「アスモデウス、出かけるぞ」
ちょっと遅めの朝食をとった後、クラウスは言った。
「どこに?」
「……残り九日――文無しで過ごすつもりか?」
「う〜ん……ダメ?」
「俺は欲しい物がある。ギルドに行くぞ」
「え〜……――」
クラウスはアスモデウスをなんとか連れて行った。
そして二人はギルドの掲示板の前にいた。
「ねぇー、クーはなんかいいのあった?」
「ターゲットの特徴がわからん」
「だよねー」
勢い込んで来たはいいが、二人は部外者であるため、この世界の生き物がどういうものかわからない。
名前が書いてあってもイラストや写真付きで掲載されているわけではないので、ターゲットがどういうものなのか見当もつかなかった。
「何してんだ? おめーら」
振り向くと昨日の男が立っていた。
「仕事を探してるんだ。見ればわかるだろう」
「でもターゲットがよくわからなくでさー」
「――……おめーら……ホント、どこの世間知らずだよ」
いくらなんでもありえねーだろと突っ込まれる。
まさか異世界から来ましたとは言えない。
「ねぇ、こんなヤツらほっといておたしらも仕事探そーよ」
後ろから小柄な女が出て来た。
「つってもなぁ〜……オレとおめぇで出来る仕事っつーのも」
「何よ! あたしが足手まといだって言いたいの!?」
「イヤイヤ。おめぇは十分役に立つ回復役だろう? だが攻撃出来ねーから結局オレだけで戦わねーといかんだろうが」
「う……それは――」
なんか揉めているようだ。
それを見たクラウスは閃いた。
「じゃあ俺たちと一緒に仕事しないか?」
「あ?」
「あんた何言って――」
「黙ってろ、フューシャ」
「でも――」
「いいから」
不満そうに口を噤む女。
「それで?」
「俺たちはターゲットがどういうものか解らない。だから道案内をして欲しい。ターゲットは俺たちだけで処理しよう。道案内をするだけで報奨金の三分の一をくれてやる」
「ああ、なるほど」
上手いなあとアスモデウスは感心する。
「どうだ?」
「わりぃ話じゃねーな」
「あんたたち二人で倒せるわけ?」
「無論だ。
――だろう? アスモデウス」
「まっかせて! どんな奴でも滅多斬り〜」
「……ホントかしら」
「まぁまぁ……楽して儲かる上に敵情視察も出来るし、いいじゃねーか」
「敵情視察?」
「こいつらも武芸大会に出るんだってよ。えーと……」
「クラウスだ」
「アスモデウスだよ」
そういえばお互い自己紹介はしていなかった。
「オレぁ、セラドン。よろしくな。で、こっちが――」
「フューシャよ」
刺々しい雰囲気だ。
「おいおい、そんな――」
「あたしはあんたみたいにカンタンに他人を信じたりしないわ」
ピシャリと言い放つ少女。
「奇遇だな。俺たちもそう簡単に人を信じたりはしない」
それに気を悪くした様子もなく答えるクラウス。
「やらなければならないことあるしね〜」
それを聞いて押し黙るフューシャ。
「足手まといにならないでよ」
それを気にするふうでもなくアスモデウスは話を進めた。
「じゃあ記録は――」
「俺がやろう」
そう言うとクラウスは掲示板の正面に立った。
だが、紙にメモをするわけではない。頭の中に記録する。
…… δ ι ε π ο ε σ ι ε δ ε σ φ ο η ε μ σ υ ν δ α ς υ β ε ς ø υ τ ς α υ ε ς ξ χ ε ξ ξ ε σ σ γ θ χ ι ξ δ ε τ
クラウスは紋章術で済ませることにした。
アスガルドのように機械を使うわけにはいかないためだ。
そもそもそういった機械を持って来ていない。
――移ろう時に嘆く鳥の
術を発動させるとクラウスは掲示板を一瞥した。
「オーケイだ」
見たモノをそのまま映像として記憶する術だ。
術を破棄するまでいつでも見ることが出来る。
「じゃ、行こう!」
セラドンとフューシャには勿論、クラウスが何をしたのかなんてわからない。
「ここにそのプラーミァ・ソーカル≠チていう大きな鳥がいるの?」
「ああ。火の鳥がな」
そして空を見上げると赤い鳥が飛んでいるのが見えた。
おそらくあれがそうだろう。
ずいぶんと高い位置を飛んでいる。
「槍じゃ届かないや」
「落とすから仕留めてくれ」
「オッケー」
アスモデウスは返事をすると槍を出した。
「我が力にして必滅の刃――
我に従い形となせ――
<蒼刃の長槍フェルツァーグン>」
そして構える。
クラウスも杖を出した。
「我が半身にして我が力の礎――
我が前にその身を現せ――
<蒼き珠の聖杖レヴァンテイン>」
「よし、来い!」
そしてクラウスが印を組む。
…… δ ε ς υ ξ φ ε ς α ξ δ ε ς μ ι γ θ ε σ α ς η φ ο ξ δ ε ς σ τ ε ι ξ σ τ α τ υ ε δ ι ε ξ ι γ θ τ ζ υ ξ λ τ ι ο ξ ι ε ς τ
クラウスは狙いを定める。
――動かぬ石像の不変の
聖杖レヴァンテインの補助を受けた術はプラーミァ・ソーカルに直撃する。
一時的に動きを封じるこの紋章術は火の鳥を大地に落とした。
そしてアスモデウスが動く。
ヒュン――
その槍は寸分違わずプラーミァ・ソーカルの首を飛ばした。
そして飛んでくる首を袋を広げて待つクラウス。
――トスン。
クラウスは一歩も動くことなく首を袋に入れた。
アスモデウスはビクビク動き始めた胴体に槍を串刺しにしてとどめを刺した。
「いっちょあがり」
あっと言う間に一体終了。
「次行こう」
「あ、ああ……」
そして次の場所へと向かう。
……オゥ………………ゥゥゥゥ……――
獣の咆哮が響いた。
「あれがリースト・コーシチ?」
「そうだ。あのバカデカイ骨がリースト・コーシチだ」
竜の骨だけが動いているような魔物だ。
身体を構成している骨はトゲトゲした歯のような形をしている。
「あれは魔物の一種だな」
「そうだね。腕が鳴るよ」
意気揚々と向かっていくアスモデウスをセラドンが止めた。
「ヤツに刃物はきかねーぞ。アイツはメチャメチャかてーんだ」
「そうよ。何人もあいつに殺されてんのよ」
「平気だよ」
アスモデウスは真剣な顔をした。
「僕の武器であるこの蒼刃の長槍フェルツァーグン≠ヘ唯の槍じゃない」
それはそうだろう。
あれはアスモデウスの力を具現化した武器だ。
折れたりなど、するはずがない。アスモデウスが元気な限り折れることなど絶対にない。
「気にするな、アスモデウス」
「うん」
トン――
アスモデウスは一気にリースト・コーシチとの距離をつめるとジャンプした。
槍を首に向けて一閃。
バキバキバキ……
周囲に骨の欠片が飛び散る。
攻撃を食らったリースト・コーシチが暴れだし、その長い尾がアスモデウスに襲いかかる。
バシン!!
砂煙が上がる。
「……直撃したよな」
「――え……ええ……」
クラウスはその光景を平然と見ていた。
……オォオォオオオォォォ…………ォォ…………――
唸り声をあげ、暴れるリースト・コーシチ。
よく見ると、尾の先がプッツリと切れていた。
そして砂煙から飛び出すアスモデウス。
「ハッ――」
バキバキバキ!!
肋骨の一部を派手に破壊する。
着地したアスモデウスの後ろから鋭い爪が襲いかかる。
それを槍の柄で受け止めるが、その力のせいで後方に弾き飛ばされる。
「ただいま」
「――おかえり」
アスモデウスはクラウス達のいるところまで弾き飛ばされ戻ってきた。
勿論、ピンピンしている。
「無傷ぅ?!」
攻撃を食らったはずなのに元気なアスモデウスを見て驚いている。
「けっこう硬かったよ」
「肋骨が一本欲しいな」
「何かに使うの?」
アスモデウスの疑問にさらりと答えるクラウス。
「骨を加工すればナイフとか作れるな。他にも何か作れるかもしれない」
「じゃあ始末したら持って帰ろっか」
「ああ、頼む」
そう言ってまた行こうとするアスモデウス。
「おい、クラウス。オメー、援護しないのか?」
助ける気の全くないクラウスにセラドンが尋ねた。
「助け……?」
それを聞いたクラウスは意外そうな顔をした。
「いらないだろ?」
「うん。いらないよ。このターゲットは空飛んでるわけじゃないし」
空を飛んでいてもアスモデウスならば翼を出せば倒せたはずだ。だが、この世界ではそれが出来ないのでクラウスが落としただけだ。
「でも、クーならあれ、一撃でしょ?」
ビシッとリースト・コーシチを指さしてアスモデウスは言った。
それにクラウスは渋い顔をした。
「確かにやれば出来るが……そんな疲れることしたくない」
「そうだね。倒れられたら困るし」
「そういうアスモデウスこそ、やろうと思えば一撃で倒せるだろう?」
「うん。でも僕もあまり使いたくないから」
そう言ってまたリースト・コーシチに向かっていく。
バキバキッ――
また派手に骨が空に舞った。
しばらく豪快に骨を撒き散らしていたが、やがてそれは動かなくなった。
「終了――!!」
そう言ったアスモデウスに疲れた様子は全くない。
そして頭と肋骨を持って来る。
近くで見ると思っていた以上に大きかった。
「クー、ロープか何か持ってない?」
縛って持って行くのだろう。だが、アスモデウスの身長よりも遥かに大きなそれはかなり重そうだ。
「ワイヤーなら」
クラウスは荷物の中から青い色のワイヤーを取り出した。
アスモデウスは渡されたワイヤーで手際よく頭と肋骨を縛っていく。
「よいしょ」
それを軽々と担ぐアスモデウス。
「じゃ、次行こう」
「まだ行くのか?」
呆れるクラウス。
「勿論日が暮れるまで」
「……まぁ、アスモデウスがいいならいいが」
どうせターゲットを倒すのはアスモデウスだ。
そう思い次のターゲットを言った。
日がすっかり暮れる頃、大きな荷物を持って帰って来た。
かなり人目を引いている。
その原因は主にアスモデウスが担いでいるリースト・コーシチの頭だろう。
その人目を一切気にしないアスモデウスとクラウス。
そしてギルドに着くと、ギルド員たちをかなり驚かせた。
プラーミァ・ソーカル、千二百ノーミル。
リースト・コーシチ、三千ノーミル。
マリュースク、九百ノーミル。
アミエーラ、千ノーミル。
カローヴァ、六百ノーミル。
カヂューカ、二千ノーミル。
しめて六体、八千七百ノーミル。
道案内をしてくれたセラドンとフューシャに二千九百ノーミルを渡した。
それでも五千八百ノーミルある。
相場はよくわからないが多分良い稼ぎにはなっただろう。
この時、クラウスとアスモデウスは気がつかなかった。
周囲の自分たちを見る目の事に。
「今日は助かったよ、じゃあね〜」
アスモデウスはでかい肋骨と報奨金を抱えながら手を振った。
そして二人は宿に帰った。
「あいつら何者だよ」
「ホント……今日倒したのってどれもみんあAランク以上の上級者用の仕事よ――」
「並みのヤツじゃ刃がたたねーハズなのにな……」
「しかも、倒したのはアスモデウスっていう男一人でじゃない」
「こりゃ、武芸大会でも気合い入れねーと秒殺されかねねーな」
「笑いごとじゃないわよ…………まったく」
その頃、クラウスとアスモデウスは雑貨屋にいた。
「クー、そんなにガラス球買ってどうするの?」
クラウスは手のひら大のガラス球を十個も買っていた。
「いろいろ使い道があるんだ」
ガラス球は一個百ノーミル。十個で千ノーミルなのだが、たくさん買ったので一個おまけしてくれた。
なので、全部で十一個のガラス球の入った袋をクラウスは抱えている。
「さて、帰るか」
クラウスの用事はこれで済んだようだ。
「ただいまー! がっぽり稼いで来たよー!」
レヴィアタンと
「おかえりなさい」
「遅かったの」
「頑張って稼いで来たからね」
「アスモデウスがな」
「――して、その骨は?」
アスモデウスの抱えている異様に大きな白いモノを一発で骨と見破るレヴィアタン。
「戦利品。クーが加工してくれるってさ」
「そうですか」
凄いなぁと骨を見ている
「二人はずっとここにいたのか?」
「いや、情報収集をしておった」
「成果はあったのか?」
「はい、それなりに」
「じゃあ食事でもしながら話しよっか」
「そうじゃの」