長い、長い旅の果てに辿り着いたのは森の中――


 フェナカイト=レッドベリル自ら創り出した閉鎖空間。


 ここに、探し続けてきた人物が……いる。




 木の合間に着地したクラウスは、結界を解いた。
「へぇ〜……ここが――」
 見る限り、森以外何もない。
 アスモデウスはそう呟きながら未だぼぉっとしている海水(かいな)を抱えて着地した。
 レヴィアタンも周囲を見回しながらクラウスの背から降りる。


 静かな、森だ。


「ここに?」
 そう聞き返してしまうのは仕方のないことだ。
 何故なら――

「動物の気配はするのに……気配が、存在感が全くしない…………」

 静か過ぎた。
 今まであった三人の六創神(ろくそうしん)は圧倒的な存在感を持っていた。
 それなのに、ここにはそれが存在しない。


 ドサッ!!


 クラウスが倒れ込んだ。
「クラウスさん!?」
 慌てて海水(かいな)が頭の方に駆け寄った。

「…………疲れた」

 目を閉じ、ピクリとも動かなくなった。
 それも当然だろう。
 この姿になってからすぐに世界を越えたのだ。
 空間を移動するのではなく、空間を飛翔する。
 それがクラウスがとった行動だった。
 世界と世界の合間を縫って飛び続け、ここに辿り着いた。
 負担になっていないはずがない。
 これでは人型に戻ることも、ここから動くことも出来なさそうだ。
「う〜ん……取り敢えずここには害あるものは存在しないだろうし……クラウスを置いてレッドベリル様を探しに行く?」
 ここなら放っておいても大丈夫だ。
 そのうちクラウスなら自力で回復するだろう。
 心配なのもわからないわけではない。
 しかし、あれからかなりの時間が経過している。
 クラウスが回復するまで待っているわけにはいかない。
「そうじゃな……ここは二手にわか――」
 レヴィアタンがそう話しながら周囲を見回した時……視界に不自然な紅が入った。

 とても鮮やかな紅だ。

 目を凝らすと――

「――――!!!!」

 驚いて硬まったレヴィアタンを見て、アスモデウスはレヴィアタンが硬まった方向を見た。
 そして同じように硬まる。


 そこにいたのは――




「始めまして、《世界の中心》」




 紅い髪をなびかせ、黒い服を着た世界…………探し人、六創神(ろくそうしん)フェナカイト=レッドベリル=ラーフィスだった。

「レッド、ベリル……様――」

 空気のように存在する彼の人物に声が出ない。
「どうか、した?」
 不思議そうに首を傾げた。
「いえ……その…………余りにも気配が希薄なので気付かず……………………申し訳ありません」
 頭を下げたアスモデウスを一瞥した。

「何故?」

「え?」

「謝られる理由はないよ」

 レッドベリルはそう言うと近づいて来た。
 圧倒的なプレッシャーは全く感じない。
「存在感を意図的に消しているから、気付くはずがないんだよ」
 そしてそっとクラウスに触れる。

「見つかるわけにはいかなかった。だから存在を隠した。誰にも気づかれないように」

 それが、他の六創神(ろくそうしん)とは比べ物にならないくらい希薄な存在感の理由だった。

「それが、私がオルクスのためにしてあげられる唯一のことだったから」

「オルクス=マナ……様?」
 自然にクラウスに目がいった。
 レッドベリルは淋しそうに、目を閉じた。

「また……逢えるとは思ってもみなかった」

 それを聞いていたクラウスが目を開けた。
 重い身体を持ちあげ、きちんと座りなおした。
 そして、信じられないことを口にした。

「…………でも、二度と逢えない方が良かった」

「な、何を言っておるのだ?」
 六創神(ろくそうしん)たちは逢いたがっていた。
 恐らく……いや、間違いなく、レッドベリルも逢いたいと思っている。
 彼はクラウスのことをオルクス≠ニ呼んだ。
 マナ≠ナはなく……
 それは、二人がとても親しかったからではないのか?
 それを本人の前で否定するなんて――

 信じられないことだ。

 しかし、それを聞いたレッドベリルは哀しむことなく同意した。

「そうだね。出逢わない方が世界の為には良かった」

 理解できない会話がなされる。



「貴方は理解しているんだね」

「……識ってしまったから」

「そう……」

「視てしまった。そして気付いてしまったから」

「……貴方はオルクスじゃないけど、オルクスの力を持っているから、気付いてしまった」



 クラウスは頷いた。
 三人は話についていけない。
 それを見たレッドベリルが答えを言った。


真王(しんおう)サディアス=ディーテ=スカルミリオーネが復活した」


「な、なんだって――!!!」
 それを聞いたアスモデウスはレッドベリルの目の前にもかかわらず叫んだ。
 レヴィアタンは絶句している。
 海水(かいな)は……
「そ、そんな――」
 真っ青になり、地面にへたり込んだ。

「もう……中に、いないから」

「中……?」
 今は、クラウスの言っていることも理解し難い。
 理解できていない三人の為に、レッドベリルが補足した。

「サディアスはオルクスが魂を使って封じた。だからサディアスはずっと身動きとれなかったんだよ」

「どうして封印が?」
 今までずっと封印してきたのだ。
 それが何故今になって?
 別に何もしていないはずだ。

「オルクスが復活した。この世界に、意志を持って……それが、解けた原因」

 クラウスがオルクス=マナの力を使えるようになった。
 それが直接の原因。
 ここに来るための行動が、真王(しんおう)を目覚めさせてしまったのだ。
「だから……出逢わない方が、良かったって――」

「そういうことだよ。確かに、オルクスには逢いたかった。でも、サディアスを復活させてまで逢いたかったわけではない」

「レッドベリル様――」
 レッドベリルはきっぱりとそう言った。
 そして、手に持っていた紅い本をぎゅっと握りしめた。

「でも、気付いていた」

 こつん、とクラウスの身体に寄りかかった。
 両手の力が抜ける。

もう一度出逢うことが出来ると(・・・・・・・・・・・・・・)

 ドサッ!

 レッドベリルの持っていた本が地面に落ちる。
 何気なく、視線を向けたクラウスは呟いた。

「深紅の……〈黙示録〉…………――」

 そして困惑した表情を浮かべた。
 それを見たレッドベリルは、

「そこまでは、理解できていないようだね」

 恐らく、見たことがあるような気がする。
 何故か言葉が頭に浮かんだ。
 その程度の認識しかないだろう。
 この本に関していえば。

「でも、それでは――」

 何かを言いかけて、止める。
 そして三人に向き直る。
 そして告げた。

「《世界の中心》、貴方達はここに何を為すために? 」

「《世界の中心》?」
 何のことだ?

「貴方のことだよ」

 そう言われたのは海水(かいな)だった。
「僕?」

「貴方が〈変革期〉における中心。この世界の変わり目を目の当たりにする者」

「僕、が……」
 言葉を失う海水(かいな)

「貴方は《世界の中心》。何を為すためにここに来たの?」

 改めて問われる。
 今は考える時では、悩む時ではない。
 先へ進まなければ。

 海水(かいな)は姿勢を正した。

「外してもらいたいんです」

 レヴィアタンは鏡をレッドベリルに渡した。