「そうだ。グレシネーク」
「はい、何ですか? 陛下」
「バール=ゼブルに会議のことを伝えてきてくれないか?」
「はい。わかりました」
 伏羲(ふっき)が来た事ですっかり忘れていたが、会議がある。このまま放置するわけにはいかない。
 グレシネークはそそくさと部屋を出て行った。

「会議?」

「ん……ああ、ディヴァイアの国のトップが集まって会議を開くんだ」
「何か話し合うの?」
「いろいろ大変なことがあったからな」
「まぁ……そうだろうね」
 水の最高神を失った世界は――――荒れた。
 余り仲の良くない国同士……
 それでも、嫌だとは、言っていられなくなった。

 滅びが間近に迫ったがために――

「こんな状態になっても仲良く出来ない……か」
「いろいろな考え方を持つ者たちの集合ですから」
「亜人は種族同士は仲が良くても他種族間の仲間で良いとは限らないからな――」
「ふ〜ん……小さい世界なのに、意外と大変なんだ」
 そんな伏羲(ふっき)を見つめていたアシリエルは唐突に切り出した。
「貴方も、会議に出ていただけませんか?」

「へ?」

 当然、驚く。
「なんで?」
 それにアシリエルは溜息をついて答えた。
「こんな状況になっても人間はまだ大丈夫だと思っているらしいですから」
「大丈夫? 何を馬鹿なことを――」
「そう。馬鹿なことです。でも、人間は、亜人も天使も信用していない」

「天使も?」

「かつて、世界を人間が支配していた時代があった。だが、それはもう過去の話。この世界から人間は消えて行く。弱いがために」
「人間はこの世でもっとも非力な種族だから、当然なんじゃ?」
「護ってもくれない天使。世界を蹂躙したモノと戦えるだけの力を持つ亜人……そんなモノに気を許すのは愚か者のすることらしい」
 グラキエースは肩を竦めた。
「人間は他種族を信用していませんから」
「だから、今回の会議開催もかなり危ぶまれていたとか聞いたな」
 それを聞いた伏羲(ふっき)は一蹴した。

「それがこの箱庭から人間が消えた理由なんだ?」

 現在進行形で、減っている。
 亜人は基本的に長命なので子供をぽんぽん産んだりしないが、減ったりもしない。
 そして、同種族で争ったりしない。

 人間と違って。

「人間は同じ生き物でも争うからな」
「今も、ですか?」
 この世界に詳しくないアシリエル。
 それにこの世界に長くいるグラキエースは、

「そんなの、変わらないさ」

 人間はいついかなる時でも争う生き物だと、断定した
「だいたい、今だって、争っているだろう」
「そうなのですか?」
「オレは最近の世界情勢には詳しくないが……昔、ミズガルド大陸とヘゼルヴァ大陸にある国は考え方の違いからか戦争してたからな」
 それはもう盛大に。
「今は派手にやっていないのかもしれないが、そんな相手と仲良くしようなどとは、思わないだろう?」
「思わないでしょうね」
魔皇(まこう)族もあまり仲好くはないが、徒党を組んだりはしないからな」
 基本的に魔皇(まこう)族は多勢に無勢でやりあったり大勢で争い合うよりも個人で争う方が多い。
 つまり、一対一。決闘。
魔皇(まこう)族は戦闘能力は高いですが基本的にガチでやり合うことの方が多いですからね」
「意外とプライド高いから他人と共闘しようとは思わんだろう」
「それに世界管理者として働いている者たちはあまり他人と衝突しませんからね」
「最低限のモラルがなきゃ、んな仕事勤まらんだろう」
 確かに、グラキエースの言うとおりだ。
 世界を護る仕事をする者たちがそこかしこでやり合っていたら仕事にならない。
 アシリエルも部下同士でやり合っているのは見たことがなかった。
「そうですね。やってもテーブルゲームやカードゲームで勝敗を決めてますね」
「そんなものだ」
 そんな会話を黙って聞いていた伏羲(ふっき)は答えた。

「危機感が足りなそうだね。この世界」

 痛いところをついてきた。
「そうですね」
「だからそれを伝えるモノが必要だってこと?」
「そういうことです」
 アシリエルは、利用できるものならどんなモノでも、誰であろうとも使う主義だ。
 それを分かっていながらも伏羲(ふっき)は答えた。

「いいよ。力を貸してあげる。この箱庭が、どうなるのかは、とても気になるところではあるしね」

「ありがとうございます」
「いいよ。そんなことより――」
 会議の日程とか、誰が来るのか詳しく話せと言った。
 確かに、知らなければならないだろう。
 だが、二人も詳しくはない。
 そこで、外に出て適当な天使を捕まえて天使長や十天使に繋ぎを取ってもらった。
 そして詳しい話を聞いた。




 そして会議当日。
 そこには十四の国の代表と、十天使、九大侯爵、そして伏羲(ふっき)――
 物々しい雰囲気で、会議は開始された。
 あからさまに周囲を警戒しているのが人間であるミズガルドとヨトゥンヘイムの王だ。
 周囲は全て敵とみなしているのだろう。
 彼らにとって、自分たちを簡単に殺せる彼らは敵以外の何ものでもなかった。
 そして我関せずな雰囲気を醸し出しているユグドラシルの代表。
 他のメンツも余り……いや、かなり有効的ではなかった。
 それを見て困ったような表情をしているのはラインヴァンの王フェネシスとアスガルドの王だけだ。
 頭が痛くなってくる瀞亜(せあ)
 だが、それは世界管理者である魔王たちにとっても同じだった。
 そして、仲の悪そうな様子を見ていた伏羲(ふっき)は呆れた。
 そして思う。
 彼らは滅びたいのだろうかと?
 こんな状態では救えるものも救えなくなる。
 馬鹿だ。
 愚かだ。
 遠慮ない感想を心の中で展開した伏羲(ふっき)
 そして伏羲(ふっき)は、とても友好的に会議を行うように見えない彼らに向かって言い放った。

「協力したくないならとっとと帰れば?」

 伏羲(ふっき)は別に箱庭の中の一種族が消えても別にかまわない。
 協力しようという国があるならば、その国だけ助ければいい。
 他の住人が消えても別にかまわない。
 それが伏羲(ふっき)の本音だった。

「しかし、それでは――!」

 勿論その意見に反発するのはフェネシスだ。
 だが、伏羲(ふっき)は容赦がなかった。

「人間が滅びても、世界は変わらない」

「それは――」
「たかが一種族……消えた所でどうなるの?」
 どうもしないと斬って捨てた。

「それにこの世界から亜人や人間が少なくなったとしても、補充すればいいことだよ」

 補充の元は、イセリアルだ。
 イセリアルには人間もたくさんいる。
 何の問題も無い。
 そう言い切った伏羲(ふっき)は、この世界の神ではないが故の冷徹さを持っていた。

「協力できないなら帰ればいい。たとえそれで滅ぼされようとも、自業自得」

 その冷たすぎる言葉に、顔色を変えたのは人間。
「なんだ! その失礼な男は!!」
 がなりたてた。

「神様だよ」

 崇め敬えと言っているわけでもないのだが、周囲を圧倒するだけの存在感を持っていた。
「そんなの……」

「嘘だと思うのか? 力もないくせに? そう断ずると? 貴公らは自分自身が大事がために自らを貶めるか?」

 事の成り行きをただ見守っていたバール=ゼブルが口を開いた。
「時空神の言うことは間違ってはいない。滅びは全ての生き物に平等にやってくる。逃れるためにはそれなりの覚悟と共闘が必要だ。それが出来ないのならこの場には不要」
「でも――」
 食い下がるフェネシス。
 彼は、優しい。
 全ての人を見捨てられない。
 だが、バール=ゼブルはそれほど甘くはなかった。
「強大なヤミに対抗するために必要なのは協力する心。少しでも猜疑心があり、協力したくないというならば、世界ごと危機に陥れることになる」
 そう言われ、フェネシスは黙り込んだ。
 悔しいことに、言い返せなかった。
「我ら世界管理者はこの世界が滅びないように管理するもの。一種族が消えた所で痛くもかゆくもない」
「まぁ、そうだな」
 それに同意するグラキエース。
「この世界に生き物が絶えなければそれで役目は果たせると?」
「ふむ。貴公は真面目だな。アシリエル。しかし、不和のせいで世界が危険にさらされるならば、愚か者を切り捨てるのは当然であろう?」
 そう言われたアシリエルは頷いた。
「なるほど、確かにそうですね」
 世界管理者は、世界調整者ほど甘くない。
 それを、瀞亜(せあ)は感じた。
 世界にいる全ての者たちを護ろうとする世界調整者。
 世界管理者は、自然や大地、世界の在り方を護るもの……全ての種族が死に絶えることはさすがに避けたいが、そうでない限り、切り捨てる。
 それが世界管理者。
 考え方の違いが浮き彫りになった。
 でも、彼らの考え方を否定することは出来ない。

 危険なのだ。
 今の状態は。

 放置すれば、間違いなく滅びる――

 だからこそ、厳しい言い方をするのもわかるのだ。


 敵は、強大だ。


 魔王たちの手に負えないほどの……
 だからこそ……協力して欲しかった。

 だが、このまま世界を滅ぼすわけにはいかない。

 ここで判断を先送りにすれば、必ず後悔する。
 間違いなく、魔王たちは見捨てるだろう。
 亜人たちは元々アービトレイアで暮らしていた。
 だから冥界に避難することも可能だ。
 どれほど凄惨な事が起ころうとも、生き残りさえすれば、世界が残れば何とかなる。
 だから――

 決断した。
 このまま終わりにならないために――

「では今ここで決めてください。滅びか、生存か」

 シーン――

 周囲が静まり返る。

「僕たちを信じ、協力できるという国だけと、この世界の現状を打破するための話し合いを行います」

「出来ない国は?」
 フェネシスの言葉に、瀞亜(せあ)は苦々しい表情で答えた。

「自己責任でお願いします」

 つまり、見捨てると――

「いがみ合っている場合ではない。ならば、キミたちはどうする?」

 苦い顔をしていた人間の王たち……
 その答えは?


 滅びか生存か?


 選ぶ余地のない二択――
 より多くの者たちを助けるためには……

 王たちは決断するしかなかった。