「うわぁ!!」
空間移動が終わった瞬間、暗闇の中に放り出された。
クラウスは咄嗟に翼を広げて宙に浮いた。
アスモデウスとレヴィアタンは余裕で地面に着地した。
海水は対処し切れなかったが、レヴィアタンに途中で支えられた為無事だった。
クラウスはこの不可思議な場所を見回した。
周囲は星空。
日の当たりそうな感じは全くしない。
地面はちゃんと土で出来ている。
上から見るとよくわかるが、大地の一部を切り取ってそのまま空中に浮かべているような場所だった。
端の方には煉瓦が積んであり、それ以上は行けない様になっている。行く先もないが――
そしてこの大地の中央には大きくそびえる紫色の外観をした神殿が建っていた。その神殿を巻き込むように巨大な樹が生えている。
この切り取られた大地と神殿を覆うように強力な結界が張ってある。
クラウスはふわりと着地した。
「ここが目的地なのか?」
「うん、そうだよ。ここが
「場所は平気なようじゃな。問題は時間の方かの」
「それはわからないよ。どうなってるかなんてさぁ〜」
時間がどれだけずれているのか、それは確かめようがない。何故なら、ここは閉鎖世界ディヴァイアではないからだ。
「無事に辿り着けたのですから良しとしましょう」
「そうだよ」
「さっさと中に入っちゃおう」
確かに、いつまでもこんな所にいるわけにもいかない。
時間は刻々と過ぎて行くのだから。
「それにここ、寒いです」
「確かにここは日の当たらぬ場所だからのぉ」
「確かに少し肌寒いね」
日の当たらない監視世界アービトレイアで生活しているアスモデウスやレヴィアタンも
「冥界もこんなものだけど、やっぱりこういうところに適した格好じゃないと寒いね」
それを聞いたクラウスは眉を寄せた。
そしてぽつりと呟く。
「…………寒い……か?」
「えっ?」
そんなクラウスの言葉に
「クラウスさんは寒くないんですか?」
「全然」
ぺた。
レヴィアタンがクラウスの頬に触れた。
「別に体温が高いわけでも低いわけでもないのぅ」
「服も冷気を完全に遮断するようには出来てないよね。精神力を抑える働きはあるようだけど」
「まぁ、
不思議そうにクラウスを見るアスモデウスとレヴィアタン。
「まぁ、別に身体が異常って言うわけでもないし、平気でしょ」
中に入ろうと、先頭をきって歩き出すアスモデウス。
「そうじゃな」
レヴィアタンもアスモデウスに続いた。
その後ろを着いて行くクラウスと
中にはすんなりと入れた。
鍵もなければ見張りもいなかったからだ。
ここに進入するような輩がいないからだろう。
しばらく中を歩いていると、独特の雰囲気を持った青年が現れた。
「久方ぶりの客人は誰かと思えば……」
「相変わらず手薄な警備だね。襲われたらどーすんの? トップがのこのこ出てきちゃダメなんじゃない?」
それを聞いた青年はくすりと笑った。
「そんな事が出来る人、ほとんどいないよ。この
それに侵入者だったら、ボクが迷わす倒すから平気、とあっさりと言ってのけた。
その言葉がけしてハッタリではなく、事実である事は彼を見ればわかる。
空中にふわふわと浮いている彼からは物凄い力を感じる。
「そんなの部下に任せればいいのに」
いかにも面倒くさそうに言うアスモデウスに彼は笑う。
「アスモデウスの所と違ってここには戦闘が得意な者がいないんだよ。ボク以外は皆、非戦闘員だからね。ボクが出るのが一番被害が少ないんだよ」
そう言って肩を竦めた。
今のやり取りと、只者ではない彼の正体に察しがついたレヴィアタンは確認の意味を込めて言った。
「お主がこの
「うん、そうだよ」
「ようこそ、調停世界イセリアルの世界が一つ――狭界
ボクがこの
そして
レヴィアタンは差し出された手を取って握手を交わす。
「わしは 監視世界アービトレイア――幽界の魔王をしておるレヴィアタンじゃ」
「なるほど。それじゃあアスモデウスの同僚だね」
レヴィアタンと握手を終えた
「閉鎖世界ディヴァイアで暮らしている。クラウス=クルーグハルトだ」
それを聞いた
「一般人? キミが?」
信じられないんだけど――と、クラウスを見つめる。
「――…………ああ、ただの
それに圧倒されるように答えるクラウス。
「
「ああ」
「ふ〜ん……」
疑っている事がありありと分かる瞳で
空色の瞳がじっとクラウスを捉えて放さない。
一体何なんだというのか?
クラウスは戸惑いの表情を浮かべた。
「
後ろからアスモデウスにそう声をかけられてやっとクラウスの手を解放する。
「う〜ん…………ちょっとね――」
そう言いながら今度は
「はじめまして」
「あ、はい。 閉鎖世界ディヴァイアで水の最高神をしている
「え?」
それを聞いた
「ホントに?」
「はい」
さらに念を押して聞いてくる
「――キミからはホンの一欠片ほどの力の流れさえも感じ取れないんだけど……」
「今日はその事で話があって来たんだよ」
アスモデウスの言葉に眉を寄せる
「…………随分と厄介な事象のようだね。わかった。ここでいつまでも立ち話をするのもなんだから応接間に移動しようか」
「着いて来て」
「何時見ても…………ほとんど使わないって言うのに無駄に広い応接間だよね」
それを聞いた
「ここに三回しか来たことないアスモデウスにそんな事を言われたくないんだけど」
それでもアスモデウスは一歩も引かなかった。
「だって、ここに来れる存在なんて高が知れてるんだから、客なんてほとんど来ないでしょ」
道のないこの閉鎖的な
「それを言われると辛いね」
アスモデウスの台詞は当たっているらしい。
「でもこの
「じゃあ誰が建てたの?」
「さぁ? ボクはこの
コンコン――
そんな他愛のない会話をしていた時、控えめなノックが響いた。
「失礼します」
そして二人のメイドらしき女性が紅茶を持って入ってきた。
二人の顔はそっくりだ。おそらく姉妹なのだろう。
「
「ご苦労様――
「いいえ、これも仕事ですから」
二人はティーカップに紅茶を入れると次々に配っていった。
「それに客なんてそんなに来ないから、これはこれで新鮮だね」
それを見ていたクラウスはぼそっと呟いた。
「天使?」
二人の背中からは確かに純白の翼が、生えている。
だが、翼が生えているだけで天使とは言い切れない。
世界には翼の生えた種族なんてたくさんいる。
それでも、ここが神の住まう場所である事を考えると自然とその言葉が口に出た。
「へぇ〜、よくわかったね」
「はい。わたしたちは時の天使です」
「ここで暮らしているのは
「全員天使……」
それで一体何をしているんだろうと、クラウスは思う。
「人数は少ないけどね」
あはは、と笑う
二人の天使は紅茶を配り終えると『失礼します』と言って下がっていった。
それを見届けたクラウスはとうとう疑問を口にした。
気になることは解明したり、聞いたりしなければ気のすまない性格だ。
「ここは一体何をするための施設なんだ? 意味があってここにあるんだろう?」
「うん、そうだよ」
当たり前だと
そうでなければこんな所で暮らしたりはしないだろう。
「二人は
そうクラウスと
「
「……もしかしてラーフィス神の事か?」
「ラーフィス神……ですか?」
「現世界で最も信仰されている宗教――ラーフィス教が祀っている双子の神のことだ。このラーフィス神は外から伝えられた神だと聞いている」
「へぇ……」
どうやら神界は現世界の詳しい状態を知らないようだ。
「ラーフィス教は亜人が閉鎖世界ディヴァイアに持ち込んだ宗教の一つだとされている。だから神界では知られていないのかもしれないな」
「なるほど」
「ふむ。そうじゃな、その御二方も
「くわしい説明をするとね――」
そう言って
全ての世界がまだ形作られる遥か昔――何も存在しない無の空間から三人の存在が生誕した。
一人は闇を司る者――名を、フェナカイト=レッドベリル=ラーフィス。
一人は時を司る者――名を、ルネ=アーシェルト=ユーベルヴェーク。
一人は精神を司る者――名を、オルクス=マナ=フリュクレフ。
そしてその三人の影から一人ずつ存在が生誕した。
闇を司る者から分かたれた、光を司る者――名を、ターフェアイト=アウイン=ラーフィス。
時を司る者から分かたれた、空間を司る者――名を、リア=シェインエル=ユーベルヴェーク。
精神を司る者から分かたれた、物理を司る者――名を、リビティーナ=エーテル=フリュクレフ。
六人の神様は力を合わせて世界を創った。
それぞれ違う力を持った六人の神様が力を合わせることで何も無かった空間に世界が誕生した。
それが一番最初に創られた世界――調停世界イセリアル。
その後にもいろいろな世界が彼らによって創られた。監視世界アービトレイア、閉鎖世界ディヴァイアもその一つ。
そして六人の神様は後に世界の象徴と呼ばれるようになる。
彼らが全員双子の神とされているのは、同じ存在から分かたれた故に、そう呼ばれている。
「これが世界創造神話の一部抜粋――因みに実話だよ」
「そうなんですか…………知りませんでした」
クラウスはこの話に気になることでもあるのか渋い顔をしていた。
「この空気中にただよっている物質――マナとその精神の神は関係あるのか?」
「あるよ」
そう即答した
「この話には続きがある」
「続き、ですか?」
「そう、精神を司るオルクス=マナ=フリュクレフが何かの原因で壊れかけた世界を救う為に、自らを犠牲にしたらしい」
「ここの記述は世界創造神話の中でも詳しくは書いていないんだよね。意図的に抜き取られたみたいに――」
アスモデウスは不自然に抜け落ちた項目を思い出して言った。
「犠牲にって――それでは、精神を司る者はもう存在しないと言う事ですか?」
びっくりして声を荒げた
「そうだよ。オルクス=マナ様はこの世界中に漂うマナそのもの…………あのお方は消えてしまった――」
詳しい事は誰にも分からない。
知っているのは現場にいた
記述の抜けた書物は真実を隠し続ける。
「それがこの施設と何か関係があるのか?」
クラウスが尋ねたのは世界の成り立ちについてではなく、この施設が何のためにあるか――だったはずだ。
「この
「ほう……世界存在の創ったものだったのか」
そんなに凄い場所だったのかと思うのと同時にアスモデウスの暴言を思い出す。
「アスモデウス……お主、ルネ=アーシェルト様の建築にケチをつけたことになるぞ」
「あはは、そうだね」
豪胆なのかそうでないのか、アスモデウスは全く気にした様子はない。
「ここはルネ=アーシェルト様が創った時を司る神殿――ここを護っていくのもボクの仕事だよ。それに、時を管理するのもね」
「さて――いつまでもこんな話をしているわけにもいかないね。そろそろキミ達がここに来た理由を聞こうか。用があってここに来たんでしょう?」
「勿論――そうじゃなきゃ、危険を冒してまで世界を越えて来る訳がない」
「わしらも管理者じゃからな」
「そうだね……では、理由を教えてもらおうか」
そう言った
責務の重さはよく知っている。
「単刀直入に言おう――フェナカイト=レッドベリル様にお会いしたい。居場所を知らないか?」
「フェナカイト=レッドベリル様に?」
それを聞いた
まさかここで
「どうしてもお会いせねばならぬ。閉鎖世界ディヴァイアを守護する為に――」
このまま
「詳しい話を聞かせてもらえるかな」
レヴィアタンは
それを
そして
導を貰う為に――