次の日。
お昼近くなり、ようやくクラウスは目を覚ました。
この時間帯に目を覚ますのはいつものことだ。
クラウスは誰かに起こされない限り、眠り続ける。
いつもはレヴィアタンかアスモデウスが物凄い勢いで起こすのだが、今日は誰も起こさなかった。
疲れているのを察して、寝かせてあげたのだ。
力を使って疲れたわけじゃない。
精神的な疲労だ。
人がたくさんいるところはキツかっただろうに――
だからこそ、彼をゆっくりと寝かせてあげようということになったのだ。
そのため、クラウスは昼までぐっすりと寝た。
とてもよく寝たクラウスは元気だった。
「おはよ」
それでも起きぬけはテンションが低い。
「うむ。おはよう」
もう昼だが、レヴィアタンに気にした様子はない。
「ん?」
そしてクラウスは辺りを見回した。
部屋にはレヴィアタンしかいない。
「アスモデウスと
「買い出しじゃ」
「ああ、なるほど」
お金も手に入ったし、この付近にテルミヌスはいない。
いつまでもここにいてもしょうがない。
次の街に行くのにも準備がいる。
いくら
食糧は必要だ。
クラウスだけなら必要ないが他の三人はそうもいかない。
「……シャワー浴びてくる」
「うむ」
ぼぉ〜っとしながらシャワー室に向かった。
レヴィアタンは新聞を読みながら見送った。
クラウスがシャワーを浴び着替えを済ませて部屋に戻ると、すでに出かけていた二人は戻っていた。
買い出しは終了したようだ。
「あ、クラウス、おはよう!」
「……おはよう」
「おはようございます」
どざっ。
ソファーにどかっと座るクラウス。
「予定は?」
「昼食を取ったら出発だよ」
「そうか」
それを聞いたクラウスは座ったばかりだが立ち上がった。
「じゃあもう出発か」
「うん」
四人は昼食を取った後、出発した。
街を出発するといっても、行く場所は決まっていない。
なんせテルミヌスがどこにいるかわからない。
だからしかたない。
様々な街で情報収集は必須だ。
そして思う。
マナがたくさんある場所でありますように、と。
そうでなければまたクラウスは倒れるだろう。
森の中を歩き、日も傾いて来た。
そんな時、泉を見つける。
今日はそこで野宿だ。
普通、出発するのは朝早くが常識だが、彼らは気にしなかった。
夜になって魔物に襲われても返り討ちに出来る上、気温の変化に強い服を身につけている。
問題は全くなかった。
「少し休もっか?」
「そうだな」
「はい」
アスモデウスの言葉で少し休むことにする。
アスモデウスやレヴィアタンは夜通し歩いても全く大丈夫だ。
クラウスもそこそこ大丈夫だが、
アスモデウスは地面に座った。
レヴィアタンは少し大きめの岩に腰かけた。
クラウスは手持ちのクッションを置いて座った。
三人の性格が現れている。
そして何気なくクラウスを見ていたアスモデウスは、ポツリと呟いた。
「クー、すっかり目の色変わったね」
そう言われても自分では全くわからない。
「そうか?」
「うん」
「こういうことって、よくあるんですか?」
「いや、僕は聞いたことないけど――」
「わしも、姿形、色彩が真の姿によって変化するなぞ、聞いたことがない」
基本的に色が変わるのは翼とか角とか尻尾といったものだけだ。
髪の色や瞳の色まで変わったりはしない。
「……紅くないけど、魔眼の一種なのかな?」
「かもしれんの」
「……魔眼――」
「見る限りでは……常時発動型?」
それを聞いた
「魔眼って、種類あるんですか?」
「あるよ。一応」
「形ばかりのモノじゃがな」
「形ばかりなのか?」
「そうだよ。だって、基本的に魔眼≠チてヒトによって全く違う能力だもん」
「そういえば、そんな事、言ってましたね」
「僕も魔眼だけど、ほとんど役に立たない能力だしね」
「そうでもないだろう」
「でも、僕の能力って記憶覗くだけだよ」
戦闘に直接役に立たないのでほとんど使ったことのない能力だ。
「短期発動型でそう長い時間使えないけどね」
時間が経てば経つほど疲弊してゆく。
それがアスモデウスの魔眼だ。
「記憶操作や記憶置換、記憶消去、意識障害……微妙でしょ?」
「上手く使えば敵を一網打尽に出来るんじゃないか?」
それを聞いたアスモデウスは微妙な顔をした。
「意志が強いヒトには効きづらいよ。
物体なら百パーセントの効果が現れる。
魔物にもよく効く。
だが、魔獣になると聞きづらい。
人間ならよく効くだろうが、亜人になると多少難しくなる。
魔族や
意志が強すぎる」
意外と融通が利かないようだ。
「……それは本人の精神力に左右されるのか?」
「よくわかったね」
「え、じゃあ……アスモデウスさんの精神力がもう少し強ければ――」
「うん。もっとたくさんの相手に通用するだろうね。でも見てわかるとおり僕は物理攻撃の方が得意だから」
「へぇ……じゃあ、クラウスさんの記憶を覗いたりは――」
「ああ……それは、絶対に無理だろうね」
アスモデウスは言い切った。
「絶対に? やってもいないのに断言できるのか?」
「やらなくたってわかるよ。クラウスは無理。クラウスは僕と違って精神系だし。そういう攻撃の耐性が強い」
やるだけ無駄だ。
「
「あまり相手の意志が強すぎると反射されて酷い頭痛に悩まされるらしい」
「……以前、それで酷い目にあったことがあるんだよね」
それ以来生きているヒトに術をかけるのが嫌になったらしい。
アスモデウスは自分の精神力が大して強くないことをバッチリと理解している。
「これがクラウスぐらいの高い精神力だったら魔族にもかけられたかもしれないけど――」
実際、出来ないことを言ってもしょうがない。
「――他にも異常な視力を手に入れるモノ。物の透視ができるモノ。未来が視えるモノ……いろいろおる」
「でも全員紅い瞳をしている」
「金色の瞳の魔眼は……本来存在せん」
「力を使っている時は、必ず紅く染まる」
クラウスの場合、若干色素が今までと変化したが、紅くはない。
「あの……クラウスさんは大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「だって、アスモデウスさんは長時間使っていると疲れるのでしょう?」
「うん」
「なら――」
クラウスはそうならないのだろうか?
「……今のところ別に――」
変わったところはない。
疲れやすくなったというわけでもない。
「あの……クラウスさんの能力って――」
「う〜ん……遠視? 透視? それとも強い力を見分ける能力かな?」
「どうじゃろうなぁ……」
「魔眼って基本的に全くかけ離れた力を複数所持することはないからね」
「識別系じゃろうが――」
イマイチよくわからないらしい。
「まぁ……そのうちわかるよ」
なんともお気楽なセリフだ。
「そう……だ――」
返事をしようとしたクラウスだったが、突然目を押さえた。
「クー?」
アスモデウスの呼びかけにも答えない。
そして、目を押さえたまま蹲った。
「ゴミでも入ったか?」
それにしては様子がおかしい。
「……………………い……」
「クラウス?」
「…………目が…………あつ……い……――」
表情を変えるアスモデウスとレヴィアタン。
アスモデウスはタオルを取り出すと泉の水に浸し、絞った。
レヴィアタンはクラウスが座っていたクッションを枕にするようにして横にした。
アスモデウスが濡れタオルをクラウスの手をどかし、目の上に置く。
クラウスは呻き声を上げながら目を押さえこんだ。
少し休んだら出発しようと思っていたが、これでは無理そうだ。
クラウスの状態が良くなるまでここで休憩することになった。
結局、クラウスの状態が落ち着いたのは次の日になってからだった。
目が痛く、眠れなかったクラウスはお疲れ気味だ。
それに比べて、クラウスの看病をしていたはずのアスモデウスとレヴィアタンは元気だった。
若干目の下にクマが出来ているクラウスと違い、全く変化がない。
そのため普通だ。
クラウスは眠そうに目をこする。
さっき顔を洗ったのだが、まるで効果がない。
「まぁ、痛みが消えたようでなによりだね」
「こんな所で何かあったら一大事じゃしな」
回復役がいないこのパーティでは本当に一大事だ。
眠そうなクラウスはまた顔を洗いに行った。
クラウスも平時なら一日二日貫徹したぐらいで目の下にクマなぞできないのだが――
パシャ、パシャ――
そして顔を拭き辺りを見て……気付く。
違和感に。
じっとアスモデウスとレヴィアタンを見つめる。
視線を感じたアスモデウスが声をかけた。
「どうかしたの?」
それにクラウスは戸惑った。
「あー……」
微妙な顔をしながら
そして視線をレヴィアタンに移す。
近くによってじっと二人を見る。
それにたじろぐアスモデウス。
「な、何?」
困ったような顔をするクラウス。
困りたいのはアスモデウスの方だった。
「見え方が、変わった」
「へ?」
「は?」
いきなりそんなことを言われても、困る。
「何か、変わったのか?」
「あーうん。その……なんというか…………きっと――」
上手く言葉にならない。
「精神力というか……大きな力というものが、視える」
「それって――」
「ああ。
「……僕たち以外には、視える?」
そうアスモデウスに聞かれたクラウスは、周囲を見回した。
「ん?」
クラウスがある方角を見ながら首をひねる。
「どうかした?」
そして違う方向も見る。
「基本的にレヴィアタンやアスモデウス以外に強い力は感じない」
「基本的に?」
「ああ。あっちの方に――」
それはクラウスが首をひねった方向だ。
「物凄い力を感じる」
「どれくらい?」
「アスモデウスとレヴィアタンに匹敵するぐらいの力だ」
アスモデウスとレヴィアタンは顔を見合わせた。
「それってもしかして――」
「テルミヌスか?」
「う〜ん……他には感じないし……そうかも」
それを聞いたアスモデウスは喜んだ。
「凄い! どれだけ離れてるか分からないけど、凄くイイ道標が!」
「確かに、闇雲に動き回るより余程建設的じゃ」
「いや、でも、それが本当にテルミヌスかどうか――」
自信がないクラウスは断言を渋る。
「でも、この世界で一番力があるのはテルミヌスさんですよね」
それは確かに
「取り敢えず行ってみようよ。絶対に何かあるよ」
「そうじゃな」
クラウスには、結界で気配を消していたセレスティスを見つけた実績がある。
それ故に、二人は特に心配していなかった。
他に行く場所もない。
なら、クラウスの言う方向に行くのも良いと思った。
「そうだな……じゃあ、行ってみようか」
「うん。案内よろしくね」
「ああ」
若干不安になりながらもクラウスは返事をした。