「――わかった。俺みたいな子供じゃなんの役にも立たないかもしれないけどな」
四十二歳はけして子供という年齢ではないのだが、いかんせん、集まっている者達の年齢のケタが違った。
「空間と時の紋章術が使える時点で物凄く役に立つから」
生まれた時に主属性と副属性が勝手に決まる。自分では選べない。
こればっかりは努力などでは補えない先天的なものだ。
「しかもわりと万能型だよね」
引き受けてくれて良かったよとニコニコしながらアスモデウスは言う。
ほぼ全ての紋章術を使えるクラウスは確かに万能型だ。だが、クラウスは紋章術師なので武器を使った物理的な戦闘には不向きだ。
多少の護身用程度に銀の装飾の施された短剣を持ち歩いているが、それもたいした技能ではない。
接近されれば終わりだ。
身体能力も高い
「――さて、じゃあ後の問題は目的地だね」
かなり重要な問題だ。
しかし、何処に居るかもわからない相手を探し出さなければならないのだ。
「どうするのじゃ?」
「そうですね。行き当たりばったりで行動するわけにもいきません」
「大丈夫だよ。それに関しては考えがあるから」
いい加減で何も考えて無さそうだが、ちゃんと考えてはいるらしいアスモデウスはきっぱりと言った。
「行き先は調停世界イセリアルにある伏魔殿」
それを聞いたレヴィアタンは納得したように頷いた。
「なるほど、時空神、伏羲のおる所じゃな。アスモデウスにしてはいい意見じゃ」
「『にしては』って酷くない?」
やや不満そうな顔をしているが、それ程気にしているような感じはしない。
彼は基本的にアバウトだ。
「ふむ。決まったところでさっそく準備にかかるとしよう」
「そうですね。我々だけならいいですが、
「確かにね」
クラウスは一応
引継ぎや準備に手間がかかるだろう。
「準備が終わったらここに来ればいいのか?」
「うん、それで構わないよ。ね?」
「うむ」
クラウスはグラッズヘイムに帰るために印を組もうとしたが、呼び止められる。
「待って!」
それは大きな剣を抱えた
そういえば、目的地の話を始めた辺りから姿を見なかった。
どこかへ行っていたのだろう。
だが、その手に持っている大剣は一体――
クラウスがそれを
「それは!!」
そして複雑そうな表情をする。
眉を寄せるクラウスに構う事無く
「…………? あの――」
すると、
「――それは
「――!?――」
それは即ち
「どうしてそんなものを――」
クラウスは
彼の真意がわからない。
「それは
「うん、そうだね。僕達も自分で使う武器は力を結晶化して形にして使っているから」
「自身の力ゆえに扱いやすいからの」
「そう…………だからこれは
それを聞いた途端、感じることのない鼓動を感じた。
これは物質だと思うのに、どこかでそれを否定した。
複雑な表情をしているクラウス。
「だからどうしてこれを?」
それに
「
その言葉にクラウスは困惑した。
「俺は剣なんか使えない」
「大丈夫ですよ。貴方は
何がどうしてどう大丈夫なのかわからないが、確かに
「
クラウスは迷った。
果たして受け取っていいものかどうか……
クラウスが困っていると
「受け取ってください。…………
「確かに、本来力の分身として作った武器は、その主の死と同時に霧散するものです。余程の意志がない限りその形をとどめる事は叶いません」
「だから意志の強い魔王の創った武器は後世に残り、魔剣として扱われたりするのぉ」
「本来なら、自分で作った武器や
そう言われてクラウスは瞳を閉じた。
意識を剣に集中する。
…………
……………………
………………………………
――ありがとう……
貴方が私を使う限り……
私は貴方と、
クラウスははっとした。
確かに、今声が聞こえた。
そして気付く。
剣が姿を消した事に――
呆然としているクラウス。
それを楽しそうに見ていたアスモデウスが軽く説明した。
「
「最も、二つの
クラウスは何か温かい力が自分を包み込んでいるのを感じた。
「――でも、これはやはり
クラウスのその言葉を
「
言われてみれば確かにそのとおりだ。
そしてクラウスは観念する。
「わかった。じゃあ、しばらくこの剣は預かっておく」
これが精一杯の妥協だった。
「そうしてください」
でも、何故か
「じゃあ、俺はしばらく準備のために
そして今度こそクラウスは印を組んだ。
…… ε ι ξ ε ν ε ξ η ε φ ο ξ μ α ν ν ε ς ξ χ α ξ δ ε ς τ ι ξ ς α υ ν
淡い光がクラウスを包み込む。
視界が歪む。
―― 空間に
次に目を開けるときはもうグラッズヘイムだ。
クラウスは、自分の運命に思いを馳せた。
けして信じてはいないものに――
グラッズヘイムに着いたクラウスは謁見の間で国王に直接辞職願いをした。
それがあまりにも唐突だった為かなり驚かれた。
だが、いつ帰ってこれるかどうか解らない…………無事に帰ってこれる保証のない旅だ。中途半端な事はしたくなかった。
「――と、言うわけで今日限りで執行吏を辞職したいと思います」
クラウスはしっかりと自分の意志を国王に伝えた。
それを聞いた国王は少し残念そうだったが、微笑んだ。
「そうか…………残念じゃが、クラウスがそう自分で決めたのならばわしは何も言うまい」
今まで、クラウスが自分の意志で決めた事など無かった。
ここにいたのも恩を返したいからという理由からだ。
それよりは、自分で決めた事の方が意義がある。
人形のようだった彼が自分で決めた事なら尚更だ。
だから、強く言う事など出来なかった。
願いを口にしない彼だから…………
「では、失礼します」
クラウスは一礼してその場を去った。
後は個性はぞろいのトップ達を集めて話をするだけだ。
こちらの方が骨が折れそうだが……
「そっか…………クラウス行っちゃうんだ…………」
集まる場所がないので結局クラウスの部屋に全員を集めて話をした。
辞職の話など、その辺で出来るものではない。
集まったのはいつものメンバー。
司令官ラス、行政長ラルフ、執行補佐ロキ、大司教カイン、司教アベル、
「でも、ここではない場所に居場所があるというのはとても喜ばしい事です」
確かに、クラウスの境遇を思えば、それは確かに慶ぶべきものだった。
「だな。気をつけろよ」
「わかってるよ」
ラスはポンと、クラウスの頭に手を置いた。
子供扱いされているが、ラスも相当な年齢なので何も言わないクラウス。
「クラウス様……」
それに対してリュシアンは今にも泣きそうだった。
「次に会うときを楽しみにしてるよ」
「そうだな」
ラルフはそう言うとリュシアンの肩に手を置いた。
リュシアンは目を閉じるとふわりと笑った。
「怪我、なさらないでくださいね?」
「うん、わかってる」
それが彼女の精一杯の強がりだった。
「死なない程度に楽しんでくださいね。未知の空間なんでしょう?」
「わかってるよ」
カインはいつでも楽しそうだ。
この前向きな考えは見習っても良いと、クラウスは思う。
「後で、薬を用意しましょう。ご自分で回復できないのだから、必要でしょう?」
アベルに言われて確かに、と苦笑する。
「頼むよ」
「あ、オレも用意しとくよ」
手を上げて言うアウグスト。
それにはクラウスも一抹の不安を感じた。
アウグストの薬はよく効くが、厄介事もついてまわる。
「…………ありがとう」
クラウスはそう言ったが、アウグストは既に聞いちゃいなかった。
あれとこれと……といろいろ考え始める。
「では、引継ぎの件もあります。人事部へ行きましょう」
ロキに言われるままに席を立った。
もうここ最近は全く仕事をしていないのだから執行吏の引継ぎは楽だろう。
ただ、空席になる執行補佐を決めなくてはならない。
それもロキなら適切な人材を選ぶだろうが。
挨拶もしなくてはならない。
ロキはそのまま部屋を出るためにドアを開けようとした――
――のだが、ドアは自然に開いた。
そこには――
「陛下? 何故このような場所に?」
確かに国王のくるような場所ではなかった。
それに、国王にはすでに話はしてある。
「伝え忘れた事があったのでな」
「俺に…………ですか?」
それ以外に誰がいると言われれば、確かにその通りだ。
「この部屋はそのままにしておく。いつでも帰ってきて良いのじゃぞ」
その言葉にクラウスは咄嗟に返事を返す事が出来なかった。
でも、とても嬉しかった。
帰る場所がある。
それはとても心強い。
「はい」
クラウスは元気に返事をした。
あれから一週間後、準備を終えたクラウスは皆に別れの挨拶をして
軍人ではなくなったので、私服だ。
身に付けているのは聖族の民族衣装だ。
力を抑えるために印を施した封印符を身に付けている。
強い力を持っているため、この封印符は必須だ。
やはり時間がかかったのはクラウスだけらしい。
「じゃあこれから未知の世界へレッツ・ゴーだね」
ニコニコしながら言うアスモデウス。
「でも問題が一つ」
何だ? と言った表情でアスモデウスを見る一行。
「伏魔殿に行った事が一度しかないので座標がずれるかもしれませ〜ん」
笑い事ではない。
「覚悟しておいてね」
だが、不平不満を洩らす前にアスモデスはさっさと印を組んでしまう。
…… η ο τ τ δ ε ς υ β ε ς ς α υ ν θ ε ς ς σ γ θ τ θ α τ ν α γ θ τ ζ α θ ι η ø υ σ ε ι ξ α μ μ ε χ ε μ τ ι ξ φ ε ς β ι ξ δ υ ξ η ø υ β ς ι ξ η ε ξ υ ξ δ θ α τ δ ι ε ν ι τ τ ε μ δ ι ε ζ ς ε ι ε ι ξ ε δ ι ν ε ξ σ ι ο ξ β ε χ ε η ε ξ λ ο ξ ξ ε ξ
そしてアスモデウスはうろ覚えな記憶から座標を固定する。
――空間を支配する神の
のっけからかなり不安な旅は、ここに幕を開けた。