とうとう競技も四つ目に入った。
 次の競技は力=B
「力作業は苦手だ」
「うぅ……僕も――」
 重い物を無意識に浮かせていたクラウスに体力がつくはずもない。
 海水(かいな)もこういうことは苦手だ。
 大体戦闘向きではない。
「ものによるが、アスモデウスならば平気じゃろう」
「任せて!」
 ビシっと指を立てた。
「さて、コンテストも終盤に差し掛かった! 次は力≠競ってもらうぞぉ!!」
 そして何やら運ばれてきた。
 真っ黒い球体が、透明な箱に入っている。
「……あの黒い球体……浮いてないか?」
「そう見えるね」
 球体は周囲を覆っている透明な箱に一切触れていない。
「どういう原理でしょう?」
「術でも使っておるのか?」
「でも、あれは……凄い力が――」
「見えるの?」
「……周囲の空気が重く見える」
 意味が良く分からなかった。
 だが、それもすぐにわかった。

「これは古の遺産重力球≠セ! 触れた者の体重を五倍にする力がある!!」

「ええ!?」
「随分と強烈な負荷がかかるようじゃな」
 それじゃあ歩けないんじゃと、心配している海水(かいな)
 その横でアスモデウスがぼそりと呟いた。
「あれって、六創神が一人……物理を司るエーテル様の道具じゃ――」
「……道理で強い力を感じるわけだ」

「今回はこの遺産に触れてから一キロ離れた所にある対の遺産浮力球≠ノ触れてもらうぞぉ!」

 勿論早く帰ってこなければならない。
「体重が……五倍――」
 嫌なモノを感じてアスモデウスを見るクラウス。
「どうかした?」
「いや……それだけかかるとただでさえ凶悪な体重が恐ろしいことになるんじゃ――」
「なるじゃろうな」
 クラウスと海水(かいな)は問題ない。
 だが、アスモデウスとレヴィアタンは……重い。
 ただでさえ重いのに、このうえさらに重くなるという。
「大丈夫ですか?」
 彼の体重で五倍はかなりキツイんじゃなかろうかと心配する海水(かいな)
「さぁ? 実際やってみないとわからないね」
「そうじゃな」
 二人はあまり気にしていないようだ。
 番号順にその重力球に触れていく。
 相当な負荷がかかっているようだということは見てわかる。
「非力な人だと動けなくなりそうだね」
 それを見たアスモデウスはあっけらかんと言い放った。
 確かにその通りだ。
 それを聞いた海水(かいな)は心配になった。
「……僕、動けるんでしょうか?」
「いざとなったらアスモデウスに運んでもらえば良い」
「え、ええ?! でも――」
 ただでさえ重くなるのに大丈夫だろうか?
「大丈夫だと思うけど?」
 そう返事をしながらも順番が来たので重力球に触れた。

「アスモデウス?」

 じっと触れた手を見つめる。
「どうかしたのか?」
「う〜ん……ちょっと重い」

 ちょっと?
 アスモデウスの体重でちょっと=c…

 二人は改めて魔皇(まこう)族の凄さを思い知った。

「いやぁ、凄いねぇ! 負荷がかかっても微動だにしなかった人物は初めてだ!」

 そう言われても微妙な顔をしているアスモデウス。
「このまま歩くのは大変かなぁ――」
 そして何を思ったか帽子とマントを脱ぎ捨てた。

 ドスン!!

 凄い音をして床に落ちる……服。
「え、ええ――!?」
 とても服とは思えない、鉛の塊を落としたような音がしたことに衝撃を受けた。
 それは勿論海水(かいな)だけではない。
 司会やその他の人たちもそうだ。
「ああ、そういえば――」
 それを無言で見つめていたクラウスは何かを思い出したように呟いた。
「アスモデウスの服の素材は硬黒鋼布(シュヴァルツ=シュヴェーア=ラッペン)だったな」
 硬黒鋼布(シュヴァルツ=シュヴェーア=ラッペン)とは、硬黒鋼(シュヴァルツ=シュヴェーア)というアービトレイアで最も硬く、最も重い金属で作られた布だ。
 そのため、とてつもなく重い。
 普通の人ではこれを着て動くのは無理だ。
 海水(かいな)は恐る恐るその服に触れてみる。
「……重い」
 重すぎて持ち上がらない。
 ――というか微動だにしない。
 これを着てちょっと重いと言ったアスモデウスの凄さを知る。
「ところでなんでこんな重い服着てるんだ?」
「ああ、それは――」
 アスモデウスは苦笑した。
「そのまま動くと加減が出来ないんだよね」
「加減?」
「うん。僕って怪力だから」
「何か関係が?」
「こういう重い服着てると体の動きが阻害されるから力が入りすぎるのを防止できるんだ」
「自分で自分の力ぐらいコントロールせんか」
「無理」
 アスモデウスは即答した。
「だから重しつけてるんだ」
 手加減するために着ている服らしい。
「でもさすがにこの状態だと動きづらい」
 アスモデウスはさらに上着と服も脱いでしまう。
 無論、ドスンと落下した。
 黒いシャツと白いスラックス一枚になったアスモデウスは満足げに頷いた。

「うん、良い感じ」

「……僕、前から少し気になってたんですよね」
「何をじゃ?」
「アスモデウスさんの服に……皺が寄らないこと――」
「寄るはずないな」
「金属で出来た服じゃからな」
「ははは……次、どうぞ」
 司会が顔を引き攣らせつつも次を促した。
「うむ」
 そう返事をしつつレヴィアタンが触れる。

「ふむ」

 レヴィアタンも微動だにしなかった。
「平気そうだな」
「そうじゃな」
 アスモデウスが平気なのだからレヴィアタンが駄目なはずはない。
 魔皇(まこう)族でも魔王クラスになると凄まじい。
 レヴィアタンが着ているのは普通の服なので邪魔になったりはしない。
「……次、どうぞ」
 そして海水(かいな)が触れる。

 がくん――

 余りの重みに耐えきれずにしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
 その問いに、涙目になりながら言った。
「――全然」
 首を横に振るのも大変そうだ。
 そんな海水(かいな)を軽々とレヴィアタンは抱えて後ろを向いたアスモデウスに背負わせた。
 重そうなそぶりをまるで見せない。
 アスモデウスも全然平気そうだ。
「あの、アスモデウスさん……重くないんですか?」
 悪いと思ったのか、海水(かいな)が尋ねた。
「僕の服よりは軽いよ」
 それを聞き、落ちているアスモデウスの服を見つめる。
 心なしか床が凹んでいるように見える。
「服にも負荷がかかったせいで重くなったのか」
「そうみたい」

 それは、重いだろう……服が――

 ただでさえ重い服なのに。
「後で服も戻さないとだめそうだな」
 その通りだが、そんな重いもの持ち運びたくないのでコンテストが終わった時に頼むしかない。
 決して持ち運べないわけではない。
 持ち運びたくないのだ。
「お願いしまーす」
 横でアスモデウスが頼んでいる。
 笑って了承してくれた。
「次、どうぞ」
 呼ばれたので近寄った。
 自分も海水(かいな)のようになるのかと思いながら重力球に触れた。

「んん?」

 確かに触れた。
 触れたはずだ。
 それなのに――
「重く……なった、のか?」
 クラウスにはその実感がまるでなかった。
 先ほどと何か変わったのかと首を捻る。

 ひょいっ。

 そんなクラウスを後ろからレヴィアタンが持ち上げる。
「うむ。ちゃんと重くはなっておるな」
 クラウスは元々羽のように、軽い。
 そんなクラウスの体重が五倍になったところでたいしたことはない。
 それは本人にも言えることだったのだろう。
 そしてやっと実感する。
 今までアスモデウスとレヴィアタンに羽のように軽いと言われ続けてきたが、二人のスペックが高いためにそう思うんじゃないだろうかという思いもどこかにあった。
 だが、そうではなく、本当に自分が軽いのだと、今、思い知った。
「クーは平気そうだね」
「ああ……これなら……飛べそう」
 それを聞いたアスモデウスは満面の笑みを浮かべて言った。
「じゃあ飛んじゃえ」
「……いいのか?」
「わしら走っていくから平気じゃ」
「うん」
 それを聞いたクラウスはちょっと考えるが、走って行くこの二人についていくなら飛ばなければ無理だろうと判断する。
 それに、走るよりは飛んだ方が断然早い。
 普通の状態で走った時、追いつくのがやっとだった。
 この状態ではどうだろうか?
 若干不安になったが、たかが一キロだ。
 前のようにへばったりはしないだろう……多分。


 そして全員が重力球に触れ終わるまで待った。




 全員が重力球に触れ終わり、体重が加算された状態になる。
 これから一キロ先にある浮力球目指してランニングだ。
 だが、触れて終わりではない。
 触れて戻ってきてゴールだ。
「ヨーイ、ドン!!」

 パン!

 合図があり、全員一斉に走り……いや、動き始める。
 まともに走っているのは海水(かいな)を背負っているアスモデウスと、レヴィアタンだけだ。
 クラウスは勿論重力を完璧に無視して空を飛びながら二人を追う。
 空を飛ぶとさすがに重くなっていると実感できた。
 進み具合が悪い。
 それに比べてあの二人は――

 本当に重くなったのかと思うくらいに軽やかに走っている。
 流石だ。

 そしてあっという間についてしまう。
「到着〜」
 そしてポン、と手を触れた。
 その途端に負荷が解除される。
「おおう! すっごい軽くなった」
 そう言いながら海水(かいな)を降ろし浮力球に触れさせる。
「ふぅ、やっと楽になりました」
「うむ。しかし、その状態じゃとアスモデウスは力が入りすぎるのでは?」
「ああー……そうかも」
 浮力球に触れながら言われた言葉に頷いた。
「帰りも海水(かいな)を重しにするのか?」
「そうする」
 最後にクラウスも触れた。
 だが、やっぱり軽くなったという実感がない。
「じゃ、帰ろっか」
「うむ」
 帰りは行き以上に軽やかに素早かった。
 そのため、クラウスは必死に二人を追いかけて飛ぶことになった。