一行は山の中に無事に到着した。
 風でぼさぼさになった髪をきちんと整える。
 髪の長いクラウスだけは懐から櫛を出して、下で三つ編みにしていた。
「それで、ここは一体どこですか?」
「山を降りて街に行けばわかるだろう」
「だよねー」
「じゃな」
 どうやら適当な所に下りたようだ。
 この世界の人ではないので場所を見て特定も出来ない。
 行き当たりばったりな感じで旅は始まった。
「ま、なんとかなるよ」
「そうだな」
「じゃな」
 アスモデウスは持っていた地図をクラウスに渡そうとしたが、逆にクラウスにコンパスを渡された。
「俺、方向音痴だから」
 そう、クラウスは壊滅的な方向音痴。
「でもそれは力を封印していたときだけなんじゃ……」
「うん、まぁ……そうなんだけどさ…………初めての場所だと高確率で迷うから」
 クラウスに先頭は歩かせられないと三人は思った。
 乾いた笑いを浮かべるクラウス。
「一人で歩いちゃダメだよ。出歩くときは必ず、僕かレヴィを連れて行ってね」
 アスモデウスはクラウスの両肩に手を置いて言った。
 こんな見知らぬ土地で迷子になられたら大変だ。
「わかってるよ」
 それはクラウスとて同じだった。
「さて、ではどちらに向かうのじゃ?」
「未知は北東と南西に向かって続いてるね」
 アスモデウスがコンパスを見ながら言った。
「じゃあ南西かな」
「どうしてですか?」
「なんとなく。下りだし」
 海水(かいな)に問われてそう答えるクラウス。
 深い理由は全く無いらしい。
「まぁ、それでいいんじゃない? 深く考えてもしょうがないし」
「上から見たところ、それほど高い山でもなさそうじゃったから平気じゃろう」
「登るのやだしねー」
 こうして、とりあえず山を下りることになった。




 山を下りていると何か聞こえた気がした。
「獣の咆哮か?」
「近いの」
「用心したほうが良いのかなぁ?」
「襲ってきたら嫌ですね」

 ――ウゥゥゥ……………………ゥォォォォ……………………

 獣の咆哮は一向に止む気配をみせない。
「――来る!」
 アスモデウスは素早く唱える。
「我が力にして必滅の刃――
 我に従い形となせ――
 <蒼刃の長槍フェルツァーグン>」
 そして一閃。
 ゴトリ……
 何か重い音がした。
 音がした方を見ると、何か大きな……とても大きな狼のような獣の頭が落ちていた。
「大きいな……ディヴァイアにいる狼より……」
「三倍くらいありそー」
「確かにのぅ」
 そしてレヴィアタンはひょい――っと右に移動した。
 さっきまでレヴィアタンのいた場所を首のない胴体が通り過ぎる。
「首が無いのにー!!」
 そう、獣は首を落とされても襲ってきた。
 それを見たクラウスが周囲の様子を見てから行動に移る。

   ……  ι γ θ σ π ι ε μ ε ν ι τ ζ μ α ν ν ε

 軽く印を結ぶ。
 それは一瞬で終わる。
   ――(ほのお)(もてあそ)ぶは紅蓮(ぐれん)の道化



 首の無い獣の胴体を紅蓮の炎が焼き尽くす。
 だが、黙って焼かれてくれはしない。
 火達磨になりながらも暴れまわる。
 アスモデウスはそれに向かって槍を投げる。
 それは獣を地面に繋ぎとめた。
 獣を炎が焼き尽くした後、疵一つ無い槍をスッとしまうアスモデウス。
 アスモデウスの力の塊であるこの武器はこの程度の紋章術では疵一つつけることは出来ない。
「この世界の獣(?)は随分と生命力があるみたいだな」
「確かに」
「それで済ませちゃうんですか?」
 そんな言葉で納得しかけているクラウスとアスモデウスに思わず突っ込む海水(かいな)
「まあ、世界が変われば常識も変わるからのぉ」
「でも……」
「また出るかもしれないから気をつけろよ、海水(かいな)
「う……はい」
 山の中だ。一体だけということはないだろう。
 山の中を注意して進んでいく。
 途中、やはり大きな狼に襲われながらもそれを撃退しつつ下山した。
 山を下りると街道が通っていた。
「道なりに進めばいいよねー」
「道ですからどこかの町には通じていますね」
「だな」
「うむ」
 そしてしばらく歩いていくと街が見えた。




「ルイーツァリの街」
 クラウスが街の入り口にある看板を読んだ。
「ルイーツァリ……ルイーツァリ……」
 アスモデウスが地図を広げて現在地を探す。
「あった」
「でもここは見回りの場所ではないようですね」
「さっきまでいたのはどうやらバリショーイ・ヴォールク山という所じゃな」
「ここから一番近い場所はこの街の北にあるニフェリート神殿だな」
「じゃあ次の目的地はそこだね」
 お腹すいたー、と伸びをするアスモデウス。
「待て」
 そんなアスモデウスの右肩を掴むレヴィアタン。
「どうかしたの? レヴィ」
「お主……忘れておらんか? わしら、この世界の通貨なぞ持っとらんぞ」
『あっ……』
 言われて三人は同時に声を上げた。
「あちゃー。そうか……」
「金…………か」
「どうしましょう」
 海水(かいな)はおろおろしている。
「僕たちお金使わないからね」
「アービトレイアは物々交換が主流じゃからのぉ」
「そうなんですか……神界や天界もそうなんですよ」
 よくよく考えるとそうだ。
 お金を使うのは人間だけだ。
「クーは何か持ってない? 金貨とか銀貨とか」
「ないな」
 クラウスはキッパリと否定した。
「ディヴァイアも今や広範囲でカードが主流だからな」
「カード?」
 海水(かいな)は未だに現世界の常識に疎かった。
「そう。銀行というお金を預けておく場所がある。カードを使って支払いするとそこから自動的に引かれるようになっている。
 アスガルドはこのシステムが行き届いているからお金を持ち歩くことは無いな」
「あちゃー」
「一文無しじゃな」
 …………
「――日払いの仕事を探すしかないな」
「だね」
「街の入り口でこうしててもらちがあかんじゃろう。それに行動しなければ何も始まらん」
 こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。
「早くなんとかしないと今日は街の中で野宿だよねー」
「それは嫌だな」
 こうして四人は街の中に入った。
 そしてしばらく街の中を歩いて情報収集をする。
 一人で歩かせると迷うだろうクラウスはアスモデウスと、一人でいると悪い人達に絡まれそうな海水(かいな)はレヴィアタンと一緒に行動した。
 無論、方向音痴のクラウスと戦力にならない海水(かいな)を一緒に歩かせられないためこうなったのだ。




「さて、仕事でも地道に探すしかないのぅ」
「そうですね」
 レヴィアタンと海水(かいな)は仕事を探すために街の人にどこか働ける場所が無いか尋ねてまわった。
 数十件まわったが、仕事は見つからない。
「困りましたね」
「うむ。ここまで全部ダメとはのぅ」
 二人は広場にある噴水の脇にあるベンチに座っていた。
「仕事…………僕が子供の姿だからダメなんでしょうか?」
「ふむ。それもあるやも知れぬが…………どちらにしろ制服着用バイトはお主には出来ぬからのぉ」
「あっ…………」
 海水(かいな)には今、自力では隠せない獣耳と白い翼が生えている。
 クラウスは背中の翼を、方向感覚を犠牲にしてしまうことが出来るが、海水(かいな)にはそんなこと出来ない。
「換金できそうなものを持って来るべきでしたね」
「うむ。クラウスは何か持っていそうじゃが……売れるものなら売っとるじゃろうしな」
「はぁ……」
 海水(かいな)は溜息を吐いて空を見上げた。
 空には小さく島が浮かんでいるのが見える。
「今夜は野宿決定でしょうか?」
「アスモデウスとクラウスがダメじゃったらな」
 あの二人に頼るしかないということだ。
「アスモデウスは要領が良い。クラウスも見たところ要領は良さそうじゃから平気じゃろう」
「でも、もう夕方です。仕事を見つけられたとしても、今日はもう――」
「……そうじゃな、今日は野宿決定じゃな」
 赤く染まっていく空が恨めしかった。
「なんだ。お前ら文無し君か?」
 振り向くとそこには少し大柄で体格の良い男が立っていた。
 どこをどう見ても街の人間には見えない。
 背中に大きな刀を背負っているし、怪我もしているようで、腕に包帯を巻いている。
「――だとしたらなんじゃ?」
 レヴィアタンは動じることなく言った。
 レヴィアタンは魔皇(まこう)族だ。たかが人間如きに後れを取ったりはしない。
「いや、困ってるなら良い事教えてやろうと思ってな」
 レヴィアタンと海水(かいな)は顔を見合わせた。
「うむ。聞くだけはタダじゃし、良かろう」
 海水(かいな)は直感する。
 聞いてロクなことじゃなかったら力ずくで抵抗する気だと。
 その答えに男は不敵に笑った。
「良い判断だぜぇ、兄ちゃんよぉ」
 空はもう暗い闇に染まろうとしていた。




 その頃、アスモデウスとクラウスは打ちひしがれていた。
 二人は情報と仕事をいっぺんに得るため、クラウスの提案でその手の機関を探すことになった。
 街の人に尋ねるとすぐにわかった。
 ギルドという仕事を斡旋してくれる場所があるらしい。
 ただし、腕に覚えが無いとできないような仕事――それを紹介してくれる場所…………それがギルド。
 そのギルドに行き、仕事斡旋用の掲示板を見た。
 そしてある項目を見てショックを受けた。
「うわぁー、何それ何それ何それ――――!!!」

 掲示板の前に迷惑にも座り込み、床をガンガン叩いているアスモデウス。
「しかたないだろう。知らなかったんだ」
 その横で腕を組んで立っているクラウス。
「だってだって……見てよ! これ!!」
 バンッ!!

 アスモデウスは立ち上がると勢いよく問題の紙の張ってある場所を叩いた。
 ギルドにいる人達に注目されまくりだが、そんなことは一向に気にしていない二人。
 ここに海水(かいな)がいれば間違いなく、周囲の人達に頭を下げて謝っているだろう。
 だが、生憎ここに二人を止められるストッパーはいない。
「言われなくても十分目に入っている」
「くーやーしーいー!!」

 それでもなお大声で叫ぶアスモデウス。
「だって! バリショーイ・ヴォールク山のガラー狼一体退治につき千ノーミルって書いてあるしぃ! この国の相場がどれくらいかわからないけど絶対大金だよ!!
 ああーもう!! 山を下りるまで一体何体倒したと思ってるんだコンチクショー!!」
 ……そう、二人が大騒ぎしている紙にはこう書いてあった。
   ――『バリショーイ・ヴォールク山のガラー狼退治。
      近頃、この山で凶暴なガラー狼の数が増加しています。
      そして人々を無差別に襲って食べてしまいます。
      それを重くみたギルドはこのガラー狼一体につき、
      千ノーミルの報奨金をかけることにしました。
      退治された方はギルドまで首をお持ちください。』


「山を下りるまでに二十体位は倒したな」
「頭落としても胴体滅多刺しにしても手と足を切り落としても襲ってくる生命力溢れててメチャクチャ面倒なやつ等だったのにぃ!!」
「結局全部燃やすしかなかったからな」
「胴体燃やされてやっと動かなくなるってどんな生物だよ!」
「――――まあ、世界は広いからな」
「そんな言葉で終わらせたくないー!!」

「そうは言ってももう済んだことだ」
「じゃ、今から山に戻って狼狩りだよ」
 それを聞いたクラウスは渋い顔をした。
「もう夜だぞ。今から行くと完全に夜だ。夜は暗くて標的が見えにくい。アスモデウスやレヴィアタンならともかく、俺や海水(かいな)は無理だ」
「そっかぁ……確かにカイは無理かも……
 じゃあ僕と二人で行こうよー」
「あんな素早く動く獣にそう簡単に紋章術があたるか。
 動きを封じてくれなきゃ全部空振りだぞ」
 そうしたら山火事だと言われ、ムスッとするアスモデウス。
 諦めきれないらしい。
「一体だけならアスモデウス一人でも動きを止められるだろうが、群で来られたらさすがに一人では対処しきれないだろうが。狼は群で行動する生物だぞ」
「うっ……」
「ほら、諦めて他の仕事を探すぞ」
 これではどちらが年上かわかったもんじゃない。
「えー……」
 露骨に不満を露わにするアスモデウス。
「クーったら真面目で堅実派だね。そっか……軍人やってたんだっけ――」
「軍人とは少し違う。執行部は魔物退治が主な仕事だ」
「たいして変わんないよ」
「あのな――」
「あのう――」
『ん?』
 振り向くと、一人の女性がいた。
 確か受付嬢だ。
 そしてクラウスはようやく気付く。
 自分たちを中心にして人だかりが出来ているということに。
「ああ、すまない。迷惑だったな」
 あれだけ騒いだのだから仕方が無い。
「いえ、そうではなく……」
「他には何もしてないようねぇ? 僕たち」
「さきほどのお話を聞かせていただく限り、あなた方はあのガラー狼を退治したとか……」
「うん。ガラー狼かどうかは実物知らないからそうだとは言い切れないけど――」
「山を歩いていたら襲ってきたな」
「でも山を下りきる頃には気配はあるのに襲ってこなくなったよねぇ?」
「実力の差を知ったんだろう。獣はそういうものには敏感だ」
 再び山を登っても襲ってきてくれるかどうかはわからない。
「あの山に出るのはガラー狼だけです。そしてそのガラー狼を倒せるというなら、こういうイベントがあります」
「イベント?」
「はい。上手くいけば一攫千金です」
「へえ……それは凄い」
「ただし、条件がありますが――」
「条件?」
「はい」
 アスモデウスとクラウスは顔を見合わせた。
「ぜひ、教えてもらえるかな?」
「はい」