「……精霊鳥……?」
聞いたこともない言葉だった。
少なくとも、言われた本人には。
神妙な顔をしているアスモデウスとレヴィアタン。
「お二人は、クラウスさんが精霊鳥だと……知っていたんですか?」
驚きもしない二人に、
「うん。知っていたよ。僕は……ずっと知っていた。
「わしも……翼の色が変色した時にアスモデウスから聞いた」
前例がないから断言は出来ない――
でも、限りなく精霊鳥に近い気配を持っていると、言われた。
「確証のない……話だった。でも――」
アスモデウスは言葉を切って俯いた。
「否定できるだけの要素が存在しない。そうだね?」
アーシェルトの言葉に黙り込む二人。
「ねぇ……クラウスは気付いていなかったようだけど……もうすでにその片鱗はそこかしこに溢れ出していたんだよ」
日に日に違うと言えなくなっていった。
唯の……
余りにも、
「アスモデウス」
暗い表情をしているアスモデウスに、かける言葉が見つからない。
自分のことなのに、遠くに感じた。
「僕が最初に……そうかもしれないと思ったのは……セレスティスに会った時――」
「そんなに前から?」
セレスティスに会ったのはもう何ヶ月も前の話だ。
そしてそれは、そうかもしれないと思わせる何かがあったということだ。
クラウスは思い返してみるが、思い当たる節が無い。
「瞳の色が……海黎神殿に入った時、瞳の色が、今と同じ色素の薄い金色だった」
「あの時から?」
目の異変にアスモデウスが気付いたのは聖界についてからではなかったか?
「いや、違う。あの時は一時的なものだった。地上に戻った時にはすでに元の色に戻っていたからね。でも――」
アスモデウスは言葉を切った。
「普通のヒトに結界はすり抜けられない」
「それは間違いなく精霊鳥の透過現象だね」
「透過現象?」
思わず聞き返した。
「精霊鳥はね、精神力の塊なんだよ。つまり、精霊に近いんだ。
どんなものでも、望まなければ触れることさえできない。
それが精霊鳥だよ。
つまり、建物や道具といった物理的なものもすり抜けるし、剣や拳のような物理攻撃を無効化出来る」
「…………だから……結界を……すり抜けたのか……俺は――」
「そうだよ」
アーシェルトは言い切った。
普通なら決して通り抜けることが出来ないはずの遮断系の結界をすり抜けたのはそういうことだった。
無意識に使っていたのだ。
自らの力を――
これは
「精神力の塊が見えたのも……」
これも普通の人には見えづらい。
見ることが出来るのは
余程能力が高いか特殊な能力を持っているかのいずれかだ。
「それも精霊鳥だからだ」
「じゃあクラウスさんが精霊をばっちり見えるのって――」
以前、クラウスは精霊がはっきりと見えると言っていた。
「精霊鳥だからね。そういうものが見えるのは当たり前だよ」
クラウスの周囲で起きた不可思議現象は全て精霊鳥だからの一言で済ませられた。
そう、済ませられる問題だった。
「それだけじゃない」
さらにアスモデウスは続けた。
「まだあるのか?」
いい加減、ネタにも尽きて欲しいところだった。
これ以上自分が普通ではないのだと力説されるのもあまりいい気分ではない。
「地上に上がった時……翼が紫色に変色し始めていたよね?」
「あ、ああ……そんな話をしたな」
いきなり後ろにいたので驚いた記憶がクラウスにはある。
「その時にね……触れなかったんだ」
「触れない?」
「君の……紫色の翼に――」
「そ……れは――」
そんなことがあったなんて、気付きもしなかった。
そんなことよりも、自分の変色した翼の方に気がいっていたからだ。
「君自身は触れるようだった。でも、僕には触れなかった。まだ黄色の部分には触れたけどね」
「余りにもアスモデウスの様子がおかしかったんでわしが問うた」
だからその時からレヴィアタンも知った。
クラウスが今はもう絶滅してしまったとされている、精霊鳥だということに。
「美男子コンテストの時のこと……覚えてる?」
話題は、尽きない
「? 忘れてないけど?」
それは結構最近のことだ。
「闘技場で戦ったよね?」
「そうだな」
「その時もそうだった」
「……何が?」
「自分で気付いていなかった?」
そう言われても心当たりはない。
「魔物の攻撃がすり抜けたこと」
「えっ?」
そんなことをした覚えは全くなかった。
「やはり自分では気付いておらんかったか」
「僕たちは上からしっかり見ていたよ。君の身体をすり抜ける魔物を」
よく見ていなければ気付かなかったけど、と告げられた。
「
「避けようと思う気持ちが強かったせいで透過現象を引き起こしたんだろうね」
無意識に行使された能力。
これだけの力を無意識で使うのはかなり珍しい。
だが、これは大きい力だ。
本人に使う意思が無かったとしても、大きすぎる力のお陰でおさまりきらなかったのだろう。
それが少しずつ溢れだした。
「それに、クラウスの異常な体重」
基本的に
「精霊鳥は金色の瞳をし、紫色の身体をした大きな鳥。でも、精神力の塊りだから重さはほとんどない」
日を追うごとに、否定できる要素が減って行く。
そしてそれは……確信へと変わった。
「君は……精霊鳥という種族」
それはもう間違いがなかった。
「クラウスに起こった数々の異変や能力は全て、精霊鳥だから」
「精霊鳥はマナがなければ生きて行けない」
クラウスは……小さく呟いた。
「惑星神たちは……気付いていた?」
「うん。多分ね」
「だから皆じろじろ見てきたのか……」
「珍しい……だろうね。少なくとも、今現在で確認されている精霊鳥は、いないから」
「そっか……」
それは全てクラウスのためだった。
マナの希薄な土地に行き、万が一のことがないように。
「君が精霊鳥としての力に目覚めれば、食事も必要なくなるだろうね」
「マナだけで生きて行ける?」
「その通り。他には必要ない」
「わりと最強だね」
「弱点がはっきりとしておるようじゃがな」
「確かに……マナがなければ生きて行けない。でも、マナがある場所でなら……」
ほぼ無敵。
ただし、クラウスはまだその力に目覚めていないので発動条件がかなり怪しい。
「その力を自在に扱えるようにならないとね」
確かに、自在に扱えた方が便利だろう。
クラウスは生命の紋章術は使えない。
つまり、自分で怪我を治せない。
怪我をしなくなるならそのほうが良い。
だが、少々気になる言い方だ。
「それって、今必要なのか?」
アーシェルトの言い方では、今すぐに使えるようになれと言っているようだ。
「そう言っているんだけど?」
「どうして?」
「必要だからさ」
「必要?」
「そう……縁を辿るのに必要不可欠だ」
そう言われてしまえば、クラウスには何も言えない。
「今はまだ、辿れないだろう?」
そうは言われても縁がどういったものなのかがわからない。
「縁が何か分からないのに、辿るとか……それ以前の問題じゃ――」
「わかるよ」
断定された。
本人がわからないといっているのに断定されたら、どうすればいいのかわからない。
「君は識っている。精霊鳥なのだから」
精霊鳥なら誰でもわかるのだという。
それは生まれ持った資質だと、アーシェルトは告げた。
「でも今はまだその力を上手く扱えない」
精霊鳥であることを今知ったのだから仕方が無いともいえる。
「どうして、そのことを本人に黙っていたんですか? だって……当事者なのに?」
「……重いから……とても重い運命だから…………出来れば、違っていて欲しかった」
重々しく、そう、答えた。
「わしも、アスモデウスも軽々しく口になど出来なかった。わしらにはそれを断定できるだけの判断材料がない。かもしれない、で、伝えられなかったのじゃ」
「だって……精霊鳥は――」
「精霊鳥は魔族に根絶やしにされた」
殺された。
彼らに……憎まれて――
「精霊鳥の始祖は……マナだからね」
マナ……それは
「マナは恨まれているというか……憎まれているだろうね……僕たちの中で一番…………サディアスに――」
「サディアス?」
「真王サディアス=ディーテ=スカルミリオーネ」
それは深き……ヤミ――
負の……象徴にして、負の――
ぐらり――
クラウスはその話を聞いてよろめいた。
慌ててアスモデウスが支える。
「物理攻撃が効かない精霊鳥を……殺したんですか!?」
「そう……真王には優秀な手駒がいてね。精霊鳥は全てその男に…………ルビカンテ=ディス=スカルミリオーネに殺された」
クラウスが精霊鳥であるならば、
それがわかっているから……言えなかった。
軽々しく、言葉にさえ出来なかった。
「僕たちにはそれを伝えられるだけの勇気がなかった」
クラウスは黙っている。
何の反応も示さない。
「クラウス……」
何と声をかけていいのか、わからない。
理不尽に命を奪われる恐怖――
それは、同じように狙われれ、体験した
いや、それ以上の恐怖だろう。
「今のままでは、太刀打ちできない」
精霊鳥の力を使ってさえ、敵わなかった相手だ。
今のクラウスに抵抗出来るはずもない。
「でも、君が真実に近づけば大丈夫――」
「真実?」
自分が精霊鳥であるという以外にどんな真実があるというのか?
アーシェルトを見遣るが、彼は何も言わなかった。
「君は強いよ。ううん……強くなれる。精霊鳥である君は――」
アーシェルトはクラウスの手を握り締めた。
「ここでしばらく修行をつけてあげる。君が、君の力を扱えるように、真実に立ち向かえるように――」
「アーシェルト……」
「だから、前を見て、進もう」
君にはそれしかないのだからと、微笑んだ。
確かに、立ち止っている場合ではなかった。
迷っている暇も、ない。
アーシェルトの手を握り返した。
先へ進む力を手に入れるために――