丸一日かけたコンテストはようやく終了した。
辺りは赤く染まりもうじき陽も暮れる。
そんな時間になっていた。
だが毎年のことなのだろう、ちゃんと照明がセッティングされている。
会場の舞台裏で結果発表を待つのみとなった。
「早く帰りたい」
なんかいろいろあって疲れたクラウスは床にべたーっと座りこんだ。
「そうじゃのう」
それに同意するレヴィアタン。
「僕も早く帰って寝たいです」
魔物との戦闘で思った以上に疲れてしまった
未だ元気なのはアスモデウスだけである。
「結果を聞いてからじゃないと帰れないよ」
「これで入賞すらしなかったらくたびれ損だな」
「確かに」
それを聞いたアスモデウスは即座に否定した。
「いやいや……クーは意外といけたと思う」
「は?」
何を言ってるんだと思うクラウス。
「だって……クーって運良いし」
全身から羨ましそうなオーラが漂っている。
「僕ってこういうのっていつもビミョーなんだけど、クーならいけてそう」
運に見放されていると自信満々に言うのも悲しいものがあるが、そういう不幸の星の下に生まれたアスモデウスはこの手のイベントで優勝は無理だと悟っていた。
「じゃあなんで出場しようと?」
「う〜ん……ノリ?」
それを聞いたクラウスとレヴィアタンは押し黙った。
「僕は駄目だけどレヴィとクーなら大丈夫かなって思ったし」
他力本願だった。
「まぁ……確かに…………クラウスなら――」
実力にモノを言わせてぶっちぎった上に運が良いので賞金ぐらいもらえるかもしれない。
「レヴィアタンさんも良い線いってそうですね……」
「だよね」
うんうんと頷くアスモデウス。
「知的なタイプはモテると思うんだよね」
そういうものなのだろうか?
全くわからないクラウスは複雑な顔でレヴィアタンを見た。
レヴィアタンは無言で首を振る。
レヴィアタンにもわからないようだ。
「さぁ! 集計も終わっていよいよ今年の美男子コンテスト優勝者を発表するぞ!!!」
会場が異様な盛り上がりを見せる。
それを見たクラウスは、引いた。
関わり合いになりたくないと全身で訴えている。
レヴィアタンもその心境が良く分かった。
自分だって嫌である。
「今年は四十七人の美男子が集まったぞぉ〜!! その中でも栄光を手に入れられるのはたった一人!!!」
「そんなにいたのか……」
「意外と多いね」
「暇人ばっかりなのか?」
「そんなに金欠が多いのかの……」
クラウスとレヴィアタンは辛口だった。
「まずは第三位からだぁ!!!」
タタタタタタタッタン!
会場の脇で太鼓を叩いている。
そこまでしなくてもとみんな思った。
「『力仕事は大得意! 槍使いのアスモデウス』さんだぁ!」
「わぁ! 僕? やったねー」
司会者に呼ばれて元気に駆け寄った。
それを見ていたレヴィアタンはポツリと言った。
「うむ。まだマシじゃったな」
「それはどういう?」
「ギリギリ四位、などはよくあることじゃ」
アスモデウスは元気に会場の人たちに手を振って愛想良くしている。
とてもじゃないがクラウスやレヴィアタンには真似できない。
「おめでとうございます!!」
「ありがとう!」
「これは賞金五千リズです!」
青い封筒を貰っている。
ここのお金は紙で出来ている。
両面印刷で何種類かあるようだ。
ちなみに最初、クラウスはそれがお金だと気付かなかった。
ディヴァイアは国によって種類は違うが今でも銀貨や金貨、銅貨が主流だ。
紙で出来たお金など存在しない。
同じディヴァイアでも神界や天界は物々交換が主流らしくお金に対する偏見がなかった。
アスモデウスとレヴィアタンも同じようなもので、すんなりと受け止めていた。
「さて、次は第二位!!!」
タタタタタタタッタン!
さらに会場が盛り上がった。
「『博識な智者! 双刀使いのレヴィアタン』さんだぁ!」
「む……わしか?」
呼ばれて仕方なく会場に上がる。
会場の声援に軽く手を上げて答えた。
それ以上はするつもりがない。
「おめでとうございます!!」
「うむ。ありがとう」
「これは賞金十万リズです!」
アスモデウスの時よりもさらに分厚い封筒が渡される。
「そして注目の第一位は――」
タタタタタタタッタン!
緊迫の一瞬――
「『冷静沈着! 魔術師のクラウス』さんだぁ!」
「……はっ?」
一瞬言われたことがわからなかった。
そして躊躇った。
あそこに行くのを――
軽く首を振り、意を決して向かった。
人が多い場所は駄目だが……なんとか気力を振り絞る。
思い込みは大切だ。
「おめでとうございます!!」
「ああ……ありがとう」
若干顔が引き攣る。
幸い、スカーフに隠れて見えないだろう。
「これは優勝賞金百万リズです!」
どん!
――と、分厚い封筒を差し出された。
差し出されるままに受け取った。
そして切実に思う。
早く帰りたい。
だが、それは許されず……結局三十分ぐらい引きとめられた。
バタン!
気力を使い果たしたクラウスはベッドに倒れ込んだ。
もう一歩も動けなさそうだ。
「お疲れ様〜」
能天気なアスモデウスの言葉に反応すら出来ない。
「クー?」
不審に思ったアスモデウスが近づくと――
「寝てる」
しかし、うつ伏せだ。
背中に羽が生えているのだからうつ伏せで眠るのはいつものことだが……
「これじゃあ寝苦しいよね」
「クッションがあったじゃろう」
「ああ、うん」
辺りを見回すと、確かにクッションはあった。
アスモデウスがクッションを持ってくると、レヴィアタンがクラウスに負担をかけないように身体をずらした。
いつもクラウスがやっているようにクッションをベッドに置く。
その上にクラウスをゆっくりと戻す。
その間、全く起きなかった。
「お疲れ……だよねぇ〜」
「仕方なかろう。クラウスにとって今日は拷問のようじゃったじゃろうからな」
「ああ……うん」
それを聞いた瞬間、アスモデウスは俯いた。
そして力なくソファーに腰を下ろす。
「酷いこと……しちゃったね」
「アスモデウスさん……」
俯いているため、表情は窺えない。
「知らなかったから……で、済まされることじゃないことぐらいわかってる」
「嫌だと、声を上げてくれれば無理強いなどしなかった。じゃが……彼はそうしなかった……」
「クラウスさんは優しいから――」
「違うよ」
「それは、違うよ」
「え? でも……」
「クラウスが……言っておったじゃろう? モルモットだったと」
「……はい」
「だからだよ」
「それは?」
「クラウスには、『やらなければならない』という強迫観念がある。それが、彼の行動の一部を縛っている」
「クラウスは、断りきれない優柔不断な輩ではなく、断ることが出来ない境遇に遭ったために断ることを無意識のうちに封じておるのじゃろう」
「あ……だから――」
「駄目だったら、帰る」
確かに、クラウスはそう言った。
「駄目じゃない限り……多分、どんなことでも挑戦するかもしれない」
それを聞いた
「な……なんとか出来ませんか!?」
これでは、余りにも――
だが、二人は首を振った。
「そう簡単に治らないよ」
「そうじゃな。子供の頃の記憶は、鮮烈に残る」
「良い意味でも……悪い意味でも――」
「クラウスを縛っておる鎖は、そう簡単に外れんじゃろう」
「気をつけないと……」
「そうじゃな。本人が言えないならば、わしらが気をつけてやればいい」
「苦しい思いを、して欲しくない」
「そうじゃな」
そんな二人の会話を、
悲愴な顔はしていない。
「どうかした?」
「はっ! い、いえ――」
あからさまに何かを隠した。
じぃ〜……
アスモデウスは
そしてしばらくして謝った。
「ごめんなさい! その……失礼なことだってわかってるんですけど――」
「何が?」
いきなり謝られたアスモデウスはちんぷんかんぷんだった。
「――うぅ……アスモデウスさんでも、そのぉ……落ち込んだり、後悔したりするんだなって」
そしてまた謝った。
それを聞いたアスモデウスは笑った。
「怒ってないよ。むしろその通りだよね」
落ち込んでいるアスモデウスは違和感バリバリだ。
「昔……ね、理不尽な目に遭った事があるんだ」
「理不尽な?」
「そう……やりたくもないのに、無理やり選ばされた。選択肢のない、方法で」
アスモデウスはどこか遠くを見ていた。
目の前にいる
「それは?」
答える気はなさそうだ。
「ああ、ごめん。だから……そういう理不尽な目に遭ったことがあるから、やりたくないんだ」
アスモデウスはまた遠い目をして言った。
「同じようなことを、誰かに、強制することを」
「あ……だから――」
「うん。今回のは、駄目だよ。やってはいけないことだった」
アスモデウスは本当に反省しているようだった。
自由に行動しているように見えて、ちゃんと境界があるようだ。
やってはいけないこと……それをしっかりと決めている。
「だから気をつける。同じことを、しないために」
「そうじゃな。こちらが気をつけぬと、無理じゃろう。クラウスが自分で気付いていない可能性の方が高い」
「自分で決められるように……自分の意志だけで決められるようになって欲しいね」
やらなければと思うのではなく……
それは三人の共通した思いだった。