「お兄様に会うためには精霊鳥の姿になる必要があるわ」
「精霊鳥……」
クラウスはそれなりに力はコントロール出来るようになったがまだ精霊鳥にはなれない。
「どうすれば?」
そう尋ねられたアウインとシェインエルは困った。
「私たち、見ての通りそういうのとは無縁だから」
確かに無縁そうだ。
そしてそういうのが得意そうなアスモデウスに自然と目がいく。
クラウスに見つめられたアスモデウスは自信満々に言った。
「一対一の真剣勝負だね!」
アスモデウスらしく、体育会系だった。
「タイマンか――」
納得したようなレヴィアタン。
微妙な顔をするクラウス。
「何故だ?」
「え?」
そう聞かれて不思議そうな顔をするアスモデウス。
「修行といったら実力行使でしょ?」
微妙に間違っている気がする。
「なんで、力技?」
「え? 僕はそうだったけど?」
何を言ってるんだといった表情のアスモデウス。
それはクラウスの方が聞きたい。
「一体誰に――」
「グリン」
「グリン?」
誰の事だか分からないクラウスと
「ああ、彼奴か」
納得するレヴィアタン。
「グリンフィールじゃ。お主たちも会ったことがある」
「グリンフィール?」
「若草色の髪に青い目をした男がおったじゃろう?」
思い出す。
確かに大きな目のついた帽子をかぶった寡黙な男と一緒にもう一人いた。
「彼か……」
「お知合いなんですか?」
「幼馴染……かなぁ? 隣に住んでて小さいころからよく世話になってたんだ」
それを聞いたクラウスは呟いた。
「年上?」
「うん」
まぁ確かに、修行してくれるほど実力が違うのだから普通は年上だろう。
「あの人も力技なのか?」
「グリンフィールは破壊系じゃな」
「僕はグリンに魔物や魔族と戦わされて真の姿に目覚めたんだよ〜」
随分と厳しい師だったようだ。
それを今から自分もやらなければならないのかと思うと嫌な気分になる。
「いい肩慣らしになりそうじゃな」
「確かに……」
レヴィアタンの言葉に納得するアスモデウス。
クラウスは意味がわからなかった。
「おっし。じゃあ、いくぞ!」
そう言って武器を出す。
「我が力にして必滅の刃――
我に従い形となせ――
<蒼刃の長槍フェルツァーグン>」
アスモデウスに力押し以外の方法は欠片も浮かばないようだ。
最早、諦めるしかない。
「さ、広い場所に行くよ〜」
武器を持ったアスモデウスは意気揚々とクラウスを引き摺って外に出た。
「ふふ……手加減なんてしてたら攻撃当たらないよねぇ〜」
アスモデウスは――――本気だった。
さすがに拙いと思うクラウス。
魔王に本気になられたら、こちらも全力でいくしかない。
そうしなければ……無事では済まない。
槍を構えたアスモデウスは……一気にクラウスとの距離を詰めた。
そして、何の遠慮もなく槍を振り抜いた。
余りの速さに対応できないクラウス。
だが、攻撃は当たらなければ意味がなかった。
「精霊鳥の透過――」
武器は何の抵抗もなくクラウスを素通りした。
クラウスは後方に跳んだ。
だが、それで諦めるアスモデウスではない。
そのままくるりと槍を回し更に攻撃を仕掛ける。
頭、足、胴体、腕……
隙はないかと一通り攻撃を加えるが、全て空振り。
「修業の成果だね……」
武器攻撃では倒せない。
それは明らかだった。
それを見ていたレヴィアタンは呟いた。
「うむ……これはアスモデウスにも試練じゃな」
「それは……」
理由は見てわかる。
アスモデウスは破壊系の
だが、クラウスは精霊鳥。
精神攻撃しか効かない。
つまり、クラウスはアスモデウスのほとんどの攻撃を封じたことになる。
「当たらないと……どれだけ威力があっても無意味……だよねぇ――」
思案し始めるアスモデウス。
そして言った。
「クラウスも攻撃しておいで。僕はそう簡単に死なないから大丈夫。その代わり僕も――」
アスモデウスは槍をしまった。
攻撃手段に使えないなら持っていても無駄だ。
これはクラウスの杖のように紋章術を使うための補助になったりはしない。
純然たる、ただの武器。
「ホンキで相手をしてあげる」
そしてアスモデウスは目の前から、消えた……
クラウスは慌てて後ろへ飛んだ。
――火球を放つ憤怒の騎士
本気で容赦ない一撃を放ってきた。
クラウスの目の前が紅蓮に染まる。
アスモデウスはさすがに、破壊系なだけはある。
スピードが速すぎてクラウスには視認できない。
居場所が分かるのはその気配を辿れるからに過ぎない。
――雷を玩ぶ精霊の嗤い声
遠慮のない紋章術。
だが、本人としてはまだ準備運動状態だろう。
何故なら、まだ、低級しか使っていない。
二撃目は避けられなかった。
居場所がわかっても速く動けなければ避けられない。
雷はクラウスに直撃した。
だが、クラウスは無傷だ。
「結界も張ってないのに……無傷――」
下級では精霊鳥であるクラウスに傷をつけられない。
一瞬でそう判断したアスモデウスは上級属性の印を組んだ。
本気で容赦するつもりがない。
…… δ ι ε σ τ υ ξ δ ε φ ο ν τ ο δ ε ι ξ ε σ τ ς α υ ε ς ξ δ ε ξ ξ α ς ς ε ξ
アスモデウスの本気を感じ、冷や汗が出る。
――嘆き暴れる愚者の断末
これも避けきれなかった。
だが、
――人を
さすがにクラウスも何も出来ないままではいられない。
しっかりと印を組み、結界を張る。
その結界は最高レベル。
敏腕紋章術師の構築した結界……そう簡単には壊れない。
「これは僕もSでいくべきだよね〜」
ぺろりと唇を舐めた。
「ここにいるのも危険そうじゃな」
「そんなに……ですか?」
「そうじゃ……彼奴は山を一薙ぎで破壊できる。術ぐらいなら結界で防げるが……本人がうっかり降ってきた場合、わしは平気でも
アスモデウスは……重い。
潰されるのはごめんだった。
「それにうっかりクラウスの強烈な紋章術が飛んでこないとも限らんし」
クラウスの紋章術はアスモデウスのより強烈だ。
「そうね。ちょっと危険そうだわ」
「でも大丈夫です。結界はわたくしが」
光を司るアウインの結界なら今のクラウスには破れないし、アスモデウスにはもっと無理なはずだ。
でもやっぱりちょっと怖いので少し下がる。
「大丈夫……でしょうか?」
「二人とも乗り越えなければ先へ進めぬ」
「それは――」
その通りだ。
だが、
「何も出来ないのが……とても、哀しいです」
自分のことなのに……頼ってばかりだと、
「ヒトには役割というものがある。主もそう落ち込むな」
「…………はい」
何も出来ずに歯痒い思い……でも、自分には代われない。
だから、黙って見守ることしかできなかった。
――
アスモデウスは本当に容赦なく、手加減なく、Sランクの紋章術を放った。
罅の入っていた結界が砕ける。
クラウスには何の衝撃も無かったようだ。
だが、たとえ当たっていたとしても今の一撃はクラウスに効いただろうか?
答えは――否。
間違いなく効かない。
それは長年の勘から導き出されたものだったが、あながち間違いでもなかった。
「さすがに……駄目か――」
精霊鳥は手強かった。
「ふふ……そうだよね……クラウスだもんね…………オルクス=マナ様だし――」
そう言ってアスモデウスは重しになっていた服を脱ぎ捨てた。
そして力を解放する。
「アスモデウス……」
「ちゃんと相手をしないと失礼にあたるね」
シャツ一枚の身軽な姿になったアスモデウスは、紅い瞳をして言った。
冷たい、射抜くような殺気が放たれる。
クラウスは思わず後ずさった。
魔眼が解放された。
変化はそれだけではない。
向かって左側に二本の真っすぐな角が生え、右側には渦巻状の角が生えた。
左右違う角が生えるのも珍しい。
普通は一緒だ。
背中には見慣れている紺色のドラゴンの翼。
そして何やらアスモデウスの足元で蠢く蛇。
よく見るとそれは双頭の蛇であり、アスモデウスから生えているようだった。
つまり、尾だ。
その蛇の姿をした尾はちろちろと紅い舌を出している。
飾りではない。
生きた蛇のようだ。
迂闊に近づくと噛みつかれるだろう。
手には鋭い爪が生えている。
真の姿に戻ったわけではない。
だが、これが人の姿での全力だ。
「行くよ?」
その言葉と共にアスモデウスはクラウスとの距離を一瞬で詰めた。
――速いっ!!
それは、今までのが遊びだと言わんばかりの…………段違いのスピードだった。