていない人物がいた。
その人物は
アスモデウスとレヴィアタンはその人物に見覚えがあった。
「フェネシス=イル=レーラか。久しいのぉ」
「随分と懐かしい人に逢ったね。まだ生きてるなんて驚きぃ」
二人は口々にそう言った。
「レヴィアタンとアスモデウスの知り合いですか?」
目の前にいる色素の薄い男を見ながら尋ねる。
「
アシリエルはそれを聞いて
だがこの二人と知り合いという事は少なくとも十六万九千四百四十六年以上生きているという事だ。
それに対するフェネシスは黙ったままだ。
何かを考えているように見える。
「フェネシス様?」
シーファが声をかけるがそれにも気付いていないようだ。
そして、しばらくして声を上げた。
「霊王レヴィアタン様とアスモデウス様ですね」
あまりの昔の事で忘れていたようだ。
膨大な記憶は古い記憶を呼び起こすのに時間をかけざるを得ない。
それまで周囲を警戒していたシーファだが、目の前にいるのがフェネシスの知人という事で警戒を解いた。
「相変わらずのようじゃの」
以前逢った時と全く変わらない姿のフェネシスを見て思う。
「でも今はフェネシス=ラインヴァンです」
「ラインヴァン?」
アスモデウスが不思議そうに声を上げた。
一体何があったら名が変わるというのか?
その疑問に答えたのは当のフェネシスではなく、横にいたグリンフィールだった。
「イル=レーラ卿が人助けをしていたのは有名ですが、冥界の門が閉じ、暦が創世暦から創生暦になってからです。
創生暦十万四千六百七十三年、とある宗教国家に身をおく事を決めました。その国が
そうですね、ここからほぼ反対側にある国です。イル=レーラ卿はその時にその国の名を戴きました。
だから今はラインヴァンなんです」
それを聞いたレヴィアタンはしみじみと言った。
「なるほど、偉くなったもんじゃ」
年月の移ろいを深く感じた。
見た目は一切変わらない自分達ではあるが、時は流れている。
「そんな事はありません」
フェネシスは首を振った。
フェネシスは自分が偉くなったなどとは思っていない。
「そんな事は無い。時とは移ろい行くものじゃ。現に自由が大好物じゃったアスモデウスも今じゃ冥王じゃ」
それに対してやりたくなかったと、まだ言っているアスモデウス。
諦めが悪い。
だが冥王をやめるのは死と同義なのでやめるにやめられない。
まだ死にたくは無いからだ。
「じゃあ冥王様ですね」
そう言ってフェネシスは会釈した。
全く嬉しくないアスモデウス。
「ところで何かあったんですか? 皆さん全員
『
それを聞いたシーファ、フロスト、レイシェル、ラーディエンスは耳を疑った。
半ば伝説になっている
「まぁ、確かに各界の魔王三人と現世のナンバーツーが借り出されるくらいなんだから重要事項だね〜」
そのいい加減なアスモデウスの言葉をアシリエルが訂正する。
「最重要事項です。我々はどんな事があっても
「
その言葉にレイシェルが反応する。
そのレイシェルを見た四人は彼女が天使である事を人目で見抜いた。
「天使か……それにしてもお主の様な天使が何故イル=レーラと一緒におるのじゃ?」
確かに、本来ならここにいるはずがない。
彼女は天界に帰るべきだった。
だが状況が解らず、二の足を踏んでしまった。
「…………その…………落ちてしまって――――」
「落ちた?」
「はい。水の中枢制御システム
「君、あの
「え? あ、はい」
驚いたようなアスモデウスの顔を見て一瞬たじろいだ。
「うむ、そうか……」
「運が良かったね」
落下して運が良いとはどういうことだろうか? それを言葉にするフェネシス。
「落下したのは運が良いとはいえませんよ。一歩間違えば死んでいました」
そう、彼女が落下したのは偶然湖の上だったが、ちょっとズレていたら大地に激突して死んでいただろう。
それに湖が深かったのも幸いだった。でなければ落下の衝撃を吸収しきれず湖底に激突するところだった。
それをどう考えても運が良いとは思えない。
確かに、落下場所自体は運が良かった。
だが、けして落下自体を運が良いとは言えない。
彼等は何も知らないのだ。
どれほどの惨劇があったのかを――
アスモデウスは詳しく知っている。
神界に連絡して詳しい調査資料を閲覧させてもらったから。
今、知らなくても何れ近いうちに識る事になる。
「あのまま上におったらお主、死んでおったぞ」
「え?」
それはとても不吉な言葉だった。
「第一波で偶然助かったとしても、第二波で殺されたじゃろうからな」
とてもイヤな言葉。
不安を掻き立てる。
浮遊島の落下は十分暗い出来事だ。
だが、その言葉の裏にあるのはもっと暗いもの……
「――皆は…………?」
それに答えたのはアスモデウスだった。
誤魔化すことなくキッパリと真実を言う。
識らないでは、済まされない。
それは、とても残酷な結果だった――
「水の中枢制御システム
どさり。
それを聞いたレイシェルは地面にへたり込んだ。
「…………全滅…………」
「死亡者――千六十九名。行方不明者――千百五十六万四千百七十四名。
死亡者は確実に遺体を収容できた者の数。行方不明者は遺体の確保が出来なかった者の数」
ようするに死亡者と行方不明者を足した数が、実際の死亡者数だろう。
魔物は遺体を喰う。
その所為で残らなかったのだろう。
遺体の損傷が激しくて判別がつかないのもあったはずだ。
それに
死亡者と認定されている者は運が良かっただけだ。
「そんな……」
残酷な事実に泣き出すレイシェル。
彼女の周囲にいる者達は何と声をかけたら良いのかわからなくて戸惑っている。
「そんなに詳しく識っていたんですか」
アシリエルは妙に懇切丁寧に事実を述べたアスモデウスに対して言った。
「そうじゃな。わしらにはそんな丁寧に報告せんかったじゃろうが」
それに対するアスモデウスは当然だと言った。
「僕達が必要だったのは状況とこれからの対策であって細かい犠牲者の数なんて、たいした問題じゃないでしょ?」
確かに、彼等はどれだけ天使が死んだとしても、その数を気にしたりはしない。気にするのは世界の行く末だけだ。
「だから言わなかったの。無駄に時間をかける必要は無いしね」
それが世界管理者だ。
例え、冷たいといわれても……
「我々は生存の確率の高い
どれほど薄情だと言われても彼等は自分達のやるべき事をやるだけ。
その為に、来た。
「万物神は今、この現世に降りてくる事は出来ぬ。あやつらは世界のバランスを変えてしまえるだけの強い属性の力があるからの」
だから自分達が来たのだと説明する。
「でもどうやって探すんですか? この世界は貴方方の世界と違って広いですよ?」
フェネシスの言葉は最もだった。
厄介な事に見つけるのが非常に困難な封印がしてあるらしいし。
「その前にまずあそこに行って封印に使われたという道具を探さないと。見つけ出せても無力じゃどうしようもないからね」
アスモデウスの言う事も最もだ。
道具を見つけてから
「では行きましょうか」
目的がある彼等はあまり時間を無駄には出来ない。
すぐさま移動しようとした四人だったが、フェネシスがそれを止めた。
「待ってください」
レヴィアタンが振り向いた。
「まだ何かようかの?」
「僕も連れて行ってください」
その言葉には流石に驚いた。
「正気ですか?」
アシリエルはフェネシスを見た。
フェネシスの必死な様子が見て取れた。
「はい。僕も浮遊島に行きたかったんですけど、魔物が多いらしく、近づけなくて……だから――」
その瞳にあるのは覚悟と決意。
「よいではないか。わしら四人もおるからこやつらを護りながら戦うぐらいわけないじゃろ」
それを見て取ったレヴィアタンは言った。
「確かに。魔物如きに遅れを取るようじゃ魔王なんかやってられないからねぇ……」
レヴィアタンとアスモデウスにそう言われてしまえばアシリエルも無碍には出来ない。
グリンフィールにはもとより選択肢はない。
「わかりました」
それを聞いたフェネシスは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
レヴィアタンは肩を竦めた。
「何、気にするな」
最強と言われる彼等にとっては、たいした事ではない。