鬱蒼と繁る森の中。
そこは何も変わらず、何も生み出さない。
けして変わることのない、永遠の園。
生き生きと生える木々や植物達は、変わることのない安らかな世界に身をゆだね、変化のない世界でただ黙々と種を存続させていた。
当たるはずのない場所にまで光が差し込む。
だからこそ、他者と争う必要もなければ、必死に進化する必要もない。
それはここに住まう生き物達にとっても同じ事だった。
ここに住んでいる動物達のほとんどは草食動物だ。
身の危険をけして感じる事のない、世界。
争う事のない世界。
ある人に言えば、それこそ至高の楽園だと言うかもしれない。
だが、そんな事…………彼にとってはどうでも良い事だった。
時間の止まった世界――
彼はそんなものに興味などなかった。
ここは彼が創った箱庭。
変わらない、ただの箱庭。
変化がないからこそ、彼はここに興味を抱かない。
ならば、変わる世界に興味があるのか――
否、彼が興味を持つ事はない。
彼にとって、決められた世界に興味をうる事は難しかった。
先の解る世界――
未来を識る者にとって、世界の変革など、どうでもよいことだった。
だからこそ、彼はここにいる。
何を見ても、何の感慨もない。
紅が風に揺れた。
空を見上げる。
何処までも蒼い空。
光をけして反射しない、透明な瞳が空虚に空を鏡のように映す。
――世界は〈黙示録〉にあるように変わるのか……
――それとも、〈黙示録〉にあるように滅ぶのか……
彼の者は相容れない事を思う。
彼は持っている漆黒の装丁をした分厚い本を抱きしめた。
それから岩の上に載せてある深紅の装丁をした本を見つめた。
そして、目を伏せる。
――ふわり。
風が吹いた。
そして、けして自然には捲れるはずのない〈黙示録〉がパラパラと音を立てて開く。
それを見た彼の表情が初めて動いた。
〈黙示録〉はパタリとある場所で止まった。
それは……風にめくれたというには余りにも不自然であり、異質だった。
軽い紙のページはどれほど風が吹いても最早ぴくりともしない。
まるで、誰かがその本を開いて見せているかのように――
彼は紅い髪をなびかせて〈黙示録〉に近付いた。
そしてそっておその〈黙示録〉の開かれたページに指を這わす。
――動いたのは…………深紅の〈黙示録〉か……
ではもうこの、漆黒の〈黙示録〉はそう簡単には動かないだろう。
そう思い、その〈黙示録〉を岩の上に置いた。
未来の違う二つの〈黙示録〉……
どちらに転ぶかはまだわからない。
どちらにせよ、動き出した。
「賽は投げられた――」
それは音となって周囲を満たした。
周囲には珍しく生き物達はいない。
静かな世界に響く言葉。
彼が言葉を発するのは幾年ぶりか……
「全ての者は無関係ではいられない――」
それを知る者はいない。
「――世界は最後に何を得るのか……」
常に無表情な彼の表情が和らいだ。
「――見届けよう…………自然の守り人となった私が……」
彼は空に両手を伸ばした。
「私も、逃れられない宿命の元にあるのだから――」
その言葉は風に乗って消えた。
それを聞き届けるものも、聞きとがめるものも――――いない。
空虚な世界で、彼はわらった――