その日、ディヴァイアから緊急連絡が入った。
「あらあら、それは大変ですわ〜。わかりました。今アービトレイアにいらっしゃる魔王様方にご連絡させていただきますわ〜」
 そう言って通信は終了した。
「では、深淵界の王バール=ゼブル様、魔界の王ベリアル様、霊界の王ベヒモス様に無窮(むきゅう)魔殿アスフォデルにお越しいただけるように連絡しなければなりませんわね〜」
 話はとても急を要するものだった。
 だが、この上司はとても慌てている様子はない。
 ゆっくりと指示を出す彼女にどうすればいいのかわからず、戸惑いながらも指示通りに連絡を入れる部下たち。
 冥界の王アスモデウスより後を任されたユーチャリス三姉妹の長女、クルスはかなりマイペースな人物だった。




 そして三人の魔王が無窮(むきゅう)魔殿アスフォデルに到着した。
 それを見て驚く武官たち。
 そこに一人の女性が呼び出しをくらった。
「ど、どうしてここにバール=ゼブル様とベリアル様とベヒモス様がいるんですかー!?」
 訳がわからなかった。
「何故って、喚ばれたからに決まってるだろうが」
「喚ばれた?」
「そう。確かキミと似た青い服を着た長い髪の女性が『現世の王グラキエース様と死界の王アシリエル様から緊急連絡が入りましたので、お集まり下さい』って言われたんだよね」
 ムスっとするベリアルを宥めながらベヒモスが言った。
「ね……姉さん!!」
 そんなの一言も聞いていないと憤慨する女性。
「ルカお姉ーちゃーん!!」
 遠くから誰かを呼ぶ声がする。
「カロン……?」
 彼女が振り向くと、これまたこの女性と色違いの似たような服を着たツインテールの少女が走って来た。
「魔王様の前ではしたないよ」
「ごめんなさい。でも、クルお姉ちゃんが……」
「姉さん? 姉さんが何かしたの?」
「ううん。魔王様喚んだから迎えに行って来てって言われたの」
「ああ……」
 眩暈がした。
 事後にもほどがある。
「ボクは聞いてないよ」
「うん。わたしもついさっきクルお姉ちゃんに会って直接言われたの」
 とにかく、これ以上こんな所で三人の魔王を待たせるわけにはいかない。
 そう思った彼女は場所を聞いた。
「で、場所は?」
「第三会議室」




 そして二人は魔王達を第三会議室に案内した。
 扉を開けるとそこには優雅にお茶を用意している女性の姿があった。
「姉さん! あれほど重要事項は一言入れてって言ったでしょ!」
 その声を聞いた彼女は振り返り、ニッコリと微笑んでこちらに向かって歩き出した。
 バタンッ!!

 ――が、自分のスカートの裾を踏みつけて見事にすっ転んだ。
「姉さん!」
「クルお姉ちゃん!」
 妹二人に助け起こされる姉。
「大丈夫?」
「平気よ〜」
 二人に支えられて立ち上がると優雅に挨拶をした。
「わたくしはアスモデウス様の副官の一人、クルス=マリード=ユーチャリスです。よろしくお願いいたしますね〜」
 それに二人の妹は溜め息を吐いた。
「同じく、アスモデウス様の副官の一人、ツクルカです」
「同じく、アスモデウス様の副官の一人、カロンテスです」
「ふむ。お前たちがアスモデウスの言っていた優秀な副官か」
「優秀……?」
 ベリアルがバール=ゼブルの言葉に眉を寄せた。
 そしてじっと三人を見る。
「……どこが?」
 さっきのを見る限りとても優秀には見えない。
「――女で見た目がいいから侍らしたとかいう理由じゃねーのか?」
 女癖の悪いアスモデウスに向かって痛烈な一言を決める。
「いや、確か……封印のクルス、技術のツクルカ、探査のカロンテスという三姉妹でその能力は凄いって聞いたことあるよ」
 ベヒモスが以前アスモデウスに聞いていたことを言いフォローした。
「そうだ。人は見かけによらないことぐらい貴公も知っているだろう?」
 そこで思い起こされるのはアスモデウス。
「まぁ、そうだな」
「さて、無駄話をしている場合ではなかろう」
 バール=ゼブルはそう言いながら席に座った。
 それに倣いベリアルとベヒモスも席に座る。
「それで、グラキエースとアシリエルは何と? あのものぐさグラキエースまでもが一緒に連絡してくるなんて珍しいじゃないか」
 普段なら連絡してくるのはグリンフィールがグレシネークだ。
 グラキエースが連絡なんて、不吉の前触れ以外の何ものでもない。
「現世界ではとても大変なことになっているようですわ」
「大変なこと?」
「はい」
 クルスはアシリエルとグラキエースに聞いたことをそのまま三人に伝えた。




「そんな事が……」
「それは――」
「一大事じゃねーか」
 三人は口々に言った。
「――グリンフィール様の感じたおぞましい気配の事は一先ず置いておきましょう。それよりも、グラキエース様とアシリエル様が二人がかりにもかかわらず封印することさえ出来なかった〈ミチ〉をどうするべきでしょうか?」
「ふむ……〈ミチ〉がどこを通っているのかを調べた方がいいかもしれないな」
「どこを通っているかによって敵のレベルもわかるしね」
「オレはそういうの得意じゃないんだが?」
「あはは……ボクも苦手かな」
 バツの悪そうな顔をするベリアルと苦笑いをするベヒモス。
「ふむ。我もそんなに得意ではないが、貴公らよりはマシだろうな」
 そう言ったバール=ゼブルにクルスは言った。
「ではカロンちゃんをお使い下さい。この子はそういうのが得意ですから」
 そう言われたカロンテスは頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「うむ。こちらこそな」
 バール=ゼブルはカロンテスを連れて外に出て行った。
「オレらはここでしばらく待つか」
「そうだね。別にやる事も何もないし」
 ベリアルとベヒモスは二人が帰ってくるまで紅茶を飲んで待つことにした。




 数刻の後、二人が帰って来た。
 だが、あまり顔色は良くない。
「結果は芳しくなさそうだな」
「まあな」
 バール=ゼブルはそう言って席に着いた。
 クルスがそっと紅茶を差し出す。
 バール=ゼブルはそれを口にしてから話し始めた。
「結論から言うと、グラキエースやアシリエルの言う通りなのかもしれん」
「……それほど強い人物が創ったものだと?」
「間違いいないだろうな。何しろ、その〈ミチ〉を探すのに随分手間取った」
「そう言われてみれば……かなり時間をかけて来たね。そんなに分かりにくかったの?」
「――そうだな。探しずらかった。何しろ、〈ミチ〉はこのアービトレイアを経由して創られたものではなかったからな」
「何だと!?」
「それはまた……ではどうやって?」
 バール=ゼブルは衝撃的な事を話した。
「最初からおかしいとは思っていた。
 〈ミチ〉が無理やり創られたというのにこの世界には何の歪みも発生してはいない」
「確かに――」
「ディヴァイアにはイセリアルと直接繋がる〈ミチ〉がある。アービトレイアを経由していない〈ミチ〉が……それはこのアービトレイアを経由すると多少の歪みが発生するからだ。無論、アービトレイアからもイセリアルに繋がる〈ミチ〉はあるが……」
「だから、普通に創ったら、何らかの現象が起きても不思議ではない」
「そう……アービトレイアを避けて創るには、それなりの技量が必要だ。イセリアルへの〈ミチ〉も、遥か昔、六創神(ろくそうしん)の一人が創ったとされている」
「じゃああの〈ミチ〉は?」
「希薄な上、とても精巧に創られていた」
「二人の報告通り?」
「ああ。詳しく調べてみると、その〈ミチ〉はイセリアルではない場所から繋がっていた」
「イセリアルじゃない?」
「じゃあ……やはり……――」
「そうだ。我でもあれは直接は識らない。だから、そうであると断定できるだけの根拠はない。しかし、イセリアルでないならば……その可能性が一番高い」
「――深淵世界ドンケルハイト……」
「そう。おそらく、最悪を想定したシナリオ通りに事が進んでいる」
真王(しんおう)……」
「……〈ミチ〉はとても暗く、ヒトがけして踏み込んではならない力の領域に繋がっていた。調べた限り、そこいらの魔族にあれほどの力があるとは思えない」
「やはり……報告通りなのか?」
「グリンフィールという彼の懸念通りに?」
「――そう……真王(しんおう)か…………真王(しんおう)でなくともそれに近しい……真王(しんおう)に力をもらっている何者かが創ったという可能性がある」
「それはどちらにしろ封印が解けているということだろう?」
「そうだな。今は解けていないとしても……その近しきものが封印を外す可能性がある」
「ちっ……厄介な」
 ベリアルは舌打ちした。
「その通りだ」
 それに頷くバール=ゼブル。
「で、その〈ミチ〉、ここを経由していないという事はここからの干渉も?」
「無論出来ない」
「だろうな。魔王二人で封印出来ねーような物騒なもんに横やり入れるにはせめて接触させてないとならん」
「その〈ミチ〉、今のところ魔物しか出てきてないっていう話だけど」
「それはまだ〈ミチ〉が不完全だからだろう」
「不完全?」
「ちょっと待て」
 ベリアルがバール=ゼブルの一言に顔色を変えた。
「魔王二人で封印さえ出来ないほどしっかり出来上がってるあの〈ミチ〉が、まだ不完全だってーのか!?」
「そうだ」
「じゃあ、その〈ミチ〉が完全になったら……」
「……誰も手出しが出来ないかもしれないな」
 冗談ではない。
 そんな事……黙って見ているわけにもいかないのに!
「ディヴァイアでなければ封印は出来ない」
「オマエなら出来ると?」
 バール=ゼブルは少し考える素振りを見せた。
「あの二人の専門は技術系だ。封印系ではない。だが、力を借りることはできる」
 それはつまり――
「残っている魔王総出でなら何とか封印することが出来るかもしれないと?」
「ああそうだ」
 だが、それには問題がある。
「冥界の門がありますよ」
 自分たちではアスモデウスのようにあれを通り抜ける事は出来ない。
「そう、今のままではディヴァイアに行くことは絶対に出来ない」
 勿論、ほいほい移動出来たら門を封鎖している意味がない。
「このまま手をこまねいていろと?」
 それに押し黙るバール=ゼブル。
「……そうだな………………もし、本当に拙い時は――」
 バール=ゼブルの鋭い瞳が二人を射抜いた。
「覚悟を決めなければいけないかもしれない」
「覚悟……」
 二人にはバール=ゼブルの言わんとしていることが良く理解できた。
 だが、二人はまだ若すぎた。
 真の意味で、拙いということが、わからない。
 それを感じ取ったバール=ゼブルは遠い目をした。