「うわぁ……真っ青!」
アスモデウスは空を見上げてそう言った。
ここは
同じ白聖界でも存在している空間が違う。
ディヴァイアとアービトレイアのようなものだ。
そしてその
クラウスが周囲を見回す。
透明な煉瓦の敷き詰められた世界。
ガラスのような樹や植物。
空の色以外で言えば。
あの世界は一日中星空だった。
ここはどうなのだろうか?
そんな取り留めのないことが気になった。
だが、クラウスは厳しい顔をしてある方向を凝視している。
その理由は分かる。
しかし、三人には分かった。
この先にいるのが世界の一部である
しかし……今回は、二人いる。
この先にいるのは二人……
プレッシャーが違った。
アスモデウスとレヴィアタンは尋常ではないその存在感に表情を硬くしている。
そして、存在を誰よりも察知しているであろうクラウスは、相変わらず平然としていた。
そして何のためらいもなく歩き出す。
止めたいがそれをしたらここに来た意味がない。
心の準備が〜、と呟きながらもアスモデウスはクラウスの後ろを歩いた。
レヴィアタンも微妙な顔つきで後に続く。
そしていきなり三人が立ち止った。
ぼすっ。
いきなり立ち止ったので
謝ろうと口を開くが、それよりも先に声が響いた。
「懐かしい気配です」
突如響いた声に驚いてクラウスの陰から顔を出した。
そこには、一人の女性が立っていた。
神殿の前に――
「いつのまに――」
思わず言葉が漏れた。
だが、そんな
クラウスを――
彼女は、懐かしいと言った。
精霊鳥を知っているのだろう。
そうでなければ言えない言葉だ。
「はじめまして」
クラウスは真っすぐに彼女を見つめて言った。
「リア=シェインエル=ユーベルヴェーク」
それは空間を司るアーシェルトの半身――
言わずと知れた、
そしてぽつりとアスモデウスが呟いた。
「いつの間に――」
そう……確かに一瞬前まで彼女はその場にいなかった。
彼女はいきなり現れたのだ。
神殿の前……
というか、クラウスが見える場所に。
「さすがは、空間を司る神――」
感心しているようだが、やはり動じた様子の全くないクラウス。
どうしてなのか問いただしたい気分になる。
「ふふ……そうね。私は空間…………この世界にとても見知った……それでいてとても懐かしい気配を感じました。だから思わず見たくなったのです」
懐かしい……
その言葉にクラウスは怪訝な顔をした。
皆、同じことを言う。
疑問は尽きない。
だが、アーシェルトはここで分かると言った。
直接彼女に問いただしてみるべきか?
クラウスは悩んだ。
だが、それよりもやはり気になるのはレッドベリルの居場所だ。
早く
それには本人に会う必要がある。
「聞きたいことがある」
真っすぐにそう言うと、シェインエルは笑った。
「貴方は強い人ね……普通なら臆して私たちと話せないのに」
そこの二人のようにと、アスモデウスとレヴィアタンをさして告げた。
確かに、二人は畏縮している。
魔王を担う二人でさえ、畏縮している。
誰に対しても態度を変えることのないアスモデウスですら、だ。
確かにクラウスも疑問だった。
「そんなに……畏縮するほどのことか?」
その言葉に顔を引き攣らせるアスモデウス。
「ちょ……ホンキ!? ホンキで言ってるの!!?」
思わずクラウスに詰め寄った。
クラウスは不思議そうな表情をしながらも頷いた。
「このプレッシャーが分からぬのか?」
それは意外だ。
クラウスほど感知能力にたけていれば自分たちよりも酷いことになっていそうなものだ。
それは最初からの疑問。
「プレッシャー?」
クラウスはシェインエルとレヴィアタンを交互に見て、困惑したように呟いた。
「俺は、何も感じないのだが」
それは衝撃的な一言だった。
感じない。
これほど存在感のある
今は力のない
アスモデウスがどういうことだとレヴィアタンにアイコンタクトするが、勿論レヴィアタンにもわかるはずがない。
「貴方は特別」
そう言いながらシェインエルはクラウスに近づいた。
シェインエルが近づくと反射的にアスモデウスとレヴィアタンは後ろに下がった。
近づかれるとかなり辛いものがある。
だが、アーシェルトほどキツくはない。
「特別?」
クラウスの両手を握り締めた。
特別の意味するところが分からない。
精霊鳥だからかとも思ったが、そう言うことが言いたいわけではないのだと、何故か理解してしまう。
「だって貴方は
彼女はニッコリと笑ってそう言った。
「
アーシェルトも同じことを言った。
何を指して言っているのかわからなかった。
だが、これは明らかにこう言っている。
クラウスは驚きに満ちた表情で呟いた。
「貴方は
私たち……この定義が
「それは……精霊鳥が?」
クラウスは疑問を絞り出した。
シェインエルはニッコリと微笑んだままで首を振った。
「違うわ」
それはキッパリとした否定だった。
「貴方が、よ」
「確かに、精霊鳥は最も私たちに近しい種族ね。でも、違うわ」
どんなに近しくても、所詮は別物なのだと、彼女は告げる。
それなのに、クラウスには
近い出来ずに混乱するクラウス。
「わからないの? 本当に??」
わかるはずがない。
首を振った。
「でも、本能は知ってる」
シェインエルはそっとクラウスの頬に触れた。
「識っているわ。貴方は……自分が何なのか。思い出せないだけ。お兄様は言っていなかったかしら? 『逢いたいのは君であって君ではない人』と――」
クラウスの瞳が大きく開かれる。
「貴方は、貴方よ? でも、私たちの識っている貴方では、ないわ」
記憶がないから。
彼女はそう言いたげだ。
クラウスは首を振った。
「俺は……識らない……」
生まれたのはディヴァイア。
唯の、
実は
自分がイセリアルの神を識っているはずがない。
逢ったのは初めてだ。
スルリと彼女の手が離れた。
クラウスはさらに混乱した。
離れてしまった手を見て、寂しいと思った自分に。
識らない?
本当に?
クラウスは知らずうちに首に手を当てた。
嫌な汗が出る。
「駄目よ」
シェインエルがぴしゃりと告げた。
「今は駄目」
彼女が何を言いたいのかがわからない。
「今、それを思い出したら貴方は貴方でいられないわ」
「何……を――」
「貴方が思い出さなければならないのはそれとは違うモノよ」
理解できない。
意味不明だ。
混乱しているクラウスの右手を取った。
そしてそのまま引っ張る。
「行きましょう? 待っているわ。貴方を」
「誰が?」
「ふふ……彼女もきっと会いたがっているわ」
誰が?
その答えは、もう分かっていた。
クラウスは冷静になりきれないまま、シェインエルに連れていかれた。