海の中にある街。
 陸にある街とはまた風情が違う。
「高い建物が多いですね」
「水の中だからな。泳げばいいだけだから高いという概念が薄いのかもしれない」
「なんか、幽界とか霊界とかと似てるよね」
 アスモデウスがぽつりと呟いた。
「うむ。冥界や魔界ほど土地がないから、地上もしくは地下に伸ばすしかないからの」
「へぇ……」
 そしてクラウスが嫌そうな顔をした。
「ヨトゥンヘイムを思い出すな」
技術国(ぎじゅつこく)ヨトゥンヘイム?」
「そう。俺はあの国嫌いだけど」
「嫌いなんですか?」
海水(かいな)も好きにはなれないと思うぞ」
「何がそんなに嫌なの?」
 アスモデウスの問いにクラウスは顔をしかめる。
「空気が悪い。自然がない。機械化され過ぎている」
「うわぁ〜……それは――」
「無理じゃな」
 基本的に自然が好きな亜人にはかなり厳しい条件だ。
「そ、そんなところでヒトは暮らせるんですか?」
「人間が普通に暮らしているぞ」
 亜人はいないけどと告げる。
「人間は自然がなくても暮らしていけるんだね」
 それは魔皇(まこう)族や亜人には無理だ。
「植物が育ちにくいアービトレイアにもちゃんと自然はあるのにのぉ」
「魔殿には必ず植物園があるし、鉢もたくさん置いてあるよね」
「ないと落ち着かぬしな」
 その辺は魔皇(まこう)族も万物神も同じようだ。
「さて、じゃ、そろそろ聞き込みと行きますか」
「そうじゃな」
「じゃ、僕たちはあっちに行こう」
 そう言ってアスモデウスはクラウスを引っ張って行った。
「じゃあ僕たちはこっちに行きましょうか」
「うむ」
 レヴィアタンと海水(かいな)の二人はアスモデウスとクラウスとは違う方向に向かった。




 アスモデウスとクラウスは広場についた。
 周囲から物珍しそうな視線が突き刺さる。
 実際、珍しいのだろう。
 人魚じゃないのは、足が生えている時点で明らかだ。
「ここは人魚しかいないみたいだね」
 半魚人や水龍は見る限り、いない。
 クラウスのような翼を持つものは特に目立ってしまう。
「視線が刺さるんだが――」
「それは仕方ないねー」
 まるで見世物のようだ。
「おい」
 そこに声をかけて来る人魚がいた。
 なんかニヤニヤしている。
 はっきり言って、ガラが悪い。
 お近づきになりたくない雰囲気がある。
「なにー?」
「余所もんがこんなところで何してやがる!」
「人を探しているんだよ」
 そんな人魚にいつも通りの対応をするアスモデウス。
 冥王アスモデウス、人魚ごときにビビったりはしない。
「はん。んなことぁ、余所でやりな!」
 ムカッ――
 その物言いに腹が立つクラウス。
 だが、クラウスは水の中では存分に力をふるえない。
 紋章術も水の中で使えるものは限られてくる。
 そして何より水の中では動きにくい。
 元々紋章術師であるクラウスには分が悪すぎる。
 水の中で動きにくいアスモデウスにしても同じだ。
 負けるとは思っていないが、怪我ぐらいはするかもしれない。
 だからこそ、水の中でも動きの変わらないレヴィアタンに海水(かいな)のことを頼んだのだ。
 陸でならまだしも、この水中で傷一つなく守りきる自信がアスモデウスにはない。
 クラウスなら本当に自分が拙くなったら手加減などせず相手を紋章術で沈めるだろう。
 だからアスモデウスはクラウスと来た。
「そういうわけにはいかないよ。それに君に指図される筋合いはないよ」
「あんだと?!」
 鋭い視線で睨んでくる。
 そして同じようにガラの悪い人魚が集まってくる。
「聞こえなかったの? 君に指図される筋合いはないって言ったの」
「てめ――」
「黙って聞いてれば――」
 怒りだす人魚。
「ちっとも黙ってなどいないだろう」
 それに止めを刺すクラウス。
「はん! いい度胸だな。そこまで言うなら勝負といこうじゃねーか」
 そう言われてアスモデウスは手に武器を召喚しようとした。
「これでなっ!」
 そしてそのまま硬まる。
「トランプ?」
 怪訝な顔で言ったのはクラウス。
「おうよ。ポーカーでな」
 何故?
 二人の頭の中はそれでいっぱいになった。
「「は――?」」
 二人の言葉が重なった。
「まさか、怖気づいたのか?」
 不敵にほくそ笑む人魚。
「そういうわけじゃ――」
 ただ、ガチンコ勝負だと思っていただけに戸惑っただけだ。
「クーはポーカーしたことある?」
「ああ」
「じゃあ、やる?」
 クラウスは肩をすくめた。
「しかたない。それに、槍振り回すよりはマシだろう」
 クラウスがそう言ったことで、勝負が始まった。




 カードが配られる。
 難しい表情をしているアスモデウス。
 その横で涼しい顔をしているクラウス。
「むむむ……」
 そして――
「……『ツーペア』」
 それを聞いてせせら笑うガラの悪い人魚。
「はん、よわぇなぁ」
 そう言ってガラの悪い人魚たちはカードを見せた。
「フ……『フルハウス』に……『フラッシュ』――」
 悔しそうなアスモデウス。
「てめーは?」
 そう言われてクラウスはカードを見せた。
「…………」
 それを見て硬まるガラの悪い人魚。
「すごーい! 『ストレートフラッシュ』だ」
「次だ! 次!!」
 そして次の試合を始める。

「うがぁー!」
 アスモデウスはまた負ける。
 そしてクラウスは――
「『フォアカード」
 また勝利した。
 そしてそれから延々とポーカーをさせられる二人。




 どんより。
 アスモデウスからは暗雲が漂っていた。
 原因は簡単だ。
 アスモデウスは今まで十九試合もして一度として勝てなかった。
 そしてまた――
「うわーん! また『ワンペア』!!!」
 カードを周囲にばら撒く。
 それを見て溜め息を吐くクラウス。
 惨敗中のアスモデウスと違ってクラウスは全勝中だ。
「クラウスはカードを引き――」
「『ロイヤルストレートフラッシュ』」
 そう言ってカードを見せた。
「なにー!?」
 ずたぼろのアスモデウスと違ってクラウスは非常に強かった。
「……クーって…………強いね」
 それを羨ましそうに見つめるアスモデウス。
「そうか? うーん……昔からこういうの得意なんだ」
「へぇ……」
「ちっ……『ロイヤルストレートフラッシュ』まで出しやがるとは――」
「こっちの負けを認めるしかなさそーだな……」
 悔しそうな人魚たち。
「てめーら、人を探してるって言ってたな」
「ああ」
「シティパークの側に『クラウンクラウン』っていう占い館がある。よく当たるって評判だから行ってみるんだな」
 そう吐き捨てて人魚たちは消えた。
「クーがいてくれて良かったよ」
 その言葉にクラウスは遠い目をして答えた。
「そうだな……アスモデウスだけじゃ今頃大変なことに――」
「うぐっ――」
 何度やっても『ワンペア』と『ツーペア』しかでなかったアスモデウス。
 それに比べてクラウスは『ストレート』や『フォアカード』を連発した。
「……僕って昔から運が良くないんだよね」
 はぁ――と、溜め息を吐くアスモデウス。
 レヴィアタンの言っていたことは事実のようだ。
「ほら、さっきの人魚の言ってたシティパークの場所聞いて占い師を探しに行くぞ」
「うん――」
 落ち込むアスモデウスを引き摺ってクラウスは近くの人魚にシティパークの場所を尋ねた。
 だが、場所を聞いてもクラウスでは辿り着けない。
 なので、アスモデウスが先導する。




 そし目的地に着いた。
「ふふ……ようこそ、『クラウンクラウン』へ」
 占い師だとわかる服装をしていた。
「足がある」
「あらあら、それは当然ですわ。わたくしは水龍族ですもの」
 よく見ると角も生えている。
「珍しいお客さまですね。この深海界の住人以外がここに訪れるなんて」
「ヒト探しをしているんだ」
「ヒト?」
「このヒトがいま何処にいるか知りたい」
 クラウスは荷物の中から一枚の写真を取り出した。
 セシルティスとまったく同じ顔の青年。違うのは髪と瞳の色だけ。
「…………この方…………少し普通と……――」
「探してもらえます?」
「え? ええ、わかりましたわ」
 彼女はそう返事をすると占いを始めた。
 そしてしばらくすると――
「う〜ん……わかりにくいですね………………………………でも、いる場所はわかりましたわ」
「何処に?」
「海黎神殿という場所です」
「海黎神殿……」
「ここからですと結構遠いですわ。今からいっても会えるかどうかはわかりませんが……」
 だが、二人には場所が分からなかった。
「――そういえば、まだ地図を持ってなかったね」
「後で手に入れないとな」
 とりあえず忘れないようにクラウスは脳内にメモをする。
「まぁ、とりあえずわかったからいいや」
「ふふ……お会い出来るとよろしいですね」
 二人は占い館を後にした。
 そして広場に行くと――
「あれ?」
 そこには人魚がプカプカ浮いていた。
「さっきのガラの悪い人魚だな」
 アスモデウスとクラウスに絡んできた人魚たちが浮いている。
「あ、クラウスさん!」
 横を向くとベンチに座っている海水(かいな)がいた。
 側にはレヴィアタンもいる。
「レヴィ」
「一体何をされたんだ?」
 クラウスは指を差した。
 そこには気絶している人魚たち。
「うむ。よくわしがやったとわかったの」
「いや、こんなこと出来るのはレヴィアタンぐらいだろう」
 気絶している人魚は見た所、一撃で昏倒させられている。
「えーと、よくわからないんですけど、いきなり絡まれて――」
「つい」
 どうやら二人も同じようだ。
 レヴィアタンでも、つい、やってしまうことがあるのかとクラウスは思った。
「それで、そちらは成果があったか?」
「居場所がわかった!」
 ブイ、とピースするアスモデウス。
「良かった。僕たちは地図を手に入れて宿屋を見つけた以外はさっぱりで――」
「それは良かった」
「僕たちどっちもやってないよ」
「レヴィアタンさんの言うとおりでしたね」
「言うとおり?」
「はい」
「アスモデウスはそういうことに気が回らないし、クラウスは方向音痴。きっと探さんじゃろうと思うてな」
 探す探さない以前の問題が発生していたのだが。
「でも、それどころではなかったみたいですね」
 バレている。
 二人はそう直感した。
 仕方無い。
 広場であんな事をしていれば嫌でも目立つ。
 二人が絡まれてポーカーしていたことは他の人魚に聞けばすぐにわかることだ。
 なんてったって目立つのだから。
「まぁ良い。宿屋で今後のことを話し合うぞ」
「はーい……」
 シュン――と項垂れるアスモデウス。
 惨敗したことを思い出したのだろう。
 クラウスは思った。
 アスモデウスにカードゲームは二度とやらせない方がいいと――