「なるほど……道理でキミからは何の力も感じないわけだ」
 話を聞いた伏羲(ふっき)は納得した。
「フェナカイト=レッドベリル様の魔法道具を使用したとはね」
 じろじろと封鎖神魔鏡(アブディヒトゥング=シュピーゲル)を見ている伏羲(ふっき)
 アスモデウスの問いに対して伏羲(ふっき)は即答した。
「うん、無理」
 そして封鎖神魔鏡(アブディヒトゥング=シュピーゲル)をレヴィアタンに渡した。
「だからフェナカイト=レッドベリル様に会いたいな〜、って事なんだけどさ……何処にいるか知らない?」
「知らない」
 これにもあっさりと即答する伏羲(ふっき)
「そうか――」
「ボクは知らないけど父様やカルナ殿なら知ってるかもね」
伏羲(ふっき)の父親って言うと神農(しんのう)だよね」
 会ったことないけど、とアスモデウスは言った。
「父様はメンドくさがり屋だけど、一応かなり優秀な創造神だよ。
 カルナ殿は創成神。商売繁盛を司る神でもあるけどね。モノを創る方が得意だよ。」
「お二人とも創る力を持つ神様なんですね」
「うん、そう」
「その二人なら知っておるのか?」
「さぁ? 知らなくても知っていそうな神を紹介してくれるよ」
「やっぱりそうカンタンには見つからないか……」
「当たり前だよ」
 六創神(ろくそうしん)への道はかなり遠い。
「この広大な調停世界イセリアルを渡り歩くのはカンタンな事じゃないよ」
「広いのか?」
 クラウスと海水(かいな)には実感がわかなかった。
 それも仕方のないことだろう。
 目で見て体感しなければわからないことなどたくさんある。
「ここは調停世界イセリアルにある世界の一つ……狭界と呼ばれている場所だけど、この狭界一つの広さが閉鎖世界ディヴァイアぐらいに相当する」
 それを聞いた瞬間、二人は驚きに目を見開いた。
「ディヴァイアも狭いわけじゃないぞ。ここ、そんなに広いのか?」
 クラウスは先ほどの星空を思い浮かべた。
「ここは伏魔殿(ふくまでん)。狭界の中にある。この他にもたくさん建物が点々と存在しているんだよ。それがこの狭界。大地で繋がれていない、空間の広がる場所――」
「イセリアルにはこの他にも世界があるんですか?」
「たくさんあるよ。そうだね――代表的なものを言うと…………三柱の神のいる三界でしょ、双神のいる聖界とか白聖界……それに昔六創神(ろくそうしん)が暮らしていたって言う原初界かな〜……」
 どれもみんな広い世界だと言う。
「フェナカイト=レッドベリル様を探すのはとても大変な事だと思うよ」
「それはわかってるよ。何処に居るかもわからない相手を探すんだから――」
「違うよ」
 アスモデウスの言葉を否定する伏羲(ふっき)
「そうじゃない」
「ではどういう意味じゃ?」
 伏羲(ふっき)の表情が少し曇った。
「この調停世界イセリアルには魔族がたくさん存在する。魔族が閉鎖世界ディヴァイアを壊したいと願っているならば、邪魔をしてくるだろう」
「魔族か……」
 鬱陶しいなぁとアスモデウスは言い、レヴィアタンも目障りだと言う。
「この世界にも魔族がいるんですね」
 やはり彼らは何処にでもいる。
 だが、伏羲(ふっき)の次の言葉は疑問を更に深めるモノだった。
「この世界にいるわけじゃないよ」
「は? でも今いるって――」
 矛盾した言葉に戸惑う二人。
「深淵世界ドンケルハイトという場所がある」
「深淵世界ドンケルハイト?」
「そこから魔族は調停世界イセリアルに入ってくる」
「ようするに魔族の巣窟じゃ」
 これは調停世界イセリアルや監視世界アービトレイアでは常識だという。
「では……まさか…………天界を襲った魔族は――」
 海水(かいな)はあの惨状を思い出した。
 どこから現れたかもわからない魔族――
「おそらくドンケルハイトから道を通して現れたんじゃろうな」
「ディヴァイアで発生した魔族はもうほとんど存在していないハズだよ。冥界の(ゲート)を閉じた事によりアービトレイアで発生してもディヴァイアには行けないからね」
「ディヴァイアの魔族は虚飾(ウェイングローリー)のグリンフィールや憂鬱(サドネス)のグレシネークが掃討したじゃろうしな」
 ここでもバッチリ名前の出てこない現世の魔王グラキエース。彼の普段の行いが知れる。
「――でも、それなら、どうして今までドンケルハイトの事が知られなかったのでしょう。ドンケルハイトから魔族が来れるなら――」
「自由に行き来できたらディヴァイアはとっくに滅んでるね」
 海水(かいな)の言葉を遮ってアスモデウスが言った。
 それを聞いた海水(かいな)も魔族の強さを思い出して納得する。
「確かに……言われてみれば――」
「ドンケルハイトからディヴァイアにミチを創るのが困難だからだよ」
 だからそう簡単に侵入されないよと伏羲(ふっき)は言う。
「どうして?」
「それは閉鎖世界ディヴァイアの位置が関係してるんだよ」
「位置……ですか?」
「うん。ディヴァイアの周囲に監視世界アービトレイアがあるからね」
「その更に周囲に調停世界イセリアルがあるのじゃ」
「隣にあるわけじゃなくて、違う場所にもあるわけじゃなくて、中にある別の世界なんだよ」
 だからミチを創るのが難しいのだと教えられた。
 そして海水(かいな)は先ほどからずっと黙っているクラウスに声をかけた。
「どうかしたんですか? クラウスさん、さっきからずっと黙って……何か考え事ですか?」
 そんな海水(かいな)の言葉に弾かれたように顔を上げた。
「あ? いや、少し、考え事を――」
 海水(かいな)の話はほとんど聞いていなかったようだ。
 そんなクラウスをじっと見ていた伏羲(ふっき)は突然、思わぬ行動に出た。
「――――」
「…………」
「――――何、してるんだ?」
「いや、この服がちょっと気になってね」
 そう言った伏羲(ふっき)がクラウスに何をしているのかと言うと、後ろからクラウスのケープを捲っていた。
 クラウスのケープは表側は普通の模様のある何の変哲もないケープだが、裏側は違った。裏側にはびっしりと紋章術に使用されているのと同じ文字が描かれている。
「封印の役割があるんだ」
「まぁね……」
 クラウスは後ろからじろじろ見てくる伏羲(ふっき)に落ち着かないようだ。
 そしてベタベタとクラウスの服を調べ始めた。
「一体さっきから何を――」
 クラウスには伏羲(ふっき)が何をしたいのかさっぱり分からない。
 アスモデウス達も伏羲(ふっき)の奇行を見ているだけだった。
「キミの服は全部強い力が込められてるみたいだね。これなら平気そう」
「…………何が?」
「何って…………イセリアルを渡り歩くんでしょ? 唯の服じゃ様々な世界に対応しきれないよ」
『ああ、なるほど』
 その伏羲(ふっき)の言葉にアスモデウスとレヴィアタンの声が重なった。
「確かに、気温や気圧、その他様々な力がある世界で唯の服だともろに影響を受けちゃうね」
「わしらも着替えが必要じゃな」
「オーダーメイドで服を作ってもらいなよ――――カルナ殿に」
「お主が用意してくれるわけではないのじゃな」
「ボクにそんなスキルなんかないよ。この伏魔殿(ふくまでん)にもそんな力持ってる天使いないしね」
 だからカルナ殿に頼んでよとあっさり言った。
「ここで用意できるのは世界を渡るために必要な源世羅針盤(ツィーケル=ヴェルト)次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)を渡してあげる事だけだね」
「それが世界を渡り歩く為に必要な道具ですか?」
「そう。源世羅針盤(ツィーケル=ヴェルト)が座標を正確に設定して移動するための補助道具。これは空間を司るリア=シェインエル様の魔法道具だから安全保障済みだよ」
 だから何の心配も要らないよと伏羲(ふっき)は言った。
「生きてるから場所名を告げるだけで自動的に座標設定の補助をしてくれるんだよ」
 古代精神感応具(アルト=ゼーレ=レゾナンツ)と同じようなものだろうかとクラウスと海水(かいな)は考えた。
「じゃあ次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)っていうのは?」
「それは空間移動を補助する為の杖だよ。この次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)を使えば移動の際に身体にかかる負担を軽減してくれるんだ。精神力の消費を抑えてくれるし、身体にかかる負荷を軽減してくれるから移動した後もそんなに疲れることはないと思うよ」
「確かに…………空間転移は身体にかかる負担は大きいし、精神力の消費も半端じゃないのぉ」
「楽になるのはいいな」
「そうでしょ。まぁ今日はもう遅いしゆっくり休んでよ。明日から大変だろうしね」
 それを聞いた海水(かいな)は反発した。
「ですが、こうしている間にもディヴァイアが――」
「そう急くな。物事は焦ると良い結果を生まぬぞ」
「そうそう。それにアッシーがいるから天界は大丈夫だよ」
「そうじゃ。あやつはああ見えても、機械に強いからのぉ。壊れた制御システムをなおすぐらいわけないじゃろう」
「それに空間転移の術を使うクラウスに付加がかかるから万全の状態で望まないとね」
「あ……」
 アスモデウス、レヴィアタン、伏羲(ふっき)に言われて海水(かいな)は気付いた。
「ごめんなさい。そうですよね。クラウスさんが――」
「気にするな。海水(かいな)は水の最高神で世界を護りたいと思うのは当然だ」
「――はい」
「だから今日は休んでね」
 そう言うと伏羲(ふっき)は天使を呼んだ。
 海水(かいな)とクラウスは天使に連れられてその場を後にした。
「ねぇ、伏羲(ふっき)
「何? アスモデウス」
 今もまたじっとクラウスを見ていた伏羲(ふっき)にアスモデウスが声をかけた。
「クラウスの事、随分と気にしているようだね。何がそんなに気になるの?」
「少し変わった気配を持っているのが――気になっただけだよ」
「ふ〜ん」
「何かあるのか?」
伏羲(ふっき)、少し散歩でもしよっか」
 そう言ってアスモデウスはレヴィアタンにウィンクした。
「ふむ。ではわしは休ませてもらう事にしよう。わしももう年じゃからのぉ」
 アスモデウスはなかば強引に伏羲(ふっき)を連れて出て行った。
「あちらはアスモデウスに任せておけば平気じゃろうな」
 アスモデウスは見た目通りの存在ではない。いい加減に見えて意外と――
 レヴィアタンは天使に連れられてその場を後にした。





 次の日、広間で朝食をとった後、伏羲(ふっき)はクラウスにトレイを差し出した。
 そのトレイにはクッションが敷いてあり、その上に青から金に光り輝く宝珠のついた手の平大の鍵のような形をした道具と、真ん中に緑から銀に光り輝く宝珠のついた長方形の少し厚みのある小さな道具がのっていた。
「これが昨日言っていた道具か?」
「うん」
 クラウスはまじまじと見た。
 どこからどう見てもこの鍵のようなものが次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)で、小さな本のようなものが源世羅針盤(ツィーケル=ヴェルト)だろう。
 そしてクラウスは素直な感想をもらした。
「思ってたよりは小さいな」
「あまり大きいと持ち運びに不便じゃない」
「ああ、確かに」
 クラウスはそう言って鍵に手を伸ばした。
「これどうやって使うんだ?」
次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)は身につけておくだけで平気だよ。ほら、ベルトにつけておけば?」
 伏羲(ふっき)はクラウスのベルトを指差した。
 クラウスのベルトには細長い宝石が飾りとしてついている。
「そうか……確かに、物凄く軽いから平気かな」
 それに接近戦タイプじゃないしと、ベルトについていた宝石を外して次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)をつけた。
 チャリンとベルトで揺れている。
「これは?」
 クラウスが源世羅針盤(ツィーケル=ヴェルト)を手に取った。
 それは見た目はけっこう重そうだが、次元調停杖(アオスマーズ=シュリヒトゥング=ケレ)と同じようにほとんど重さは感じられなかった。
「これも身につけておけば平気だけど……」
 じっと伏羲(ふっき)がクラウスを見つめる。
 いい場所が見つからないのだろう。
 そしてクラウスは何を思ったのか、突然服を捲って左足を出した。
 左足には銃の入ったホルダーが取り付けられていた。
 その銃の隣に源世羅針盤(ツィーケル=ヴェルト)を当ててみる。
「ホルダーを作って貰えば取り付けても邪魔にはならなそうだな。銃よりかさばらないし、軽いし」
 そう言って服を放し、足をしまう。
 それを見ていたアスモデウスが興味を示した。
「クラウスって銃も使えるの?」
「うん。でもプロじゃないから止まってモノには確実に当てられるけど動いてるモノは大きい的にしか当てられないぞ」
「なるほど」
 クラウスは眉を寄せた。
「これがどうかしたのか?」
「弾はどれ位あるんだ?」
「あー、これは普通の銃じゃなくて、紋章銃だから普通の弾じゃない」
 クラウスはそう言うと腰についているポーチから赤い弾薬を取り出した。
「炎の力を強く感じる」
 それを受け取ったアスモデウスはじっと弾薬を見ながらそう言った。
「そうだ。これは炎の力を込めた弾で、これを装填して発射すると的に炎の攻撃を与える事が出来る。他にもいろいろな属性の弾があるし、特定の種族にも効く弾薬もある。こういう特殊な弾薬を撃つ銃だから撃った時の反動も凄い。片手じゃとてもじゃないが撃てないし、力がないと扱いが難しい代物だ」
「何故そんなものを持っておるのじゃ?」
「そりゃあ、俺が執行部に所属してたからな。俺、紋章術しか使えないから、接近戦駄目なんだよ。だから何かあった時のために護身用として持っていろって周りにキツく言われていたからな」
「じゃが弾薬は有限じゃろう? ディヴァイアでもないのに使えるのか?」
 使い勝手は悪そうだとレヴィアタンは言う。
「弾は錬金術で作ってるんだ」
「錬金術ね」
「ああ、俺も多少錬金術の心得があるから紋章銃の弾ぐらいなら材料さえあればいくらでも自分で作れる」
「へぇ…………それは便利だね」
 それを聞いたクラウスは――
「アスモデウス、使いたいのか?」
 こんなもの必要なさそうだけどとクラウスは言った。
 それを聞いたアスモデウスはパタパタと手を振った。
「僕が使いたいわけじゃないよ。今現在、何の力もない海水(かいな)にどうかなって思って」
『ああ!』
 それを聞いたクラウスとレヴィアタンは同時に海水(かいな)を見た。
「確かに、いつも護ってあげられるとは限らないな」
「護身用に何か持っておくのは悪くないのぅ」
 それを聞いた海水(かいな)は慌てた。
「僕はそんな! 銃なんて使った事はおろか見た事もないです!」
「ああそれは平気だ。ちょっと訓練すれば大丈夫。海水(かいな)が使う事なんてほとんどないだろうけど、出来ないよりは出来るほうがいいしな」
 俺と後で訓練しようとクラウスはホルダーを左足から外して海水(かいな)に渡した。
 ずしりとした感触が手に伝わる。
「うう……」
「俺は足につけてたけど、海水(かいな)は腰の方がいいな」
「ケープがあるから腰に付けても目立たないね」
 最早銃は海水(かいな)が持つ事で決定していた。
 クラウスは銃の弾薬の入ったポーチも海水(かいな)に渡す。
「うう……」
 そして伏羲(ふっき)が止めの一言。
「ホルダーはカルナ殿に頼めば作ってくれるよ。服もそれに合わせてオーダーメイドで作ってくれるよ」
 心配しなくても大丈夫だとあっさりと親指を立ててくれた。
「訓練は任せろ」
 クラウスも源世羅針盤(ツィーケル=ヴェルト)片手に大丈夫だと言い切った。
 それでも不安そうな海水(かいな)を見てクラウスがふわりと笑った。
「平気だ。それは確かに魔物を殺す為に威力は普通の銃より遥かに高い。でも反動が強いから海水(かいな)に連射は無理だ。それにヒトにけして向けてはいけない武器だ」
「えっ……」
「それは護る為の銃だ。対魔物用の武器だ。だから怖がる必要はない」
 クラウスの言葉を聞いた海水(かいな)はじっと渡された銃を見つめた。
海水(かいな)は死ぬわけにはいかないだろう?」
 確かにそうだ。ディヴァイアのためにも海水(かいな)は死ぬわけにはいかない。
「それは海水(かいな)が何があっても生き抜くための力になる」
 海水(かいな)はじっくりとクラウスの言った言葉をかみ締めた。
「それでもコワイと思うのかな?」
 それに対して海水(かいな)は首を振った。
 そして決意を言葉にする。
「生きます。そして力を取り戻し、ディヴァイアに帰ります。絶対に――」