〈ミチ〉から魔族が出てくるのが当たり前になった。
 状況は日に日に悪くなっていく。
「忌々しいですね」
「全くだ」
 紺寂の森で魔族を屠りながら口にした。
 面倒なことこの上ない。
 今ここにいるのはグラキエースとアシリエルだけだ。
 天使たちはさすがにこの状況では何の役にも立てないので退いてもらった。
 グリンフィールも先日の戦いで傷口が開いたために天界で療養中だ。
 無茶をするなと悠莉(ゆうり)にこっ酷く叱られていた。
 グレシネークも完治していない。
 ジリ貧だった。

「ん?」

 グラキエースは眉を寄せた。
 そしてキョロキョロし始める。
「どうかしましたか?」

「……とても強い力――」

「力?」
 そう言われてアシリエルも魔族を斬り刻みながらも集中した。
 確かに強い力を感じる。
「これは……まさか――」
 その中に見知った力を感じる。
「とうとう――」
 言いかけて止まる。
 物凄い力の塊を感じる……

 遠方から一陣の光が一直線に走った。

「力の原因はこれか――」
「あの距離から……ですか」
「相変わらずの腕のようだ」
 遠距離攻撃はかなりたくさんの魔族を消し炭にした。
「お褒めに与かり、光栄だな」
 そこには遠距離攻撃を仕掛けた張本人がいた。
「久しぶりだな。バール=ゼブル」
「全くだ、グラキエース。十六万九千五百年ぶりぐらいか?」
「もうそんなになるか?」
「多分な」
 バール=ゼブルは翼の生えた紅蓮の獅子に乗っている。
 そしてもう一人いた。
「誰だ?」
 無論グラキエースに分かるはずがない。
「ベヒモス、貴方も来たのですか」
「うん」
 グラキエースは初めて見る顔だが、アシリエルの知り合いらしい。
 そのことからグラキエースは判断した。
「オマエが代替わりした魔王の一人か」
 基本的に面倒くさがり屋だが頭の回転は悪くない。
「はじめまして。ボクは霊王ベヒモス。以後、お見知りおきを」
「ドゥルジの後任か」
 ドゥルジとは、先代の霊王のことだ。
「はい」
 返事をしながら獅子の上から降りる。
「ボク、現世に来たの初めてだよ」
「ああ、門が閉まってから生まれたのか」
 まだ若いなと呟く。
「では魔王はそっちか?」
 バール=ゼブルを乗せている紅蓮の獅子に話しかけた。
 グリンフィールには劣るが結構な大きさだ。
「ああ、オレが魔王ベリアルだ」
「アエシュマの後任か……」
「――って、いつまで乗っていやがる! とっとと降りろ!!」
 上にいつまでも乗っているバール=ゼブルを怒鳴る。
「やれやれ、もう少し周囲を見ておきたかったが仕方ない」
 肩を竦めてベリアルの上から降りた。
「ふむ……アエシュマに似て気性が荒いな」
 先代の魔王アエシュマは気性が荒く喧嘩っ早い事で非常に有名だった。
 バール=ゼブルが降りると、ベリアルは人の姿に戻った。
「何故わざわざ真の姿になって?」
「早く着きたかったからだ。だから手っ取り早くベリアルに頼んだ」
「安受けらいしたが失敗だったな」
 露骨に舌打ちした。
「何故ですか?」
「……重てぇんだよ。バール=ゼブルが」
 その言葉で思い出す。
 彼は非常に大きい。
 非常に大きいということは、とてつもなく……重い。
「ああ、そうだったな」
 客観的に見てもベリアルよりバール=ゼブルの方が遙かに大きいだろう。
「我が元の姿になったら邪魔だろう? だから比較的小型な貴公に頼んだのだ」
 悪びれもなく言い切った。
「確かに……邪魔だな」
 この中で唯一バール=ゼブルの真の姿を知っているグラキエースは呟いた。
「……そして余り見たくない」
 それを聞いた魔王たちは一体どんな姿なんだと思った。
「それにしても、多いな」
「キリがない」
「じゃあボクたちもそろそろ戦おうか」
「そうだな」
「我が力にして必滅の刃――
 我に従い形となせ――
 <制裁の大剣ツザンメンブルフ>」
「我が力にして必滅の刃――
 我に従い形となせ――
 <封限の斧シュペレグレンツェ>」
 二人は武器を構えると魔族に突っ込んで行った。
「やれやれ、若い者は血気盛んだな」
「ですが、正直助かりました。いい加減疲れてきたところです」
「確かに、オレは後衛型だからアシリエルに負担がかかった」
「ああそうだったな。それを言うと我もそうだが……まあ良い。二人を援護するとしよう」
 彼はそう言うと両手を前に差し出した。
「我が力にして必滅の柩――
 我に従い形となせ――
 <夢幻の霊糸トルーエトリューゲン>」
 漆黒の糸が現れる。
「さて、援護をしよう」
「糸?」
 それを見たアシリエルは不思議そうな顔をした。
「オマエは……いや、オマエたちはバール=ゼブルが戦っているところを見たことがないのか――」
「え? ええ。管轄が違いますから」
「そうか……昔ほど魔族がいないんだったな――」
 そう呟いてからグラキエースは言った。
「返り血を食らわないように気をつけろよ?」
「返り血?」
「ああ。あそこにいる二人はそんなこと全く気にしていないようだが――」
 ベリアルとベヒモスの武器は接近戦用で、思いっきり返り血を浴びながら戦っている。
 だがアシリエルは違う。
 得物が長いのでそう血を浴びたりはしない。
「バール=ゼブルの糸は全てを断ち切る凶器だ」
 見ればわかると言われた。
「わかりました。善処しましょう」
 そう答え、アシリエルも魔族を刻む。
「さて、我も殺ろうか」
「オマエが援護ねぇ……」
 言葉が違うだろうとグラキエースの顔には書いてあった。
「良いだろう? 我だって返り血など浴びたくはない。それに、遠くから攻撃するのだから」
 確かに、遠距離攻撃ではある。
「近くでも関係ないくせに」
 ぼそりとグラキエースは呟く。
 三人が来てからグラキエースはすっかり攻撃を止めていた。
 グラキエースの攻撃は紋章術。
 一緒に戦っている彼らを巻き込みかねない攻撃は避けるべきだった。

 それに――必要なくなる(・・・・・・)

「さて、準備はこれくらいで良いか」
 グラキエースと話をしながらもバール=ゼブルは仕込みをしていた。
「派手な血の宴の開始か……」
「なに、そう時間はかからぬ」
「だろうな」
 その言葉が、引き金だった。

 魔族は為す術もなくバラバラに刻まれた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 それは一体や二体ではない。
「な、なんだ?」
「うわぁ……」
 周囲に張り巡らされた糸を使い、敵に絡みつかせて締め上げる。
 締め上げると簡単に、斬れる。
 そして派手に血飛沫を上げてバラバラになる。
「……確かに、見ればわかりましたね……」
 次々とバラバラになっていく死体を見ながらアシリエルは納得した。
 かなり容赦なく無慈悲にあっという間に〈ミチ〉の周辺にいた魔族をバラバラにした。
 数分と経たないうちにほとんどの魔族、魔物は物言わぬ骸となった。
 攻撃が止んでから三人が戻ってきた。
「あれ……バール=ゼブルが?」
 若干顔を引き攣らせながらベヒモスが尋ねた。
「そうだが?」
「オマエ……強いんだな」
「深淵を仕切ってる淵王が弱いはずないだろう?」
 何を言ってるんだとグラキエースは顔をしかめた。
「コイツは一対多数の戦闘においてほぼ無敵だ」
「ああ、うん……確かに」
 あんな攻撃を見た後では納得するしかない。
「それにしても、一体何で――?」
「これだ」
 黒い糸。
「糸?」
 アシリエルと全く同じ反応だ。
 糸は武器に使うものではないからだろう。
「唯の糸じゃない。バール=ゼブルの力そのものの糸だ」
「これに力を注ぎこんで自在に操る。紋章術を扱うのに似ているな」
「な、なるほど――」
「さて、我はあれを一時的にでも塞ぎたい。戦力はあるだけ良い」
 それを聞いたグラキエースは、一瞬悩んだ。
「わかった。オレの部下を、連れてくる」
 怪我をしている二人を連れてくるかどうかで悩んだが、それよりもこれを何とかする方が先決だと判断した。

   ……  ε ι ξ ε ν ε ξ η ε φ ο ξ μ α ν ν ε ς ξ χ α ξ δ ε ς τ ι ξ ς α υ ν

「うむ。手早くな」
   ――空間に彷徨(さまよ)う子羊の群


 グラキエースがいなくなり、バール=ゼブルは糸を操り〈ミチ〉に巻き付けた。
 隙間なく糸で塞ぐ。
「残りの魔族と魔物を処分しましょう」
「だな」
「うん」
 バール=ゼブルが〈ミチ〉を塞いだためにこれ以上は出てこれない。
 封印を行う前に邪魔なモノを消すことにした。




 グラキエースが戻ってくると魔族も魔物も綺麗にいなくなっていた。
 死体さえない。
 焼き払ったのだろう。
 確かに、あまり見たいものではない。
「あれ? 淵王? 霊王? 魔王??」
「魔王様方が……そろってる――」
 グラキエースに何も知らされずに連れて来られたグリンフィールとグレシネークは茫然とした。
「じゃあ……冥界の門は――」
「我が解放した」
 そんな二人の後ろから声が上がった。
「驚きました。彼らが、残りの世界管理者ですか」
「ん?」
「天使?」
「――にしては力が桁違いに大きいな。唯の天使ではあるまい」
「ええ、まぁ」
 そこには瀞亜(せあ)の姿もあった。
 彼は偶然グレシネークと一緒にいたところ、連れてこられたのだ。
「天使は普通、オッドアイや翼の色が左右違うということもありえないが……」
「僕は突然変異ですから」
「それより、いきなり現王様に連れてこられたんですが……」
「説明もなしか」
「面倒だった」
 グラキエースらしい。
「全く」
 溜息を吐く。
「これからあの〈ミチ〉を一時的にでも塞ごうと思ってな」
「で、出来るのですか?」
「出来るか、じゃない。やるのだ」
「だから……力のある私たちを?」
「そうだ。さすがにこれは一人では塞げん」
 今はバール=ゼブルの糸でぐるぐる巻きだが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「力を合わせれば一時的に塞ぐくらいは出来るだろう」
「なるほど」
「その後はアスモデウスの部下をここに配置しておく」
「冥王の?」
「そうだ」
「すでに彼らは冥界の門に待機している」
「命令一つで簡単に従うぞ。そういうふうに指示を出して出かけたしい」
「アスモデウス……」
 ポツリとグリンフィールは呟いた。
 彼は、嫌々ながらになった冥王でもちゃんとこなしている。
 今もイセリアルで頑張っていることだろう。
 自分もしっかりしなければ。
「封印、始めましょう」
「そうだな」
「まずは封印式を描かないとね」
「それから封印の範囲を固定しないと」
「やることはたくさんあるな」
「何、力を合わせれば何とかなるだろう」
 こうして、封印の準備は滞りなく行われた。


 そして……グリンフィールにも、グラキエースとアシリエルにも出来なかった封印を成功させる。


「ふう……なんとか成功したな」
「だが、これも一時的なものだ。いずれ突破されるだろう」
「魔王総出で一時的な封印がやっと……ですか」
「嫌になるね」
「まあいい。アスモデウスの部隊を配備して、世界に散った魔物退治もやらせないと」
「冥界の門の警備も外せないし……」
「頓挫した制御システムも完成させないと」

 状況は少しだけ好転したが、やらなければならないことは山積みだった。