バタン!
部屋に入るなりクラウスはベッドに倒れ込んだ。
疲労は限界まで達している。
主に精神的疲労が。
今日は衝撃的な事が有りすぎた。
そのおかげで疲れている。
そんなクラウスの状態を見たアウインとシェインエルが気を遣って休むように言ってくれた。
頭を整理する時間も必要だろうと――
お言葉に甘えて四人は部屋で休んだ。
クラウスでなくとも、疲れているだろう。
特に、アスモデウスとレヴィアタンは
ゆっくりするのに異存があるはずがない。
それに、クラウスのこともある。
性急に事を進めるわけにもいかなかった。
「オルクス=マナ……」
自分がそうであるなんて、感じたことは全くない。
この世界を満たしているあの力の大元だなんて……言われても…………理解は出来ても、納得できても……心がついて行けない。
ぎゅっと、シーツを握り締めた。
明日のことは……もうわからない。
分からなくなってしまった。
道が途切れたわけではないのに――
自分が自分であることは変わらないのに――
「ちゃんと……前を向いて…………自分の信念を、貫けるのか? 俺は――――」
大丈夫だと、わかっている。
独りじゃないと――
歩いては行ける。
でも、それは本当に自分の意志か?
自信がなくなる。
絶対だと、もう……言えない……
こんなんではいけないと、理解しているのに……
割りきれなかった。
暗い闇の中……
座り込んでいる自分。
何故、座り込んでいるのか?
そう思ってそっと立ち上がろうと思う。
だが、立てない。
それに座り込んでいるのは硬い地面ではない。
濡れた……地面。
まるで浅い川の中にいるようだ。
ゾクリッ――!!!
気付く。
ここは、来てはいけない場所だと。
見てはいけない。
触れてもいけない。
それはよく……誰よりもよく理解していた。
見てはいけないと、理解しているのに、濡れた手を、上げた。
真っ赤だった……
――クスクス……
嫌な嗤い声が響く……
後ろにいるのは……深き……暗き…………ヤミ――――
――ヤット……気付いた。
コエが徐々に鮮明に聞こえてくる。
ピチャ……
クチャ……
悍ましい音が響く。
振り向いてはいけない。
関わってはいけない。
そんなことは承知している。
誰よりも。
しかし、関わり合いにならない方法など、存在しなかった。
何故ならそれは――
ゆっくりと振り向いた。
紫色の瞳が、愉しげに細められた。
夥しい量の死体を椅子代わりに座っている狂える男――
ブルーアッシュの短髪は、毛先に行くほど血のように紅い――
ペロリ……
手に持っている誰かの腕を美味しそうに――舐めた。
悍ましい光景に吐き気がした。
――久しぶりだな。ようこそ、深きヤミの底へ。
「…………呼ばれた、覚えはない」
気力を振り絞って言い放った。
――冷たいな。オルクス=マナ。とてもとても久しぶりなのに。
できれば、二度と会いたくない相手だった。
「
ニタ。
嗤った。
そして――
「――――ッ!!!」
――よくも……ヤってくれたな。
憎悪で紫色の瞳が爛々と輝く。
首を絞める手に力が籠った。
「サディ――――ッ!」
外したいが、振り払いたいが、それが出来ない。
「起きなさい!! 貴方はそこにいてはいけないわ!!!」
思いっきり揺さぶられ、気がつく。
目の前にいたのは、心配そうな顔をした、シェインエル。
そして、後ろにはアウインやアスモデウス達がいた。
「俺は――」
びっしりとかいた汗。
そして――
「なんで――!!」
クラウスの首には……絞められた痕がくっきりとついていた。
「首を……絞められた?」
それを聞いたクラウスは思わず首に手をやった。
「夢じゃ……な…………い?」
アウインがクラウスの首に優しく触れた。
「あれは――」
「あの
茫然と呟くクラウス。
「そうね……本物だわ」
「なん……で――」
「それは貴方が封印の器だからよ」
「マナは命と引き換えに
「だから、マナと、
「識ってはいけないのも……それは……あの男の存在か――」
「ええ」
「識らなければならないのは、俺が……オルクス=マナであったということ」
「そうね」
「今のあなたでは命を落としてしまうわ」
「でも、マナなら大丈夫。
戦慄した。
あのままあそこにいたら確実に命を落としていた。
シェインエルに起こされていなければ――
「じゃあ……今までの悪夢は、全て――」
「間違いなく、
今まで無事だったのは……運が良かったとしかいえない。
一歩間違えば死んでいた。
「だから、まだ、駄目よ」
後ろから抱きつかれた。
「リ、ア――」
自然に、そう言葉が出た。
それに驚いたのはむしろシェインエルの方だった。
彼女をそう呼んだのは、マナだけだった。
アウインがクラウスの手をぎゅっと握る。
「今すぐに目覚めて欲しいとは言わないわ。でも、精霊鳥の姿になり、マナの力を使えるようにはならなければ――」
クラウス自身の身が危険だった。
「そして、お兄様に逢って――」
クラウスは、アウインの手を握り返した。