取り敢えず大人数で薬品開発室長専用研究室にいるのもあれだし、ゆっくり話をする場所でもないので部屋を移動する事にした。
移動先は目が覚めたというクラウスの部屋だ。
クラウスの部屋は広いので大人数で押しかけれも全員座れるし、紅茶やコーヒーなども良い物が大量に置いてあるのでゆっくり話すには調度良い。
キッチンまで完備されてるのは三賢者の部屋だけだ。
アウグストの部屋は流石に三賢者の部屋には劣るがそれなりに広い。それでもキッチンまではない。ただ、帰ってきて寝るだけの部屋なのでクラウスの部屋以上に何もなかったりする。
帰ってきて寝る事さえしない日も多々あるので部屋が何のためにあるのか解らないような状況でもある。
そんなアウグストの部屋には勿論食べ物飲み物はない。
そういう勝手な理由もあったのだが、やはり元気になったクラウスの顔が見たいというのが本音だろう。
クラウスの部屋はまだロックが外れた状態だった。
都合が良いので勝手に開ける。
まあ、本人が目覚めたのだから後でクラウスがロックをかけなおすだろう。
そしていきなり現れた闖入者達に言葉もないクラウス。
アウグストやラスは遠慮もなくずかずかと入ってくる。
そしてアウグストはまっすぐにキッチンへ向かった。
その奇行に流石に驚くクラウス。
ラスはソファーにどっかりと座った。
カインもお邪魔しますと入ってくる。
そして当たり前のように彼等にソファーを勧めた。
最後に入って来たのは困惑しているクリストだ。
事情が飲み込めてなさそうだ。
そう判断したクラウスは、気を取り直してこの場にいるラスとカインに何事かと尋ねた。
何もないのに面識もない他人を連れてきたりはしないだろう。
「知らない者がいるが…………誰だ?」
クラウスの金色の瞳がソファーに座っている人物に向けられる。
「お前に客だ」
「客?」
いきなり許可なく連れてくるなよと思ったが、取り敢えずさっき簡単にシャワーを浴びて着替えだけは済ませたのでよしとする。
着替えも制服ではなく私服だが、仕方ない。
その上、目が覚めたばかりなので力の封印も出来ず、瞳の色は生来の金色だし、背中から金色の翼が生えていたりして、本心としてはかなりイヤだが、これも仕方がない。
いきなり連れてこられては準備も何もあったもんじゃない。
そして勝手に最高級の紅茶、ホッフェンティーを入れてアウグストが帰ってきた。
一番大きいティーポットを使い、人数分のティーカップもしっかりとトレーにのせている。それにシュガーポットやミルクポットまでしっかりと持ってきている。
部屋の主が何も言わないのを良いことにアウグストは紅茶を入れ始めた。
カインとラスもそれを手伝う。
ホッフェンティーは白い花をつける植物で、その葉を乾燥させて作ったのがこのホッフェンティーだ。疲れを取ってくれる作用があるのでクラウス愛用の紅茶だ。
何なんだといった感じでクラウスは一人掛けのソファーに腰を下ろした。
カインがそんなクラウスに紅茶を渡す。
勿論クラウスはストレートだ。
ミルクや砂糖を入れると紅茶本来の香りとか味とかが損なわれるので入れたりしない。
――が、アウグストはああ見えてかなりの甘党なので両方入れている。
最高級のホッフェンティーなのだからそんなもの入れるなと言ってやりたかった。
ちなみに普通のホッフェンティーの十倍も価格が高い。
「はぁ…………」
クラウスは思わず溜息を吐きながら紅茶を飲んだ。
「美味しいね。この紅茶」
「そりゃ当然だよ。なんといってもこの紅茶は最高級のホッフェンから作った最高のホッフェンティーだからね」
えへんと威張るのはアウグスト。
「クラウスは食には意外と金を使っているからな。部屋に置いてある紅茶やコーヒーも有名専門店の最高級品ばかりだ」
「全部クラウスさんの趣味ですけどね」
知っていて敢えてたかるアウグストに怒りが芽生える。
「アウグスト、もっと味わって飲め! 一キロいくらすると思ってるんだ!」
がばがば飲むアウグストは不満そうな顔をする。
「言うだけ無駄だ」
ラスはそう言いながら優雅に紅茶を飲んでいる。
はぁ……とまた溜息を吐く。
そんなクラウスを見ていたレヴィアタンはある事に気付く。
「お主…………
それを聞いたアスモデウスもまじまじとクラウスを見た。
「ホントだ。珍しー。現世で生まれた魔皇族なんて」
「――は?」
レヴィアタンとアスモデウスの言っている言葉の意味がわからず間抜けな声を上げた。
「何を言って――」
だが、アウグストとラスはさっきのデータを見て知っている。
「やっぱりそうなのか?」
「アウグスト?」
そんなアウグストの言葉に疑問を抱いた。
「貴方は知っているようですね」
クラウスはアウグストを見た。
「ああ。クラウスの身体の構成物質とあんた達
「でも俺は聖族と
クラウスが自分は
「へぇ〜……君は聖族と
「どういう事だ?」
アスモデウスの言葉にクラウスは眉を寄せた。
いきなり貴方は
「普通、他種族間での交配の成功率はかなり低いのじゃ。じゃが、成功する場合もある。わしらはその成功した雑種をひとまとめにして
「ですから
「
「それにしても、そんな雑種な
それを聞いたクラウス達は驚く。
「なるほど……そういう事なら確かに俺は
余りの事にかなり驚いたが、ハーフというよりはちゃんとした種族におさまっている方が良い。
でもそうなるとIDカードやら戸籍なども何とかするべきだろうか?
クラウスはそんな事を思ったが、こんな事を話している場合ではないんじゃないかと気付く。
彼等は用があってここに来たはずだ。
「それで、何の用なんだ?
――っていうか一体誰なんだ?」
それを聞いたアスモデウス達は簡単な自己紹介と、ここに来た理由を説明した。
「なるほど、世界管理者か……だが、俺はそんな偉人に目を付けられるような事はしていないつもりだが?」
それを聞いたアスモデウスは笑いながらそれを否定した。
「別に君が犯罪者だなんていってないよ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「聞きたい事?」
「そうです。貴方にお伺いしたい事は二つ。
その少年についてと、
それを聞いたクラウスは理解した。
彼等はクリストの本当の名を知る者達だと――
だからクラウスは包み隠さず事の詳細を彼等に話した。
「なるほど、よくわかった」
「――にしても運が良いね」
そう言ってクリストを見る。
「確かにそうですね。力を封印し、尚且つ記憶を失った状態でふらふらしていたらどうなっていたかわかりません。力のあるものに保護されていたのは不幸中の幸いでした」
「ところで、名を……聞いて良いか? 俺は勝手にクリスト≠ニ呼んでいるが…………やはり本当の名を聞いておきたい」
だろうね、とアスモデウスは言う。
気持ちはわからないでもない。
「彼は万物神
「神――――」
クラウスはクリストを――――いや、
「だいぶ縮んだようだけどね」
次のアスモデウスの言葉に周囲はシーンとなる。
「は?」
「縮んだ?」
そんなナメクジじゃあるまいしとクラウス達は思った。
だが、真面目そうなレヴィアタンやアシリエルまで頷くのを見てさらに驚く。
「確かに…………昔はちゃんと成人した男の姿をしておったのじゃが――」
そう言って
どこをどう見たって十歳ぐらいの子供にしか見えない。
「封印の副作用かもしれないね。記憶喪失はきっと
「封印……?」
何の事だとクラウスがアスモデウスを見る。
「
「そのおかげで僕達が現世まで来る事になったんだけどね」
ホント面倒だよね、と全く隠す事無く言い放つアスモデウスをうっすらと睨むアシリエル。
「――それにしてもあの鏡の封印を早く解かなければなりませんが……」
「これか――」
そう言って鏡を取り出すレヴィアタン。
「それは……あの時の――」
クラウスは見覚えのある鏡を見て呟いた。
これを持ってきたのは確かに自分だ。
「そ。これが封印具なんだよね。でも、この封印強固過ぎて解けないんだよね」
「これは紋章術を使っておるから神には解く事が出来ないじゃろうな」
「ええ、無理でしょうね」
元々この紋章術は閉鎖世界ディヴァイアにはなかったものだ。
「確かに、この紋章術があったのは冥界や魔界といった封鎖世界アービトレイアにあった技術じゃ。今でこそ大量に流れ込んだとはいえ、神達はこの力の真を知らぬ」
神が使うのは主に神術とかだ。紋章術は使えてもそれは今の世界に確立している新しい紋章術だ。昔の紋章術を知らない神では解くことなど到底出来ない。
「――つーか僕らじゃ無理なんじゃない? だってこれ、レッドベリル様の魔具かもしれないんでしょ」
その言葉にシーンとなる四人。
「レッドベリル?」
人の名前? と不思議そうな顔をするアウグストにカインが答えた。
「フェナカイト=レッドベリル=ラーフィス神です。神と呼ばれているお方ですけど、一言で言うと闇の象徴です。
流石に大司教をやっているだけあってこの手の話には詳しいカイン。
「そう……そしてその二人は宗教の作った妄執などではなく、実在する人物じゃ」
「でも二人ともどこにいるかわからないんだけどね」
だから誰も会ったことないんだよ、と名しか知らない神の事を言う。
「ですが、この封印を解かなければ水の力を回復させる事は叶いません。何しろ水の神である
どうにかしたくてもどうにも出来ない事もある。
それはとても歯がゆいものだ。
「
クラウスはある一点をじっと見ている
目を逸らす事無くじっと見ている。
その瞳は鏡を見ているようでいて、他の何か別のものを見ているようにも感じる。
それに気付いたレヴィアタンは
それを受け取る
でも……まだ、足りない。
あと一押しが――
記憶を引き戻す為の一押し――
血を怖がる
それは浮遊島で起こった惨劇の所為だろう。
見たので解る。
あそこで起きたのは…………一方的な殺戮だ。
クラウスは決意した。
前へ進む為に――
逃げ続ける事は許されない。
そういう立場にはない。
それはきっと本人が一番良くわかっていたはずだ。
クラウスはテーブルの上に果物と一緒に置いてあった果物ナイフを左手に取った。
そして迷う事無く自身の右手の甲を斬りつけた。
「な!?」
その行動に驚く
だが、驚いたのは
誰もがクラウスのこの行動に驚いていた。
クラウスは構う事無く血に染まった手で
鏡面を紅い滴が滴り落ちる。
――紅い、血……
――銀色の、髪…………
――金色の、瞳………………
鏡はクラウスが持っているために落下はしない。
でも
両手で頭を押さえ、後ずさりする。
そして頭の中にフラッシュバックした――――
けして忘れてはいけなかったモノを――
真実は……とても痛い――――
「