警戒するベリアル達。
 彼らの目の前でその闇は形を変え、人型になった。

「ドゥルガー?」

 天魔(てま)がそう声をかける。
 夜色の髪に真紅の目を持った魔族は現れたまま、黙っている。
「ちょっと、ドゥルガー?」
 天魔(てま)をじっと見ていたが、ちらりとベリアル達を見る。
 すぐに視線を戻してしまったが……
 天魔(てま)は額に手を当てた。

「相変わらず無口ね! 黙っていたってわからないわよ! あたくしはルビカンテ様じゃないんだから!!」

 それでも黙っている。
 イライラし始める天魔(てま)

「遊んでる」

 そして一言、言い放った。
「はぁ!? 遊んでいる? 誰が?」

天魔(てま)

 余りにも簡潔なモノ言いに天魔(てま)の額に青筋が浮かぶ。
「あ・た・く・し・の、どこが遊んでいると言うの!?」

「ここにいる」

 彼は真っ向から天魔(てま)のしていることを否定した。
 簡潔な彼の言葉は脳内で補足しないと意味がわからない。
「ここにいていけないというの?」

「うん」

 彼はここにいる天魔(てま)は遊んでいると言っているようだ。
「……あたくしはここの封印を外しに来たのよ? 立派な仕事だわ」
 そんな言いがかりを否定する天魔(てま)
 遊んでいると思われたら堪らない。
 しかし、ドゥルガーは首を振った。

「違う」

 彼はあくまで彼女が遊んでいると言いたいらしい。
「何でよ!?」
 さすがに頭に来る天魔(てま)

「いつでも良いと言っていた」

「そうね。確かにルビカンテ様はいつでもいいとおっしゃっていたけれど、壊すのは早い方がいいでしょう?」
 今できることは今やる方が良い。
 後回しにすると何が起こるか分からないのだから。
 そう思って言ったのだが、またもドゥルガーは首を振った。

「駄目」

「なんで――」
 さすがにイライラしてくる。
 無口なドゥルガーとの会話はかなり疲れる。
 普通に喋ってくれれば簡単に理解できるのにと、天魔(てま)は歯噛みした。

「今は駄目」

 ようやく会話が進んだ。
「今は? 一体どういうこと?」
 今でなければいいということだろうか?

「召集」

 それを聞いた天魔(てま)の顔色が変わった。
「そ、それを早く言いなさい!!」

「今言った」

「くっ!」
 ドゥルガーといつまでも会話をしていても始まらない。
「召集は、ルビカンテ様が?」
 ドゥルガーはルビカンテの言うことしか聞かないため間違いなくそうだろう。
 だが、念のために尋ねる。

「うん」

「こうしてはいられないわ」

「待たせるの、駄目」

「そんなこと言われなくともわかって――」
 そう言い放って気付く。
「いつもは、そんなこと言わないわよね?」
 ルビカンテの召集はいつものことだ。
 特に時間に厳しいというわけではない。
 なのに、何故?

「目覚めた」

「は?」
 長い付き合いの天魔(てま)でさえ何を言っているのかわからなかった。
「誰が?」

「オルクス=マナ」

 それを聞いた天魔(てま)は顔をしかめた。
「忌々しい敵の名じゃない。あれ、復活したわけ?」

「した」

 それを聞いて舌打ちした。
「だから作戦会議な訳?」

「違う」

 ふるふると首を振る。
「じゃあ、何で――」

「オルクス=マナ、真王(しんおう)様の封印の器」

「それは……聞いたことがあるわね」
 ルビカンテに聞いたのだ。

「オルクス=マナ復活。封印、解ける」

「封印……」
 何の封印が?
 だが、ドゥルガーはさらに続けた。

「封印、解けた」

 その言葉でようやく気付いた。
 彼が、何を言いたいのかを。


「まさか……真王(しんおう)様が復活された!?」


 それにドゥルガーは頷いた。
 顔色が変わった。
 それは、今まで事の成り行きを見ていたベリアル達にとっても――

「待ってる」

 バッとバリアル達の方を向いた天魔(てま)は言い放った。
「今日のところは用事が出来たから勘弁してあげるわ!」

「ルビカンテ様、怒る」

「今、行くわよ!!」
 ピシリと言い放つドゥルガーに怒鳴り返す天魔(てま)
 ドゥルガーは現れた時と同じようにどろりと形が解ける。
 そして〈ミチ〉に消えて行った。
 その後を追うように天魔(てま)も消えた。


 何ともいえない沈黙が漂った。


「ここに残っていて良かったと、思うよ」
 最初に口を開いたのは伏羲(ふっき)だ。
「そうでなければこんな重大な情報を見逃すところだった」
「嫌な情報だがな」
「そうだね……最悪な状況だ」

 かもしれないが、絶対に変化した。

「ボクはすぐに帰ることにするよ」
「忙しくなるな」
「そうだね……」
 イセリアルは広い。
 これからのことを考えるだけで眩暈がしそうだった。
 頭が痛いのは伏羲(ふっき)だけではない。
 ベリアルたちも同じだ。
「バール=ゼブルに連絡を取らないといけないね」
「僕は神界に報告を――」
 これだから辞められないのだ。
 こういった重要事項を報告に行けるのは瀞亜(せあ)だけなのだから。
瀞亜(せあ)様……御無理はなさらないでくださいね」
 苦笑いをした。
「無理……か――」
 それを見たベヒモスが尋ねた。
「空間を移動するのに負担、かかるよね?」
「……はい」
 高齢の瀞亜(せあ)がよく平気でこの職務を続けられるものだ。
 老化現象とは無縁の魔皇(まこう)族である彼らにはちょっと理解しがたい。
 知識としてはあるけれど。
瑞夜(たまや)
「はい」
「僕は今スグに神界に報告に向かいます。後のことを頼みます」
「わかりました」
 瀞亜(せあ)はくるりとベリアルや伏羲(ふっき)のいる方に向き直った。
「ではこれで失礼させていただきますね」
「ああ」
 一礼すると、瀞亜(せあ)は長々と言葉を紡ぎ始めた。
 そして光が瀞亜(せあ)に収束し始める。

 ブォン!

 キラキラとした光の粒子の残滓を残して瀞亜(せあ)の姿が消える。
「では私も帰らせていただきますね」
「ああ」
 瑞夜(たまや)も天界に帰って行った。
「じゃあ、ボクもお暇させてもらうね」
 パタパタと手を振りながらスッ――っと消えた。
 何のモーションもない。
 さすがにイセリアルで時空神をやっているだけのことはある。
 こうしてこの場にいるのは魔皇(まこう)族だけになった。
「じゃあボクはグリンフィールに連絡を取るよ」
「ん? 直接いかないのか?」
「それでもいいけど――」
 無言で〈ミチ〉を見つめるベヒモス。
 中から魔物や魔族が出てきている。
 その数が尋常ではない。
「あの堕神のせいで〈ミチ〉が広がっちゃたでしょう?」
「忌々しいことにな」
「今まで以上にたくさん出てくると思うから」
 それは見ればわかる。
「だから警備も増量するべきじゃない」
「……そうだな」
 ベリアルが負けるとは思っていない。
 しかし、他の魔皇(まこう)族たちが怪我をするかもしれない。
 それになにより、数が多いと取り逃がす可能性が出てくる。
「世界に散ったら面倒だからね」
「確かに、そうだな」
「だからグリンフィールに連絡を頼むことにするよ」
 魔物が出てきた。
 それに伴って魔皇(まこう)族たちが集まってくる。
 何の命令も出していないのにキチンと仕事をこなしていく。
 本当に出来た部下たちだ。
 アスモデウスと違って。

「じゃあ行ってくるけど、すぐに帰ってくるから」

「ああ」
 ベヒモスはそう言うとグリンフィールのいる冥界の門に向かった。