どの国に対しても中立を保つ
この二つが働きかけることにより不干渉を貫いていた国も重い腰を上げ始めた。
それは自国に危険な事が起こったことにより起こったからという理由もある。
それが顕著なのは人間の住む国……
人間は亜人をあまり好いていない。
人間は弱い。
身体能力や精神力……全てにおいて亜人に勝てないのだ。人間は。
だからこそ、亜人となれ合うのを嫌う。
何をされるかわからない恐怖感があるのだろう。
何もしないと言っても、力なき彼らが簡単に信じることはない。
それが首脳会談の参加に首を振らない理由だった。
でも魔物や魔族の脅威が迫ってきたことにより、ようやく参加を承諾した。
亜人でも敵わない魔族、亜人でも苦戦する魔物に、人間が対抗する術はない。
自分の国だけは大丈夫……そんなことは言ってられない。
少しずつ形になっていく首脳会談。
フェネシスやアスガルド国王……そしてラルフとカインが頑張っている結果だ。
この分ならそう遠くないうちに実現できるだろう。
だが問題はこれだけではない。
「ラス司令官」
「ん? ああ、ルーファスか……なんだ?」
「素材、ノルマ達成しました」
「やっとか」
「仕方がありません。魔物の活動が活発化してきていますから」
「はぁ――」
その言葉に溜息を吐いた。
「ラス司令官がお疲れの原因はそれですか?」
「ああ。ロキは俺より酷い状態らしいが――」
「あ、ああ〜……魔物は執行部の方が専門ですからね」
魔物が各地で大量発生している。
そのため、魔物に邪魔されてなかなか素材集めが進まなかったのだ。
「人ごとではない」
「へ?」
「数が多くて執行部だけでは裁き切れないらしい」
「あ〜……それって――」
「お前たちにも行ってもらう」
「うげっ」
ルーファスは顔を引き攣らせた。
「俺、人間ですからちょっと厳しいんですけど」
「お前は人間にしては強い方だが亜人から見れば弱いからな」
「仕方ないです」
「お前が特殊部戦闘技術課隊長なのも事務処理が得意なのが大半を占めてるからな」
亜人ばかりのこの国の、しかも特殊部のいち隊長をしている理由がそれだった。
「うちの課は頭脳労働出来る亜人少ないですからね」
「もう少し頭も使って欲しいところだ」
書類整理なんてまっぴらごめん。体を動かしてる方が良いという者ばかりだ。
「まぁ、体が鈍るよりはいいんじゃないんですか?」
「そうだな……まあいい。さっそくロキのところに行け」
「ロキ執行吏の?」
「魔物退治の配置についてはロキに一任している」
「ああ、なるほど。じゃあ失礼します」
その方が効率が良いのだろう。
ラスには他にもやらなければならないことが山積みで、そんなことまでやっていられる余裕はない。
ロキも魔物のことで忙しい。
ラスと連絡をこまめに取り合うよりは一括した方が手間が省ける。
書類整理のせいで、目が疲れて来た。
手を一端休めると、ノックが聞こえた。
「ラス司令官」
「ああ、ジェラルドか」
普通部普通課の隊長だ。
「やっと鉱石、全て集まりました」
「そうか」
これで材料だけは全てそろったことになる。
「後は加工するだけか……」
それも厄介なのだが。
「わかった。通常業務に戻ってくれ」
「わかりました」
普通部は特殊部ほど戦闘能力が特化しているわけではないので魔物退治を頼むわけにはいかない。
それに、彼らが行かなくてもいずれ何とかなると踏んでいる。
それはロキも同じだろう。
だが、いずれ鎮静化するとわかっていたとしてもほっとくわけにはいかない。
「厄介だ……」
「ふぅ……
ロキは部隊の配置に頭を悩ませていた。
魔物は多く、しぶといため、思うように事が進まない。
以前より硬い魔物が増えている原因はやはりあれが原因なのだろうか?
深淵世界ドンケルハイトと繋がっているという〈ミチ〉……それがより強い魔物を生み出している。
先日、魔王が冥界の門を開いたと言う。
そして魔族を優先的に退治してくれるらしい。
魔物よりも魔族の方が優先順位が高いのは頷ける話だ。
魔族に亜人は勝てない。
魔物ならまだしも、魔族に出会ったら最後だ。
彼ら
「むぅ――」
「失礼します」
「はい?」
そこに入ってきたのは、
「ルーファス? どうかしましたか?」
「助っ人に行けと言われました」
「ああ、ラスですね。ありがたい」
その瞬間、嫌な予感がした。
「さっそく行ってもらいたい場所があります」
「さっそくですか?」
「ええ。部隊が足りなくてとても困っていたんです」
ベストタイミングだったらしい。
「ところで、貴方がここに来たということは、素材集めは終わったのですか?」
「はい。ここに来る途中でジェラルドにも会いました」
「彼はなんと?」
「あちらも終わったようです」
「では、あとは加工だけですか」
「ええ……」
「それも大変でしょうね」
「でも、ラス司令官の知人の
「ああ、彼らはそうです。まったりしており、争い事が嫌いな種族ですが、それ故に高い精神力を錬金術に使う者も多くいます。睡眠時間が常人より遙かに多いですが、腕は良い者が多いと聞きます。ラスは特に腕の良い
「なるほど」
「では、ここと、ここと、ここにお願いします」
ロキは遠慮なく言った。
今現在、人手が足りていない場所だ。
「わかりました」
さっさと部隊を編成して送り込むことにした。
普通部錬成課、特殊部紋章錬成課は共に多忙を極めていた。
次々と搬入される素材を決められた物、決められた数に仕上げなければならない。
うっかり失敗などをすれば他の部隊に迷惑をかけてしまう。
気の抜けない作業だった。
しかも、加工しなければならない素材が多すぎだった。
明らかに隊員の数に見合っていない。
そんな超多忙な錬成課はひじょ〜に、ピリピリしていた。
だが、そんな空気をものともしない人物がいた。
ソラナである。
ラスの知り合いでとても優秀な錬金術師。
彼は確かに優秀だった。
ぽや〜っとした雰囲気とは裏腹に仕事は早く精確な上に大量に創る。
初めて彼の錬金を見たものはその大雑把な行動に目を見開いた。
ある物質を二百個創って欲しいと頼まれた彼は、素材を乱雑に放り、適当な感じで術を使った。
だが、そんなかなりいい加減な創り方をされたにもかかわらず、質はとんでもなく良かった。
ラスが紹介するはずである。
そんなソラナは周りの評価も空気も全く気にすることなくマイペースに作業を進めていた。
但し、就寝時間は驚異的な速さだ。
徹夜でもしないと、と言って嘆いている隊員たちを尻目にとっとと部屋に行って寝てしまう。
ラス曰く、ベッドじゃなくて床でも寝るから戻ってもらった方が邪魔にならなくていいだろう?
確かに、この忙しい錬成課の床で寝られたらうっかり踏んだり蹴飛ばしてしまいそうだ。
彼らはどんな状況下でも寝る。寝られる種族なのだ。
なので諦められている。
それに彼は善意で来てくれた助っ人。
自分たちと違って軍人じゃない。
しかも、自分たちより遙かに腕が良いので文句など言えるはずが無かった。
そしてソラナは今日もマイペースに適当な感じで素材を創っていた。
「これで素材は全て揃いました」
そんな会話が端でされていても全く意に介さない。
「ではこれを終了させれば――」
「任務は完了です」
それを聞いた隊員たちは燃えた。
これを終わらせれば寝られる!
隊員たちの心は一つになった。
ソラナにはそんなことは全く関係ない。
なので確かに、話を聞かなくても問題はなかった。
燃える隊員たちだったが、まだまだ素材はある。
運び込まれたものだけでなく、残っているものもまだある。
今日明日で終わる様な量ではない。
それでも終わりが見えたことで死にそうな感じで作業していた隊員たちに精気が戻った。
それほど追い詰められていた。
すでに過労で何人か倒れて医務室に運ばれている。
睡眠時間を削って作業するためにアスガルド薬品開発室室長アウグスト特製、栄養剤(何が入っているかは聞きたくない)を飲んで、涙を流しながら(一度飲んだら忘れられないくらい、まづい)頑張った。
これが終わればそんな日々とサヨナラだ。
「隊長さん、終わったよ」
ソラナは出来あがった素材を持って渡した。
「ああ、ありがとう」
「次は?」
「ああ、次は――」
彼はとても優秀だ。
彼の起床時間は朝七時。
そのため、六時にはここを出て食事に行ってしまう。
その後はシャワーを浴びて就寝だ。
夜七時にはベッドの中。
現在の時刻は夕方四時。
二時間後には彼は帰ってしまう。
特殊部紋章錬成課の隊長、フェルディナンドは考えた。
彼は厄介な錬金も難なくこなせる。
しかも、厄介だとか面倒だという意識が全くないらしい。
なのでそういった隊員たちにはちょっと難しい錬金を頼んで時間を節約していた。
今も頭の中で考えているのは残っている作業の中で一体何が一番面倒なものか……だ。
「じゃあ、この素材を頼む」
「うん」
文句も言わずにメモを受け取ったソラナは作業に戻った。
また適当に材料を持っていく。
一度も量りで量らないのに何であれだけ質の良いモノが出来るのか……?
それはこの特殊部紋章錬成課全員の疑問だった。
結局、普通部錬成課及び特殊部紋章錬成課の作業が終わったのは四日後だった。