グラキエースは上の空だった。
 あれからあまり仕事をしない。
 何かを気にしているのは明らかだったが、グラキエースは何も言わない。
「グラキエース、一体どうしたのですか」
 アシリエルがは当然グラキエースに問い詰める。
 グレシネークは何も言えなかった。
 そしてアシリエルが痺れを切らした。
 グラキエースを問い詰めようと立ち上がる。
 今は浮遊システムの構築が終わり、次のシステムの構築に移ろうという時だ。
 少しぐらい手を放すぐらい問題ない。
 その時、空間が歪んだ。
 これは空間を移動する際に出来る歪みだ。
 そちらに顔を向けると――
 血まみれのグリンフィールが現れた。
「グリンフィール!」
 グラキエースが血相を変えてグリンフィールに駆け寄った。
 酷い怪我だった。
 これはもう瀕死と言っていい状態だ。
「も……もうしわけ…………あ…………りま……せ…………現……王…………さ……――」
「喋るな! 今天使を呼ぶ」
 だが、グリンフィールは意識を手放した。
「私が行きます!」
 グレシネークはそう言って部屋を飛び出した。
 ここが天界であるのは幸いだった。
 ここならグリンフィールを治せる天使はたくさんいる。
 助けられる。
 グラキエースはグリンフィールの右手にそっと触れた。
「やはり……」
 そこにはあるべきものがなかった。
 そして左手にも触れる。
 やはり、ない。
「そこに何か?」
「……グリンフィールは強い。とても強い力を持っている。その力を一部封印している。その封印具――精神抑制結界具(コル=ケリード)はオレがグリンフィールに施したものだ。グリンフィールは手加減が苦手だし、力の制御も上手くないからな」
「なるほど……封印が破壊されたのに気が付いてあのような行動をとっていたと――」
「ああ――」
 ここまで来れたのは奇跡的な怪我だった。この怪我での空間移動は身体に多大な負担がかかったはずだ。
 だが、こうでもしなければ助からなかったというのも事実。
「たいした精神力ですね。この傷で貴方の所に帰って来たのですから――」
「ああ…………自慢の部下だ」
 グラキエースの表情は暗い。
 そこにグレシネークが天使を連れて部屋に駆け込んできた。
「魔王様!」
「怪我人を見せろ」
 そう言ってグリンフィールの元に駆け寄って来たのは生命の守護天使長、命明(みあか)悠莉(ゆうり)だった。
 そしてすぐに治癒を開始する。
「酷い怪我だな」
 その怪我を次々と塞いでいく。
「流石は生命の守護天使長だな」
「回復は任せろ」
 心強い言葉だ。
「でも…………どうしてこんな怪我を――」
「そうだな……」
「グリンフィールはとても強いです」
「ああ。魔物はおろか魔族にも後れをとったりはしないハズだ…………それに――」
 グラキエースはグリンフィールの右手を見た。
精神抑制結界具(コル=ケリード)はそう簡単に破壊できない」
「え……? あっ!」
 グラキエースに言われて初めて気付くグレシネーク。
「内臓もボロボロだな。相当強い力を喰らったようだな」
 普通なら即死だと悠莉(ゆうり)は告げる。
「もし、そんな強い敵が入り込んでいるのだとしたら由々しき事態です」
「そうだな。魔皇(まこう)族をこんなにするヤツなら他種族では歯も立たん」
 ぴく。
「う……」
 グリンフィールが意識を取り戻した。
「……げ…………げんお……う…………さ……ま…………」
 傷ついた手をグラキエースに伸ばすグリンフィール。
 その手を握るグラキエース。
「グリンフィール」
「い……いま…………すぐ…………」
 グリンフィールは苦しそうに口を開く。
「まだ喋るな馬鹿者! 傷は深いんだぞ」
 それをピシャリと止める悠莉(ゆうり)
「ぼ…………僕より…………あ……あれ…………を……」
 それを無視してグリンフィールはとぎれとぎれに言葉を告げる。
「ミ…………〈ミチ〉…………を……ふ…………ふさいで………………あれ……を…………あん……な…………ものを……………………ほうって……おい…………」
「道? 何の事だ?」
 グラキエースは必死に何かを訴えているグリンフィールの言葉に耳を傾けた。
「…………まもの……が…………で……てく……る…………ミ……〈ミチ〉…………を………………」
 それを聞いたグラキエースとアシリエルは顔色を変えた。
「まさか……深淵世界ドンケルハイトに繋がる〈ミチ〉があるのか!?」
 それに頷くグリンフィール。
「……エ……エスターテ……た……大陸…………の…………よ……黄泉国(よみこく)……ヘ……ルヘイ…………ム…………の…………ごぼっ――」
 グリンフィールは血を吐いた。
「だから言わんこっちゃない!」
「もういいグリンフィール。そこまで聞ければ平気だ。ゆっくり休んでいろ」
 グラキエースはそう言うとグリンフィールの手を一度強く握ってから手を離した。
「場所……特定できるのですか?」
「わかる。そこには破壊されたとはいえ精神抑制結界具(コル=ケリード)が落ちているはずだ。それを辿る。何、大まかな場所はわかった。だから平気だ」
「そうですか」
「グレシネーク、オマエはここに残ってグリンフィールを頼む」
「はい、わかりました」
悠莉(ゆうり)、部下を…………グリンフィールを頼む」
「了解した」
 悠莉(ゆうり)は力強く頷いた。
「では行こう」
 グラキエースはそう言うと印を組んだ。

   ……  ε ι ξ γ μ ο χ ξ χ α ξ δ ε ς τ ι ξ ς α υ ν υ ν θ ε ς υ ξ δ φ ε ς μ α σ σ τ ε ι ξ ε σ π υ ς

 グラキエースの主属性は審判、副属性は時なので空間の紋章術も使える。
   ――空間を渡る道化の軌跡



 グラキエースはアシリエルと共に問題の〈ミチ〉のある黄泉国(よみこく)ヘルヘイムに移動した。




「ここが問題の〈ミチ〉のある黄泉国(よみこく)ヘルヘイムですか」
「そうだ。少し待ってくれ」
 グラキエースは瞳を閉じると印を組んだ。

   ……  δ ε ς δ ς α γ θ ε ξ ν ι τ δ ε ς ν α γ θ τ α μ μ ε ζ μ ι ε η ε ξ ι ν ξ α γ θ τ θ ι ν ν ε μ δ ε ς δ ι ε χ ε μ τ υ ξ δ χ ε μ τ ι ξ τ ε ς φ α μ μ ι σ τ υ ξ δ ε ι ξ η ε β ς υ μ μ φ ο ξ δ ε ς τ ς α υ ς ι η λ ε ι τ η ι β τ χ ε μ τ ζ ς ε ι φ ο ς α υ σ ø υ σ ε θ ε ξ

 グリンフィールの落とした精神抑制結界具(コル=ケリード)を探すため、グラキエースは解析の紋章術を使いことにした。
 黄泉国(よみこく)ヘルヘイムは確かにあまり大きい国ではないが、それなりに広さがある。
 それを調べるためにはこれが一番だ。
   ――夜空を飛翔する(はざま)の龍



 ふわりとグラキエースの服がたなびく。
 青白い光に包まれながらそっと手を前方に伸ばす。
 グラキエースの足元に複雑な紋章陣が現れ、グラキエースの身体に光る文字が絡みつく。
 膨大な量の情報がグラキエースの頭に入って来る。
 目的のモノを見つけるまで術は解けない。
 そして――
「見つけた」
 そのとたんにグラキエースの足元にあった紋章陣が消え、グラキエースに絡みついていた文字が霧散する。
 そして頭を軽く振るグラキエース。
「やはりこの術は頭痛が酷い――」
 そう言いつつも印を組む。

   ……  ε ι ξ γ μ ο χ ξ χ α ξ δ ε ς τ ι ξ ς α υ ν υ ν θ ε ς υ ξ δ φ ε ς μ α σ σ τ ε ι ξ ε σ π υ ς

 目的の場所へ移動するためだ。
   ――空間を渡る道化の軌跡



 そしてそこに問題の〈ミチ〉があった。
「これが……〈ミチ〉ですか」
 アシリエルは黒い鏡の姿をした〈ミチ〉に近づいた。
 グラキエースは〈ミチ〉には近づかず、別の場所に向かった。
 そこは血に濡れた大地。
 おびただしい量の血に染められた…………
 黒く焼け焦げた大地の中で赤黒く染まっている場所。
 そこには粉々に砕け散った精神抑制結界具(コル=ケリード)が落ちていた。
 グラキエースがそれに触れるとそっと崩れ落ちた。
 一体どれほどの力で――
 グラキエースがアシリエルの方を向くと、アシリエルは邪魔な魔物を鎌で斬り捨てているところだった。
 そして近づいていく。
 グラキエースも〈ミチ〉に向かって歩き出した。
 そして二人はじっとその〈ミチ〉をみつめた。
「相当強い力で攻撃していますね」
 〈ミチ〉の下の大地は解けて溶岩状に硬化している。
「全力で攻撃したが破壊できなかったということだろう」
「そして封印に切り替えたようですね」
「ああ――」
 グラキエースは封印陣に使用されたグリンフィールのナイフを見た。
「だが失敗して…………いや、〈ミチ〉を創ったモノの力の方が遥かに上だったために力を反射されたんだろう」
「リバウンドにしては性質が悪いほどの威力のようでしたね」
「ああ、そうだな」
 グリンフィールの状態を思い出す。
「では一度私が攻撃してみましょう」
 二人は〈ミチ〉から距離をとった。
 そしてアシリエルは〈ミチ〉に向かって攻撃する。

   ……  η ο τ τ δ ε ς ε ι ξ σ α ν λ ε ι τ δ ε ξ ι γ θ ι ν ν ε ς ξ ο γ θ ι ξ δ ε ς δ υ ξ λ μ ε ξ ξ α γ θ τ ε ς τ ς α η ε α μ σ δ ε ς ν ο ξ δ υ ξ τ ε ς η ε θ τ υ ξ δ ν ε ι ξ σ ε θ φ ε ς ν ο η ε ξ φ ε ς μ ο ς ε ξ θ α τ υ ξ δ β ε τ ς υ β τ δ α β ε ι β μ ο σ σ ø υ σ τ α ς ς ε ξ

 グラキエースはそれを見守った。
   ――月沈む闇を見つめる神



 青白い光が〈ミチ〉に降り注ぐ。
 そして黒い色をした氷の柱が大地から〈ミチ〉に向けて一直線に出来上がり、次の瞬間粉々に砕け散る。
 だが、〈ミチ〉には傷一つついた感じはしない。
「随分強力だな」
「破壊は無理ですか……」
「いや……オレがもう一撃入れてみよう」
 そう言ってグラキエースが印を組んだ。

   ……  η ο τ τ λ υ θ μ η ε ζ υ θ ς τ ε ς φ ε ς υ ς τ ε ι μ υ ξ η δ ε ς φ ο ξ ο θ ξ ε ε τ χ α σ δ α σ χ ε μ τ ε ξ δ ε ν α γ θ ε ξ δ σ ι γ θ ε ς σ τ ε μ μ τ ε ι γ θ ζ α μ μ ε υ ν ø υ ε ξ δ ε ξ υ ξ δ φ ο ξ ε ι ξ ε ς λ α τ α σ τ ς ο π θ ε ς υ θ ι η ø υ η ε θ ε ξ φ ε ς υ ς σ α γ θ τ ε χ ε η ε ξ δ ε ς β μ ο δ θ ε ι τ δ ε ς π ε ς σ ο ξ

 そして〈ミチ〉に攻撃する。
   ――()の終りを見届ける神


 やはり傷一つつかなかった。
「これは無理だな」
「一体誰がこんな強力なモノを――」
 そう言っても詮無いことだ。
「魔王の攻撃でビクともしないのは驚きだな。
 グリンフィールを瀕死にしただけのことはある」
「しかたがありません。封印しましょう」
「そうだな」
 二人は頷き会うと、封印するために準備を始めた。




 二人は念入りに下準備をした。
 グリンフィールのこともある。
 半端なものでは反射される恐れがあるからだ。
 そんなことにならないようにしっかりと準備をしなければならない。
 そして準備は滞りなく終了した。
 途中魔物が何度も出て来たが、それは魔王二人の前には何の障害にもならなかった。
 そして封印を開始することになった。
 だが、封印を実際に行うのはアシリエルだ。
 もしもの時のため、グラキエースは守りを固めることにした。

   ……  α μ τ ε ς η ο τ τ δ ε ξ ν α ξ ι ν ν ε ς ξ ο γ θ ο θ ξ ε ν ι γ θ ε ς τ ς α η τ ν α γ θ τ ε ι ξ ε ν α υ ε ς δ ε σ μ ι γ θ τ ε σ υ ξ δ δ α σ ε ς μ α υ β ε ξ β ε σ τ ι ν ν τ φ ο ξ ι θ ν ε ι ξ ε ς π ε ς σ ο ξ ξ α θ ø υ λ ο ν ν ε ξ

 封印を反射された場合、無事で済むか分らない。
 何かがあっては困る。
 そのための備えだ。
   ――人を寄付(よせつ)けぬ神の願い



 今ここで倒れるわけにはいかない。

   ……  α μ τ ε ς η ο τ τ δ ε ξ ν α ξ ι ν ν ε ς ξ ο γ θ ο θ ξ ε ν ι γ θ ε ς τ ς α η τ ν α γ θ τ ε ι ξ ε ν α υ ε ς δ ε σ μ ι γ θ τ ε σ υ ξ δ δ α σ ε ς μ α υ β ε ξ β ε σ τ ι ν ν τ φ ο ξ ι θ ν ε ι ξ ε ς π ε ς σ ο ξ ξ α θ ø υ λ ο ν ν ε ξ

 そして一枚では安心できないグラキエースはさらに同じ結界を張る。
   ――人を寄付(よせつ)けぬ神の願い



 結局、グラキエースは結界を五重に張るという念の入れようを見せた。
 そして封印を開始する。
 慎重に作業は進められた。
 だが――
 ミシッ……

 亀裂の走る嫌な音が響く。
 それでもアシリエルは作業を続ける。
 ミシッ……

 音はだんだん大きくなっていく。
 そして――
 バンッ!!!

 破裂した。



「う……」
 アシリエルは瞳を開けた。
 しばらく気を失っていたようだ。
 頭が痛い。
 術を返されたせいだろう。
「グラキエース……」
「どうやら無事なようだな」
「グラキエース! 貴方、怪我を――」
 グラキエースは右手にいつの間に召喚したのか、霊魂の杖ゼーレンクヴァールを握りしめ、アシリエルの前に立っていた。
 そして右手から滴り落ちる血――
「結界は全滅した。その上怪我まで負わされた」
「Sランクの結界が五枚とも全滅……そしてグラキエースに怪我を負わせた…………よく彼は生きていましたね」
「丈夫だからな」
 グリンフィールの本来の姿は余程頑丈にできているのだろう。
「それにしても…………魔王二人がかりでこの有り様とは――」
「不甲斐なくて泣けてくるな」
「全くです」
 一体誰が創ったのかわからない〈ミチ〉。
「あれはオレたちの手に負える代物ではないな」
「悔しいですがその通りですね」
「これほど近くにいるのにその存在は極めて希薄――」
「それにこの力――」
「しかたがない……しばらく監視を付けて様子を見るしかないな」
「そうですね」
 二人は同時に溜め息をついた。