時は過ぎ、大会当日。
 四人は選手に控室にいた
 選手控室といっても小さな個室ではない。ホールのような大きな部屋だ。
 ここはルイーツァリにある唯一の闘技場の地下。この上には闘技場があり、そこで本選が行われる。
 殺伐とした空気の流れる中、そこだけは別世界だった。
海水(かいな)、そんなにビクビクすることはないぞ」
 そう言って地べたに優雅に腰かけているレヴィアタン。
 戦うのに邪魔になると判断したのか、いつもより身軽な格好をしている。
 そして上着のポケットから無造作に二本の短剣が突き出ている。
 レヴィアタンはホルダーを持っていないのでこうして持ち歩くしかない。
「そうだよ。別にカイは全く危険じゃないよ」
 むしろ危険なのは対戦者の方だろう。
 アスモデウスも地べたにべたーっと座っているが、レヴィアタンのような優雅さは欠片もない。
 足を思いっきり伸ばし、槍を抱えている姿は子供のようだ。槍は横向きなので周囲の人々には大迷惑だ。
「クラウスの側におれば平気じゃ」
「そうだな。危なくなったら結界張ってやるから安心しろ」
 クラウスも地べたにゆったりと座って杖を抱えている。
 クラウスが抱えているのは勿論、蒼き珠の聖杖レヴァンテインだ。刃物ではないのでわざわざ人用に武器を作る必要はない。
 クラウスは杖を縦に持っているのでアスモデウスのように人の迷惑にはならない。
「うう……でも…………――」
 物凄く不安そうな顔をして立っているのは勿論海水(かいな)
「心配しなくてもアスモデウスとレヴィアタンにかかればすぐに終わるだろう」
 それを聞いたアスモデウスは自信満々に親指を立てた。
「任せて!」
「うむ」
 確かに二人に敵うような人間はいないだろう。
「それは……わかっているんですけど――」
 それでも不安そうな海水(かいな)
「でも……あの…………やっぱりいろいろ反則気味な気が――」
 どうやら海水(かいな)人間でないことを気にしているようだ。
 実に神様らしい感情である。
 だが、それに対する三人の答えは実に簡潔だった。
「世の中、お金なしでは生活できないよ〜」
「仕方のないことだ。ヒトは誰しも必ず誰かに迷惑をかけながら生きていくのだからな」
「世の中、犠牲はつきものじゃ」
 人間に対して淡白なのは魔皇(まこう)族の特徴だ。
「大丈夫。死にはしないよ」
 勿論、対戦相手の事だ。自分たちの事ではない。
 海水(かいな)は何事もなければいいと切に願った。
  ドーン…………ドーン…………――

 重い鐘の音が響く。
『これより予選を開始いたしまーす』
 少し高い位置に兎の耳としっぽを身につけたピンクのスーツを着た女性が現れた。
「いよいよ始まるみたいじゃな」
 座っていた三人は立ち上がった。
『ここに集まっていただいた方々は予選Cグループです。ここにいらっしゃるのは四百名百チーム。ここで本選に残れるのはわずか八チーム、三十二名です』
「へぇ……予選Cで四百人ってことは千六百人ぐらいはこの大会に出てるってことか――」
 予選はDまである。
「およそ四百チームねぇ〜」
「それで本選に残れるのは八チームか……」
「人って集まるまんだねぇ」
「大金だからな」
 かなり倍率が高いが、彼らにそんなことは関係ない。
『本選では怪我をした場合、治療が受けられますが、予選では治療を受けることはできません。手が落ちようが首が飛ぼうがこちらは一切関知いたしませーん。一人でも欠けたチームは失格となりますのでお気を付けくださーい』
 かなり物騒だ。
『では、これより予選Cグループを開始しまーす!!』
 一気に緊張が高まる。
 『用〜意…………スタート!!!』

 そして殺気立つホール。
 思わずクラウスにしがみ付く海水(かいな)
 そして近くにいる者に襲いかかって行く。
 クラウスや海水(かいな)の方にも戦士が襲いかかってくるが、到達する前にアスモデウスとレヴィアタンに吹っ飛ばされる。




 軽快に襲い来る者を吹っ飛ばしていたアスモデウスだが、不満そうに言った。
「なんか、減ってる気がしないね」
「確かにのぅ」
 そう話しつつも手は動かしたまま、止めたりはしない。
「じゃあ俺がやろう」
「クーが?」
「ああ」
 クラウスはそう言うと印を組み始める。
 アスモデウスとレヴィアタンは二人を守るために距離をつめる。

   ……  ι γ θ σ π ι ε μ ε ν ι τ ε ι ξ ε ν ε ι σ ø α π ζ ε ξ

 クラウスの足元に青い陣が敷かれる。
 術の完成前、アスモデウスとレヴィアタンがクラウスに近寄った。
   ――氷柱を弄ぶ酷薄の紳士



 ホールに冷気が押し寄せた。
 そしてクラウスを中心に地面から次々と氷の柱が出来ていく。
 あっと言う間にホールは氷に覆われた。
 ホールの気温がガクンと下がる。
 ホールには氷漬けの人の山が完成した。
「これは見事じゃな」
「氷像がたくさん〜」
「いえ、これはどこをどう見ても氷漬けの人たちです」
 早く助けないとと慌て始める海水(かいな)
「大丈夫だ」
 これのどこが大丈夫だというのか、海水(かいな)には全く解らなかった。
「死にはしないよぉ〜……きっと」
 氷に閉じ込められた人間のどこに死なない保証があるというのか?
「いくらなんでも氷に閉じ込められたら死んじゃいますよ。だって…………このままじゃ息も出来ませんし」
「そういつまでも凍っているわけじゃない。軽く凍傷になる程度で終わるだろう」
「うう……でも……――」
 それでも心配そうに周囲を見つめる海水(かいな)
 それを見たクラウスは――
「仕方がない」
 そう言って印を組み始めた。

   ……  ε σ χ ι ς δ ζ υ ς θ ι τ ø ε υ ξ δ μ α γ θ ε ξ η ε σ γ θ ο σ σ ε ξ

「ほれ海水(かいな)、しゃがんで目を閉じるのじゃ」
「え?」
「目が焼けちゃうよ」
 そう言って無理やりしゃがみ込ませ、目を閉じる。
 二人はクラウスの組んでいる印から何があるのか判断し、適切に行動した。
   ――熱に射抜かれ笑う道化



 クラウスの術が発動すると同時に凄い熱気がホールを包み込んだ。
 茹だる様な熱が一瞬にして氷を融かす。
 ジュウ――

 氷が一瞬にして水蒸気に変わり、辺りは白い霧で覆われた。
「あつ――」
「確かにの」
 さっきまで鳥肌が立つほどの気温だったというのに今は立っているだけでも汗が出る。
 だが、汗を流しているのは海水(かいな)だけだった。
 アスモデウスとレヴィアタンは熱いといっている割に汗一つかかず、平然としている。
 クラウスも平気そうだ。
「……三人とも、全然暑くなさそうですけど」
魔皇(まこう)族は暑さ寒さに耐性のある者があるからの」
「僕はどっちも平気――」
「わしもな」
 この姿をしていると忘れがちだが、この三人は魔皇(まこう)族なのでこれとは違う姿なのだ。ヒトのように軟弱ではない。
「クラウスさんも平気そうですよね」
 そう言われてクラウスは眉を顰める。
「昔は暑さ寒さに敏感だったんだが……最近はあまり感じないんだよなぁ――」
「まぁ、魔皇(まこう)族だしね」
 その一言で済ますアスモデウス。
「そうか?」
 納得いかなそうな顔をしてはいるが、これ以上この話を引きずる様な事はしなかった。
 しばらくすると霧が薄くなった。
 視界が良くなると周囲の状況がわかるようになる。
 そこには凄惨な光景が広がっていた。
 火傷や凍傷で地面に転がっている人たちが多い。
 見た所、火傷している人の方が圧倒的に多い。
「見る限りほとんどの人間が戦闘不能になってるみたいだけど――」
「どれだけの人間が回復できるかのぉ」
「回復役も重傷の場合は相当場数を踏んでる人間じゃないと回復は難しいだろうな」
「瀕死の状態でも集中できるようになるのって結構大変なんだけどねー」
 周囲を見渡すが、あまり立ち上がろうとする人間はいない。
「これで僕たちの出場は決まりだね」
 それは最初から決まっていたようなものだが……
「そうじゃな。これで楽が出来るの」
「え? どうして――」
「怪我して不調の輩が無傷でピンピンしておる者を倒そうとは思わんじゃろう」
「それよりも重傷のヤツを蹴落とす方がリスクが少ないだろう」
「僕たちに喧嘩売るのは自殺行為だからね〜。そこら辺で勝手に潰しあってくれるさ〜」
「たとえ人数が多くても……な」
 レヴィアタン、クラウス、アスモデウスの言う通り、この後襲ってくる者はいなかった。
 彼らの言ったとおり、周囲で潰し合いが起こっていた。
 こうして、クラウスの容赦ない紋章術によって楽々と本選出場を決めた。




 宿屋に帰った四人は悠々と寛いでいた。
 四人が寛いでいるのは宿屋の食堂だ。
 そこで四人はティータイムを楽しんでいる。
「明日はいよいよ本選なんですよね」
 チョコレートパフェを食べながら溜息を吐く海水(かいな)
「予選よりは遥かに安全だと思うぞ」
 ミルクティーを飲んでいるクラウスはさっきの予選を思い出しながら言った。
 周囲を敵で囲まれるとさすがに気は休まらない。
「相手はたった四人だからな」
 そして甘さ控えめレアチーズケーキをパクリと食べる。
「まぁ、わしとアスモデウスがおれば危険はないじゃろう」
 コーヒーを飲んでいるレヴィアタン。ちなみにブラックだ。
 甘いものが苦手らしいレヴィアタンは全く甘くないレモンパイを食べている。
 それに比べてアスモデウスの前は凄い。
 ショートケーキやチョコレートケーキ、モンブランやらと物凄い数のケーキがおいてある。
 食べ終わった皿の数も半端ない。
 レヴィアタンはアスモデウスからちょっと距離をとり、なるべくそちらを見ないようにしている。
 アスモデウスは食べるのに忙しいためほとんど喋らない。
「そう……ですね――」
「そうそう」
 海水(かいな)はそういうことを心配しているわけではないのだが――
 もうそろそろ夕方だが、アスモデウスの食欲は止まることを知らない。
「アスモデウス、お主この後、夕餉も食すのじゃろう?」
「――当り前じゃない」
 まだ食べるのか……と、口には出さないが三人の心は一つになった。
「何、みんな、その眼は――」
「ここは監視世界アービトレイアではない。少し遠慮したらどうじゃ?」
「お金もかかるしな」
「暴飲暴食はよくありません」
「そ…………そういうつもりじゃないんだけど――」
 食べながらでは全く説得力がない。
「ん……今度から気を付けるよ」
 アスモデウスはそう言うが、果してそれがちゃんと果たされるかどうかは激しく疑問だ。
 そんな時、後ろから声をかけられた。
「よう、おめぇら」
 セラドンだ。
「随分と派手にやったみてぇだな」
 そういきなり言われても何が、なのかわからない。
「あれ、おめぇらだろう? 大量に怪我人つくった術使ったの」
「ああ、その事か」
「かなり噂になってるぞ」
「そう」
 だが、三人――クラウス、レヴィアタン、アスモデウスは興味なさそうに返事をした。
「……おめぇら…………なんだよ、その態度」
「別に知られて困ることは何もない」
「知ったところでどうにもならぬこともあるしの」
「僕たちなら大丈夫だよ」
「そ…………そうか……――」
 この三人は実力を隠す気がさらさらないと、改めて気付かされた。