「
この場で、唯一真実を知っている
「――――はい。彼は……そう…………間違いなく……かつて、天使長をしていた、
「……天使長だった?」
「それほどの地位の者が何故――」
「退屈だったんだ」
……コワれている。
目の前にいる男は、間違いなく壊れていた。
じっとそんな男を見ていたグリンフィールは違和感を覚えた。
違和感というよりは……デジャヴ……
そして思い返す。
――堕天使を殺したことなんてない……け……
そこまで考えて唐突に思い至った。
「そうか……あの顔……どこかで見た記憶があると思っていた」
「グリンフィール?」
「
グリンフィールの言葉にグラキエースとアシリエルも彼を見た。
「そういえば……確か
「いたな。こんな顔のガキが」
「……似ていて当然です。彼は……
「ふ〜ん……あの子供……もう
「その、青二才に殺されたのは一体誰ですか?」
「嫌なことを言うね。
憮然とした表情をする
「どういうことだ?
「……百年ほど、前になります。彼が……裏切ったのは――」
「彼は、かつて……十天使の一人…………
「
「本来は、
そのため、年の功で
「彼は、とても、優秀な
「裏切った、と?」
コクリと頷く
「信じていた。信用していたし、信頼もしていたんです…………なのに――!」
それは唐突に壊れた。
「あの日……あの日の、悪夢は、忘れられ、ません……――」
いつもと変わらぬ日々が続くと信じていたあの日。
未だに
だが、いつもと雰囲気が違う。
――……誰にも会わない。
この時間なら誰かしら居るはずだ。
――なのに、何故誰にも会わない?
そう思うながら先へ進んだ。
だが、とても嫌な臭いがした。
「…………ち…………血の……………………臭……い…………?」
ぴたりと、足が止まる。
ここから先へ行くのが…………怖い。
――でも……行かなくちゃ……
重い足を引きずって先に進む。
そして、大広間の扉を開けた。
「うっ――」
開けた瞬間に漂ってきた臭いに脳が拒絶反応を示した。
――気持ち、悪い……
思わず口を押さえた。
「あれ?
そして場にそぐわない、とても明るく愉しそうな声にそちらを向いた。
「――――ッ!!」
無意識のうちに身体は後ろに下がった。
「そ、ん……な――」
そこは、まさに、地獄絵図だった。
たくさんの天使たちが倒れている。
……生きては、いないだろう。
よく見れば、床は真っ赤に染め上げられている。
本来、白い大理石で出来ているはずの床が――
とさり。
力が抜けた。
「ど……どう、し、て……――」
わからない。
わかるハズがない。
「どうして……こんなことを――」
十天使長の
理解できない光景に頭が拒絶反応を示す。
「退屈なんだ」
ツマラナそうに、そう告げた。
本来の色とはまるで違う、赤黒い血に染め上げられた服を着て、返り血のついた剣の刀身に指を這わせながら、まるで世間話をしているかの調子で――言った。
「だから、少し戦ってみたら愉しいかもって思ったんだけど――」
くるりと一回転してとてもがっかりした表情をした。
「歯ごたえ全然なくてツマラナイんだ」
コワレテいる。
では、いつから?
わからない。
わかるはずがない。
だって、彼は――
とても優秀な部下だった。
こんなことをするような男じゃなかった。
一体どうして、こんなことに――
「そうだ!」
ばさり。
血に染まったケープが落ちる。
「
無邪気に、子供が笑っているようだった……
そんな印象を受けた。
「遊んでよ?
そう言って向かってくる
ぽろぽろと、涙が零れた。
「なんで泣いてるの?
言葉は、もう…………届かない――
――僕は……いつから…………こんなに……
拳をぎゅっと握りしめた。
――人を見る目を失ったのだろう……
コワレタ笑みを浮かべる
――こんな、こんな……狂気に…………気付けなかったなんて……
向かい来る凶刃に対抗することなど……出来ない。
――死を……
だが、その瞬間は訪れなかった。
そして気づく。
目の前に誰か立っている。
顔を上げた。
そこにいたのは――
「何をそんなに怒っているんだい?
二人は兄弟といっても差支えないほど、よく似ていた。
「どうして……どうしてこんなことをしているのですか! 大叔父様!」
その言葉に首を傾げた。
「何故? そんなの、ツマラナイからに決まっているだろう?」
「こんなことをして許されると思っているのですか!?」
「許す? 誰が? 何を?」
「楽しければそれでいいよ? どうなろうとも、ね」
彼は、命を何とも思っていない。
彼の足もとに倒れている仲間を……道端に落ちている石のように気にも留めていない。
ただ……そこにあるもの。
「
たくさんの天使たちが駆け寄ってくる声も、
意識を手放したのは、そのすぐ後だった。
――そして、至極愉快そうな顔をして床に血塗れで倒れている…………
……
あまりにも凄惨な出来事に、
「……天使の中にも随分危ないのが混じってるんだな」
「本来、あってはならないことです」
「見る限り、そのイッちゃってる性格は変わらなさそうだけど――」
まとっている力は異質だ。
「深淵界はバール=ゼブルの管轄だ。あいつが手を抜くとは考えにくい」
「どうやってここに来たのです?」
「質問ばっかり」
ツマラナそうに呟いた。
聞いても答えが聞けるとは最初から思っていない。
だが――
「まぁ、いいよ? 口止めされてないし」
ふふふ……と愉しそうに哂う姿はとても天使長だったようには見えない。
「ルビカンテ様があの牢獄から出してくれたんだ」
「ルビカンテ……?」
ドンケルハイトの誰か、なのだろう。
聞き覚えは全くない。
「ルビカンテ様が『その歪に歪み壊れた魂はとても美しくて素晴らしい。だから、我らが王のためにその力を貸してくれる? そうするならば、この何も変わらず、何も生み出さない、退屈で窮屈な世界から解き放ってあげる』って――」
「それで……逃がした?」
「おいおい、その話を聞く限りじゃ他にも――」
「いるよ? たんさん」
「……まさか……空間を直接自由に行き来出来る存在が……退魔結界をものともしないものが存在すると……そういうことなのか?」
苦々しい現実だった。
「それは当然。この〈ミチ〉だってルビカンテ様が創ったものだし」
ルビカンテ……おそらく
その力は推し量ることさえ出来ない。
わかるのは……一筋縄ではとてもいかないという事だけ……
「今回もここに来たのはこの〈ミチ〉の状態を見て来いって言われたからだし」
そう言って両手を広げた。
…… α μ τ ε ς η ο τ τ δ ε ξ ν α ξ ι ν ν ε ς ξ ο γ θ ο θ ξ ε ν ι γ θ ε ς τ ς α η τ ν α γ θ τ ε ι ξ ε ν α υ ε ς δ ε σ μ ι γ θ τ ε σ υ ξ δ δ α σ ε ς μ α υ β ε ξ β ε σ τ ι ν ν τ φ ο ξ ι θ ν ε ι ξ ε ς π ε ς σ ο ξ ξ α θ ø υ λ ο ν ν ε ξ
それを見たグラキエースは急いで印を組む。
――人を
あんなものをまともに食らったら天使である
特に、弱っているこの身体では、一瞬で死に至る。
それがわかったからこそ、全力で結界を張った。
グリンフィールは冷や汗をかく。
とても堕天使とは思えない力……まだ本調子でない自分では、何の役にも立てないかもしれない。
破壊系
「さて、
「帰る? 何もせずに?」
他に何かをした形跡は、ない。
こんなことのためにわざわざ〈ミチ〉を通って来たとは思えない。
「う〜ん……この〈ミチ〉を壊そうとするヤツらがいるみたいだから見て来てって言われただけだし……それに――」
にやりと、哂った。
「何もできないみたいだから、帰るよ。じゃーね」
そう言って
「くそっ――」
見透かされた。
「状況は最悪だっ」
吐き捨てるようにグラキエースは言い放った。