当然のように優勝し、賞金をゲットした四人。
 大金を持って宿屋に戻った。
 おかねは大きな袋にどっさり入っている。
「このまま持って歩くのはちょっと邪魔だね」
 さすがに百万ノーミルもあると思いしかさばる上に危険だ。
 勿論、危険なのは金に目がくらんで襲ってくる人間の方だ。
 そしてこの前クラウスとアスモデウスが稼いだ残りのお金もある。
 だが、ここでの宿代を払えば少しは軽くなるだろう。
 それでも重い上にかさばることに変わりはない。
「これ持ち歩かないといけないんだ……」
「怪力のアスモデウスでなければ運べぬのう」
「――というか、このまま持ち歩くのはちょっと……」
「とりあえず宿代払って短刀返してもらおう」
「ああ、そういえば担保にしたね」
 体力ないクラウスでは大金を運べないため、アスモデウスが荷物係だ。
 二人は下に下りて明日までの宿代を払うことにした。
「すいません」
「はい、こんにちは」
「こんにちはー」
 受付嬢はニッコリと微笑んだ。
「優勝されたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとー」
「もう知ってるのか」
「はい。出場者も観客も宿のお客さんにはたくさんいますから」
 情報は筒抜けのようだ。
「では、明日までの宿代を払おう。いくらだ?」
「はい。合計で三千五百ノーミルになります」
「三千五百ノーミル〜」
 袋をがさごそしながら数え始めるアスモデウス。
 そしてこんもりカウンターにお金の山が出来た。
 受付嬢も同じように数えている。
 それをじっと見ていたクラウスは思った。
   ――面倒な作業だな。


 クラウスはあまりお金を持ち歩いたことがない。
 なんせ、ディヴァイアでは科学や情報が進んでいる。
 IDカード一枚で買い物もできるため、あまりお金を持ち歩く必要がなかった。
 給料も全部銀行の口座に振り込まれるので金銭感覚も薄い。
 クラウス自身はお金に困ったことなどない。
   ――数え間違いもないからやっぱりあのシステムはいいんだな。


 なかなか終わらない作業を見ながらそう思った。


「はい。ちょうどいただきました」
 しばらく待っているとやっと終わった。
「それにしても結構かかるんだな」
 相場がわからないため、高いのか安いのかわからないが、あのリースト・コーシチの賞金より高いということはやはり宿屋としてはかなり高額なのではないか……
「はい。普通の方なら千ノーミルほどなのですが――」
 ……普通なら?
「じゃあなんでこんなに高いんだ?」
「はい。あの、そちらの方が……その…………とてもお食べになられたので食費が――」
 食費で宿の料金が三倍になったというのか……
 いかにアスモデウスが食べたかがわかる。
 はっきり言って、食べ過ぎだ。
「アスモデウス」
「……何?」
「食事は一回ワンセットでやめておけ。でないとすぐに金欠になる」
「うっ――」
 クラウスの呆れたような視線がアスモデウスに突き刺さる。
 レヴィアタンに言えばおそらく全く同じことを言うだろう。
 アスモデウスに選択肢はなかった。
「――わかったよ。我慢することにする」
 しょちゅう金欠になってはお金を稼ぐのも大変だ。
 ここで折れるしかなかった。
「じゃあ部屋に戻ろっか」
「いや、このまま出かけるぞ」
「え? どこに?」
「宝石商」
 クラウスが何をしたいのか、アスモデウスには全く解らなかった。
 受付嬢に場所を聞くとアスモデウスが言われた場所に向かった。
 クラウスではけして辿り着けないだろうから。




 そして宝石商。
 クラウスはじっと宝石を見ていた。
 それはどれも大粒のものばかりだ。
「クー、それどうするの?」
「換金するのに使うんだ。宝石や金、銀などはそう簡単に値が下がったりしないからな」
「ふ〜ん……」
 それを見ているアスモデウス。
 アスモデウスには石の価値など全く解らなかった。
「これはサファイアではないな」
「え――」
 とても鋭い指摘が入った。
「これはただのガラスだろう?」
「――よく解るね」
 アスモデウスにはさっぱりだ。
「換金する際に気をつけなければならないのはこういう偽物だな。金を持っていて無知そうな奴はカモにされる」
 アスモデウスは思いっきりカモになりそうだが、クラウスは目利きらしくそうはならなそうだ。
「これはここに傷がある」
 この値段は明らかにおかしいと詰め寄る。
「この宝石は少し色合いが……」
 はっきり言って長くなりそうだった。
 アスモデウスは店内に備え付けてあるソファーにお金を持って座った。
 とりあえずアスモデウスの役割はお金番だ。
「――この大きさでも瑕モノは……」
 アスモデウスはじっと見つめていた。
 クラウスに詰め寄られてタジタジになっている宝石商の店主を――




 そしてすっかり夕方になった。
 アスモデウスの手には宝石の入った小箱がある。
 中はけっこうゴコゴロと大粒の質の良い宝石が入っている。
 厳しいクラウスのおかげで良い買い物だ出来た。
 アスモデウスが持っているのは店主が出してきたとっておきばかりだ。
 その中でも選りすぐりモノをゲットしてきた。
「ところでクー、やけに宝石の相場に詳しかったね」
「ああ、これがあったからな」
 そう言ってクラウスが取り出したのは宝石の相場表だった。
「――これ、どうしたの?」
「レヴィアタンと一緒に出かけた時に貰って来たものだ」
 そう言われて気づく。
 ほとんど部屋にいた自分や海水(かいな)と違って、クラウスとレヴィアタンは一緒によく出かけていた。
「情報は少しでもある方がいいからな」
「ふ〜ん」
 だが、相場がわかっていても素人にはあんな事は出来ない。
「クーって宝石に随分詳しいよね」
「良いモノをたくさん見て来たからな」
「そうなんだ」
 こうして二人は宿屋に帰った。




「随分と遅かったの」
「何かあったんですか?」
「換金してきたの」
 そして身軽になった荷物を見せる。
「うむ…………クラウスか……」
 ケースにおさめられた宝石を見て呟く。
「綺麗ですね〜」
「クラウスは貴金属にやけに詳しかったからの」
「そうなんですか?」
「そうでもな――」
「クー凄いんだよ!」
 ――そうでもないと思う、と続けようとしたクラウスはアスモデウスにあっさり遮られた。
「もう僕びっくりしちゃった」
 そう言ってアスモデウスは一部始終を語った。
 その話を聞いた二人も感心する。
「それは」
「凄いですね」
「僕じゃうっかり騙されてるよ〜」
「これはそれなりに知識があるものでないと騙されかねないからのぉ」
 そう言って改めて宝石を見つめる。
「じゃあこれはとても価値のある宝石なんですね」
「そうだな。当面の重要な生活費だ」
「でもどうしてわざわざ宝石に?」
「……閉鎖世界ディヴァイアではたくさんの国がある」
 なんでいきなりディヴァイア? と思う三人。
「ディヴァイアには十四の国があり、それぞれの国で通貨単位も違う。価値もそれぞれ違うが、ディヴァイアでは主にカードで支払うため、不自由はない。通貨のレートを換算して勝手に処理してくれるからな。
 だが、国が違えばそのおかねは全く価値がなくなることもある」
「なるほど、ここでもそうかもしれないと?」
「可能性はある。違う国のお金だと両替してくれるところは限られてくるし、二束三文で叩かれる事もある。
 だが、貴金属なら平気だ。たいていどこでも一定の価値があり、価値が急激に下がったりはしない。それに上手くやれば元手以上の金額に化けることもある
「宝石の方が便利なんだ」
「そうだ」
「特に世界を渡り歩く俺たちには、な」
 そうだ。違う世界のお金などただの紙くずか、金や銀そのものの価値でしかはかられないだろう。
 持ち運びに便利なだけではなかった。
「これは俺が荷物に入れて持っていこう」
「クーが?」
 体力ないのに? と言外に告げて来る。
「アスモデウスに持たせて瑕が付いたら困る」
 それだけで価値は暴落だ。
 アスモデウスは激しく動いて戦闘を行うため、その危険性は否定できない。
「それからもう一つ」
「何?」
「今日の食事はワンセットだ」
 改めて念を押した。
「――わかったよ」
「ワンセットって……あの日替わり定食AセットとかモーニングセットCとかのですか?」
「そう。アスモデウスに際限なく食べられるとすぐに破綻する」
「えへ」
「笑いごとではない。宿代、三千五百ノーミルもかかったんだぞ」
「…………」
 それを聞いたレヴィアタンも冷たい一言を放った。
「ここはアービトレイアではない。お主はバール=ゼブルではないのだから少しくらい食べんでも平気じゃろ」
「うう……はい」
「それに旅するための携帯食料をどれだけ買うつもりだ」
 あの調子で食べられると一ヶ月分も相当なものになる。
「ああそっか……もうこれからは野宿なんだっけ」
「そうですね。明日にはここを出発できますね」
「そうじゃな」
「次の目的地はどこだっけ?」
 そう言って地図を取り出して広げた。
「ここがルイーツァリ……目的地はここから一番近いニフェリート神殿だね」
「ここから大分北じゃな」
「途中に森があるな。それから湖も――」
「まわり道をすると――」
「突っ切って行っても平気だよ。僕たちなら」
 確かに大丈夫だ。
 獣ごときに倒されたりはしないし、誰もいなければ湖も飛んで渡れる。
「まぁそれでもいいけどちょっと遠そうだね」
「それは仕方ないじゃろ」
「明日からはしばらく歩きだな」
「ニフェリート神殿に行くまでも……その先も、当分街はないな」
「十分な量の携帯食料が必要ですね」
「それはアスモデウスが喜んで持ち運んでくれるだろう」
「わかってるよ。この中では僕が一番体力あるしね。でも、そうなるとしばらくロクなものが食べれなさそうだね」
『駄目だ(じゃ)』
 間髪入れずにクラウスとレヴィアタンからダメ出しをくらった。
「でも携帯食料、どれくらい必要そうです?」
 そう言われてレヴィアタンは地図を見た。
「次の街のある場所まで考えると……四ヶ月ぐらいは必要そうじゃな」
「四人分×四ヶ月ですか」
「俺はその半分でいい」
「そう言えばクラウスさんはそんなに食べませんよね」
「クーはきっとマナがあれば生きていけるようになってきてるんだよ。アンブロシアもまだまだたくさんあるから平気じゃないかな?」
「アスモデウスと違って燃費がいいのう」
「うぐ……」
「アスモデウスは図体がでかいせいで燃費が良くてもあまり変わらんのぉ」
「燃費良いんですか?」
「淵王バール=ゼブルよりは良いぞ」
「バルは図体大きいし、燃費も悪いから常に食べてるよね〜」
「食べた物がどこに消えとるのか不思議なくらいによく食べるの」
「自分より大きな獲物も胃袋に消えちゃうもんね」
「胃袋がブラックホールというのもあながち冗談に聞こえぬからな」
「だよね」
「じゃが、アスモデウスがよく食うことに変わりはない」
「そうそう資金稼ぎも出来ないのじゃからな」
「わかってるよ。こうしている間にもディヴァイアじゃ何が起きてるのかわからないからね」
「――ドンケルハイトでもきな臭い事が起こっておらねば良いがな」
「――……そう…………ですね……」
「――明日から強行軍だ。今日はゆっくり休んでおけ」
「はい」
「明日から忙しくなりそうだね」
「もとから忙しい旅じゃったろう」




 次の日、旅の支度を整えると、四人は街を出発した。
 目的地はニフェリート神殿。
 約一ヶ月の旅路の始まり。