話を聞き終えたアスモデウスとクラウスは集合場所である広場に行った。
「すっかり暗くなったね」
「ああ……だが、いないな」
 レヴィアタンと海水(かいな)どころか誰もいなかった。
「どうしたんだろ?」
 シン、としている広場。
「どうする?」
「う〜ん……じゃあ僕が――」
 そういうとアスモデウスは魔眼を発動させた。
 赤い瞳で周囲を見回す。
「――……そこの噴水の所に夕方までいたみたいだね。でも一人の大柄なチンピラ風の男についていったみたい。
 ――僕がわかるのはここまでかな」
 ふぅ〜、と溜息を吐くと瞳の色が緑色に戻る。
「じゃあここからは俺が――」
 クラウスは瞳を閉じた。

   ……  δ ι ε σ π υ ς ε ι ξ ε σ ς ε ι σ ε ξ δ ε δ ι ε υ β ε ς δ ε ξ θ ι ν ν ε μ θ ε ς ς σ γ θ τ

 風も無いのにクラウスの服がたなびく。そしてうっすらと青白い光に包まれる。
   ――空支配する旅人の軌跡



 クラウスの腕や身体に光る文字が絡みつく。
 そして、しばらくしてクラウスが瞳を開けた。
「見つけた」
「案内して」
「噴水から南に五メートル――」
 アスモデウスはコンパスを手に取りそれを確認するとクラウスの手を引いて歩き始める。
 クラウスは目の焦点が合っていないが、しっかりと案内をする。
 そしてクラウスの案内でついてのは一軒の宿屋だった。
「ここ?」
「……そう――」
 ふぅ――っと、クラウスの力が抜けて術が解ける。
「ご苦労様」
 アスモデウスはそう言ってクラウスを支えながら宿屋に入った。
「ごめんくださーい!!」
 アスモデウスには遠慮が無い。
「おお、アスモデウス」
 そこにはレヴィアタンと海水(かいな)がいた。
「クラウスさんどうかしたんですか?」
 ぐったりとしているクラウスを見て心配そうな声を上げる海水(かいな)
「解析の紋章術使ったからちょっとトランス状態なだけだよ」
「それは悪い事をしたのぉ」
 レヴィアタンがすまなそうな顔をする。
「全くだよ。何してるのさ、こんなところで」
 アスモデウスはフロントにあったソファーにクラウスを座らせながら言った。
「この方が担保があれば無賃でも泊めてくださる場所があるというので――」
「ついてきたんじゃがな。よくよく考えてみたらわしらロクなもの持ってなくての」
「困ってたんです」
「――ったくよ。旅人っぽいから声掛けたのに、これじゃあな」
 そう言ったのは二人を連れて行った男だ。
「ごめんなさい。
 それで、僕たちの方は仕事見つからなかったんですけど、お二人は見つかりました?」
 それを聞いた途端、アスモデウスはあの出来事を思い出した。
「聞いてよー、二人とも――!!」
 二人ににじり寄るアスモデウス。
「ガラー狼がぁ〜」
『ガラー狼』
 ハテナマークを浮かべる二人。
 それを横で見ていた男が補足してくれた。
「ガラー狼といえばバリショーイ・ヴォールク山に出る人喰い狼のことだな。そいつが出る所為であの山に立ち入ろうってヤツぁいなくなってな」
 それを聞いてレヴィアタンは納得した。
「おお、あの山で散々襲ってきおった狼のことか」
「ものすごーく、生命力のある狼でしたよね。最終的に全部クラウスさんが燃やした――」
「そう、それ! そいつが一体当たり千ノーミル!! 頭持ってギルドに持っていけば大金持ちだったんだよ!!」
 ここでもまた地団太を踏むアスモデウス。
「なんと、懸賞金が掛かっておったのか」
「おめーら、あれ倒したのかよ!」
 驚いたように目を見開く男。
「うん。二十体ぐらい」
「すげーな」
 心底驚いているようだった。
「ありゃあ、並みの戦士は刃が立たねぇ……だから褒賞金も高額なんだがよ」
「確かに刺しても斬っても向かって来おって面倒じゃったの」
「メンドーの一言ですませられるのかよ……」
 魔皇(まこう)族のレヴィアタンとアスモデウスにとってあの程度の敵、造作も無いことだった。
「――懸賞金を逃したことはよう分かった。して、肝心の仕事のほうはどうじゃった?」
「あ、うん。それならバッチリ大丈夫。掲示板の前で騒いでたらギルドの人が紹介してくれた」
 それを聞いたレヴィアタンは一言。
「なんと、それはさぞかし迷惑じゃったろうに――」
「アスモデウスさん……」
 じっとアスモデウスを見る二人。
「――どうして二人とも僕を見るのさ」
「お主の事じゃから大声で叫んで騒ぎまくったんじゃろう?」
「クラウスさんはあの……あまり騒いだり取り乱したりするように見えないので」
「確かにクラウスはお主と違ってそんな子供っぽい真似せんの」
 ムスーっとするアスモデウス。
「なんですぐにわかるかな。確かにクーは僕の側で腕を組んで立っているだけだったよ」
『やっぱり』
 少ししか一緒に旅をしていない海水(かいな)にもアスモデウスの行動は筒抜けだった。
「面白れーヤツらだな」
 男に笑われる三人。
「して、何を聞いたのじゃ?」
「十日後、この街の闘技場で大きなイベントが開催されるらしい。それが――」
「武芸大会」
 そう言ったのは男だった。
「武芸大会……ですか?」
「ねぇ、君、くわしく説明してよ。異邦人の僕たちより詳しいだろうし」
「異邦人?」
 聞きなれない言葉に少し反応する男。だが、そのまま話を続けた。
「――……武芸大会っつーのは年に一度この街で行われるイベントでな国内外から大勢の人が集まる盛大なお祭さ」
「お祭……ですか」
「そうだ。この時期になると毎年大勢の人間がこの街にやって来る。腕に覚えのある猛者ばかりさ」
「ふむ。人が集まるか……治安の方は?」
「懸念してる通り、かなり悪化するな。そこの坊主なんか一人で歩いてっと悪いオニーサン達に拉致されるぜ」
「ふえぇ〜……」
海水(かいな)は外出を控えたほうが良さそうじゃな」
「はい」
 余計なトラブルはなるべく起したくはない。
「んで、その武芸大会ってーのはチーム戦でな。四人で一チーム――これが原則だ」
「四人で……一チーム?…………四人……………………――」
 見る間に海水(かいな)の顔色が悪くなる。
「ちょ――アスモデウスさん! それって僕も数に入ってるって事ですよね!?」
 思わずアスモデウスに詰め寄る海水(かいな)
「うん。人数合わせだから気にしないで」
「気にします!! 僕、戦闘なんて――」
 言われなくてもわかっている。海水(かいな)には間違いなく無理だ。
「大丈夫。一人ずつ戦うんじゃなくて本当にチーム戦だから」
「え?」
 アスモデウスの言っている言葉の意味が分かりかねた。
「そう……広いフィールどの上に八人入って乱戦するんだよ。まさにチーム戦だ。四人の連携プレーっつうのも重要な要素の一つだな」
「ルールは四人全員戦闘不能になるか降参したほうの負け。場外に落ちた場合も同様。ちなみにうっかり死んでも保障されないってさ」
 ニコニコしながらルール説明をするアスモデウス。
「え……?」
 それを聞いて引き攣る海水(かいな)
「あの……他にルールは?」
「ねぇなぁ。大体ルール無用のサドンデスゲームみてーな感じ出しなぁ。四人で一人を狙おうが一人ずつ戦おうがそりゃチームの自由だしな」
「薬の使用は戦闘中は不可だって」
「だからチームに一人は回復役が必要だな」
「なるほど…………回復役か――」
 アスモデウスとレヴィアタンは前衛。クラウスは後衛、海水(かいな)も後衛だ。
「いないじゃないですか!」
「だねー。僕もレヴィも生命は使えないし」
「クラウスもそれだけは使えぬからの」
「笑い事じゃ――」
「大丈夫だって。僕達そう簡単に怪我したりしないから」
「してもすぐ治るしの」
 さすがは魔皇(まこう)族だ。回復は早い。
「カイも平気だよ」
「いえ……僕はお二人ほど丈夫では――」
「そうじゃなくて」
 今すぐ泣き出しそうな海水(かいな)に自信満々に告げるアスモデウス。
「クーが結界張って守ってくれるってさ」
「ほう、それは安心じゃな」
「うん。僕らも後ろを気にせず戦えるってもんさぁ」
「え? でもそれでは――」
 クラウスは攻撃できない。アスモデウスとレヴィアタンだけで戦うことになる。
 さすがにそれには気が引ける海水(かいな)
「平気だよ。僕達人間に負けるつもりは無いから」
「じゃな」
 海水(かいな)はもうしわけない気持ちになった。
「言ってくれるじゃねーか。ニーチャン達よう」
「言うよ。優勝賞金百万ノーミルは僕達が頂く」
 不敵に微笑むアスモデウス。
「フン。そう簡単にとらせやしねーよ」
「その物言い……お主も参加するのか」
「ああ」
「なら、腕や足を切り落とされないように気をつけることだ。その二人はわりと容赦ないからな」
「ん?」
「あ、クラウスさん。もう大丈夫なんですか?」
「ああすまない。あの術を使うといつも頭がいっぱいいっぱいになってな」
 クラウスは軽く頭を振りながら立ち上がった。
 男はじっとクラウスを見た。
「何だ?」
「おめぇは術者か?」
「ああ。接近戦はそっちの二人の専門だ。特にアスモデウスをなめてかかると一撃だな」
 それを聞いた男はフンと鼻を鳴らした。
「随分と口が軽いじゃねーか」
「ああ。知られて困ることは無い。どうせ一試合すればバレることだしな……それに、知ったところでどうすることも出来ないことだって世の中にはある」
「なっ――」
「確かに」
 これを聞いた海水(かいな)はなんだか卑怯な気がしてきた。
 相手は人間だ。戦闘が得意な魔皇(まこう)族三人を相手にするのは、物凄くフェアではない。
 力の差など歴然だろうに……
 しかし、ここで立ち止まるわけにいかないのも事実。
「ああ、そうだ。クーは何か金目のもの持ってない? 担保に出せば泊めてくれるってさ」
「後でちゃんと金払わねーといけねーがな」
「大丈夫。出て行くときは大金持ちだから」
「まだ言うか、こいつ」
 そう言われてクラウスは考えた。
「この国で銀は高く売れたりするのか?」
「ん? 銀? ああ、この国に銀鉱はねーからな……全部輸入に頼ってっからすげー高値がつくぜ」
「そうか」
 クラウスは懐に手を入れて一振りのナイフを取り出した。
「ほう…………こりゃまた随分凝ったナイフだねぇ……」
「鞘や柄に施された意匠が素晴らしいのぉ」
「これって鞘から剣の柄から刀身まで全部銀じゃん」
 アスモデウスが短剣を鞘から引き抜いて目を凝らす。
「ああ。銀の装飾短刀だ」
「護身用?」
「ああ。あまり使わないがな。そのわりに手入れが大変な一品だ」
「そっか、銀って――」
「手入れしないと輝きを失い、黒くなるな」
 だが、このナイフはキラキラと光っている。
「暇な時に磨いているからな」
「これ、高くない?」
 アスモデウスが聞くとクラウスは首をひねった。
「さぁ?」
 クラウスは金銭感覚が少しズレているのでたとえどんなにケタが多くてもたいした事ないと言いそうだと海水(かいな)は思う。
「貰い物だからな」
「貰ったの?」
「ああ」
「こんな高そうなもの?」
「誕生日プレゼントにな。三人も知っている人物だ」
「僕達会ったことあるの?」
 アスガルドで知り合った人物は極僅かだ。
「ラス、ラス=フリューゲル」
『ああ』
 そこで三人は納得した。
 彼も金持ちそうだ。それに古代竜(エンシェントドラゴン)族である彼はそんなに物に頓着しないだろう。
「これを担保にしたら泊めてもらえるか?」
「はい。承りました」
 そして銀の短刀を受け取ると鍵のついた箱の中にそれをしまう。
「とりあえず武芸大会が終わるまで泊めてね」
「はい。ではこちらにお名前を――」
 そう言ってペンを渡された。
 そのペンを持っていざ、書こうとしたクラウスだが――
 ピシっと硬まった。
 言葉や文字はカルナから貰った翻訳機でなんとかなる。だが、何とかなるのは言葉の理解と、文字を読めるだけであって、文字を書くことは出来ない。
 「どうかしましたか?」
「あー……その…………この国も文字が書けなくて――」
 ばつの悪そうな顔をするクラウス。
 事の問題点に気付く三人。
「かまいませんよ。ご本人であれば。後はこちらでふりがなをふらせて頂きますから」
「そう」
 そう言われてクラウスはペンを手に名前を書いた。
 そしてアスモデウス、レヴィアタン、海水(かいな)も名前を書いた。
「……どこの文字だ? こりゃ」
 クラウス、アスモデウス、レヴィアタンは同じ文字。海水(かいな)だけ全く違う文字だった。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「クラウス=クルーグハルト」
「アスモデウス=マリード=アスフォデル」
「レヴィアタン=マリード=サラセニア」
水神(みなかみ)海水(かいな)です」
「――…………はい、承りました」
 彼女はそう言って二つの鍵を取り出した。
「こちらがお部屋の鍵です。場所は二階右奥の二部屋です」
 クラウスは受け取った鍵の一つをレヴィアタンに渡した。
「さっきと同じでいいよな」
「うむ」
 部屋割りのことだろう。
「あの、ありがとうございました」
 海水(かいな)は男に向かって頭を下げた。
「いいってことよ。困った時はお互い様ってな。困ったことがあったらまた言いな。じゃな」
 そう言って男は一階の奥へ消えて行った。
「人は見かけによらないね」
「そういうもんじゃろ」
「ま、とりあえず部屋に行って荷物降ろそう」
「そうですね」
 四人は二階へと上がって行った。