そこには暗雲が立ち込めていた。
「俺たちに……女装しろと?」
クラウスはぷるぷると微かに震えながら言った。
「うん」
本当にイイ笑顔で返事をするテルミヌス。
「だって、他に方法はないよ」
ぐさりと言葉が刺さった。
本当に痛いところを突いてくる。
行かなくて困るのはテルミヌスではなく、自分たちだ。
「じゃあ、しょうがないよねぇ……」
あっさりと諦めたのはアスモデウス。
それに同意するように
「それで、会えるなら」
そんな二人を見て溜息を吐くクラウスとレヴィアタン。
「でも、服ないよ?」
「ボクが貸してあげようか?」
「ホント?」
アスモデウスとテルミヌスは盛り上がっている。
その側に多少ついていけなさそうな顔をしている
「じゃ〜ん!」
そういってどこからともなく取り出した服を見てクラウスは引いた。
それは――
「天使たちの服〜」
黒の生地にレースがふんだんに使われているアレだった。
あれを自分も着なければならないのかと思うと……物凄く気が重くなった。
気が重くなったのはクラウスだけではない。
レヴィアタンも、だ。
「レヴィアタン」
「なんじゃ」
「あの服……」
「そうじゃな……」
「
「無理だろう」
キッパリと答えた。
まだ子供の姿の
「だよな……特に、レヴィアタンは――」
「言うな」
ピシャリと遮った。
「自分が一番わかっておる」
そうだろう。
確かに、四人ともゴツイ見た目はしていない。
女装してもそれほどむさくるしい出来にはならないだろう。
だが!
クラウスとアスモデウスはちょっと大きな女性で通るかもしれないが、レヴィアタンは違う。
レヴィアタンの身長は百九十三だ。
いくらなんでもでかすぎるだろう。
それはクラウスに指摘されなくても、レヴィアタン自身が一番よくわかっていた……
そしてそんなガタイの良いのがあんなフリフリレースの服なんぞ着ても似合わない。
確実に。
これだけは言える。
テルミヌスは
「キミにはこっちね」
アスモデウスにも服を渡している。
「あれ? これ、デザインが違うね」
「天使たちの服は基本的に黒と白だけど、さすがに全員がアレ着てるわけじゃないよ」
確かに、着る人を選ぶ服だろう。
「キミには似合わなそうだからコッチ」
そして少し離れた場所にいた……話についていきたくなかったクラウスとレヴィアタンの所にも近づいて来た。
「はい、コレ」
そう言って渡されたのは……
アレを着るくらいならまだコレを来た方がマシだろうと思った二人はすでにテルミヌスの罠に嵌っている。
最初に無茶な要求を見せつけられてから妥協案を出されるとそれならいいかという気分になる。
それだ。
まんまと罠に嵌った二人はしかたなく着替え始めることにする。
あまりの状況に二人の思考回路の働きはすこぶる鈍くなっていた。
着替え終わり、テンションが最下層になるクラウスとレヴィアタン。
アスモデウスはいつものようにニコニコ笑っている。
「う〜ん……それも悪くないけど――」
ちょっと足りないと言うテルミヌス。
何が足りないのかと思っていると――
「ボク、さすがにカツラは持ってないんだよね……」
言いたいことがわかった。
確かに、全員短髪だ。
長い方が見栄えも良いだろう。
「クラウス〜」
アスモデウスに声を掛けられて言いたいことが分かったクラウスは告げた。
「雑草適量と本人の髪が少々あれば創れる」
錬金術が多少使えるクラウスならではだ。
言われたとおりにその辺の雑草を刈って集めた。
そしてカツラを創り身につける。
「バッチリ!」
親指を立てられた。
全く嬉しくない。
「はい、コレ」
着替えている間に書いていたのか、紹介状を渡される。
「聖浄殿は探査不能なように物凄い結界が張ってあるんだけど――」
歩いて行くのも大変な場所にあるらしい。
「でも、クラウスなら平気だよねぇ?」
場所がわかっているなら問題なく行けるだろう。
「ああ」
「そう? ならいいけど……」
すぐに納得したテルミヌスは少し離れた場所に立ち、手を振った。
「姉さんによろしくね〜」
「ああ、わかった……」
気が進まないがしかたない。
「ありがとうね〜」
「ふふ……楽しかったよ」
何が楽しかったのかは聞かない方が身のためだ。
こうして聖浄殿に移動した。
確かに、テルミヌスの言うとおり、凄い厳重な結界が張ってあった。
「これは……中にいるのが誰かもわからないような厳重さ」
「うむ……わかるか? クラウス」
「いや……さすがに……」
クラウスでもわからないような厳重さだった。
「そうだよね……わかってたらここも探査に引っ掛かるよね……同じ世界なんだから」
「とりあえず、あっち行ってみよう! 門がある」
アスモデウスに手を引っ張られるようにしてクラウスは門に連れて行かれた。
「自分で歩ける!」
そんなクラウスの台詞は全く耳に入っていないアスモデウス。
そしてあっという間に門に着いた。
「こんにちは。本日はどのような御用件でしょうか?」
「これです!」
テルミヌスから渡された紹介状を渡す。
「これは!」
それを見た彼女は驚き、そして中に声をかけ人を呼ぶと慌ただしく頭を下げて去って行った。
紹介状の効果は抜群のようだ。
しばらく待っているとテルミヌスとよく似た雰囲気を持つ少女が現れた。
アッシュピンクの髪をした彼女は、言い放った。
「オマエ達がテルの言う変わり者か」
言葉に遠慮というものがなかった。
「君が、グラティア」
「そうだ」
物凄く気が強そうな神だ。
しばらくじろじろと見ていたが――
「問題ないな」
何が問題ないのか……聞きたくはなかった。
「こっちだ。ついてくるが良い」
颯爽と歩き始めるグラティア。
そして一つの客間に案内される。
「人払いを」
「かしこまりました」
部下にそう頼むと、防音の結界が張られる。
「これで誰に気兼ねすることなく話せるだろう?」
「確かに、あまり人に聞かれると良くないじゃろうな」
「当然だ。
「それで、話してもらえるのか?」
「そうだな……普通のやつなら門前払いするが――」
グラティアはクラウスを見た。
「オマエになら話してやっても良い」
「は? 俺に? 何故――?」
クラウスは特別扱いされる理由がわからない。
「ふふ……テルのやつが言っておった通り……面白い」
その視線はクラウスから逸れることはない。
戸惑うクラウス。
だが、その理由に心当たりのあるアスモデウスとレヴィアタンは顔を見合わせた。
「自分でわからないのか……ますます面白い」
「どういう……?」
「アタシも長く生きてきたが初めて見る」
「クラウスさんを? それは……まるでクラウスさんが何かだと言っているみたいですが……」
「ふふ……アタシから聞かずとももっと詳しいことはすぐにわかるさ」
「それは――」
どういう意味だと聞こうとして、遮られる。
「それより、いいのか?」
「何がだ?」
「急いでいるんだろう?」
「それは……」
急いでいる。
確かに、その通りだ。
ここでグラティアを問いただすことも出来るだろう。
だが、それは――
今、必要なことか?
否……
今は不要だ……
自分が何であるのか……
そんなことを今知る必要はない。
今必要なのは――
「
クラウスは自分の中に芽生えた疑問を押し籠めた。
心配そうにクラウスを見つめる
でも、止められない。
心配なのは……クラウスだけではないからだ。
「様々なモノに行動を制限されるのは厄介だな。今のオマエのように」
それは誰でもそうだ。
例外はない。
「……アーシェルト様は白聖界、
「そこに……」
「そうだ。そこにいる」
だが、そこは土地の名前だけのように見える。
「場所は?」
「そんなもの、聞いたところで意味はない」
「は?」
「行けばわかる。すぐに、な」
グラティアはそれ以上話すつもりはないようだった。
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
礼を言うと席を立った。
「アーシェルト様に、無礼のないようにな」
「はい」
相手はこの世界そのもの。
グラティアの言うとおり、振る舞いには気をつけた方が良いだろう。