グリンフィールは一人世界を巡り魔物を討伐していた。
 今、グリンフィールがいるのはエスターテ大陸の黄泉国(よみこく)ヘルヘイムだ。
 エスターテ大陸は治安が悪く、特に魔物が多い。
 こういう所に魔物は集まりやすい。
「ふぅ……」
 グリンフィールは溜め息を吐いた。
「減っている感じが全くしないな――」
 エスターテ大陸はグラキエースの住んでいる邪教国(じゃきょうこく)スリュムヘイムもある大陸だ。
 今現在いる黄泉国(よみこく)ヘルヘイムの西に邪教国(じゃきょうこく)スリュムヘイムはある。その関係でグリンフィールもよくここには来る。
 魔物討伐は得意中の得意だ。
 むしろ大好きな分野だ。
 だが、ここ一ヶ月毎日退治しているが、減っている感じがしない。
「半月ほどサファル大陸で魔物討伐をしたが……そこではちゃんと魔物は退治すればするほど減っていった。だからここに来たんだが――」
 休む間も惜しんで毎日退治している。
 だが、魔物は減るどころがむしろ増えているような気がする。
「――おかしい」
 サファル大陸とこのエスターテ大陸は大きさ的にはさほど変わらない。
 数が減らないなどと言う事があるはずがないのだ……
 いくら治安が悪いといっても少し前までこんなふうではなかったはずだ。
 グォォォオオォォ…………

 魔物の咆哮が聞こえる。
 そしてすぐ側にも魔物はいる。
 襲いかかって来る魔物を鎌で一刀両断に斬り捨てながら考える。
 おびただしい量の赤黒い血に染まった断罪の大鎌エンタウプトゥング。
 周囲を見渡すとまだたくさんの魔物がいる。
 しかし、あまり近づいてこない。
 おそらくグリンフィールの力に恐れをなしているのだろう。
「少しは頭のいいのが揃っているようだな」
 いっそのこともっと馬鹿な方が楽だ。
「仕方ない」
 グリンフィールは紋章術はほとんど使わない。
 ズバーっと切り刻む方が好きだからだ。
 だが、周囲を囲んでいる魔物は結構な数だ。
 こうなると一網打尽にするしかない。

   ……  δ ε ς σ γ θ ς ε ι φ ο ξ δ ε ς σ ε ε μ ε δ ι ε ξ ι γ θ τ ζ α θ ι η χ α ς α υ σ ς ε ι θ ε ξ ζ ο μ η ε ε ι ξ ε σ π υ ς π υ ς ς ο τ ε ξ δ ς α γ θ ε ξ σ ø υ σ ε ι ξ δ ι ε δ ι ς ε λ τ ι ξ ε ι ξ ε ν θ ε ς ø ε ξ υ ξ δ ε ι ξ ε ς σ ε ε μ ε χ ι δ ε ς θ α μ μ τ

 ザワザワと周囲がざわめく。
 だが、グリンフィールに逃がすつもりは全くない。
 グリンフィールの主属性は精神、副属性は空間だ。
 クラウスと同じく生命の紋章術は使えないが、その分は身体能力でカバーしている。
 攻撃の紋章術をほとんど使わないグリンフィールだが、その威力はかなり凶悪だ。
 だてに三十万年以上生きてはいない。
   ――気魂(きこん)に響く紫竜(しりゅう)の咆哮


 グリンフィールを中心として紫色の光が円状に広がる。
 派手な紋章術ではないが、精神の紋章術なので地味に凶悪だ。
 この術はこの光に触れたモノの精神を破壊しつくす恐ろしいモノだ。
 バタバタと魔物たちが倒れていく。
 見た目は全く変わらないが、最早その精神はずたずたに引き裂かれ再起は不可能だ。
 魔物がこれい耐えうる能力を持っているとは考えにくい。
 グリンフィールは辺りを見回した。
 動くものは何もない。
「ふぅ……疲れた身体に精神の紋章術はさすがに堪えるな……」
 だが、文句ばかりも言っていられない。
 ここで何かが起きている事は間違いないからだ。
 原因を突き止めなくてはならない。
 魔物が集まってくる理由があるならそれを潰さなければならない。
 グリンフィールは周囲を警戒しながら歩き始めた。




 相変わらず魔物の数は減らない。
「おかしい――」
 グリンフィールは立ち止まった。
「さっき数百体以上は倒したはずなのに――」
 グリンフィールはすでに魔物に取り囲まれていた。
「どこからこんなに集まって……いや、むしろさっきより増えてないか……?」
 一体一体相手にしていたらキリがない。

   ……  ε ι ξ ε π ε ς σ ο ξ φ ο ν θ ε ς ø ε ξ ο θ ξ ε δ ι ε φ ε ς ø ε ι θ υ ξ η υ ν φ ε ς υ ς τ ε ι μ υ ξ η σ μ α δ ε ξ λ α σ σ ε ø υ ν α γ θ ε ξ δ ι ε σ ε ε μ ε σ τ ι ς β τ ο θ ξ ε η ο τ τ α υ σ δ ε ς λ ο ξ τ ς ο μ μ ι ε ς τ δ α σ σ δ υ ξ λ μ ε ς τ ο δ δ ι ε δ υ ν ν ε π ε ς σ ο ξ τ ο τ ε τ δ ι ε ε ι ξ φ ε ς β ς ε γ θ ε ξ β ε η ι ξ η υ ξ δ δ α σ φ ε ς η ε β ε ξ φ ο ξ ι θ ν υ ξ δ β μ α τ τ ε ς ξ

 ここはやはり強力な紋章術による一網打尽しかない。
 疲れるなどと言ってはいられない。
 むしろ一体一体相手にしてく方が疲れるだろう。
   ――(とが)を断ずる(くら)き死の神


 またさっきと同じように広範囲の魔物を一網打尽にする。
 さきほどの紋章術よりワンランク上の術なので範囲も威力も上がっている。
 その分消耗も激しいが仕方がない。
「魔物の気配が強い方に行けば何かわかるか――」
 グリンフィールはこれだけ倒したのに減っているどころか増えているのではないかというほど魔物の気配を感じた。
 そちらの方に向かって進む。
 当然、たくさんの魔物に襲われる。
 それを紋章術で倒しながら進んだ。




「これ……は――」
 グリンフィールはそれを見て硬直した。
 信じられないものがそこにあった。
「な……なんで…………なんでこんなものがここにあるんだ!?」
 グリンフィールは思わず叫んだ。
 グリンフィールが見たモノ……それは――
 ……大地を埋め尽くすほどの魔物と、空中に浮いている大きな鏡だった。
 無論問題なのは魔物ではなくその鏡の姿をした方だ。
 黒い鏡面に紫色の装飾の施されたような形をしたもの。その鏡面は光さえ反射しない黒い色をしている。
 その鏡の鏡面に波紋が走る。
 そしてその鏡面から手が出て来た。
 鏡から這い出るように出て来たのは間違いなく魔物だった。
 もう間違えようがなかった。
「――やはり……〈ミチ〉……」
 グリンフィールは苦々しい顔でそれを見た。
「……深淵世界ドンケルハイトと直接つながっている〈ミチ〉がこんなところに――」
 こんなものが偶発的に発生するはずはない。
「道理で倒しても倒しても数が減らないはずだ」

   ……  ι γ θ τ ς α ζ ε ι ξ ε ξ λ α τ α σ τ ς ο π θ α μ ε ξ η ς ο σ σ β ς α ξ δ υ ξ δ ι γ θ β ε ε ξ δ ε δ ω ε ι ξ η υ ξ δ η ο τ τ χ ι ε σ ξ ι ζ ζ ι ξ ε σ σ φ ε ς β ς ε ξ ξ υ ξ η ε ξ  δ ι ε ε ς δ ε β ε σ ι ε η ε ξ

 ドンケルハイトにどれほどの魔族や魔物がいるかはわからない。だが、このままではこの大陸が魔物に埋め尽くされてしまうのも時間の問題だ。
 そして、世界に魔物が溢れかえるのも……
 それだけは防がなければならない。
   ――劫火を放つ昂然たる神



 それが世界管理者であるグリンフィールの役目。
 あの〈ミチ〉は破壊しなければならない。
 そのまま放置していくことなど出来るはずがない。
 あの〈ミチ〉をなんとかするためにまずしなければならないことは邪魔な障害物(まもの)の始末だ。

   ……  ι γ θ τ ς α ζ ε ι ξ ε ξ λ α τ α σ τ ς ο π θ α μ ε ξ η ς ο σ σ β ς α ξ δ υ ξ δ ι γ θ β ε ε ξ δ ε δ ω ε ι ξ η υ ξ δ η ο τ τ χ ι ε σ ξ ι ζ ζ ι ξ ε σ σ φ ε ς β ς ε ξ ξ υ ξ η ε ξ  δ ι ε ε ς δ ε β ε σ ι ε η ε ξ

 そうしなければあの〈ミチ〉に近づくことも出来ない。
   ――劫火を放つ昂然たる神



 グリンフィールは炎の紋章術を連発して魔物を次々と灰にしていった。
 ついでに側に生えている木もたくさん灰になったがそれはたいしたことではない。
 今問題なのはこの〈ミチ〉だ。
 グリンフィールは新しく魔物が出てくる前にこの〈ミチ〉をなんとかするために近づいた。
 近くで見ると思っていた以上にこの〈ミチ〉は巨大だった。
「今はまだ魔物しか出てきていないが、そのうち魔族も出てくるようになるだろう。そうなる前に――」
 グリンフィールはそっと〈ミチ〉に触れた。
 意識を集中させる。
 パンッ!!

「拒絶反応だと!?」
 グリンフィールは〈ミチ〉を探ろうとしたが、反発を受け、右手を血に染めた。
「よくわからないが……結構しっかり創られてしまっているな。こんな〈ミチ〉…………一朝一夕には創れない……
 一体いつからここにあるんだ……」
 グリンフィールは〈ミチ〉から距離をとった。
「とりあえず破壊しよう」
 グリンフィールは鎌をしまい集中した。

   ……  η ο τ τ λ υ θ μ η ε ζ υ θ ς τ ε ς φ ε ς υ ς τ ε ι μ υ ξ η δ ε ς φ ο ξ ο θ ξ ε ε τ χ α σ δ α σ χ ε μ τ ε ξ δ ε ν α γ θ ε ξ δ σ ι γ θ ε ς σ τ ε μ μ τ ε ι γ θ ζ α μ μ ε υ ν ø υ ε ξ δ ε ξ υ ξ δ φ ο ξ ε ι ξ ε ς λ α τ α σ τ ς ο π θ ε ς υ θ ι η ø υ η ε θ ε ξ φ ε ς υ ς σ α γ θ τ ε χ ε η ε ξ δ ε ς β μ ο δ θ ε ι τ δ ε ς π ε ς σ ο ξ

 そして渾身の力をこめて術を発動させる。
   ――()の終りを見届ける神


 薄青緑色の光が〈ミチ〉に降り注ぎ、物凄い力が爆発する。
 風と光が発生し、しばしグリンフィールの視界を塞いだ。
 そして風と光が治まった後、あらためてその〈ミチ〉を見ると――
「嘘だろ……――」
 それを呆然としながら見つめた。
「あれだけ力を込めたのに…………傷一つつかない上に揺らぎもしないなんて……」
 グリンフィールは魔皇(まこう)族の中では魔王に次ぐ力を持っている。
 そのグリンフィールの力で破壊できないばかりか無傷の〈ミチ〉。
「…………」
 事態が思っていた以上に深刻であることを感じた。
「破壊は…………僕の力では……悔しいけど無理だね」
 これは明らかな失態だった。
 ここまで〈ミチ〉が固定化しているのに全く気付けなかった。
 こんなに側にいるというのにそれほどの力を……存在を感じさせない。
 これは明らかに強い力を持つ者によって創られた〈ミチ〉だ。
「封印……するしかないね」
 グリンフィールは腰に差してある黒いナイフを取り出した。
 このナイフには柄が存在しない。刀身のみで出来ている。
 このナイフを六本取り出すと、〈ミチ〉を中心に六芒星を描くようにナイフを突き立てた。
 そして複雑な封印陣を大地に描き始めた。
 精神力をこめて光の陣を描いていく。
 複雑な封印陣は描くのに時間がかかる。
 その間、〈ミチ〉はそのままだ。
 当然、中から魔物が這い出て来る。
 こちらの状況などお構いなしだ。
「我が半身にして我が力の欠片――
 我に従い姿をなせ――
 <断罪の大鎌エンタウプトゥング>」
 今の状態で紋章術は使えない。
 それに一体だけならこれで十分だ。
 グリンフィールは〈ミチ〉から出て来た魔物に鎌を振り下ろした。
 幸い、力のある魔物ではないし、魔族は出てこない。
 紋章術が使えなくても問題はない。
 グリンフィールは封印陣の続きを描き始めた。




 何回も邪魔されたが、無事に封印陣は完成した。
「これであとは発動させるだけ」
 グリンフィールは封印陣の側に立ち、両手をかざした。
 そして陣を発動させる。
 光が走り、うっすらと輝き始める。
 光の束が〈ミチ〉の効力を消し去り、塞ぐ――
 バチッ――

 だが、イヤな音がした。
「何……?」
 グリンフィールはじっと封印陣を見つめた。
 バチッ――

 やはり不吉な音がする。
 よく見ると封印陣には無数の亀裂が入っていた。
「これは――」
 気づいた時には遅かった。
 〈ミチ〉から黒い波動が発生し封印陣を一瞬にして破壊、そしてグリンフィールに襲いかかった。
 〈ミチ〉の周囲に物凄い力が収束して――――弾けた。




 ガタン。
 グラキエースは手に持っていた機材を床に落とした。
「グラキエース、どうかしましたか?」
 アシリエルが声をかけてもグラキエースは微動だにしない。
 そして額に手を当てた。
「封印が…………壊れた……?」
 グラキエースはアシリエルの声がまるで聞こえていないらしく、ぽつりと独り言を言った。
「でも……あれは…………そう簡単に壊れるようなものじゃ…………――」
「魔王様?」
 グレシネークがグラキエースの落した機材を拾い、声をかけた。
「……………………グリンフィール…………?」
 ただならぬ様子のグラキエースに戸惑うグレシネーク。
「――魔王様?」
「あ…………グレシネーク……」
 やっとグレシネークの言葉に気がつくグラキエース。
「どうかなさいましたか?」
 それに押し黙るグラキエース。
「グリンフィールがどうかしましたか? 彼は今、魔物討伐の任務を行っているはずですが――」
 アシリエルの言葉にグラキエースは答えた。
「嫌な予感がする」
 それはアシリエルの質問の答えには全くなっていなかったが、それにアシリエルは何も言わなかった。