何もない……
ここはどこだろう?
見渡す限り、闇が広がっている……
どこまでいっても、何も変わらない……
だが、自分の姿は見える……
何故だろう?
俺はそう思った……
…………何もわからないのに、ただ、歩く……
どうすればいいのか全く分からないのに……
何かの目的があるわけではない……
ただ、何となく――だ……
どこまであるいても、世界は、黒一色だった……
自分が進んでいるのかわからなくなってくる……
そして振り返る……
何もない……
――なのに、どうして……
こんなに不安なのだろう……
むしろ何もないから不安になるのだろうか……?
そうかもしれない……
俺は先へと進んだ……
しばらく歩き、立ち止まる……
何故か誰かに見られている気がする……
こんな闇の中で誰が見るというのか……?
だが、よく考えてみれば自分の姿は見える……
だから相手にも見えるのかもしれない……
最も、自分には相手を見ることが出来ないのだが……
――ぞくり……
悪寒が走った……
何かイヤな感じがする……
どうしてだろう…………ここに居てはいけない気がする……
そして振り返る……
そこにはただの、闇――
だが、その闇は他の場所より密度が濃く、より暗く見えた……
ここに、居ては、いけない――
俺は走った――
がむしゃらに……
ただ、その暗き闇から逃げるように……
だが――
――ひたひた……
ついて来ているような気がするのは気のせいだろうか……?
そう思っても、立ち止まることなど、出来はしなかった……
立ち止まってはいけない――!!
そんな思いが俺の足を動かしていた――
だが――
バタン!!
うぐぅ……
何かに足をとられて転んでしまった……
何だ、こんな時に――
そう思って足元を見た――
――――ッ!!!!
……足には暗き闇がまとわりついていた……
いつの……間…………に…………――?
俺ははずそうと思った……
だが、触れることが出来なかった……
俺はその闇に手を伸ばすことが出来なかったからだ……
――触れてはならない……
そんな思いが心を漠然と支配している……
だが、触れなければ外すことなど出来ない……
迷っているヒマはない……
俺は闇に手を伸ばした――
――ぞくりっ……!!
背筋にイヤなモノを感じて俺は振り返った……
…………何故か……………………ヤミが――――嗤った気がした……
逃げなければ……!!
そんな思いに支配される――
コレ、から逃げなければ――!!
しかし、そんな思いとは裏腹に身体にヤミが纏わりついてくる――
足もとから、徐々に、浸食されていく――
振り払おうと腕を動かすが、ますます強く、絡みついてくる――
焦りが生まれる――
――ひた……
――ぞくり…………
頬に…………何かが触れた気がした……――
――ヤット見ツケタ……
頭の中にコエが響いた……
途端に胸が苦しくなる……
このコエを聞いては、この存在と相まみえてはいけないと、本能は叫ぶ――
――モウ…………逃ガサナイ……
逃ゲラレハシナイ……
オ前ハ…………籠ノ鳥……――
――ひた……
ヤミがワラッた――
「いやああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
室内に
そしてガタガタと震えながら叫んだ。
「僕、怪談とか怖い話とかダメなんです――!!」
よほど混乱しているらしい。
怪談も怖い話も同じだ。
そして近くにいたアスモデウスに抱きついた。
それを見たクラウスは溜め息を吐いた。
若干顔色が悪い。
「怪談じゃないから――」
そもそも、何故クラウスがこんな話をしたのか……
それは数刻前に遡る。
クラウスは相変わらず朝に弱い。
そんなクラウスを起こすためにレヴィアタンはクラウスのいる部屋に入った。
「クラウス、入るぞ」
一応そう声をかけるが、クラウスには聞こえてはいないだろう。
「うぅ……」
うめき声が聞こえてレヴィアタンは足を止めた。
「……クラウス?」
レヴィアタンはクラウスに近寄った。
汗をびっしょりとかいており、顔色がかなり悪い。
明らかに魘されている。
そこで、レヴィアタンはクラウスを揺さぶって無理やり起こした。
どんより……
そんな暗雲を背負っているかのようなクラウス。
いつになく機嫌が良くないようだ。
顔色も悪い。
それを見たアスモデウスはレヴィアタンの腕を掴んで尋ねた。
「何かあったの?」
「――夢見が悪かったようじゃ」
ちらりとクラウスを見ると、気分が悪いのか、ぐてっとテーブルに突っ伏している。
「魘されておったからのぉ」
レヴィアタンはそう言って紅茶を飲んだ。
「夢?」
「そう…………夢」
クラウスは溜め息を吐いた。
「そんなに、嫌な夢?」
「――…………ああ……………………悪夢だった」
「ふ〜ん……」
アスモデウスはそう返事をしながらクラウスをじっと見ている。
そして――
「どんな夢だったか話してよ」
アスモデウスが軽い気持ちでクラウスから夢の話を聞き出そうとした。
そしてクラウスも渋々ながらも話を始めた。
つまりは、そう言うことだ。
四人で怪談話をしていたわけではなく、ただ単にクラウスが今朝見た悪夢を話していただけだったのだ。
だが、怖いもの大っ嫌い――というか大の苦手だという事が判明した
クラウスとしては別にホラー話をしていたつもりはなかったのだが、
「ふぇ…………」
「あー、よしよし」
アスモデウスは
「クラウス、お主……平気か?」
「――――……あんまり」
今でもまだ鳥肌が立っているようだ。
あんなおぞましい感覚、そう感じられるものじゃない。
むしろ感じたくない。
「うっ……」
吐き気に襲われる。
おぞましい……
まるで夢とは思えないようなリアルさだった。
今でも後ろから抱きすくめられているような錯覚が感じられるほどに……
その思いが消えない……
クラウスはふらふらとその場を後にした。
「クー、全く駄目そうだね」
「うむ。随分とリアルな夢じゃったんじゃろうな」
あんなに影響を受けるとは――
「あれじゃあ今日出発は無理そーだね」
「
クラウスの悪夢に怯える
「うん。そーだね」
「何かありましたか?」
そこにセシルティスが現れた。
騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
「うむ。クラウスがちと現実に影響を受けるほどリアリティのある不吉な夢を見たようでな」
「……悪夢、ですか?」
そう言ってまだ泣きすがる
「…………リアル……だったんですか?」
「うむ。何もない暗闇の中で闇に襲われる夢じゃったようじゃが――」
「クーの様子を見る限りかなりリアルに嫌な夢だったんじゃないかなぁ?」
「そう……ですか」
表情を曇らせるセシルティス。
「どーかしたの?」
「――ええ…………力のある者の見る夢には予知夢というものがあります」
「ああ、確かにの」
そこで思い起こされるのは
特に知人であるフェネシス=イル=レーラ。
「見た所、彼は相当力のあるヒトなので…………」
確かにクラウスは精神力が異常なほど高い。
あれでまだ四十二歳というのだから末恐ろしいものだ。
確かに、あれほどの力を持っているのならばそういう夢を見ないとも限らない。
「――何もないといいですね」
そんなセシルティスの言葉が部屋に響いた。