クラウスが理解できないものを、アスモデウスやレヴィアタンにわかるはずがない。
 勢いよく連れて行かれるクラウスを慌てて追う三人。
 かなり忘れられていた――というよりもシェインエルの眼にはクラウス意外眼中になかったと思われる――三人もこのままクラウスを放置するわけにはいかない。
 クラウスが聞こうとしていたことも結局聞けないままだったが、しかたない。
 相手は世界なのだから。




 そして半ば無理やりに連れて来られた先に、彼女はいた。
「アウイ〜ン!」
 クラウスと繋いでいないほうの手を高く上げて振る。

 ターフェアイト=アウイン=ラーフィス。
 探し人である、フェナカイト=レッドベリル=ラーフィスの妹――

「連れて来たわ」

 そう言ってクラウスは彼女の前に立たされた。
 後を追ってきた三人は、近づけずにいる。

 当然だ。

 そこにいるのは二人の六創神(ろくそうしん)
 眩し過ぎる存在だ。

 相変わらずプレッシャーとは無縁のクラウスは困惑したままアウインを見つめた。

 アウインも、同じ瞳でクラウスを見た。
 懐かしそうに、眼を細めて――

「お久しぶりですね」

 はじめまして、が挨拶だろうと思う。
 それなのに、その挨拶は実にしっくりきた。

「最も、お分かりにはならないでしょうけれど」

 それはとても……とても寂しそうだった。
 わかるはずがない。
 それなのに……

 カナシカッタ。

「知らない。識らない。しっているはずが――」
「そうですね。あなたは知らない。あなたは、あなたでしかないけれど、わたくし達の知るあの方ではないもの」
 クラウスには理解できない会話。
 先ほどからその繰り返しだ。
「理解できない……そうね。そう思うわね…………でも、わたくし達の方がずっとあなたを理解できなかったわ」
 結局、最期まで解らなかったと、寂しそうに告げられた。
「そうね。彼は独特の世界で生きている人だったから」
 シェインエルもそれに頷いた。

「ごめんなさい。わたくしには無理だわ」

 何を言われているのか分からない。
「あなたの事を理解出来たのはお兄様だけだもの」
 アウインの兄は……レッドベリルだ。
 探している、今すぐにでも会いたい人物。

「レッドベリルは、どこに?」

 そう尋ねたクラウスに、とても寂しそうな顔をした。
「アウイン。仕方がないわ。彼は彼であって彼ではない。だから、そう呼ばれちゃうのは仕方ないことだわ」
「そうね……でも、あの方は理解できない部分が多かったけれど、とてもフレンドリィに呼んでくださったから――」
 それが寂しいと、儚げに、笑った。
 クラウスの問いには全く答えていない。
 シェインエルは首を振った。

「知っていたら一緒にいるわね」

 それは、知らないということだ。
「シェインエル」
「何?」
「少し力を抑えましょう? でなければ、彼らが哀れだわ」
 そう言われたのは勿論、すっかり蚊帳の外なアスモデウス、レヴィアタン、そして海水(かいな)の三人だった。
「あらやだ。忘れてたわ」
 本当に彼女にとって、クラウス以外は眼中になかったらしい。
 常識の有りそうなアウインがいてくれて助かった。
 でなければ、近づくことすらできない。
 アウインに言われて力を抑え込むシェインエル。
 アウイン自身も普通の神と同じくらいになるように力を抑えた。
 三人はこれでようやく普通に会話が出来るくらいの距離まで近づいて来た。

「フェナカイト=レッドベリル様は、本当に?」

「ええ。わたくしはお兄様の居場所を知りません」
 何も教えてくださらなかったと、哀しげに、呟く。
「じゃあまた辿るの?」
 シェインエルを探せたのだからレッドベリルもいけるのではないか?
 そう言われたクラウスはアウインに意識を集中させた。
 それを見た二人は何をしているのか理解した。
 しかし、二人の表情は暗い。

「今の貴方には、無理だわ」
「そうですね。あなたは知らないから」

 二人に否定されてもしばらく続けたが、無理だった。
「どうして――」
「閉鎖空間を創っちゃうような人を探すのはまだ無理よ」
「そうね……あなたはまだ完全ではないもの」

「それは、どういうことだ?」

 とうとうクラウスは疑問を口にした。
 理解できないことを言われ続けた。
 遙か昔に絶滅したと言われる精霊鳥だった。
 これ以上、何があるというのか?
「力が足りないわ。お兄様を探すには、力が足りない。もっと、もっと絶対的な力でなければ、お兄様は見つけられない」
「そう簡単に見つかるようなら私たちも苦労しないわね」
 それは確かにその通りだ。
 だが――
六創神(ろくそうしん)様でも見つけられない者を彼が見つけられると、おっしゃるんですか?」
 アスモデウスの問いに、二人は微笑んだ。

「見つけられるわ。だって、彼は私たちの同胞(はらから)――」
「オルクス=マナ=フリュクレフ……本人ですから」

 四人が息をのんだ。
 言われた、意味が、分からなかった。
 いや、言われた意味は理解している。
 理解できないのは……いや、理解したくないのはクラウスの心だった。

「何を、馬鹿なこと――」

「本当に? 本当にそう思う??」
 シェインエルの紅い瞳と、アウインの透明な瞳に見つめられる。


「あなたは間違いなく、マナだわ。たとえ……何も覚えていなくても」


 アーシェルトの言葉が頭の中でリピートされる。



   ――僕が逢いたいのは君であって君ではないから。


   ――大丈夫だよ。僕が君を完全な状態にする必要はない。きっと、シェインエルやアウインに会ったら理解する。君が知りたかったことを。


   ――行くといい……全てを知り、自らの存在が何を生むのか……何を為さなければならないのか…………君はそれを知り、進まなければならない。


   ――でもその時は、独りではないよ。君には心配してくれる仲間がいる。帰る場所もある。だから。


   ――レッドベリルに辿りつくためにはまだ足りない。でも、君はそこで自分を知ることになる。それが君の力になる。


   ――大丈夫。真実は君に優しくないかもしれないけど、君の同胞(はらから)は君の味方だ。




 残りのピースが、填められた。
 確かに、優しくなかった。
 クラウスは両手で顔を覆った。
 そしてワラう。

「はは……ははは…………なるほど……………………だから、皆………………………………だから、()は――」


 辿りつけたのか――


 普通なら絶対に無理なことが出来たのは……
 飲み込みが早かったのも……

 精霊鳥だからではない。



 オルクス=マナ=フリュクレフだったからだ。



 どうりで三人からプレッシャーを感じないはずだ。
 彼自身も同じ存在だからこそ、感じるはずがなかった。
 納得できた。
 嘘だと断じることは出来ない。
 何故なら、世界が嘘を言うはずがないから。
 そして、世界が見間違えるはずがない。
 三人とも、同じことを言った。
 それは、間違いなく……クラウス=マナということだ。
 三人の意味不明だった言葉が理解出来た。

 彼らが逢いたいのはマナなのだ。

 自分の中に存在している――

「クラ……ウスさんが、マナ、様? でも、まさか――」
「死んだはずじゃ……まさか…………転生?」
「一介のヒトとして転生するのか? 六創神(ろくそうしん)は?」

 三人が辛うじて発した言葉。
 それにアウインは答えた。

「生まれ変わりです。そう、転生……間違いなく、彼は霧散してしまったはずのマナの魂を持っている」
「嬉しいものよ? もう私たちですら諦めてしまった。それなのに、ひょっこりと無事を知らされるのは」

「マナ様の記憶が戻ったら……クラウスさんは……クラウスさんはどうなるんですか!?」
 物凄い剣幕だ。
 さすがのこれにはアスモデウスとレヴィアタンも驚いた。
 普段おとなしい海水(かいな)が、声を荒げるなんて――
 しかも六創神(ろくそうしん)に向かって。
 だが、それほど大切だったのだ。
 彼は。

「どうにもならないわ。言ったでしょう? 彼は彼であって彼ではない」
「彼と、マナは別人です」
「そうねぇ……貴方が思い出すことが出来たとしても、それは魂の記憶。完全にマナになることはできないわ」
「あなたの意識が深く沈んだ時か、あなたが死した時には完全にマナだけになるでしょうが」
「それまでは何も変わらないわ。例え一時的に目覚めることがあったとしても、貴方は貴方」
 それは変わることがないという。
「じゃあ、クラウスさんは――」
「心配しなくても消えたりしないわ。だって、そこにいるのは間違いなく貴方の仲間よ? 彼は私たちの同胞(はらから)であっても、まだマナではないもの」
「そうですね。それに、姿は全然違いますから」
「ああ、そうね。彼は確かに金色の瞳をしていたけれど、髪は紫色だったわ」
「何も心配することはありません」

「でも、帰って来て欲しいのでは?」

 それには、クラウスは明らかに邪魔だ。
 だが、二人は揃って首を振った。

「そこに在ってくれるならば、どんな姿でも構わないのです」
「待つのには慣れているわ。それに、死んでしまったわけではない」
「わたくし達は永久(とこしえ)を生きるモノ。少しくらい待たされたとしても、構わないのです」
 何かをすることはないと、二人は告げた。
 それに安心したのか海水(かいな)はへたりこんだ。

「でも、きっと記憶は目覚めるわ」
「そうですね。お兄様に逢えば、間違いなく……目覚めるでしょうね」

「それは……どうして――」

「だって、一番の仲良しだもの。あの二人はね」
「二人にしか理解できないようなことを話す人ですから」
 それは少し寂しそうだ。
「仕方ないわよ。それに、マナに比べたらレッドベリルなんてマシよ? エーテルを見なさいよ。最初から最期までマナを理解出来なかったわ。兄妹なのに」
「そう……ですね。わたくしは、まだ、お兄様のことが理解出来ましたが……マナは――」

 オルクス=マナ……一体どんな人物だったというのか?

 三人は同時に思った。
 それはちょっと混乱気味のクラウスですらもそう思った。

「貴方はきっと識る。その時に――」
「わたくし達ですら識らないことを……識ってしまうのでしょうね」
「それでどうするかは貴方が決めることよ」
「でも、わたくし達は世界」
「貴方の力になるわ」
「ここにいないあなたの妹、エーテルも――」
「勿論お兄様もね」
「だから、恐れないで……何も怖いものなんてありません」
「そうよ、それに……独りじゃないでしょう?」

 そう言われて、後ろを振り返った。
 三人が笑っていた。

 そう……独りではない。

 それを見て、安堵した。
 確かに、大丈夫だ。

 ちゃんと、真っすぐに、歩いて行ける。

 何故なら……世界も、仲間も、共にあるのだから――