「これは
レッドベリルは鏡を受け取りながらそう呟いた。
「使用したんだね」
「……はい」
「こんなものがまだ残っているなんて思ってもみなかったけど」
「使用しようなんて思う人物がいたんだね」
使ったのはいいが解けない。
確かに不便極まりない。
それでも、あの時は最善だった。
「あの時は……必要でした」
「そう……」
レッドベリルは手に持っていた鏡を両手で掴んだ。
そして――
「えい」
バリン!!!
そのまま二つに割った。
すると、鏡が割れたところから光が溢れ出した。
その光は
「あっ――」
その瞬間、
いや、それは正しくない。
元に戻った、と言うべきだろう。
「も、戻った……」
確かに戻った。
髪や瞳の色は同じだが、身長が違う。
身長はクラウスと同じくらいだ。
何故か生えていた獣耳や翼は生えていない。
そんな
「キツくない?」
姿は戻っても服が伸びるわけではない。
勿論、ぱっつんぱっつんだ。
それに
「キツいです」
それはそうだろう。
子供服のままでは。
「だよね。でも僕の服は重いから着れないし……」
レヴィアタンの服ではぶかぶかだろう。
「俺の服なら大丈夫だろう」
「ああ、確かに」
クラウスの服なら何の問題もない。
しかし……
「クーって一着……今来てる服駄目にしたよね?」
「……そう言えば、そうだな」
アスモデウスとの戦闘でボロボロだ。
「だが、俺が元々来ていた服は無事だろう?」
「それはそうだけど」
カルナに作ってもらった服は駄目になったが、カルナに強化してもらった元々の服は無事だ。
「でも、良いんですか?」
だが、クラウスは首を振った。
「構わない。餞別だ」
「餞別――」
その言葉に
「俺は見ての通りすぐに動けない。でも、
せっかく力を取り戻したのだ。
ここで時間を浪費するわけにはいかない。
クラウスをじっと見ていたアスモデウスは渋い顔をした。
「クーは、ちょっと大きいから、僕の力じゃ運べなさそうだねぇ……」
「でも、俺抜きなら帰れるだろう?」
「それは、そうだけど」
クラウスは最初からわかっていたようだった。
「帰るんだ。
「クラウスさん……」
「服のことなら心配しなくていい」
「オルクスの着ていた服ならあるから、大丈夫だよ」
レッドベリルが後押しした。
「心配しなくてもオルクスなら回復さえすれば自力で帰れる」
確かに、その通りだ。
「むしろ心配なのは僕たちの方かもね」
何しろアスモデウスは空間移動は出来ても時間がズレる可能性がある。
いや、むしろその可能性はかなり高い。
「心配はいらない」
「でも――」
「俺の首にかかっている
ペンダントのように首にかかっている道具。
アスモデウスは言われるままにそれを外して受け取った。
「んん?」
何故か違和感を感じてそれをマジマジと見つめた。
しかし、違和感の正体はわからない。
「俺がずっと持っていたからオルクス=マナの力が付加されている」
違和感の正体はそれだ。
「ああ、だからなんかちょっと別の力がこもって……」
「それを使えば楽に確実に移動できる」
「これ――」
「それも餞別だ」
「いいの?」
「俺にはもう必要ない」
クラウスはこれがなくても問題なく世界を移動できる。
オルクス=マナの力に目覚めたクラウスには確かに必要ないだろう。
「じゃあありがたくもらっておくよ」
「そうしてくれ」
「クラウスさん……」
その選択は、クラウスをここに残していくということだ。
でも、それしかない。
危険な場所に、満足に動くことのできないクラウスが行くわけにはいかない。
何故なら、彼はオルクス=マナ様なのだから。
「はい、カイ」
荷物の中からクラウスの服を渡した。
「あ、はい」
さすがにいつまでもこんなキツキツの服を着ているわけにはいかない。
「じゃあ、僕、ちょっと着替えてきますね」
「うん」
それを見送ったアスモデウス達。
少々暇になったアスモデウスは、予てから気になっていたことをレッドベリルに尋ねた。
「それ……一体何のための道具なんですか?」
「これ?」
力を封じる鏡。
しかも割っただけで力が回復した。
「これは存在を秘匿するための……ただそれだけの道具だよ」
なるほど、確かにそれ以外の用途はない。
「使用者が隠れるための使い捨ての道具だから」
「使い捨て!?」
「そう。使い捨て」
「でも、使用者は力が使えないんじゃ――」
「だから壊せばいいんだよ。そうすれば力が回復する」
なるほど、随分乱暴な解除の仕方だと思ったが、それが普通の解き方だったようだ。
「あれ……でも――」
あの鏡はかなり硬かった。
ちょっとやそっと乱暴に扱っただけではビクともしなかった。
「壊れ……る?」
自分たちであれが壊せただろうか?
「ん? ああ、力を全体的にかけるんじゃなく、一点集中すれば壊れるよ」
適当に壊しているように見えたがそうではなかったようだ。
「アスモデウスなら壊せたんじゃないか?」
「……かな?」
「元に戻って踏みつぶせば壊せたかもしれんのぉ」
「でも――」
さすがに解除の仕方が叩き壊すことだとは思ってもみなかった。
「でも、さすがに壊すは思い浮かばなかったよね」
「確かに」
かなり乱暴な解決策である。
「使い捨てだからね」
「量産品なのか?」
「ううん。最初は自分で使うために作ったんだけど……」
「けど?」
「それより籠った方が早いかなって思ってやめたんだ」
レッドベリルが自分で使うために創ったもののようだ。
「お待たせしました」
そんな会話をしている間にクラウスの服を着た
「うん、平気そうだね」
「クラウスの服は着る人を選ぶような服ではなかろう」
「確かに。術者系の服装だから
特にぶかぶかしているというわけではない。
「平気そうだな」
「はい」
「なら、後は帰るだけだな」
それを聞いた
「心配しなくてもまた会えるさ」
「そう……ですね」
「ああ」
「そうそう。クーはディヴァイア出身なんだから」
「故郷は変わらないさ」
「はい」
「じゃあ、いきまーす!」
…… η ο τ τ δ ε ς υ β ε ς ς α υ ν θ ε ς ς σ γ θ τ θ α τ ν α γ θ τ ζ α θ ι η ø υ σ ε ι ξ α μ μ ε χ ε μ τ ι ξ φ ε ς β ι ξ δ υ ξ η ø υ β ς ι ξ η ε ξ υ ξ δ θ α τ δ ι ε ν ι τ τ ε μ δ ι ε ζ ς ε ι ε ι ξ ε δ ι ν ε ξ σ ι ο ξ β ε χ ε η ε ξ λ ο ξ ξ ε ξ
そう言うと印を組み始めた。
「クラウスさん!」
「ディヴァイアで逢いましょう!」
それを聞いたクラウスは微笑んだ。
「ああ。また、な」
「はい!」
計ったようにアスモデウスの術が発動する。
――空間を支配する神の
三人の姿が、消えた。
それを見送っていたクラウスにレッドベリルが声をかけた。
「本当にそれで良かったの?」
残ることを選んだクラウス。
帰ることもできた。
箱庭の環境ならばここにいるよりも早く回復できたはずだ。
それを聞いたクラウスは何を言っているんだと一蹴した。
「残らなければならなかった。それは……フェナ≠ェ一番よく知っているはずだ」
目を丸くするレッドベリル。
懐かしい呼び方だった。
「そうだね……うん……その通りだ」
懐かしそうに目を細めた。
そして落とした〈黙示録〉に目を向けた。