辿り着いたのは古びた、だが、荘厳な雰囲気を持った神殿だった。
「ここに……いる」
「ここに?」
「とても強い力を感じる。それは、この世界で最も強い力だ」
クラウスはそう断じた。
「……僕、ここまで来てもわからないんだけど」
「わしもじゃ」
だが、クラウスには
「クラウスさんって……凄いんですね」
そう……クラウスは凄い。
たとえ、本人にその自覚が全くなかったとしても……
「へぇ……変わったお兄さんがいる」
いきなり上から声が聞こえた。
顔を上げると少年がこちらを見下ろしていた。
アッシュブルーの髪をした色黒の少年。
彼は神殿の屋根の上に座っている。
不自然なはずなのに、彼は何の違和感もなくそこに存在した。
気配さえ希薄だ。
そしてその少年は屋根を蹴り、飛び降りた。
重力を無視して軽やかに着地する。
クラウスの前に。
そして遠慮なくジロジロとクラウスを見る。
「うん。やっぱり変わってる」
そしてくすりと笑った。
「テルミヌス?」
アスモデウスがそう声をかけると、彼は笑って答えた。
「そう、良く知ってるね?」
「………………」
それを聞いた
「どうかしたの? カイ」
「い、いえ……その…………随分自由なんだなぁと、思いまして」
「ああ。ボクの格好が神様らしくないって?」
「うっ……えっと……………………はい」
口ごもったが、誤魔化せない
「カルチャーショックです」
「ここは僕たちの住んでる世界じゃないからいろいろ違うよね〜」
「ボクは不老だからねぇ……これ以上は歳とらないよ」
くすくすと笑いながら話した。
「それにしても、ボクに何か用かい? 異邦人さんたち?」
「やっぱりわかるんだ?」
「そりゃあもちろん」
大きく頷いてから、
「自分の守護すべき民とその他の違いぐらい見分けられるよ?」
神様ですから、と胸を張った。
過酷な世界を見守り続ける惑星神……彼らは閉鎖世界ディヴァイアの万物神よりも総合的な能力が高いようだ。
それも当然だろう。
たった一人で世界を見守らなければならないのだから――
数でカバーしているディヴァイアとは全然違う。
「それで、何の用?」
もう一度、尋ねた。
「これを――」
クラウスが差し出した記憶の宝珠を何のためらいもなく受け取った。
「へぇ〜……凄い」
彼はそう感想を漏らすと中を見始めた。
見終わった彼は呟いた。
「結構大変な目に遭ってるんだね」
そう言いながらクラウスに宝珠を返した。
クラウスは宝珠を受け取りながら複雑な表情をした。
「
何しろ、その
全ての始まりである彼らはその存在自体が世界……
世界が具現化したもの……
それが彼ら
故に、世界に触れるのは生易しいことではない……
彼らに辿り着くのは……
「中々難しい問題を持ってくる人たちだね〜」
肩をすくめてそう答えた。
「やっぱり、知らない……?」
疑問形で尋ねてはいるものの、すでに諦めモードが漂っている。
「………………闇を司るレッドベリル様と、物理を司るエーテル様は現在進行形で行方が掴めない」
レッドベリルもエーテルもマナが消えてから姿を消した。
マナの妹であるエーテル……そしてマナの唯一無二の理解者だったレッドベリルが消えるのも分からなくはないことだった。
「そして精神を司るマナは既にいない」
となると、残っているのは三人……
時と空間と……光だけだ。
「空間を司るシェインエル様と光を司るアウイン様は現在一緒にいる」
一緒にいることがわかっても何の得にもならない。
どこにいるかが問題なのだ。
「残念なことに定期的に移動されるんだな〜」
ちっとも残念そうには見えない表情で答えた。
「そして時を司るアーシェルト様は放蕩中……」
自由すぎて本当に見つからない。
ここも空振りかと落ち込む
そんな
「ボクは確かに彼らを知らない。でも、知っている人を知っている」
その言葉に弾かれたように顔を上げた。
「誰が……誰が知っているんですか?!」
役目を果たすために――
万物神であるがゆえに……
もうだいぶ……時間が経過してしまったがために――
そんな必死な
「ボクの姉さんが知ってるよ」
それは……希望だった。
「本当に?」
「本当だよ」
念を押す
「時のアーシェルト様と姉さんは知り合いだからね」
やっとしっかりとした手がかりが舞い込んだ。
直接、
だがここで喜んではいけない。
テルミヌスの姉がどこにいるのかを聞かなければ――
なにしろ、イセリアルの神は自由だ。
自由すぎるがために居場所が特定できない。
厄介なことに――
それがわかっているからこそ、微妙な顔つきでアスモデウスは続きを尋ねた。
そんな彼らの心情が理解できたのかパタパタと手を振った。
「姉さんの居場所はわかってるよ」
自分のようにふらふらしているわけではないのだと、テルミヌスは告げた。
「ちゃんと定住してるから」
そこは安心してくれて構わないと――
「そこは?」
そのテルミヌスの微妙な言い回しが、妙に、引っかかった。
では他に何か厄介なことでもあるのかとテルミヌスを見つめると、四人を見回して言った。
「運がないというか……」
それはアスモデウス限定だ。
クラウスは当てはまらない。
「でも僕の不幸属性はクラウスの天性の運で中和されてるはずなんだけど――」
自覚のあるアスモデウスが言い訳した。
「随分とムサイ集団だよね」
ピシリ。
空気が硬まった気がした。
ぷるぷるとアスモデウスが肩を震わせている。
そして彼は、目に涙を浮かべながらのたまった。
「人が気にしていることを!!!」
でかい声で言い切ったアスモデウスに驚くクラウスと
忘れていたが、彼は
女好きだ。
「僕だって……僕だって――!!」
テルミヌスに不満をぶつけているアスモデウスを見つめるクラウスは多分に呆れが混ざっていた。
そうしてしばらく不満をぶちまけるアスモデウスとそれを少し離れた所から見守る三人がいた。
「気が済んだか?」
あはは……とばつの悪そうな顔をするアスモデウス。
やっと正気に戻ったようだ。
「ごめんなさい」
レヴィアタンの冷たい視線に負けて謝罪する。
「気にしてないよ。でも……ホント、一人で良いから女性がいればよかったのにね」
とても残念だとテルミヌスは述べた。
アスモデウスのように華がないという理由ではないだろう。
それは彼を見ていればわかる。
では、何が?
そう思ってテルミヌスを見つめると、彼は多少言いにくそうに口を開いた。
「姉さんが暮らしてるのって聖界の聖浄殿≠ネんだけど――」
何故そこで口ごもるのか理解できない。
そんな疑問を浮かべた四人を見ていたテルミヌスは、次の瞬間……衝撃的なことを告げた。
「聖浄殿≠チて男禁制なんだよね」
アスモデウスは大きく口を開けてポカン、としている。
レヴィアタンは驚きで目を見開いている。
かなり珍しいことだ。
そして
クラウスは……顔を露骨に引き攣らせていた。
「だから男が行くわけにはいかないけど……」
ちらっと彼らを見る。
そして改めて思った。
「キミたちなら問題ないかな」
何が問題ないのか問いただしたい気分に駆られた。
それが顔に出ていたのかテルミヌスは残酷な事を平然と言ってのけた。
「ボクが姉さんに紹介状を書くよ。そうすれば、対外的に女に見えればそれほど邪険にはされない」
「ちょ……それって、まさか――」
嫌な予感がひしひしとどころが、全身で伝えてくる。
「キミたちならゴツくないから女装しても何の違和感もないね」
そう言ったテルミヌスは物凄い、イイ笑顔だった。