闘技場の控室で注意事項を聞かされた。
 適当に聞き流す三人。ちゃんと聞いていたのは海水(かいな)ぐらいだ。
 四人はCブロックなのでしばらく出番は来ない。
 その間、ただ待っていても暇なので四人は闘技場の客席に来ていた。
 AブロックからDブロックまであり、Aブロックから順番に試合が始まる。
「僕たちの出番は結構後だね」
「いつじゃ?」
「十試合目」
「じゃあしばらくここでのんびりできますね」
「まぁ、この世界の術師の基準を見ておくのも悪くはないだろうな」
「た〜い〜く〜つ〜……」
 だら〜っとするアスモデウス。
 やれやれという顔をするレヴィアタン。
「しばらく待っておれ」
 ぺしっと叩くと、不満そうに口を尖らせる。
「うう〜」




 してたいくつな試合を見終えてとうとう出番になる。
 一回戦――対戦士四人組。
「これより一回戦、第十試合を始めまーす」
 やる気満々、殺気も満々な四人組。
 それに対してアスモデウス達はイマイチやる気がなさげだ。
 海水(かいな)が対戦相手の殺気にビビり、クラウスの後ろに隠れるが、もちろん魔皇(まこう)族三人は怯みもしない。
「では、レディー――――ゴー!!」
 その合図と同時に戦士二人が突っ込んで来た。
 それを軽〜く受け流すアスモデウスとレヴィアタン。
「アスモデウス」
「何?」
 海水(かいな)と一緒に下がっていたクラウスはアスモデウスに助言した。
「フィールドの外に叩き落とせ」
「ああ、なるほど」
 それを聞いたアスモデウスは手に力を入れる。
 そして一気に槍を水平に薙いだ。
「はっ――」
「ぐっ――」
 直撃した一人は呆気なく外に吹っ飛ばされる。
 そしてその周囲にも強い衝撃波が走る。
 怯む残りの戦士。
 アスモデウスは止まることなくさらに踏み込み、もう一人も同じように一撃入れた。
「ぐはっ!!」
 高く弧を描きながら外に落ちる。
 そして槍を持っている手を緩め、柄の下の方を持ちリーチを伸ばす。
 剣を振りかざす二人だが、後ろからレヴィアタンが蹴りを入れた。
 バランスを崩し、もつれる二人に止めとばかりに両手で柄を握り振りぬく。
「内臓大丈夫か?」
「駄目かも知れんの」
「えへ」
 見た目によらずかなりの衝撃だったようだ。
「勝者、C−3チーム!」
 C−3というのはアスモデウスたちの番号だ。
「戦士だけだと歯ごたえまるでないね」
「そうじゃな」
 そしてまたしばらく待つことになる。




 二回戦――対剣士、槍士、術師二人組。
「これより二回戦、第五試合を始めまーす」
 相変わらず海水(かいな)はクラウスの後ろに隠れている。
 クラウスはそれをまったく気にしていない。
「では、レディー――――ゴー!!」
 その合図とともに術師二人が術の詠唱に入った。
 それを見たクラウスは結界を張る。

   ……  ι γ θ τ ς α η ε ε ι ξ σ α ν λ ε ι τ υ ξ δ σ γ θ υ τ ø ε ε σ

 効果範囲は自分と海水(かいな)だ。
   ――孤独に耐える道化の涙


 紋章術に人間の使う術がスピードで勝てるはずはない。
 さっとクラウスは結界を張った。
「さてと、じゃ、僕たちも行こうか」
「そうじゃの」
 アスモデウスとレヴィアタンにとって人間の放つ術など脅威にもならない。
 なので、後ろの術師など気にも留めずに前衛の剣士と槍士に向かっていった。
 アスモデウスは容赦なく槍を振り上げた。
 怪力アスモデウスの槍を人間が受け切れる筈もなく、剣士は外に吹っ飛ばされた。
 そこに術師の術が炸裂する。
「イグニート・フレア」
 火炎球がアスモデウスに直撃する。
 それを全く気にせずレヴィアタンは槍士の槍を短剣で受け止め、そのまま槍をがっちりと抑え込むと一気に手前に引いた。
 短剣でそんなことをされると思っていなかった槍士はそのままフィールドの外にすっ飛ばされた。
 前衛二人を外に出したので後は簡単だ。
 術師は接近戦に非常に弱い。
「エアー・スラッシャー」
 レヴィアタンにも術が飛んでくるが、レヴィアタンはそれを短剣で切り裂いた。
 そして燃えているアスモデウスに一声かける。
「いつまでそうしておるつもりじゃ?」
「うん、暖かいな〜っと思って」
 派手に燃えてるのに平然とその炎を身にまとったまま立っているアスモデウスに呆れるレヴィアタン。
 それを見た海水(かいな)はクラウスに訊ねた。
「アスモデウスさんはあれをくらっても火傷しないんでしょうか?」
「――しないから避けもせずに突っ立ってたんだろう。魔皇(まこう)族であるアスモデウスが人間の使う術ごときに当たる筈がない。それに原型が相当大きいらしいし、あの程度の炎ではコゲもしないほどしっかりと鱗が生えてるか、皮が厚いんだろう」
 人の姿をしているから忘れられがちだが、ああ見えても魔皇(まこう)族であり、異形の姿をしているのだ。
「えい」
 アスモデウスはそう言ってあっさり炎を吹き飛ばした。
「う……うそ……――」
 術師二人の顔は明らかに引き攣っている。
 なにしろアスモデウスは無傷で服も焦げたりしていない。
 流石はカルナ、いい仕事をする。
「ギブアップします」
 とても勝てないと悟った二人は降参した。
 賢明な判断だ。
「勝者、C−3チーム!」
「あっさり終わったね」
 アスモデウスは炎をまとっているだけで相手の戦意を喪失させた。
「怪我人なぞ量産せぬ方がよいからの」
「そうですよね」
「僕は楽ならいいや」
「アスモデウスらしいな」
 そしてまたしばらく待つことになる。




 三回戦――対戦相手は……
「ねぇ……相手チームの姿が見えないんだけど」
「どうしたんでしょう」
 四人の前は空間が広がっていた。
「三回戦、第三試合はC−6チームの棄権により、C−3チームの不戦勝でーす」
「なるほど」
「だからいないのか」
 四人は何をするでもなく戻った。




「次は準決勝だよね」
「もう夕方ですけどね」
「次はDブロックの勝者と戦って今日は終わりだな」
「決勝は明日だもんね」
「賞金に会えるのは明日かぁ〜……」
 そんな雑談をする時間もそう長くは続かなかった。




 すっかり日が落ち、術者が明かりの術を使って周囲を明るくしていた。
 準決勝――対斧士、剣士、術師、治療師。
 そこに見た顔がいた。
「あー、セラドンとフューシャだ〜」
 そこにいたのは身の丈ほどの斧を持ったセラドンと杖を持っているフューシャだった。
「よう……俺たちもそうかんたんにはやられねーぜ」
「どうだろうね」
「これより、準決勝、第二試合を始めまーす」
「油断するなよ」
「わーってるよ」
「もちろん」
「任せなさい」
「では、レディー――――ゴー!!」
 その合図とともに術者が術の詠唱に入った。
 慌てず騒がずクラウスは結界を張る。

   ……  ι γ θ τ ς α η ε ε ι ξ σ α ν λ ε ι τ υ ξ δ σ γ θ υ τ ø ε ε σ

 効果範囲は勿論クラウスと海水(かいな)
   ――孤独に耐える道化の涙



 そして、念のためもう一ランク上の結界も張る。

   ……  δ ε ς ι σ ο μ ι ε ς τ ε ς ι τ τ ε ς δ ε ξ ι γ θ ε ι ξ ε ς ν α υ ε ς ν α γ θ ε υ ξ δ ζ ο μ η τ ε ι η ε ξ

 クラウスはあの術師がかなり出来るものだとふんだからだ。
   ――障壁を作る孤高の騎士



 これで二重結界の完成だ。
「うりゃあ」
 アスモデウスがセラドンに斬りかかっている。
「うぐ……」
 かなりの衝撃が襲ったようだ。
「ほれ」
 レヴィアタンの双剣もリーチが短いわりに剣士と平然とやりあっている。
「プロミネンス・フレア!」
 業炎がクラウスと海水(かいな)に襲いかかる。
 パキ……ン……――
「一枚割れたか……意外にやるな。人間」

   ……  δ ε ς ι σ ο μ ι ε ς τ ε ς ι τ τ ε ς δ ε ξ ι γ θ ε ι ξ ε ς ν α υ ε ς ν α γ θ ε υ ξ δ ζ ο μ η τ ε ι η ε ξ

 別に焦らず普通にもう一度結界を張りなおす。
   ――障壁を作る孤高の騎士



 バキッ――

「ああ!!」
 物凄い音がした方を見た海水(かいな)はびっくりした。
「……斧が……あんなに大きな斧が…………真っ二つ……――」
「やっぱりあの骨硬いな」
 アスモデウスに硬いと言わせただけのことはある。
「うりゃあ」
 得物が折れたセラドンに一撃入れて吹っ飛ばすアスモデウス。
「ライトニング・フレア!」
 パリン――
 またクラウスの結界が一枚割れる。
「プロテクション」
 バキッ――

 また何かが壊れる音がした。
 今度は剣のようだ。
「残念じゃったな」
 そう言ってレヴィアタンは拳底を当ててフィールドの外に吹っ飛ばした。
 さすがにアスモデウスのように軽く空を舞ったりはしない。
「はい、君もね」
 アスモデウスはそう言って術師を投げ飛ばした。
「うおぅ!!」
 落下地点が騒がしい。
 アスモデウスはセラドンの上に落ちるように投げたようだ。
「もいっちょ」
 そして最後に残ったフューシャも剣士の上に投げ飛ばした。
「ぐぇ……」
 剣士はセラドンのように受け止められずフューシャにつぶされている。
「終了〜」
 アスモデウスは地面に置いていた槍を拾った。
「勝者、C−3チーム!」
 これで今日の試合は終了した。




 宿屋に帰った四人はちょっと遅めの夕食を食べていた。
 相変わらずアスモデウスの食べる量は多い。
 皿が次々と積まれていく。
「少し自粛せいと言ったじゃろうが――」
「え? あっ、ゴメン」
 そう言いつつもその食欲は落ちない。
「ちょっと運動したから」
 海水(かいな)はあれをちょっと運動と言えるアスモデウスに驚いた。
 海水(かいな)にしてみればあれはちょっとでは済まない。
 そもそもあんな行動が出来ないが。
「――ったく、容赦ねーな」
 その声を聞いて振り返ると、そこにセラドンがいた。
 包帯を巻いているが、元気そうだ。
「ほう…………アスモデウスの一撃を受けて平気で動けるとは――」
「平気じゃねーよ。腹いてーし」
 痣になってるんだよと言う。
 お腹に横一直線の痣ができていることだろう。
 そしてしばらく消えない上に、痛みも取れないだろう。
「勝負の世界は厳しいんだよ〜」
「ちげぇねえ」
 トン!

 ピシリ、とアスモデウスが硬まった。
 アスモデウスの手の少し先に刺さっているのは食事に使うナイフだ。
「レ……レヴィ?」
 食事に使う道具も使用者によってはかなりの凶器になることをまざまざと見せつけた。
「その辺でやめておけ」
「えー」
「お主は食べ過ぎじゃ」
 そう言って構えているのはフォーク。
 これも凶器に十分なる。
「うう……」
 未練がましく皿をしばらく見つめていたが――
「――わかったよ」
 諦めたようだ。
「そうそう、次の決勝、相手もなかなかやるぜ」
「ふ〜ん……そうなの?」
 暇な時間は客席にいたとはいえ、ほとんど真剣に試合を見ていなかった四人。
 相手の事はよく解らなかった。
「明日の試合、楽しみにしてるぜ」
 それを聞いたレヴィアタンとクラウスは渋い顔をした。
「わしらの試合、エンターテイメントとは程遠いと思うがの」
「そうだな。すぐに終わる」
 それを聞いたセラドンは笑った。
「明日はそうでもないと思うぜ」
「どういうこと?」
「さぁなぁ……自分の目で見て確かめるんだな」
 そう言ってセラドンは去って行った。
 この言葉の意味を知るのは勿論明日の試合でだった。