「あれが……アスモデウスさん――」
「あの状態で四割……といったところじゃな」
「四割? って、何がですか?」
「戦闘能力の割合じゃ」
「…………全体の、四割ってことですよね? あれで、ですか?」
「あれでじゃ」
とにかく、速い。
そして、重い。
アスモデウスが高いところから一撃入れると、ドシン! という激しい音が響く。
もちろん当たらない。
クラウスもアスモデウスのスピードにはついていけていない。
だが、精霊鳥の特殊能力のおかげで何とか怪我を負わずには済んでいる。
「完全な人の姿をしている時は二割」
「あの状態で二割なんですか!?」
「そうじゃ。
「えっと……じゃあ、真の姿を知ると十倍になるんですか?」
「そうじゃ。普通の状態での戦闘能力はおよそ二倍。あの状態で四倍……全力では十倍になる」
「じゃあ……アスモデウスさんは――」
「彼奴の戦闘能力は先ほどの二倍じゃ」
道理で素早いわけだ。
「見ての通り彼奴は破壊系じゃから残念なことにほとんど当たらない」
物理攻撃が効かないとなると、アスモデウスのストレスも相当のものだろう。
「これでもう少し封印か技術系が高ければのぅ」
ドシン!!
攻撃が全然当たらずイライラしてきたのか、アスモデウスが地団太を踏んだ。
重いため、かなりの衝撃を与えたらしく、大きく揺れた。
「思う通りに行かぬというのは存外にストレスが溜まるものじゃからのぉ……さて、アスモデウス……お主はどうする?」
レヴィアタンの言う通り、アスモデウスのストレスは最高潮に達しようとしていた。
思い通りに攻撃が当たらない。
どうしてもすり抜けてしまう。
当たらない攻撃を繰り返してもこちらが疲れるだけだ。
追い詰められているのは間違いなくアスモデウスの方だった。
追い詰めなければならないはずなのに……
これでは誰の修行だかわからない。
紋章術を使うしかない。
でなければ一撃も入れられないという不名誉な事態になりかねない。
それだけはさすがに避けなければならない。
なんとしてでも攻撃を当てる。
最早、意地だった。
クラウスは冷や汗をかいていた。
さすがに魔王なだけある。
速くて全くついていけない。
なんとか居場所がわかるぐらいで、避けるには至っていない。
精霊鳥の能力がなければ何回死んでいるだろうか?
考えるだけ無駄だ。
それほど、容赦がない。
それに……遠目からなため、はっきりとは言えない。
言えないのだが……
だんだん目が据わって来ているような気がする。
アスモデウスは本人もレヴィアタンも言っていたようにそれほど紋章術が得意なわけではないようだ。
だからこそ、何とか凌げる。
紋章術を――
なんせ印を組むスピードが尋常でなく速い。
そのため、事前に察知とか逃げるとかが不可能だった。
次々と放ってくる。
余りにも速く連射してくるため、結界は間に合わない。
そのため、直撃して危険そうなモノだけレヴァンテインで叩き倒している。
相殺は無理だが軌道を変えることぐらいなら出来る。
そんなこんなで非常に見た目が派手ではあるが、内容は全くない戦闘は続く。
「全っ然、駄目じゃの」
それは見ているレヴィアタンには一目瞭然だった。
「クラウスも意外なことをするものじゃ」
「何かしてるんですか?」
「うむ。杖で術を叩いておる」
「え?!」
「べしっ――と」
「そ、そんな……ハエじゃあるまいし……」
「うむ。普通は無理であろうな」
そんなことをしようとしても杖が持たないだろう。
跡形もなく消し炭になるのがオチだ。
「杖に高密度の精神力がかかってるわ。さすがね」
「え……それって――」
「常人には無理じゃな。あれも無意識……かの?」
凄いの一言だ。
「あれではいくら放っても無駄じゃの」
「どれだけの威力までなら平気なんでしょうか?」
「今のアスモデウスの放つ紋章術の威力はかなりあるはずじゃ。なりふり構わなくなって来たようじゃしの」
アスモデウスは主属性の星を容赦なく連発している。
あれが一番効率よく、そして一番威力が出るからだ。
「なんとか攻撃を入れてやりたいというヤケになっている気配がぷんぷんとするのぉ」
「そうなんですか?」
「うむ。目が据わっておる。あれは本気じゃ」
本来、追い詰められなければならないクラウスではなく、アスモデウスが――
「ああ! もう!!!」
アスモデウスは髪を掻き毟った。
アスモデウスが精神系に弱いのが主な敗因だ。
それ以外に欠点はない。
――が、それが致命的だった。
故に、攻撃はさっぱり。
これでは全く駄目だ。
時間をかけても無駄だ。
思わぬ伏兵だった。
まさか、自分がクラウス相手にやるとは思っていなかった。
これは驕りではない。
クラウスはまだ若い。
未熟だ。
物理攻撃が全く駄目でそれほど自然治癒も高くない。
防御力はないに等しかったし、反射神経も破壊系である自分とは比べるまでもない。
現に、クラウスはアスモデウスの動きについてこれてはいない。
普通ならば必要ない。
普通ならば、手加減しても怪我をさせてしまう。
だが、クラウスは普通に当てはまらない。
思っていた以上に厄介な能力だった。
紋章術も思っていたよりも効果がない。
当たってはいるが、防がれている。
この状態で放つ紋章術でもクラウスに有効的とは言えない。
以前よりも確実に術耐性が上がっている。
今のクラウスならば、亜人の放つ紋章術などものともしないだろう。
それほど上がっている。
アーシェルトとの訓練で力は確実に上がっている。
今のままでは駄目だ。
だから――
風が、吹いた。
それに気付いたのは、レヴィアタン。
「彼奴、まさか――!」
じっと二人を見守っていた。
攻撃がまるで通じていないのは見ればわかる。
だが、だからといって――
しかし、思いなおした。
それは、アスモデウスの判断だ。
そう……冥界の魔王、アスモデウスの――
「どうか……したんですか?」
顔色を変えたレヴィアタンを心配そうに見つめる
レヴィアタンは告げた。
「来るぞ」
「来る?」
「七大魔王最強の……蒼竜紅眼の冥王…………アスモデウスが――」
どういうことかと思いながら、視線をアスモデウスに戻した。
そして
アスモデウスの姿が、ブレた。
ぐにゃりと、輪郭が解ける。
水色の大きな塊が見え始める。
予想以上の大きさのそれは、次第にはっきりと見えるようになる。
そして現れた。
巨大な、巨大な……竜のような姿をした、獣が――
クラウスは圧倒されていた。
「これが……アスモデウス――」
水色をした大きな竜の胴体。
その胴体に頭が三つ。
向かって左側から牡牛、真中に竜、そして右側に牡羊の三つだ。
違う形をした頭が三つ。
道理で左右で生えている角が違うはずである。
左が牛で右が羊の角だったわけだ。
背中には紺色の大きな翼が生えている。
尾は双頭の蛇。
あの大きさのアスモデウスの尾だ。
あの蛇の大きさでもあっさりと丸飲みにされる。
それぐらいの大きさだった。
相変わらず好き勝手に蠢いている。
そして強靭な鱗。
見る限りでは分厚い金属か岩のように見える。
所々が紺色の、そんな鱗がびっしりと生えている。
とても刃物は通りそうにない。
あれだけ頑強な鱗が生えていれば人間の術など痛くも痒くもないだろう。
蛇の尾も胴体ほどではないにしろ、硬そうな鱗に覆われている。
あの蛇も十分硬そうだ。
そして鋭い爪。
この大きさなら確かに踏まれたら即死だ。
そして、あの鋭い爪に当たっただけでも即死だろう。
人の大きさではあの爪でさえ壁のように大きい。
これがアスモデウスの真の姿。
「今から全力で行く」
硬質な声が響く。
図体が大きいせいで声もかなり大きい。
「アスモデウス――」
「死にたくなくば……私を殺す気で来るが良い」