ラスから連絡を受けたカインは全員を応接間に集めた。
ここの応接間は広いので、十人入っても狭さを感じない。
全員集まり、皆椅子に腰掛けるのから、カインとアベルは話を切り出した。
「アスモデウス様、アシリエル様、レヴィアタン様、グリンフィール様、ラインヴァン様に宮殿に入る許可が下りました」
「え? いいの?」
彼等もまさか入れてもらえるとは思っていなかったらしい。
「はい。陛下からのご通達です。
「陛下はラインヴァン卿との面会を希望されています。もしよろしければ私がご案内させていただきますが、いかがでしょうか?」
アベルに問われたフェネシスはそれを了承した。
「光栄です」
だが、それを聞いたシーファは食い下がった。
「私はフェネシス様の護衛です。立ち入る許可をお願いします」
それを聞いたカインは少し申し訳なさそうな顔をした。
「申し訳ありません。それは出来ないんです。
ですが、我々はラインヴァン様に危害を加えるようなことはありません。それに、万が一のことがあっても我々がお守りする事を誓います」
信じてくださいと言われるが、シーファは不満そうだ。
「でも――――」
それでも言い募ろうとするシーファ。
シーファにとってフェネシスは大切な育ての親だ。
もしかしたら危険があるかもしれないような場所に一人で行って欲しくはない。
何しろフェネシスは攻撃手段を持っていない。
それを見たフェネシスがシーファを諭した。
「シーファ。ここは
意味がよくわからなそうにしているシーファに詳しく説明する。
「この国は
シーファとしてもフェネシスにそこまで言われてしまえばこれ以上食い下がる事は出来ない。
「では、他の方はこの神殿でごゆるりとお寛ぎください」
カインとアベルは残される者達に軽く会釈をする。
そして五人を
蒼天神殿ヒミンヴァンガルにも宮殿に直結する
宮殿に神官達の寮があるので、ないと非常に不便だからだ。
宮殿に着くと、それぞれの目的の場所へと案内する。
コンコン……
「失礼します」
どうやらカインが到着したようだ。
「ここが目的地です」
そう言って四人を中に招き入れる。
「あれ、君は昨日の……」
昨日と同じように白衣を羽織った姿で現れるアウグスト。
ここは研究室なので竜は連れていない。
「ようこそ、薬品開発室長専用研究室へ。あまり周囲のものには触れないようにしてください。危ないものもあるので」
そう言ってアウグストは奥の部屋へ案内した。
「これは――」
アスモデウス達はその鏡を見て驚いた。
「あれって封印式だよね?」
「見たままそうじゃろう」
「何故、見えるのですか? あれは空間の紋章術を使用しなければ見えないはずです」
「まさか、あの状態であるというわけではないですよね……」
ラスと同じような反応をした
「これはクラウス執行吏の考えた紋章科学の力で見えるようになっているんだ。あの装置の中に置いてあるから見えるだけで、装置を停めたり、取り出したりすれば見えなくなる」
「そういう技術だと思ってくれ」
アウグストが軽く説明したのに対し、ラスは一言で済ませた。
「なるほどのぉ……それにしてもなんという複雑怪奇な術式じゃ。ここまで複雑じゃとわしでは外せぬな」
じっと術式を見ていたレヴィアタンは渋い顔をした。
「確かにね。僕らから見ても結構古い術式ばっかりだし」
「レヴィアタンが解けないなら我々の誰もこの封印は解けないという事になりますね」
アシリエルも渋い顔をする。
「それはまずいですね」
「うむ。そうじゃな」
それを聞いたアウグストはそんなに重要なものなのか改めて鏡を見た。
相変わらずさっぱりだ。
「まぁ……この鏡はこんな感じだから欲しいならあげるよ。もともとオレのじゃないしね」
アウグストはそう言うとコンソールを操作して機械を停止させる。
その途端に術式が見えなくなる。
「凄いですね……術式が消えました」
「クラウス=クルーグハルトってそんなに凄いやつなのか?」
謎の機械を見つめながらアスモデウスは呟く。
「現世では結構有名人ですよ」
グリンフィールが
「アウグスト」
「……………………あ、ああ――」
何かを考え込むような顔になったアウグストを引き戻す。
アウグストは鏡を取り出すとそれをレヴィアタンに渡した。
「ふむ。これをどうするかは置いておくとして、これを使用した相手を探さなくてはならんのぅ」
「そっちの方が重要だけどね」
それに頷くアシリエルとグリンフィール。
「貴方達が何をしたいのかは知らないけど、一つ聞いておきたいことがあるんだ」
ラスはそれを聞いて、クラウスの事でも聞くつもりかと内心身構えた。
だが、それは杞憂だった。
「浮遊島には天使以外の種族も暮らしているのか?」
そう……アウグストが尋ねたのはクリストのことだった。
「――?――」
それに不思議そうな顔をするアスモデウス。
「一時的に神界から神が降りて来る事はありますね」
「最も、今は誰も降りて来れぬ状況になっておるがな」
唐突な質問に疑問を飛ばしたグリンフィールとレヴィアタンだったが、質問には答えた。
それを聞いたアウグストとラスは二人同時に同じ推論に達した。
「では、クリストは――」
「――かもしれないな」
頷きあう二人。
周囲はそんな二人に疑問を飛ばす。
二人が何を考えているのかさっぱりだ。
「それがどうかしたのですか?」
アシリエルに聞かれた二人は、思い出すようにしてその質問に答えた。
「七ヶ月ぐらい前……だったか? クラウスが記憶喪失の少年を拾ってきてね」
「その少年には狐(クラウス談)の耳と純白の翼が生えていた。
でも、そんな種族は現世には存在しない。
それは遺伝子のデータからも解っている」
「でも、その少年の身に付けていた血塗れの外套から大量に採取したデータと、浮遊島からクラウスが持ち帰った血痕の付着した欠片……そしてレイシェルという天使の女性の遺伝子の系統や、身体の構成物質が酷似…………総合的に対比した結果、天使という種族であることが判明した。
しかし、少年には天使という種族の遺伝子の系統や、身体の構成物質とは似ても似つかない。
だから、オレ達は彼を――」
ここまでの説明を受けて、二人が何を言いたいのかがわかった。
そのクリストという人物が神ではないかと二人は言っているのだ。
そして、七ヶ月ぐらい前に失踪したのは水の神達……
「まさか……
その可能性は低くはないはずだ。
「その人物に会わせて下さい」
アシリエルの言葉に頷き返すアウグスト。
「棚ぼただね」
「ええ」
ラスがクリストに連絡する為に通信機を取り出す。
通信機の使い方はクラウスがみっちりと教え込んでくれていた為、機械を識らないクリストでも扱える。
一から教えなくてすんだので彼等としてはクラウスの仕事に感謝だ。
そして今まさにボタンを押して連絡しようとしていたその時、突然扉が開いた。
そこには
随分と興奮した面持ちだ。
ノックも忘れるほどに。
「クラウスさんが目覚めました」
開口一番そう叫んだのを聞いて納得する。
道理で嬉しそうにしているわけだ。
だが、この少年の進入はこの部屋に様々な波紋を呼び起こした。
「クラウスが――?」
「お主は――」
アウグストとレヴィアタンが同時に声を上げる。
いきなり上がった驚きの声はクリストの知らないものだった。
そしてその時にようやく気付く。
いつもアウグストしかいない部屋にたくさんの人がいるということに――
戸惑うクリストと彼等の間に何とも言えない空気が流れる。
そんな雰囲気を一気にぶち壊してラスが尋ねた。
「クラウス、起きたのか?」
「はい。もう大丈夫みたいです」
そうかと、胸を撫で下ろすラス。
それはアウグストも同じなようだ。
安堵の笑みを浮かべている。
だがクリストは落ち着かなかった。
客らしき四人の人物にじっと見つめられているからだ。
「あ……あの…………?」
そうすればいいのかわからず、困ったような表情を浮かべてラスとアウグストを見た。
だが、二人とも首を振るばかりで何も答えてはくれなかった。
そしてじっとクリストを見ていたアスモデウスがレヴィアタンに向かって話しかける。
「ねぇ、レヴィ。この子供ってさぁ…………やっぱり――」
「うむ。お主もやはりそう思うか」
「――というか、ヘンな耳のオプションがついてはいますけど、あの髪の色と瞳の色は間違いなくあの人でしょう」
グリンフィールも思うところがあるようだ。
それに、顔を知っているグリンフィールがいうなら決定的だ。
「そうですね。力を封印されてはいますが、見るものが見ればすぐにそうであるとわかります」
四人は顔を見合わせて頷きあった。
そして訳がわからず困惑しているクリストに声をかけた。
「探したよ、
「え…………?」
クリストは、アスモデウスが何を言っているのかがわからなかった。
思わずラスとアウグストを見るが、二人も少し驚いているようだった。