紺寂の森ブラオアインザームには野営が築かれている。
勿論、〈ミチ〉を見張るために築かれたものだ。
〈ミチ〉はバール=ゼブルが封をしたので一時的に魔物や魔族は出てこない。
だが、いつ封印が解けるかわからないため見張りは欠かせない。
そしてここが現世界における拠点にもなっていた。
〈ミチ〉を監視するために魔王二人がここから動けないからだ。
こんな危険なものを放置しておくほど世界管理者は馬鹿でも気楽でもない。
世界に散った魔物もアスモデウスの部下たちが片付けている。
統制がとれた部隊なので何の問題もない。
指示をしなくともきっちりと仕事をこなしてくれる。
二人が受けるのは報告のみだ。
魔物に関しては順調に討伐している。
何の問題もない。
それでも、世界の敵が創ったという〈ミチ〉の存在が――
いつ封印が解けるかわからないという見えない凶器の存在が――
この場の空気を硬いものにしていた。
しかし――
そんな紺寂の森に似つかわしくない空気を持つ人物がいた。
「そんなものじっと見てどうするんだ」
「ん? 別に何もないね。でも……」
「でも?」
「長い間生きてきて、こんなものを見る羽目になろうとは思っても見なかったよ」
〈ミチ〉という存在がどういうものか識っていても、実物は見たことがないという。
「見ないで済む方がずっといいと思うけど」
「確かに……その通りだね」
出遭わない方が幸せだ。
「ところで……オマエ、いつまでここにいるんだ?」
いつまでも帰ろうとしない
「ボクがいたら迷惑?」
「そんなことはないよ。でも、キミには関係のない世界の話でしょう? どうして気にしているの? そんなに精霊鳥が気になるの?」
それを聞いた
「そうだねぇ……もう一度会ってみたいとは思うけどね」
「自分のとこはいいのか?」
「ボクたちの世界は基本的な方針は放置だよ。ここほど厳重に護られていたりはしない」
だからいつまで邪魔してても問題はないのだと言った。
自分の世界を、役目をそれなりに果たしていればいいのだと、
「ここはとても大事に大事に護られた箱庭」
「箱庭……ここだけ……なのか?」
「そうだね。他には、ない。だって………………――」
「六人そろっているからこそ、世界は創造される」
それから世界は生まれなくなった。
創り出すことが出来ないからだ。
「でも……もう一度、神が揃うことがあるならば…………同じような箱庭が増えるかもしれない」
「何を馬鹿なことを――」
「死した人は二度と戻らない。そうでしょう?」
それが世界の摂理だ。
決して変わらない現実。
「そうだね……それが、普通の神や人ならば」
気になる、言い回しだった。
どういう意味だと追求しようとした時、空間が歪んだ。
これは天使が空間を移するの際に発生するものだ。
行使する術の違いだろう。
そして現れたのは
術を行使したのは間違いなく
かといって
むしろ得意中の得意のはずだ。
「何でお供つきなんだ?」
尋ねられた
「皆に心配されてしまって――」
最近は心労が溜まるような出来事ばかりが起きた。
特に堕天使の件はかなり衝撃的だったはずだ。
「今死なれたら困るか」
それを聞いた
「僕は今……死ぬわけにはいかないんです」
「確かに、今一番大変な時期だからな」
「いえ……違うんです」
「違う?」
「十天使の一人、
「
そう言われても、二人にはピンと来なかった。
「それって、大変なことなの?」
「天使で空間移動が出来る者は限られているんです」
「それに天使はそう強い種ではありませんから。神界まで行って帰ってこれるほどの能力を持っている者が稀なんですよ」
「現在、神界に空間移動できるのは僕だけです」
「しかも、後継者はいません」
「今、僕がここで死ねば神界とのパイプが切れます」
「それは――」
「さすがに拙いですね」
「ええ、だから死ねないんです」
なるほど、大事にされているはずだ。
「僕だって後継者がいればいつまでも
本当はとっとと引退して隠居したいらしい。
しかし、後継者が見つからないためそれができない。
「難儀なことだな」
「そうですね」
「はぁ――」
それは溜息も吐きたくなるだろう。
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫……ではないですね」
そんな状態の
しかし、現状ではどうにもならない。
「それで、何かあったの? わざわざこんなところまで来るなんて」
今は安全だが、いつ危険になるかもわからない。
戦闘が不得手な天使たちが来るような場所ではない。
「いえ、そうではありません。ですが……その――」
何も無いなら何故……と思ったが、
「
「へ? ボク?」
いきなり名指しされて戸惑った。
調停世界イセリアルの時空神である自分に用があるとは思っても見なかった。
「キミと話がしたいんだろう? キミは余程世界を識っているから」
「ええ……少しだけ」
そう乞われてどうするべきか悩んだ。
閉鎖的な空間にいた
でも、この世界の成り立ちぐらいなら……そう思った。
「この世界は箱庭。新たな試みをするための試作品とも、いう場所」
「試作品?」
「そう……新たな世界の為の始まりのはずだった」
「新たな世界の?」
「そう……でも――」
ピシリ……
不吉な音と、悍ましい気配が…………場を乱した。
「この気配は!?」
「下がれ!!!」
そう言いながらベリアルは一番非力な天使二人を後方に突き飛ばした。
二人は思いっきり突き飛ばされたが、そんなことに構ってなどいられない。
その存在は、大きく〈ミチ〉を成長させた。
そして現れる。
望まれない存在が――
「あらぁ……随分と素敵な人たちがいるわねぇ〜」
銀色の髪に漆黒の瞳――
くすくすと笑う彼女には…………悪意しか感じられなかった。
「いたたたた……」
身体を少々痛めた。
だが、
咄嗟に庇ってもらえなかったら今頃骨折は確実だった。
なんせ、
身体は丈夫ではない。
「――――!!!!!」
目を見開いて硬まった。
そんな
「あら、生きていたの? 次期
「お知り合い……ですか?」
そう
「魔の…………神だった方、です」
「堕神!?」
次から次へと……
忌々しく感じる。
こんなに次々と
ようやく
「うふふ……」
「堕神……なるほど、確かに、尋常ではない能力を持っているようだな」
「これも……殄滅のルビカンテの力か」
それに彼女は驚いたようだ
「あら、ルビカンテ様の事を知っているわけ?」
「ボクが教えたからねぇ〜」
そう言い放った
「貴様は……」
「何をしに来た?」
「あら、随分ね。あたくしはちょっと見に来たの。自己紹介してあげるわ。そこの天使が知っているだろうから。すぐにバレてしまうものね」
いけ高々と言い放つとそっと〈ミチ〉に腰かけた。
「あたくしは元・
「それはこちらの台詞だ!」
ベリアルはそう言い捨てると構えた。
「我が力にして必滅の刃――
我に従い形となせ――
<封限の斧シュペレグレンツェ>」
それを見た
「あら、野蛮ね。いきなり武器を構えるなんて――」
「ふん。堕ちた者に何を言われようとも構わん」
「あら、残念」
ツマラナイ答えだとがっかりしてみせる。
「愉しいからやる。ツマラナイからやらない。実に堕神らしい考え方だね」
「いけないかしら?」
「そうだね……」
瞳を閉じ、言葉を切った。
「我が力にして必滅の刃――
我に従い形となせ――
<制裁の大剣ツザンメンブルフ>」
武器を出し、そして
「ボクは世界管理者だから、キミを否定する」
「ふふふ……あはははは!!!」
突然
「規律規律規律……そればっかり! 縛られた世界……不自由な世界! そんなもの、消えてしまえばいい!!」
そう叫び術を放って来た。
ベヒモスが前に出て、攻撃を武器で逸らした。
「箱庭の世界なんてくそくらえだわ」
「だから堕ちたの?」
「悪いかしら? 箱庭の管理なんてまっぴらなのよ」
「悪いに決まっているだろう」
「ふふ……そうね…………あなた方ならそういうわね」
世界に従順に従うなんて愚かなことだと鼻で笑う。
「アシリエルが聞いたら怒りそうな言葉だね」
「アシリエルじゃなくても怒るだろうが」
「確かに――」
バール=ゼブルもあれで真面目で誇り高いところがあるから怒るだろう。
グラキエースはどうだかわからないが。
「自己中心的な考え方だな。とても神だったとは思えん」
「あんなやつらと一緒にされたらたまらないわ」
「それは相手もそう思っているんじゃないかな?」
「むしろ神の方こそ一緒にされたくないだろう」
「あら、失礼ね――」
冷たく刺すような空気が漂う。
グニャリと〈ミチ〉が歪んだ。
そして、どろりと…………闇が現れた。