〈ミチ〉にとりあえず見張りを置き、天界に移動した。
 これからのことを話し合うためだ。
「それで、あの〈ミチ〉はもう大丈夫なのか?」
「無理だな」
 はっきりと答えた。
「魔王が揃っていても、ですか?」
「あれは我らが力を合わせたところで消し去ることも封印することも出来ぬものだ」
「魔王なのに? 魔王に無理なら誰があれを消せるというんだ?」
「そんな者はこのディヴァイアやアービトレイアにはおらん」
「それじゃ――」
「今のところ見張るだけが対処法だ」
「それでは何の解決にもなっていないではないか!」
「そうだな」
 バール=ゼブルはあっさりと認めた。
「あんだけがっちり封印しても一時的にしか持たねーなんて……」
「ルビカンテという人物は底が知れないよね」
「そうですね」
「相当厄介なヤツか?」
「無論だ」
 物凄く嫌そうに溜息を吐いた。
「我らより確実に上だ」
「世界管理者の頂点に立つ魔王方でもですか!?」
 瀞亜(せあ)が青褪めた。
「アスモデウスでも無理そうか?」
「アスモデウス? う〜ん……」
 アスモデウスの破壊力は魔王たちの中でも群を抜いている。
「うむ……どうであろうな? 我がわかったのは一部分でしかない。攻撃しているのも見ていないのに断言は出来ぬ」
 そう話すが、バール=ゼブルは言った。
 自分たちよりも上だと。
 つまり、ここにいる魔王五人よりも上であることは確実だと言っているのだ。
「そんなにアイツ強いのか?」
「オマエたちはあの男が戦っているところを見たことが無いのか?」
「門が閉じてからは割と平和だ」
「なるほど」
 見たことが無いのだろう。
「グラキエースは見たことあるの?」
「オレは魔界出身だ。ずっとディヴァイアにいたわけではない」
 それもそうだ。
「オレが見たのはがっつり地形を変えた蒼い竜だな」
「蒼い竜?」
「ああ、アスモデウスの通称だ。蒼竜魔眼の魔王といわれている」
「アイツはドラゴンなのか?」
「…………一応?」
「多分」
 バール=ゼブルとグラキエースは顔を見合わせて答えた。
 それを見たグリンフィールが苦笑した。
「一番良く出ているのがドラゴンというだけです」
「まぁ……バール=ゼブルよりはわかりやすいだろう」
「それは――」
 グラキエースとグリンフィールが押し黙る。
 グレシネークは不思議そうにしている。
 バール=ゼブルの真の姿を知っているのはこの二人だけなのだろう。
「……オマエ……一体どんな姿して――」
 二人は黙った。
 バール=ゼブルは素知らぬ顔をしている。
 そしてグリンフィールが重々しく口を開いた。
「世の中には知らなくてもいい事はあると思います」
「だな」
「うむ。我も他人に不快感は与えたくないしな」
 バール=ゼブルの謎は深まった。
「…………ふぅ。アスモデウスの事に詳しいのはオレよりもグリンフィールだろう」
 無理やり話を戻した。
「ええ、まぁ」
「そうなのか?」
「幼馴染というか……う〜ん……隣人?」
「また微妙な表現ですね」
「幼馴染といえるほど年が近いわけではないので」
「グリンフィールの方が年上だからな」
「小さい頃はあんなに強くなるなんて思わなかったんですけど」
「それはどういう――?」
「アスモデウスは現王様並みに面倒くさがり屋だったので」
「それは今でも変わらぬな」
 そう簡単に性格が変わったりはしないだろう。
「だから魔族を瞬殺した時は本当に驚きました」
「それは普通じゃないのか?」

「そうですね……あんなふうにならなければ(・・・・・・・・・・・・)僕もそんなふうには思いません」

「あんな、ふう?」
「腕一振りで頭が潰れて内臓が飛び出しました」
「それは……凄いね。ボクはそんなこと出来ないよ」
「……素手、か?」
「素手、です」
「アスモデウスは重いということぐらい知っているだろう?」
「ああ、それは」
「勿論知ってるけど……」
「アスモデウスは大きい上に重い。体重を上手く利用することによって実に効率よく殺せるのだ」
「武器が無くても簡単に殺せますよ」
「それに強靭な鱗が生えているため硬い」
「術の耐性も異常なほど高いと聞いているが?」
「はい。硬い鱗が全てを遮るので術を正面から食らってもピンピンしてます」
 とんでもなく強い上に丈夫らしい。
「真の姿で暴れまわられたら手に負えません」
「一薙ぎで山が消える。術を使えば焦土が広がる。アイツが本気で戦うことはまず無いだろう」
 地形を変えられても困る。
「大体魔王は弱肉強食。強くなければ生き残れん。一体何人の魔皇(まこう)族が彼奴に挑み殺されたと思っている?」
「そんなに?」
「オマエらは知らないだろうな。だが、冥界の門が閉まる前までは治安は最悪だった」
「少しでも隙を見せれば襲われる」
「素質が無いと判断されれば襲撃など日常茶飯事だ」
 それを聞いたベリアルとベヒモスは驚嘆した。
「それが、アービトレイアだったのか?」
「門が閉まってだいぶ経ってから生まれたお二人にはわからないことでしょうが――」
 二人は黙った。
 確かに、二人は知らないのだ。
 若すぎるために、彼らの話が偶に理解できないことがある。
「そんな……アスモデウスでも、無理だと?」
「…………相手は真王(しんおう)に近しきもの。我らが敵わなくとも、不思議ではない」
「世界は広い。ディヴァイアやアービトレイアは小さいが、イセリアルは果てが見えぬという。向こうで何があるか分からないが、アスモデウスとレヴィアタンは役目を果たすだろう」
「向こうが安全である保証はどこにもないからな」
「我らに出来るのは帰ってくる場所を護ることだ」
「ああ……そうだな」
「〈ミチ〉はどうにもならないが、被害が出ないように死力を尽くそう」
「わかりました」
「それで、オマエたちはこれからどうするんだ?」
「我は帰るぞ。魔王が全員不在など、有り得ん」
「ん……では――」
「うん。ボクとベリアルは残るよ」
「連れてきた部隊に指示を出す奴が必要だからな」
「なるほど、戦闘要員か」
「……確かに、私もグラキエースも戦闘要員ではありません」
「貴公らは壊れた制御システムを再構築しているのであろう?」
「ああ。人手不足で進まない」
「技術者を派遣してもらいたいですね」
「それも今急ピッチで行っている。アスモデウスの側近がそのうち連れてくるだろう」
「それも良いが材料の方はどうなっている?」
「九割方……といったところでしょうか」
「ほう……では後は創るだけか」
「それが大変だと言っているのだ」
「心配せずとも魔族、魔物に関してはベリアル、ベヒモス、グリンフィールらとアスモデウスの部下に全面的に押し付ければ良い。他のことを心配する必要は今のところない」
「まぁ……そうか――」
「そうですね。ではすぐにでも続きに取り掛かりましょう」
「それより、オマエは平気なのか?」
「我が?」
「アービトレイアはたった一人で管理できるほど甘いものではないが?」
「言われずともわかっている。何、魔王には優秀な部下が付いているものだ。彼奴らの力を借りれば出来ぬことはない」
 だが、それが言うほど簡単ではないことぐらいわかっている。
「……そうだな。アシリエルとグラキエース」
「何ですか?」
「なんだ?」
「貴公らは制御システムが構築し終わったらアービトレイアに帰ってこい」
「オレもか?」
「貴公は完全な技術者で後衛だろう? 今のディヴァイアで出来ることなどたかが知れている。それならば我と一緒にアービトレイアの管理をした方が余程建設的だ」
「くっ――」
「ベリアルとベヒモスはそっち方面ではあまり期待できんからな」
 二人をバッサリと斬って捨てた。
「言ってくれるな」
「でも事実だし」
 静かに青筋を立てているベヒモスと違ってベヒモスはあっさりと認めた。
 この辺は性格の差だろう。
「貴公らが帰ってくるまでは持たせられる。簡単だ。我も世界管理者の一人で、深淵界の魔王なのだからな」
「そうだな。オマエをどうにかできるようなのが今のアービトレイアにいるとも思えない」
 そこで思い出されるのは先刻見た、容赦の無い糸による攻撃。
 あれを食らって生きていられるものがいるとはとても思えない。
「一溜まりもないな」
「確かに」
 頷くベリアル、ベヒモス、アシリエルだったが、ススっ――っと視線を外す者がいた。
 グラキエースとグリンフィールだ。
「どうかしたんですか? 二人とも」
「思い出しただけだろう」
 バール=ゼブルはそう言ったが、意味がわからない。
「何を?」
「あれで、殺せなかったものを、だ」
 彼らは硬まった。
「へ?」
「うそ……」
「冗談ですか?」
 ベリアル、ベヒモス、アシリエルは威力を間近で見て知っている。
 あんなものを食らって生きているものなど、想像が出来ない。
「マジだ」

「…………アスモデウスって、つくづく規格外ですよね」

 それが答えだった。
「斬れ……ないの、か?」
「斬れなかったな。彼奴は硬かった」
 アスモデウスにはどれだけ頑強な鱗が生えているというのだろうか?
 想像すらできない。
「そのアスモデウスの部下とはどうやって連絡をとるんだ?」
「ほれっ」
 それを聞いたバール=ゼブルは懐に手を突っ込んで取り出したものをグラキエースに投げた。
 無言で受け取ったグラキエースは、それを見て納得した。
「通信機か」
「うむ。それにかかってくるだろう」
「わかった」
「ああ、それから――」
「まだ何かあるのか?」
「魔物対策に魔獣を送り込むから攻撃はするなよ」
「魔獣を?」
「珍しいことをするな」
「アスモデウスのペットがいるからな」
「ペット?」
「アイツ、何か飼ってるのか?」
「ああ。全長六メートルほどある、銀色のドラゴンの姿に似た魔獣――」
 魔獣はペットになったりなどしないだろう。
 一体あの男は何を考えているんだといった空気が流れる。
「まだ元気なんですか」
 そんな空気をあっさり破ったのはグリンフィールだった。
「知っているのか?」
「はい。魔族に襲われていた魔獣を助けたら懐かれたと」

 犬や猫じゃあるまいし――

 皆の心は一つになった。
「頭が良い上に人望もあるようで、魔獣をたくさん従えている。乗り物にも便利だぞ」
「そうか」
「ああ、それに……何があるか分からないからな。用心するに越したことはない」
「打てる手は全て打っておくと?」
「当然だ」
 そう言うとバール=ゼブルは席を経った。


「使えるモノはすべて使う。人であれモノであれ。それがこの世界を護ることになるなら、我はためらいはしない」