「はい、おまたせ」
出来上がった服を持って、意気揚々と部屋に入ってくるカルナ。
だが、リビングにはアスモデウスとレヴィアタンの二人しかいない。
「あれ? クラウスと
キョロキョロと部屋を見回す。
しかし、もとから狭い部屋だ。いないのはそんなことをしなくても一目瞭然だった。
「外でクラウスが
「ふ〜ん……扱えないの?」
「あれ元々クーのだから」
「そうなんだ」
「でも身を守る術は必要じゃろう? じゃからクラウスが教えておるのじゃ」
「上達はした?」
「静止物には当てられるようになったみたいだよ」
ここに来てから暇になった時間をクラウスと
その甲斐あってそれなりに銃が扱えるようになった。
「どこにいるの? 呼びに行かないと――」
「平気だよ。もうすぐ昼だから帰ってくるって」
その言葉通り、しばらくすると二人は帰ってきた。
クラウスはカルナの服を着ているので少し動きにくそうに、そして
「……カルナがここにいるということは完成したのか?」
「うん。バッチリだよ」
そして一人一人に服と翻訳機を渡していく。
「じゃあちょっと着替えてみてよ」
言われたとおり四人はその場で服を着替えた。
クラウスはやっとサイズの合う服になった。
「みんな大丈夫みたいだね」
きついわけでもなく、少し遊びがあるので調度良い。
だが、少し浮かない顔をしているクラウス。
「何か気になるところでもあった?」
「いや、服自体に不満はないんだが――」
「では何が?」
「なんか……少し重いというか…………前よりなんか重くなった感じがする」
クラウスの着ている服は今まで来ていた服だ。
カルナに強化してもらった服は見た目にはほとんど変わらない。
「重い? 重くなるようなことは何もしていないよ。ただ封印を強化しただけだし」
「そうだよな……」
少し納得いかなそうに服を見ている。
そんなクラウスを見ていたカルナは――
「貴方は…………そうか――」
「何?」
「ん? いや、無意識なんだなって思っただけだよ」
「何が無意識なの?」
クラウスの後ろからアスモデウスが抱きついた。
「貴方はきっと無意識のうちに力を使っているんだと思うよ」
「力……? 何の力ですか?」
「私が見る限り、空間だと思うよ」
「空間……浮遊の力じゃな」
それを聞いたクラウスは呟く。
「――物を…………浮かせていた……?」
呆然としながら手を見るクラウス。
自分がしていたことに驚きを隠せないようだ。
「貴方はきっと物を持って重いと感じたことはないんじゃないかな?」
それを聞いて考え込んだ。
「確かに……重いと感じたことはない」
クラウスは複雑な表情をした。
カルナの力によって封印の力が強くなったため、無意識で発動していた力も抑え込まれてしまったのだろう。
精神力の無駄遣いをしないことは良い事だが、身体が重くなったのであまり喜べない。
「クラウスさんってやっぱり凄いんですね。無意識に力を使っても倒れないなんて」
その点で言えば確かに凄い部類に入るだろう。
「でも気をつけないとね」
「そうじゃな。マナの希薄な場所では身体に負担がかかるやもしれぬ」
「そうだね。どこでもマナがあるわけではないからね」
世界にはマナが溢れている。空気と同じようにどこにでもあるが、消費されればされただけ減少する。
それでもマナが尽きたりしないのは減少した分を補うようにマナを作っている植物があるからだ。
このマナ植物と呼ばれる植物が少ない場所では消費されたマナに対してマナを作るのが追いつかず、マナの希薄な地になってしまう。
マナが希薄な代表的な場所は砂漠だ。
「クラウスは見たところ、マナの消費が他のヒトより多いみたいだからこれをあげるよ」
そう言って手渡されたのは青い石のついたピアスだった。
「マナを周囲から集める力のある石を使ってるんだ。きっと……いえ、絶対に役に立つはずですので持って行ってください」
「…………わかった」
少し困惑しながらもそれを受け取るクラウス。
「ふむ。クラウスは
「じゃああんまり紋章術連発しないほうがいいかもね〜」
倒れたら困るし、と言われて思う。
マナが十分身体にないと起きる事も出来ないということに――
「気をつけることにするよ」
そうしないといろいろまづい。
「そうだよね。クーいないと移動できないし」
アスモデウスも空間移動は出来るが、時間がズレるのでかなり微妙だ。
空間を渡って旅をしていく彼らにとっては死活問題だ。
「さて、次の目的地は決まっているのかな?」
「フーの父親、
「そう。あまり期待できないと思うけど……」
「一応それでも行ってみるよ」
「もとより、大変であることは承知しておる」
「まぁ……頑張ってね。そう……………………とても大変なことが起こったとしても、自分を見失わないようにね」
カルナはクラウスを見ながらそう忠告した。
クラウスは何故自分に言い聞かせるのか分からない。
それでも返事は忘れない。
「わかった。いろいろありがとう」
「どういたしまして。良い旅路であることを祈ってるよ」
クラウスは目を閉じた。
〈――狭界ガ一ツ、
………………………………………………………………座標〇〇〇三〉
コエが帰ってきた後、クラウスは印を組んだ。
…… η ο τ τ δ ε ς υ β ε ς ς α υ ν θ ε ς ς σ γ θ τ θ α τ ν α γ θ τ ζ α θ ι η ø υ σ ε ι ξ α μ μ ε χ ε μ τ ι ξ φ ε ς β ι ξ δ υ ξ η ø υ β ς ι ξ η ε ξ υ ξ δ θ α τ δ ι ε ν ι τ τ ε μ δ ι ε ζ ς ε ι ε ι ξ ε δ ι ν ε ξ σ ι ο ξ β ε χ ε η ε ξ λ ο ξ ξ ε ξ
マナに反応してカルナに貰ったピアスが光り始める。
それに合わせて
―― 空間を支配する神の
足元に陣が敷かれ、空間が歪む。
そして四人は
カルナはそれをじっと見ていた。
「……全てが終わった後には…………何が待っているのだろう…………
――今、わかるのは…………今まで通りではいられないということだけだね……」
カルナは目を伏せた。
「レッドベリル様…………世界の行く末を見守りください――」
次に降り立った場所も今までと変わりなかった。
「ここが
「建物の様式的には
暗闇の中に埋没するように佇んでいる漆黒の建物。
その建物を巻き込むように生えている巨大な樹木。
その樹木の葉も真っ黒だ。
「黒い場所だな」
第一印象はそれだった。
「ここに
「うん。らしいね」
「行ってみるしかないのぉ」
レヴィアタンに言われて一行は神殿に近づいた。
扉に手をかけようとした時、扉は内側から開いた。
そこにはメイド姿の天使がいた。
この狭界の天使の正装はメイド服なのだろうか。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ、
メイド服の女性天使の後ろから執事服の男性天使が現れた。
「こちらへどうぞ」
言われるまま客室に案内された。
お茶や茶菓子なども出てくる。
「ここは
「みたいだな」
「でも
そう言いながらバクバク茶菓子に出されたチーズケーキを食べているアスモデウス。
遠慮という文字は全くない。
「そうそう暇でもなかろう」
カルナのような神の方が珍しい。
ガツガツ食べているアスモデウスに比べてレヴィアタンの方は優雅にケーキを食べている。
「いろいろ仕事もあるだろうしな」
「そうでもないよ」
欠伸をしながら部屋に入ってきたのはかなりやる気のなさそうな男だった。
「はじめまして、
ペコリと挨拶をする
「貴方たちの事は
「はい。そうです」
そして露骨に溜息を吐く
「そうは言われてもねぇ……」
「やはり…………難しいですか?」
「うん。はっきり言えば、とても難しいと思うよ。あのお方に会うのは」
「それでもお会いしなければ……ディヴァイアに未来はありません」
「そう…………真面目だね。私にはとても真似できないよ」
「
「ふふ……今の私は昔と違ってとても暇だからね。惑星神は万物神と役割が全く違うからね」
「惑星神?」
聞きなれない単語にクラウスは呟いた。
「クーは知らないかぁ……」
「クラウスはそういうものと関わりあった生活をしておらんから仕方なかろう」
「僕は万物神なんです。万物神というのは全員属性が決まっているんですよ。
二十四の属性のうちのどれかなんです。
万物神は世界調停者と呼ばれていて、ディヴァイアを守り、維持するのが役目なんですよ」
「万物神は天使を管理下においているがその役割はよく似ておるの」
「そうですね。天使より力の強い存在として位置しているのが万物神なんです。
ディヴァイアには万物神しかいないんですよ」
「ふ〜ん」
「惑星神がいるのはこの狭界をはじめとしてイセリアルだけだからね。ディヴァイアやアービトレイアにはいないだろうね」
「
「
カルナは創成神と呼ばれていて、物を創ることに長けている。
属性の力は満遍なくどれでも使えるみたいだよ。
ただ、どれも強い力を行使することはできないみたいだけどね。
カルナの場合はどれも行使できる変わりにどれも秀でているわけではないみたいだよ」
「私は創造神。こう見えても昔は惑星を創ったりしていたんだよ。
だから私もカルナと同じくどの属性も行使できるけど、どれも中途半端にしか使えないけれどね」
「まぁ、惑星神はいろいろな力を持っているから統一性はないよ。
どちらかというと僕たち
「そうなのか」
「私たちは
基本的に惑星神は好き勝手にやっているらしい。
「それで、そろそろ本題に入りたいんだけど」
それを聞いた
「レッドベリル様の居場所なんて知っている人の方がレアだよ」
「誰か知っていそうな人を知りませんか?」
「そうだね。レッドベリル様の妹君であらせられるアウイン様なら知っているかもしれないけど……」
「そのアウイン様はどこに?」
「私は知らないよ」
あっさりと
「でも同じ
貴重な情報ではあるが、全く役には立たない。
「シェインエル様の兄君であるアーシェルト様ならシェインエル様の居場所が分かるからアウイン様にも会えると思うよ」
「アーシェルト様はどこに?」
「さあ? それを知っていそうなのは双神かな?」
「双神?」
「そう。ステファノフ姉弟。グラティア=リ=ステファノフとテルミヌス=ラ=ステファノフという二人。
その姉のグラティアがアーシェルト様と偶にお会いしているということだから居場所も知っていると思うよ」
「で、そのグラティアはどこに?」
「う〜ん…………弟のテルミヌスなら知っているはずだよ」
「じゃあそのテルミヌスは?」
「――
次から次に出てくる名前。
いつまで経ってもしっかりとした場所名が出てこない。
「
「そう。ローエンシュタイン三兄弟。天空のセラスティス、深海のセレスティス、大地のセシルティスという三つ子。
彼らなら知っていそうだよ」
「彼らの居場所は分かっておるのか?」
「うん。彼らは統治領があるから」
「統治領?」
「そう。“三界”って言ってね、彼らが治めている世界のことだよ。
この狭界とは別の空間にある」
「そこに行けば
「うん。会えるはずだよ。兄二人はあれだけど、一番下の弟は真面目だから、ちゃんと仕事しているはずだしね」
『あれ?』
クラウスと
だが
「場所は“三界、蒼碧神殿”」
「はぁ……」
アスモデウスが面倒くさそうに溜息を吐いた。
「また随分と長い道のりだね」
「仕方がないじゃろう。ここまでわかっただけでも良しとしなければ」
だれるアスモデウスを宥めるレヴィアタン。
「それにしても、よくそこまで知っているよな。自分の管轄外なのに」
クラウスが感心したように呟いた。
「そういえば、そうだよね。
僕と同じで、とアスモデウス。
「う〜ん……暇つぶしでちょっとね……」
まぁ、いえない事もあるだろう。
「今日は泊まっていく? 貴方たちは時間感覚がずれていそうだから言うけど、今はもう夜だよ」
「今は夜なの?」
「うん」
一日中暗いこの場所ではいつが昼で朝なのか分かりづらい。
「じゃあそうさせてもらうよ。あまり遅い時間に行くと迷惑だろうしね」
「確かにの」
「では、皆に食事の用意や湯浴み、部屋の用意をさせるね」
そう言って
すると、しばらくしてノックとともに一人の執事が現れた。
「なんでございましょうか」
現れた執事の格好をした天使に指示を出す
それを見送っていたクラウスがとうとう疑問を口に出した。
「あの執事とメイドはこの狭界の天使の正装なのか?」
それを聞いた
「ここの天使たちはみんなあの格好だよ。この狭界の天使は神殿の中でしか仕事をしないからね」
場所も変われば常識も変わる。そのいい例だった。