アスモデウスのおかげで美男子コンテストなるものに参加しなければならなくなった四人。
コンテスト当日、ヴァーリヴェル祭礼広場にはたくさんの人が集まっていた。
コンテスト内容が内容なだけにほとんどが女性だ。
客席に男の姿はほとんど見えない。
そして、その客の多さを見てアスモデウスのテンションが上がっていた。
「凄いね〜。どこからこんなに集まったんだろう?」
とても楽しそうにレヴィアタンに話しかけている。
「そうじゃな。街の外からも来ているのではないか?」
随分と大きな祭典のようだしと、言われてアスモデウスも頷いた。
「随分と力が入ってたからなぁ」
それはギルドの事だろう。
「この祭典を開くことによる収益が美味しいのだろう」
「そっか。そうだよね。女性客の落とすお金が街を潤すんだ〜」
身も蓋もない台詞だ。
そんなアスモデウスの後ろで、暗い空気を出しているクラウス。
「あの、クラウスさん。大丈夫ですか?」
心なしか顔色が悪いクラウス。
「あれ? クー、もしかして体調悪い?」
それを聞かれたクラウスは溜息を吐いた。
「現在進行形で悪くなってる」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」
「そっか。この街は緑が多いから大丈夫だと思ったんだけど――」
それを聞いたクラウスは首を振った。
「違う」
「へ?」
「そうじゃない」
「それは、どういう――?」
「俺の体調が良くないのはそれじゃない」
「じゃあ、なんで?」
クラウスの体調悪化の原因が環境ではないと言うならば、一体何だと言うのか?
「あれだ」
そう言ってクラウスが指さしたのは…………観客だった。
「えーと――」
さすがにそれだけではさっぱり理解できない。
「駄目なんだ」
「駄目?」
「
「へ? もしかして、対人恐怖症?」
「にしては、わしらは平気じゃったな」
「そういうわけじゃ……ない」
「じゃあ?」
クラウスは目を閉じた。
「嫌なことを思い出すから、駄目なんだ」
「…………昔、何かあったの?」
アスモデウスとしては珍しく、躊躇いがちに尋ねた。
「モルモットだった時のことを思い出す」
「モ……『モルモット』〜??」
「穏やかではないな。実験動物などと――」
「それって――」
「俺は、
「まぁ、
「他種族間で交配を続けるうちに戦闘能力に特化したのが
「そうだな……二人に話を聞くまでは知らなかった。昔は、門が開いていた時は常識だったのかもしれないが……時間が経ちすぎた。
「モルモット……って、じゃあ――」
その言葉の意味を理解したアスモデウスは青褪めた。
「そう……だから実験動物。格好の研究材料だった」
アスモデウスも、レヴィアタンも何も言えなくなった。
「だから駄目なんだ。たくさんの人に見られるのは……一斉に見られると――」
ぎゅっと拳を握り締めた。
「観察されてる。記録されてる。そんな気になるんだ」
「あ……」
「違うってわかってるんだ。悪口を言われてるわけでもないし、観察対象として見られてるはずなんてないことぐらい……わかってるんだ…………でも……――」
忘れられない。
好奇の目で見られたことが……
パサリ――
レヴィアタンが自分の身に着けていた水色のスカーフをクラウスの頭に載せた。
「ぅえ?」
「かぶっておれ。少しは違う」
「あ、ありがと……」
「取り敢えず、壇上に上がったら人を見るな。もしくは、人形だと思うと良い」
「人形……」
ぶつぶつと呟くクラウス。
「ねぇ、クー」
「何だ?」
「クーって、軍人だよね?」
「ああ、そうだが?」
「……集会とか、朝礼とか……なかったの?」
「いや、あったぞ」
「それ、どうしたの?」
大人数に見られるのが駄目なら、そういうのも駄目なんじゃなかろうかというアスモデウスの疑問に、クラウスはあっさりと答えた。
「ロキが全部やってくれた」
「ロキ?」
「俺の補佐官。今は執行吏をしてるだろうけど」
ダメな理由をしっかりとわかっているロキに過保護に守られていたようだ。
「それ、他の者は何も言わんかったのか?」
「陛下が許してくれてたから」
国王公認だった。
「……クー、無理しなくてもいいよ」
「う……駄目だったら帰る」
ぎゅっとスカーフを握った。
そんな話をしていると横から声をかけられた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「これを胸元にお付けください」
それは番号札だった。
「ありがとう」
アスモデウスは三十二番、レヴィアタンが三十三番、
「来た人順に番号決まるんだ」
四人の後方にはまだ人がいる。
「なぁ、これって……美男子コンテストなんだよな」
「そう聞いておるが?」
「にしては――」
クラウスの言いたいことはわかる。
「なんかさ、妙〜に戦闘能力高そうな人物が多くないか?」
「あ〜、確かに」
一体どんなコンテストなのか……不安が募った。
「さぁ! これより美男子コンテストの開幕だぁ〜!! この日の為に集まった美形を思う存分堪能してくれ!!」
会場は物凄い盛り上がっている。
「このコンテストは美・運・知・力を競ってもらう。最後はその四つの総合だぁ!」
司会は無駄にテンションが高かった。
「それぞれポイント制になっていて、最終的に一番高い得点だった者が今年の優勝者だ!」
「へぇ……」
しっかりとルールを理解していなかった四人。
興味が湧かなかったので調べてもいない。
どうにかなるだろうという、アバウトさ。
特に話を持ってきたアスモデウスからしてそうだ。
何をやるコンテストなのか全く下調べすらしていない。
まぁ、三日で出来ることなど高が知れているだろうが。
「さて、最初は――」
どうやら始まったようだ。
一人一人紹介されていく。
キャッチコピー付きだ。
「あのキャッチコピーは一体……」
「本人の特徴と職業を書く欄があったけど、それだったんだ」
「へえ……」
何も考えていなかったに違いない。
全てをアスモデウスがしたため、ロクな紹介がされなさそうだ。
「はぁ……」
レヴィアタンも憂鬱そうな顔をした。
そうしている間にアスモデウスの出番が来た。
「次は、『力仕事は大得意! 槍使いのアスモデウス』さんだぁ!」
紹介されてアスモデウスが壇上に上がった。
「確かに、得意だな」
凄まじいキャッチコピーだと思ながらも二人は頷いた。
アスモデウスが軽く自己紹介をしながら愛想良く手を振っている。
自分もあれをしなければならないのかと思うとかなり気が重かった。
「次は、『博識な智者! 双刀使いのレヴィアタン』さんだぁ!」
これもあっていると思う二人。
アスモデウスにしては良くやった方だ。
クラウスにスカーフを渡したため、金髪が太陽の光に照らされて眩しい。
レヴィアタンはアスモデウスのようにぶんぶんと手を振る様な真似はしない。
そんなレヴィアタンは想像すらできないが……
レヴィアタンは軽く手を上げて声援に答えた。
「次は、『慈愛の天使! 銃使いの
人に向かって愛想良く微笑むのも得意だ。
満面の笑顔を浮かべながら手を振っている。
『可愛い』という声が聞こえる。
まぁ、
「次は、『冷静沈着! 魔術師のクラウス』さんだぁ!」
内心で溜息を吐きながら壇上に上がった。
人がたくさんいる。
――人形……人形……
クラウスはレヴィアタンに言われたとおりに思いこむ。
すると、視界に移る観客がデフォルメ済みの人形に見えた。
これなら大丈夫そうだと、
「はじめまして、クラウスだ」
「クラウスさんは魔法が得意なのかな?」
「ああ、得意だ。むしろそれ以外に得意なことはないな」
「え〜……クーって戦略と戦術も得意でしょ?」
横からアスモデウスが口をはさんだ。
それに驚いた表情をした。
「な、なんで知ってるんだ?」
俺話したっけ? とクラウスは思ったが、よく考えたらクラウスは軍人だ。
それを知っているアスモデウスならそういう考えに至ってもおかしくはない。
「頭も物凄くいいよね?」
「そ、それは……どうだろう?」
自分ではわからない。
「え〜!? だって、物凄い有名人だったじゃない! 知らない人がいないくらいの」
それを聞いた
「クラウスさんは研究者としてもとっても優秀だって皆さん話してました」
「だよね」
二人に言われたじたじになる。
「おおっと! それは凄い! ミステリアスなインテリ魔術師美青年だぁ!」
「ミ、ミス――?」
何故そんなふうに言われるのかと思ったが、原因があった。
レヴィアタンから借りたスカーフのことだろう。
それしかそんなふうに言われる理由がない。
そして司会者は次の参加者の紹介に移った。
「クー平気?」
小声で尋ねられる。
「ああ、大丈夫だ」
「無理しないでくださいね」
「いや、本当に大丈夫だ。観客が人形に見える」
「ああ、さっきの暗示? 成功したんだ」
「本当に人形に見えるんですか?」
ちらっと、客席を見て答えた。
「デフォルメ済みの人形に」
それを聞いた三人は押し黙った。
「そ、それって具体的にはどんな感じに?」
「二等身の人形」
「す、凄いですね」
ちょっと思いこんだだけでそこまでしっかりとそんなふうに見えるモノなのだろうか……?
だが、アスモデウスとレヴィアタンは彼だからこそ出来ることだと思った。
きっと、他の誰にも真似は出来ない。
「さぁ! これで役者はそろったぁ! 客席のみんな! これだと思う人物の番号に投票してくれ! 結果は最後にわかるぞ!!」
紹介が終わったようだ。
司会者がマイクで高々に宣言している。
どうやら観客の投票結果も加味されるらしい。
それが美=B
他の競技を行っている間に開票するようだ。
「無駄に力が入ってるな……」
もうこれだけで良いのではないだろうかとクラウスだけでなくレヴィアタンも
だが、アスモデウスだけは相変わらずノリノリだ。