「みんなー、貰って来た〜」
「何を?」
部屋で寛いでいた三人の元にアスモデウスが現れた。
アスモデウスは一枚の紙を持っている。
「それは?」
「武芸大会の申込書だよ」
「申込書か…………申込書って――」
さらりと流しそうになったが、これはかなり重要な問題だ。
「――文字書けないのに?」
「誰かに代筆頼めばいいよ。それより問題は中身の方」
「どれどれ――」
名前、年齢、職業――
「――年……齢…………」
「さすがに実年齢は書けませんね」
この中で一番若いクラウスですら四十二歳だ。
「人間風に置き換えないといけないのか……」
「でも僕そういうのよく解らなくて」
「
それはアスモデウスとレヴィアタンを見れば解る。
「だから、どーしよーかなって――」
とても困っているようには見えない。
「そうじゃな……クラウスはどう思う?」
「上から順にレヴィアタン、アスモデウス、俺、
全員を一瞥してから答える。
「うん、そうかもね〜」
「そうじゃな。この中ではわしが一番年上じゃろうしな」
「アスモデウスは落ち着きないからレヴィアタンの方が年上に見える」
「ああ、なるほど」
「確かに」
「それはいくら僕でもちょっとばかり傷付くね」
三人の容赦のない言葉にムッとするアスモデウス。
真面目な顔をしていれば十分大人に見えるのだが、いかんせん子供っぽい行動が多い。
「下手するとクラウスの方が年上に見えるがのぉ」
「そうですね」
「それ、酷過ぎだよ」
「仕方なかろう」
「いいよ……どうせレヴィの方が年上だし」
いじけるアスモデウス。
「問題は具体的な年齢ですね」
「いくつがいいかの?」
「
「そうじゃな。それ以上上には見えんじゃろ」
「見た目は子供だからそれぐらいが妥当かもねー」
アスモデウスはもう立ち直っている。あまり深く考え込んだりしない性質なのかもしれない。
「僕は十四歳として、クラウスさんはどうするんですか?」
「俺か……う〜ん…………」
「十七、八歳ぐらい…………ですか?」
「そうだね。クーならそのぐらいでいいかも」
「では十八歳で良いな」
「ああ」
問題は残る二人である。
「僕は? 僕は?」
「う〜ん…………俺より四、五歳上…………でいい……か?」
「二十二、三歳ということですか?」
「……まぁ、妥当な所かの」
「じゃあ二十三歳ねー」
あとはレヴィアタンのみ。
「じゃあレヴィは五歳ぐらい上でいい?」
「そうじゃな」
「ではレヴィアタンさんは二十八歳ということですね」
そしてアスモデウスは呟いた。
「――なんでこんなこと真面目に考えないといけないのさ」
「これが閉鎖世界ディヴァイアなら年齢なんてそのままでも平気だったんでしょうけど」
「余計な問題は起こさぬに限るぞ」
「そうだけどさ〜」
余計な手間だと愚痴るアスモデウス。
「それで、この職業というのは?」
「それは術者とか剣士とか書けばいいんだろう?」
「そうみたい」
「ではアスモデウスは槍使い、クラウスは術者、わしは双刀使いで、
「それでいいんじゃない」
「で、誰に書いてもらうんじゃ?」
「受付のおねーさんに頼んでくるよ〜」
そう言ってアスモデウスは紙を持って消えた。
「うむ。人間のフリをするのも楽ではないの」
「特に俺と
「そうですね」
しみじみと話す三人。
「それで、そっちはどうだ?」
「なかなかいい感じじゃぞ」
そう言ってレヴィアタンは研ぎ終わったナイフを見せる。
真っ白いナイフがキラリと輝く。
「わぁ、よく斬れそうですね」
「うむ。かなり硬い骨じゃな。その辺の刃物ぐらいなら軽く受け止められるじゃろう」
そう言ってもう一つのナイフを磨きにかかる。
これはアスモデウスが倒したリースト・コーシチの肋骨をクラウスが錬金術で加工したものだ。
骨だけで創ったので真っ白だ。
クラウスは錬金術の専門家ではないのでそんなに精度の高いモノは作れない。
そのため、ナイフの刀身を研いで斬れ味を良くする必要があるのだ。
これが一流の錬金術師ならば……カルナのような者ならそんな必要もないのだろうが……
クラウスにはそこまでのスキルはない。
そのため、造形が出来ている程度だ。
それでも、この形になっているだけでも随分違う。
なにしろこの骨は異様に硬い。
そうそう加工できる代物ではなかった。
「あまり斬れ味良すぎても困るからな」
「うむ。わしら元々力が強いゆえに強い武器では加減してもスパッといってしまうじゃろうからな」
「でもこの骨で創った武器なら大丈夫ですよね」
「うむ。そこいらにある刃物よりかは余程丈夫じゃから相手の得物で折られる事もないしの」
「でもお二人なら武器が折れても何とかしそうですよね」
「うむ……素手で戦うのはちとなぁ…………じゃが、アスモデウスなら余裕じゃろうな」
アスモデウスは怪力だ。人間なんて軽くふっ飛ばしそうだ。
「アスモデウスは大きいからの」
大きいとは本来の姿のことだろう。
「レヴィアタンより大きいのか?」
「わしより大きいぞ。わしも大きい方ではあるがな」
「レヴィアタンさんも大きいんですか?」
「うむ。わしやアスモデウスのように本来の姿が大きい者は人の姿をした時に力が強い傾向にあってな。じゃからアスモデウスのやつは普通の者にはとても持てんような物を軽々持ち上げられるんじゃ」
クラウスは思い出していた。
とても人が持ち運べそうにないリースト・コーシチの頭蓋骨や肋骨を一人で担いで歩いていたことを――
しかも、全く疲れていなかった。
「それに人の姿になっても体重は変わらん」
二人は作業していた手を止めて同時にレヴィアタンを見た。
「それは……まさか――」
「うむ。アスモデウスに踏まれたらアウトじゃな」
血の気が引いた。
一体どれくらいあるのかわからないが、上から降ってきたりすることのないことを切に願う。
「アスモデウスさんの原型って一体――」
「うむ………………一言では言い表せんの」
「そんな変わった姿なのか?」
「変わっておるといえば変わっておるの。まあ、強いて言えば、ドラゴン……かの」
その特徴が一番よく出ているとレヴィアタンは言った。
一体どんな姿だというのか……二人は物凄く気になった。
「じゃあレヴィアタンさんもそうなんですか?」
「いや、わしはそうでもないぞ」
「何か表現しやすい生物に似てるのか?」
「うむ。わしは龍じゃな」
「龍?」
「そうじゃ。ほれ、胴の長い奴じゃ」
「ああ、わかりました」
それもかなり大きいんだろう。
「じゃあレヴィアタンさんもやっぱり……」
「アスモデウスほとではないが、重いの」
これまた凄い事実に閉口する。
そして
「クラウスさんもそうだったりするんですか?」
「自分では普通だと思ってるんだが……」
「どれ」
ひょい。
レヴィアタンは立ち上がるとクラウスを持ち上げた。
「うむ……」
少し表情を曇らせるレヴィアタン。
「これは……クラウスの体格的に言うと少し――」
「重いんですか?」
クラウスもアスモデウスやレヴィアタンのように重いのか――
「いや、軽いの」
そう言ってクラウスを下ろすと次に
「えっと……」
それに困惑する
「僕は見た目のままだと思うんですけど」
「そうじゃな。しかしわしが知りたいのはそうではない」
「ではどうして?」
レヴィアタンは
「――クラウスより
『えっ?』
バッと
「そ、そんなに……軽いんですか?」
子供の体重より軽いとは一体――
そう思って
「えっと……じゃあクラウスさんはそんなに小さい姿なんですか?」
「ははは…………そういうわけじゃなかろう」
「え……でも――」
それではどういうことなのか――
「クラウスは背中に生えておる翼を見る限りでは鳥型じゃろう」
「鳥――」
「わしやアスモデウスはほれ、ドラゴンの翼の様な形状じゃがクラウスは違うじゃろう?」
確かにレヴィアタンの翼は金色のドラゴンのもので、アスモデウスは紺色のドラゴンのものだった。
「鳥……小さい鳥ですか?」
「小さいとは限らぬ」
「でも、軽いって――」
「そうじゃな。しかし、鳥は元々他の生き物より軽いからの。クラウスの姿が鳥型じゃとしてもそう小さくはないじゃろ」
動物じゃあるまいしとレヴィアタンは告げる。
「
「その大きさでも僕より軽いんですか!?」
「そういうこともあるじゃろ」
珍しいモノを見るような眼でクラウスを見つめる
そして、ふと気になる。
「レヴィアタンさんは金色の龍なんですか?」
レヴィアタンの背中に生えているのが金色の翼だったので何となくそう思った。
「うむ。その通りじゃ」
「ではアスモデウスさんは紺色なんですか?」
「そうじゃのう……彼奴は紺というよりは水色かのう……翼は紺色なんじゃが……所々色が濃い所と薄い所がある。彼奴の髪の色と同じじゃの」
アスモデウスは水色の髪に紺色のメッシュが入っている。
その色と同じであるらしい。
姿はよく解らないが。
「じゃあクラウスさんもそうなんでしょうか?」
「さぁ、それはわからんの」
レヴィアタンは座りなおすとナイフ研ぎを再開する。
それを見たクラウスもナイフ研ぎを再開する。
クラウスが研いでいるのは担保に出したナイフの代わりで、レヴィアタンが研いでいるものより小型だ。
「真の姿に目覚めておらぬからのぉ」
「目覚めると何か変わったりするんですか?」
「変わる者もおる。そう大きく変わったりはせぬがな。色がの、変わったりするんじゃ」
「色?」
「わしも目覚めるまでは黒い翼じゃった」
「ふ〜ん……」
そう返事をしながらクラウスは渋い顔をした。
「難しい……」
どうやら上手くナイフが研げないらしい。
「クラウスには向いておらんようじゃな。どれ貸してみぃ。わしがやろう」
「ああ、頼む」
クラウスからナイフを受け取ると、今度はそのナイフを研ぎ始めた。
クラウスは代わりにガラス球を取り出した。
これに紋章術をかける。
…… ε ι ξ α ξ ο ς η α ξ ι σ γ θ ε σ μ ι ε β ε σ μ ι ε δ υ ν ø υ χ υ ξ σ γ θ υ ξ σ τ ε ς β μ ι γ θ λ ε ι τ ø υ η ε β ε ξ
両手でしっかりとガラス球を握る。
――永遠を
ぼんやりとガラス球が光る。
そしてその中にいくつもの文字が刻みこまれていく。
クラウスは瞳を閉じ、集中して自らの記憶を刻み込む。
そんな時――
「たっだいまー」
アスモデウスが帰って来た。
『しーっ――』
レヴィアタンと
そして理由を察した。
「クーは紋章術発動中かぁ〜」
「はい。アスモデウスさん。槍の柄の部分だけやすっておきました」
「ありがとー」
「でも刃の部分を研ぐのはちょっと僕では――」
「ああ大丈夫。それは自分でやるから」
そう言ってアスモデウスはクラウスの創った白い槍を受け取る。
そして刃の部分を研ぎ始めた。
ゴリゴリゴリ……――
「ところでクーは何創ってるの?」
「さぁ?」
そしてしばらくするとクラウスの術が終了する。
「ふぅ」
クラウスの持っているガラス球は中にびっしりと紺色に光る文字が詰まっていた。
まるでそういう模様の宝石のようだ。
「クー、それ何?」
「面倒事を一手に引き受けてくれる記憶の結晶だ」
「ああ、なるほど」
「確かに、いちいち面倒じゃったからな」
この言葉にアスモデウスとレヴィアタンは納得する。
一人よく解っていない