さしたる成果を得られなかった街を出て、次の街を目指す。
次の街はそう遠くない場所にあるので、今日中には着けるだろう。
昨夜、悪夢に魘されてダウンしたクラウスをアスモデウスが背負っているが、アスモデウスなら苦も無く運べる。
「クーってさ、軽いよね」
背負ってみてわかる。
「そうじゃろ。わしも驚いた」
「羽のようだよ」
背負っている感じが全くしない。
「むしろ僕の持ってる荷物の方がよっぽど重いんだけど……」
アスモデウスが持っているのは衣服の詰まったバッグとクラウスのアンブロシアの詰まっている白いバッグ。
クラウスよりもクラウスが持っているバッグの方が余程重いというのはどういうことだろうか?
「ねぇ……レヴィ」
「なんじゃ?」
「僕……――については良く知らないんだけど……こんなに軽いものなの?」
「うむ。そうじゃな……わしも詳しくは知らんが……精神を司るものと呼ばれておるし――」
「そっか……だから――」
クラウスの異様な軽さに納得する。
「基本的に
「ええ? じゃあ、
「基本的には大きいのぅ」
「
中型のドラゴン……大地界の武芸大会決勝戦で倒したドラゴンのことだ。
あれが標準サイズらしい。
それに驚いている
「クラウスもあの位の大きさはあるはずじゃぞ」
羽のように軽いクラウスが、である。
「きっと紫色の壮麗な鳥なんだよ」
「そうじゃなぁ……紫色で、さぞかし美しい鳥じゃろうて」
二人とも紫色で綺麗な鳥≠ニ断定した。
「な、なんで断定できるんですか?」
色はなんとなくわかる。
紫色に変色してしまったのだから。
鳥というのもわかる。
クラウスの背中に生えている翼は明らかに鳥のものだ。
だが、何故……壮麗とか、美しいとか、言えるのだろうか?
「勘!」
「イメージかのぉ」
「そうですか」
素直な
「それより考えなくちゃいけないことがあるよね」
「うむ」
それはなるべくなら考えたくない問題だが、そうもいかない。
「そろそろお金が尽きちゃいますね」
問題はその一言に尽きる。
そう……お金が無い。
深海界で消費した力を補うために暴食していたアスモデウスのおかげで路銀は心もとなくなっていた。
仕方のない出費だったとはいえ、当面の問題はまた稼がなければならないということである。
「クーがこんな状態だからあんまり時間をかけたくないんだけど――」
「仕方がない。次の街で何か探すとしよう」
「そうですね」
日が暮れてから、街に着いた。
「とりあえず宿を探さぬとな」
「きっとメインストリートにありますよ」
レヴィアタンと
「ここは緑が多いね」
街に木がたくさん植わっている。
「そうですね。心地よいです」
「ん……」
「クー?」
背中で微かに動く気配を悟り、振り向いた。
「アス……モ、デウス?」
「うん。僕だよ。大丈夫?」
「多少――」
「そう」
「ここ、どこ?」
「次の街」
「次の?」
「もうすぐ宿に着くから、そうしたらゆっくり休んでね」
「わかっ――」
そう話している途中でまた眠ってしまった。
「余程キツかったんだね」
悪夢も、場所も――
「あれ、宿屋じゃないですか?」
「本当だ」
「では今日はあそこに泊まることにしよう」
次の日。
「う〜ん……」
「起きたか」
目をこすりながら振り向くとレヴィアタンがソファーに座っていた。
「レヴィアタン」
「起きられそうか?」
「うん、大丈夫。昨日みたいに悪夢は見なかったし、それに――」
「それに?」
「身体が軽い」
「そうか……それは良かった」
クラウスはベッドから起き上がった。
「ここは自然が豊かな街での」
言われて窓の外を見た。
木がたくさん見える。
「ああ本当だ。なるほど、道理で調子がいいわけだ」
「もうすぐ昼じゃが、何か食べるかの?」
「……今すぐ食べたいとは――」
そしてクラウスは部屋を見回した。
「アスモデウスと
ここは四人部屋だ。
二人部屋を頼めるほど資金に余裕はない。
「仕事を探しに行ったぞ」
それを聞いたクラウスは、思わず口にした。
「あの二人が?」
「そう、あの二人で」
珍しい組み合わせだった。
「大丈夫か? あの二人で」
「うむ……」
それはレヴィアタンも思っていたのか、不安が顔に出た。
「ま、まぁ……多分、大丈夫じゃろう」
不安だ。
激しく不安になった。
だが、そんなことを考えていてもしょうがない。
「この部屋シャワーは?」
「あるぞ。そこじゃ」
「じゃあちょっとシャワー浴びて着替えてくる」
「うむ」
クラウスは熱いシャワーで眠気を吹き飛ばし、さっぱりした。
「なぁ、レヴィアタン」
「ん? ああクラウス、上がったのか」
「うん、そうなんだが――」
なんだか歯切れが悪い。
「どうかしたのか?」
「髪」
「髪?」
「そろそろ鬱陶しくなってきて――」
つまり邪魔だから切って欲しいのだろう。
「良いぞ。ナイフでも良いか?」
「ああ構わない」
クラウスを椅子に座らせると、レヴィアタンは器用にクラウスの髪を切った。
「さっぱりした」
長いと髪を拭くのも大変だが、これなら大丈夫だ。
「ただいまー」
そんな時、アスモデウスと
「あ、クー気がついたんだ」
パタパタと駆け寄って来る。
「ん? あれ、クー髪切ったんだ」
すぐに変化に気付く。
「邪魔だったから、レヴィアタンに頼んで」
「へぇ〜……」
「でもクラウスさん、最初に会ったときは短かったですよ」
「そうなの?」
アスモデウスとレヴィアタンは長いのしか見たことがない。
気を失って目が覚めたときには伸びていたのだから。
「そうだ、見てみて!」
バン! と、アスモデウスが突き出してきたのは一枚のビラだった。
「なになに――」
二人はそれを覗き込んだ。
『ヴァーリヴェル夏の恒例イベント!
美男子コンテスト開催!!
美しいだけでは勝てない!
文武両道を兼ね備えた者のみが栄光を手に入れる!
さぁ! 腕に自信のある者よ集え!!
街の住人もそうでない人も大歓迎!
このチラシを見ているアナタ!
是非ご参加を!!
開催日:
●月■日 午前10時
優勝賞金:
1,000,000リズ
参加資格:
男であること
年齢不問
どんな種族でも可
試合内容:
五種競技
(美・運・知・力・総合)
申込・質問:
ギルド・ヴァーリヴェル支部
観覧希望:
当日・ヴァーリヴェル祭礼広場へ』
それを見たクラウスは顔を引き攣らせた。
隣にいるレヴィアタンは眉間にしわが寄った。
「アスモデウス……」
「何?」
満面の笑みを浮かべているアスモデウスにクラウスは突っ込んだ。
「まさか、出るつもりなのか?」
「うん」
至極当然のように頷いた。
「これに、か」
「うん」
レヴィアタンの問いにもあっさりと答えた。
アスモデウスの隣にいる
「大丈夫だよ。だってこの世界、ディヴァイア並みに亜人が平然と歩いてるし」
獣耳が生えていたり翼や角が生えていても誰も気にしないだろう。
「いや、そうではなく――」
「それにこの賞金!」
確かに賞金の額は魅力的だ。
だが――
「僕たちなら絶対大丈夫!」
アスモデウスは聞いていなかった。
暴走気味だ。
それに、その自信がどこから来るのか知りたかった。
「開催日は三日後だし、調度いいよね」
クラウスは無言でレヴィアタンを見つめた。
レヴィアタンは首を横に振った。
クラウスはがっくりと肩を落とした。
アスモデウスは止められない。
なんでこんなものに出場しなければならないのかという気持ちでいっぱいなクラウス。
それはレヴィアタンも同じだった。
「それに、美男子って……」
はたして自分が出て良いものなのだろうか?
クラウスは悩んだ。
「俺が出ても平気なのか?」
「見た目は……大丈夫じゃろう」
そこまで醜悪な顔はしていない。
「線の細い印象を与えるが、悪くはない」
紋章術を使うクラウスに力強さを求めても無駄だ。
「それにこれを見よ」
レヴィアタンが指したのは参加資格のところ。
「年齢不問って……」
どこまでの年齢まで参加させるつもりなのか?
「これは……その……ダンディなオジサマ! という奴も参加可能なのか?」
「いや……下手をしたら、ダンディなオジイサマ、も可能かもしれん」
沈黙が広がった。
「そう考えると、僕たちは……その…………年齢的にはアレですけど、見た目的にはオッケーなんですかね」
確かに、見た目は若い。
「仕方がないの」
「そうだな」
駄目だったら駄目だったときに考えればいいか、という結論に至った。