天界にある会議室。
そこは今、最重要会議の真っ最中だった。
ここにいるのは十天使と魔王二人の十二人だ。
馴染みになりつつある光景だ。
今日の議題は魔王の持って来た恐るべき事柄についてだ。
「――ドンケルハイトと直接繋がっているであろう〈ミチ〉……」
水の中枢制御システムの再構築の真っ最中である現在において、かなり頭の痛い問題だった。
なにしろ、魔族や魔物に対して天使はあまり……というか、ほとんど役に立たない。
そして、システムの再構築は
それなのに、その〈ミチ〉のために貴重な人材を割かざるを得ない。
「オレたち二人では歯が立たなかったからな」
魔王二人で破壊はおろか封印することすら出来なかったため、今現在はグレシネークが〈ミチ〉を見張っている。
さすがに一人では無理なので護衛天使を貸してもらっている。
グレシネークは技術系なので戦闘は苦手だ。
今はまだ療養中のグリンフィールも、元気になればグレシネークと交代で見張りにつく予定だ。
無論、中から魔物が出てくるため楽ではない。
グリンフィールが元気になるまではグラキエースかアシリエルがグレシネークと交代することになっている。
それほど、グリンフィールの受けた傷は深かった。
「お二人に封印出来ないとなると、この世界の誰にも封印出来ないと言うことになります」
「だが、あのようなモノを放置するわけにもいかないでしょう」
「では、どうすると?」
「――……ああいうものを破壊できるのはアスモデウスかレヴィアタンなのですが、今現在二人ともイセリアルにいますからね」
「そうだな。レヴィアタンはともかく、アスモデウスなら確実に破壊出来ただろうな」
あいつの破壊力は尋常じゃないとグラキエースは告げた。
「七大魔王最強の一人、蒼竜魔眼のアスモデウスなら確かに何とか出来るでしょうね」
アスモデウスの破壊力は
「破壊できなくとも封印出来れば良かったのだが、そういうのが得意なバール=ゼブルはアービトレイアだし、もう一人のレヴィアタンもイセリアルだからな」
「ああ、確かにバール=ゼブルはそういう封印は得意でしたね」
アシリエルはそう言ってグラキエースを見た。
「何?」
「いえ……十六万九千四百四十五年以上もディヴァイアにいるわりによく知っていますね」
「オレが知っているのはその当時から魔王をしていたレヴィアタンとバール=ゼブル、そして知人のアスモデウスくらいだな。聞くところによると霊王も魔王も変わったらしいし」
グラキエースの話によればあの三人は昔から人並み外れた能力の持ち主であったらしい。
「人には向き不向きがありますからね」
「グリンフィールも破壊系だし、グレシネークはオレとアシリエルと同じ技術系だからな」
「はぁ……天使にはどれも無理…………かろうじで補佐をするのがやっと……――」
呻きながらテーブルに突っ伏す
「手詰まりですね」
「だな」
そんな
コンコン――
扉を叩く音がして部屋に一人の男が入って来る。
「失礼します」
それは包帯ぐるぐる巻きのグリンフィールだった。
「グリンフィール!?」
「君はまだ絶対安静だろう!」
それを見た
「そうだぞ。
「
だが、グリンフィールは首を振った。
「いえ……大丈夫です。生命力には自信がありますから」
そうは言っても本調子でないのは明らかだ。
頭に枝分かれした――鹿のような角を生やしているし、背中からは緑色の鳥のような羽毛に覆われた翼が生えている。そして、緑色の長い尾が生えている。尾の先から生え際に向けて毛が生えている。いわゆる逆毛だ。
だが、その見えている翼や尾にも痛々しく包帯が巻かれている。
グレシネークもいつも角や鋭い爪を生やしてはいるが、あれは能力が少し低いのと、本人に隠す意志がないためであり、今のグリンフィールの状態と見た目は似ていてもまるで違う。
今のグリンフィールは隠す事が出来ないのだ。
「それでも大人しくしているべきだ。いくら
「申し訳ありません、現王様。破壊も封印も出来ず、僕自身の力を封じていた
「そんなことは気にしていない」
「それに、現王様や死王でも駄目だったとお聞きしました」
ふら……
「グリンフィール!!」
ふらついたグリンフィールに駆け寄るグラキエース。
いつも傍若無人で無体な扱いをしているグラキエースとは思えない反応だ。
こんなんでもグラキエースはグリンフィールとグレシネークという二人の部下を大切にしていた。
皆裏切り、堕ちていく中、二人だけはずっとこうして自分の側にいてくれたのだ。
グラキエースは自分の座っていた席にグリンフィールを座らせた。
「そ、そんなことまでしていただくわけには――」
「いいから! 座っていろ」
「う…………はい」
肩に手を置かれ、グリンフィールは観念した。
「現王様……あの〈ミチ〉は……………………淵王でも、手に余るかもしれません」
その一言で戦慄が走った。
「グリンフィール?」
「あれは…………、あの……〈ミチ〉は現王様や死王も見てわかったようにとても存在が希薄で空気のように存在していた……」
言われて二人も頷いた。
「そうですね」
「でも――」
それだけではないのだとグリンフィールは言った。
そして思い出す。
「――グリンフィールは探査も得意だったな」
「探査――? ではまさか……」
「オレやアシリエルでは気付けない事もグリンフィールなら気付ける」
グラキエースやアシリエルは探査があまり得意ではない。
今の七大魔王に探査が得意な者はいない。
「――何を、感じた?」
グラキエースがそう尋ねると、グリンフィールは言った。
「封印するための陣を敷き、それを発動させた時――――とても嫌な気配を感じました」
それは一言ではとても言い表せないものだった。
「長い時間、それを感じていたら絶対に狂ってしまうだろう…………そんな、負の気配です」
「そんなに力の強い魔族が創っていたモノなんですか?」
「いや…………なんか…………そういうのではなく………………………………そう…………まるで……………………まるで、負、そのもののような……」
「な……に――」
嫌なモノを感じた。
「そ……それは本当ですか!?」
がたんっ!!
アシリエルが血相を変えた。
いつも無表情で顔色一つ変えないアシリエルが――焦りを滲ませている。
グラキエースも苦い表情をしている。
二人には……グリンフィールの感じたモノの正体が、何となく、わかっていた……
「あの〈ミチ〉を、誰が創ったのか……予想が出来ているようだな。あれは一体誰が何のために作ったのだ?」
「
バン、とテーブルを叩いて息巻く
「…………、それを一番よく知っているのは、恐らくバール=ゼブルだろう。オレはそこまで詳しくは知らない……でも……………………それは、――」
「――――それは真のヤミ……」
ぴくり、と
「負の象徴……」
そして――
「深淵世界ドンケルハイトの王――」
言葉が紡がれるごとに青褪めていく。
「確か、
二人の言葉が終わる頃には、
「そんな……し…………
グラキエースとアシリエルは溜め息を吐いた。
この反応からして、識っているのは
神界と天界を繋ぐミチを護るモノ……そして、神の言葉を伝える、神の代理人……最も神に近しき存在……
そんな彼だからこそ、識っているのだろう。
「そう……
「でも
そう神に聞いていると
「でも……僕の感じたあの気配は……底の知れないヤミの力は普通の魔族では到底出せないものだった」
いや、信じていたいのだろう……
だが、そこは
「不変のモノなど存在しない」
「……封印と言うのは、いつか崩れ落ちる危険性を孕んだものです。そう、未来にその存在を運んでしまうという可能性を持つモノ」
「……あの〈ミチ〉はオレたち魔王二人で封印出来なかったものだ。最悪の事態も想定しておかなければならない。楽観視は死に直結する」
そう言われて
言い返せない。
「封印は外れていると考えた方がいいだろうな」
「そうですね。たとえ外れていなくとも、そう思っていれば、まだ、すぐには、最悪に繋がらない」
事態は深刻だった。
思っていた以上に――
「現王様――」
「何だ? グリンフィール」
「――アービトレイアに連絡をしたらいかがでしょう?」
「…………そう、だな。そうするべきかもしれない」
「確かにそうですね。しかし、アービトレイアに連絡するためには、それ専用の機材が必要です」
「ここにはありませんよ」
「あー、それってオレの家にあったような……」
随分と曖昧だ。
溜め息を吐くグリンフィール。
「あるに決まっているじゃないですか。何言ってるんですか。でなければどうやって僕やグレシネークが冥界に連絡が取れるというんですか」
確かにその通りだ。
「ティヴァイア内に通じる通信システムはこの天界にもあるでしょうが、アービトレイアの冥界、無窮魔殿アスフォデルに直接繋げることが出来るのは暗黒遺跡ゲイルヴィムルにある通信システムだけです」
すっぱりキッパリとグリンフィールは言った。
だが、グラキエースはちょっと視線を彷徨わせた。
「オレ、通信システムって一度も使ったことないから使い方解らないな」
シーン――
「そ……それは本気で言っているのですか?」
アシリエルの冷ややかな視線と共に冷たい一言がグラキエースに突き刺さった。
「本当ですよ。現王様は基本的に仕事しないので、そういう雑用は全て僕とグレシネークがやっていました」
それにグリンフィールが答えた。
「グラキエース」
アシリエルの視線から逃れるように顔を背けるグラキエース。
「僕が案内します」
グリンフィールはそう言ってよろよろと立ち上がった。
「待ってください。あなたはまだ紋章術を使えるような状態ではないとお見受けしますが?」
「うっ――」
「そうですよ。あまり無理をなさるものではありませんわ」
そこに止めを刺す
「でも、あそこに行って連絡できるのは僕だけです」
現在、ディヴァイアにいる
アシリエルとグレシネークは使えない。
「時間をかけるわけにはいきません」
グリンフィールの言う事も尤もだ。
だが――
「無理をすると傷口がパックリ開くぞ」
そう言って現れたのは
「お前の傷は深い。人の姿さえ保つことが出来ずにひと時、真の姿に戻っていただろう?」
「あ…………うう…………」
グリンフィールに言い返すことは不可能だった。
なにしろ、
それまでは真の姿から戻れずにいた。
そのため、大きな聖堂を貸し切りにしてもらい、そこに寝そべって
「人の姿をしていてもお前は重すぎる。天使では運べない」
これ以上はドクターストップだと言って、
本当は引き摺ってでも連れて行きたいのだろうが、先にも述べたとおり、グリンフィールは非常に重い。いや、それはグリンフィールに限った事ではない。ほとんどの
まあそれはしかたがない。
人の姿をしていてもあれが本当の姿と言うわけではない。
「……グラキエース。案内ぐらいできますね?」
「まぁ……案内だけならな」
「それでも構いません。通信は私が行います」
「そうか」
アシリエルは席を立った。
「これ以上話していても無駄でしょう。この話の続きはバール=ゼブルと話し合いをしてからになります」
「はい。それでかまいません。どりたにしろ、僕たちには何もすることが出来ないのですから」
何も出来ない自分が歯がゆかった。
「ではグラキエース」
「ああ」
二人は連れたって部屋から消えた。
それを見た
「でも、僕たちの会議はまだ終われませんね……」
「
ギリっと唇をかみしめる。
「
天使たちは識らない……
でも、識らなければ、ならない。
識らないでは…………済まされないだろうから――